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// 朝(鴆とリクオ)

「鴆くん、起きて。朝ごはん出来たよ。」

少年の優しい声で男は目が覚ました。
柔らかい掌が額に乗せられる。耳を澄ませば、庭ではエナガが美しい声で囀っていた。

「・・よかった、やっと熱下がったね。じぃちゃんの薬が役に立ってよかった。今度手に入ったら、また持ってくるよ。薬鴆堂に常備しておくと安心だから。今度、卸してくれたところを聞いておくね。」
少年の嬉しそうなおしゃべりに、病から回復したばかりの鳥妖は、当惑するばかりだった。

「・・・何か食べられそう?僕、お腹空いたから、手伝ってもらって、お粥作ったんだけど、鴆くんも食べる?出来立てだよ。」
中学生の男の子は、嬉しそうに笑った。
「・・おう、お、おはよう・・。リクオ、か?おめえ、まだ帰ってないのか。本家の連中が心配するぞ。」
鳥妖の男は、戸惑いがちに少年に朝の挨拶をした。
「大丈夫だよ。じぃちゃんに遅くなりそうなときは、泊まるからって言ってあるよ。来たときに、伝言を載せた朧車も本家へ返したし、誰も気にしてないよ。だから心配しないで。」
「・・そっか・・。」
男は、頭を掻く。
「あと、お風呂も沸かしたよ。ボク、先にお湯をもらったから、あとで鴆くんも入るといいよ。」
「・・・リクオ、お前、朝から風呂かよ。本家の若頭は優雅なもんだな。」
鴆はリクオを冷やかす。
「・・・だって、すっかり汗臭くなっちゃって・・。鴆くん、随分汗かいてたよね。だから、持ってきた服に着替えたんだ。」
男が良く見れば、少年はTシャツとジーンズになっている。
「・・・夜の僕、とっても温かかったでしょ。鴆くんが寒くなくなってよかった。昨日は満月だったから。満月の夜は、いつもより血が熱いんだよ。」
少年が恥ずかしそうに微笑んだ。

男は、少年の明るい表情に戸惑う。
傍らで眠っていた黒綾織の長着姿の若頭。長い髪に袷の緩んだ姿。白い襦袢。その間から見える鎖骨が両肩へと流れていた。身体全体が、ゴツゴツしていて、掌が大きかった。明らかに昔抱いた女たちとは違っていた。煙管の煙が混じったような男臭い匂いがまだ漂っているようだ。傍で見た夜の妖怪姿の若頭は、十分な大人の男なのに、眠っている姿は、中学生の昼のリクオのように無防備で、どこかあどけなかった。

「・・あと、ご飯が終わったら、お布団は干すから、布団から出てね。僕、本家じゃ、皆が世話をしてくれているから、こんな場所にでも来ないと、手伝いとかもしなくてさ・・。これで、家庭科の宿題したことにしようっと。」
少年は傍らの盆の上の土鍋から粥を掬って茶碗に入れる。そして、それを得意げに箸を添え、差し出した。
「はい、熱いから気をつけて。梅干はいる?何もない方がいい?」
少年は、誰かの世話をするのが楽しいのか、ニコニコしていた。
男は素直に受け取ると、箸を手に取る。
「・・・あのさ、鴆くん・・。」
少年に呼びかけられた男は顔を上げた。
「・・・昨夜のことなんだけど・・。」
男は箸を止める。
「・・・鴆くんは、鴆くんでいいと思うよ。僕に偏見がないとは言わない、でも、鴆くんのことは、僕にとっても勉強になった。僕は妖怪に囲まれて育っているし、偏見は持つべきでないと思う。だから鴆くん、好きな男の人が出来たら、恥ずかしがらずに教えてほしいんだ。」
男は、思わず、口から粥を吹き出した。
「だから、昨日から『誤解』だっていってるだろ!どうして、そんな話になるんだ!」
途端、リクオが真っ青になった。
「えっ!も、もしかして、ち!違うの・・?!鴆くん、男の人を好きになってしまう人じゃないの?」
少年は今度は、みるみる真っ赤になっていく。
「ごっ・・ごめんなさい!鴆くんて、男の人を好きになる人だと思ってた・・。テレビで見て、身近な人にもいるんだって大発見した気分になって・・。」
ようやく誤解であったらしいことに気が付いたリクオは、恥ずかしさの余り、すっかり項垂れていた。
「何だよ・・その『てれび』とかっていうのは・・わざわざ、男色とか教えんのかよ。『てれび』ってのは、すんげえ、やばい野郎だな。今後は付き合うなよ。」

・・闇夜の中のリクオの肩は広かった。長着の乱れた裾から剥き出しの脛が覗いており、白い足袋の端から膨らんだ踝が見えていて・・。

だが、目の前の少年は、どこか幼く、照れくさそうに頭を掻いているばかりだった。

「あ・・そうだ、鴆くん。ボク、味噌汁も作ったんだ。うまく出来たと思うんだけど。」
思い出したかのように、今度は少年は機嫌よく味噌汁の入った塗碗を差し出した。見れば、不揃いの具が浮かんでいる。もどかしい手つきで野菜を切った姿が 目に浮かぶようだった。
「それと、これ。漬物もあるよ。勝手に漬物床から出しちゃった・・。別にいいよね?」
小鉢に入った糠付けの胡瓜は、見事なほど厚さがまちまちだった。

----鴆、俺は軽々しく、口になんかしねえよ。

闇夜のリクオは、口先だけの妖怪ではない。
判断は刹那にに行うが、決して怖気づくことのない男だ。躊躇うことなく、敵の懐へも飛び込んでしまう、向こう見ずな危うさも持っている。

・・リクオは、本気で言ったのだろうか。

自分の前にいるリクオは、無邪気な中学生で、鴆と同じように茶碗を持ち、粥を、ふぅふぅと吹きながら、さも美味そうに啜っている。自分で炊いた粥が得意でならないらしい。

----お前の願いを叶えてやりたかっただけだ。

あんなに男気があって、力強く、百鬼夜行を率いて街へ繰り出した冷徹な大妖怪の若頭は、『あの時』どんな風になるのだろう、と鴆は思った。我を失うのだろうか。それとも冷徹なままなのか。

今、リクオに問うてみたかったが、目の前の無邪気で無垢な少年を見ていると、自分が浅ましく、とてつなく卑しい男のような気がして、鴆は喉の奥へ言葉を飲み込んだ。




「宵闇」を書いたので、その翌朝を書いてみました。
さて、今回もリクオと鴆のお話です。昼のリクオくんはかわいいですね。
妖怪のような民間信仰も
いわゆる「陰陽論」(陰陽五行説)に基づいているのでしょうね。(私は東洋哲学に詳しくないですが・・)
まさしく「陰」と「陽」「その二つの変化は無限」・・ということでしょうか。
「陽」と「陰」の関係は、対峙しつつも、変化し、無限のあり方がある・・ということ?
この時代においても日本人の考え方に影響を与えているような気がします。不思議ですね。
(また、最後は真面目に論じちゃった・・)