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買い物

小夜とハジは、芝生の広い公園をのんびりと歩きながら、賑やかな通りへと向かっていた。公
ネウロは、大きな窓を背にして、「トロイ」という神話に因んだ名の付いた赤いデスクで新聞を読んでいた。彼の新聞のページを繰る音が時々聞こえる。傍らには、さらに英語だとか、中国語だとか、外国語の数部の新聞が積み重ねられていて、ネウロに読まれるのを待っている状態だ。この様子では、今日は、もう出かける予定はなさそうだ。魔人の行動パターンを知り尽くしている弥子は、そう思った。黒い皮手袋を付けた大きな手が新聞の紙の端から覗いている。ネウロが、新聞を捲るたびに紺の上着の肩が見える。弥子は、じっと凝視する。

どこの誰を参考にしたのかは、わからないし、例え聞いても、とんちんかんな答えしか返ってこないような気がするので、聞くつもりはないけど、

・・・ネウロの服装って、どっか間違っていると思うんだけど。
何ていうか、時代錯誤も甚だしいし・・感じかな。

だって、紺のフロックに白いアスコットタイ、黒のジョッパーブーツ、極めつけは手袋・・・。

映画で観た、19世紀の人間みたい。
・・頭が良過ぎるらしい、アイツのことだから、きっと、変に推理小説を意識したんだろうな・・・
そういえば、アイツがフロックを脱いだことがあったけど、

いきなり、白のベストを着込んでいいるし・・・。もう、なんかうんざり。

アイツ、きちんとドレスシャツとか着ないのかな・・?あるいは、もっと、流行のファッションを取り入れたらいいのに・・・。

ふと、ため息が出る。無意識のうちに口が動いた。

「・・・ネウロのその格好・・・少し、変だよね。・・思いっきり、イケてないよね・・・。」

弥子の何気ない独り言を聞き逃さなかったらしい、耳のよい、その魔人は、顔を上げると、やおら読んでいた新聞を畳み、艶やかなマホガニーの机の上に置いた。よく見れば、彼の不愉快さを代弁するかのように、新聞の片隅に小さな炎が灯っている。

魔人は、その炎をちらりと目にすると、親指を押し付けて、すぐさま、消してしまった。

「・・・貴様、物を食ってないときは、勝手なおしゃべりか。さっきから一人で何をぶつぶつ言っている?」

「・・わ、私、なんか言った?ちょ、ちょっと・・気になっただけで・・。独り言、独り言。」
予想していなかった魔人の返答に、驚いた弥子は、胸を押さえる。

わ、私、独り言をいっていたんだ・・。

「・・ほう、何をだ?ヤコ。」

「・・その、いや、イケてるファッションについて・・。いや、ネウロは個性的だなあ・・って。個性的というか、場所と時代を弁えていないというか・・・
流行から、離れてしまっているというか・・・。あっ、いや、とってもイケテルから・・。」
最後の方は、しどろもどろになり、舌がもつれる。

「・・・・なんのことだ?」
「・・・え・・と、ネウロの服がね・・。」

魔人は、じろりと弥子を睨んだ。。
「ほう・・偉そうに。お前は、学校へ、毎日、同じ服装で言ってるではないか。」
「・・・あのね!あれは『制服』!同じでいいの!」

コイツは制服というものも知らなかったんだ・・・!あんなに知識が多いくせに・・!

「ついでに言うと、今着ている貴様の服は、ぼろ布を縫い合わせただけだと思うが。」

妙に小馬鹿にした物言いに弥子は、むっとした。年頃の女の子になんて失礼な奴!

「なによ、年頃の女の子に酷いじゃない!これ試験休みに叶絵が見立ててくれたんだよ!ネウロより、ずっとセンスがいいんだから。ネウロよりっ!」
弥子は、咄嗟に感情に任せてしまい、飲み込み損ねて、口に出てしまった言葉に我に返った。

・・まずい・・。

目の前のアイツは、薄気味悪い笑みを浮かべているだけだ。

・・・忘れていた・・・奴は外道だ。

「・・・ほう、試験休みか・・で肝心の試験の結果は、どうだったのだ?」

突然、話の矛先を向けられた弥子は、ぎくりとする。
「だ、大丈夫だったよ・・。」
「ほう・・・。」

すると、意外そうな表情でネウロが机に左手で頬杖をつき、大きな黒革の手袋の右掌を宙に掲げた。
そこには、なんと、こっそり事務所のゴミ箱に破いて捨てたはずの赤点のテスト用紙が載って・・いる・・。

「そ、それ・・・!どうして、こんなところに・・。それにちゃんと破いて・・・。」

 魔人は答えず、無言で、すっくと椅子から立ち上がると、得意げに靴音を立てることもなく部屋を闊歩し始めた。壁、天井、窓。縦横無尽に大股で歩き回る。いつものことだが、奴には地球の重力など関係ないらしい。

・・ネウロやめてよ、眼が回っちゃうよ。それに、逆さになって私の顔をじろじろ見ないでよ。

魔人の大きな体は、クロスの張られた天井からぶら下がるようにして、その動きを止める。

「貴様のような下等な頭脳しか持たない奴隷が生意気なことをいうものではない。少し、判らせたほうがいいのかもしれんな。」

 肩を聳やかして腕を組む。口の両端が歪むように上がり、不気味な笑みを浮かべた。良く見れば組んだ腕の指先で屈辱のテスト用紙がひらひらと踊っている。黒革の手袋。細く長い指。その指に挟まれたテスト用紙を取り返そうと弥子は手を伸ばした。とたん、その手の甲を黒い皮手袋の手でぴしゃりと叩いた。

「それでは、このように嘆かわしいものは、ドアに張っておくとしよう。この点数を見られると依頼人が減るかもしれんが、うむ、これも仕方あるまい。出来の悪い奴隷を持った、我輩の責任だ。」

魔人は、大げさに嘆いてみせ、それが終わると、今度は、くっくと声を殺した笑い声を出している。

 そして、魔人はいきなり天井のほうから伸びあがると手で弥子の耳たぶをひょいと掴んだ。魔人の男は、いつもこうして、弥子のあちこちを引っ張ったり掴んだりを習慣としている。

「いっ、痛〜い!離してよ、ネウロ!」

その反応を見て、楽しくて溜まらないといった表情で弥子を眺めている。勝ち誇ったような灰緑色の瞳。弥子はその逆さになった瞳を見返してやる。だが、その魔人の瞳は、独特の優越感で満たされているようだ。さらに、もう片方の弥子の耳も掴んで引く。

「あだだだだー!ネウロいい加減にしてー!」

少女の口から、もはや言葉にならない叫びが響く。

 魔人の悪意に大騒ぎする弥子に満足したのか、耳から手を離すと、ネウロは、足を振り上げて、どたりと床に降りた。そして、こちらを振り返る。襟元が乱れ、シルクの薄物の白いタイが少し、フロックからはみ出している。

「なにか、言いたいことでもあるのか、虫けら。」

彼の真っ直ぐな黒い前髪が形のよい額を横切っている。広い大きな肩。長い手脚。見上げないと彼の表情はわからない。弥子は、思わすため息をついた。

・・・こいつには、いつも首根っこを掴まれて、危険な場所にも引きずり出されて・・・。
何度、危ない目に合わされたことか・・・。

・・・今まで、擦り傷程度で済んだのは、奇跡だよね。

何とまあ、女子高生が銃弾が飛んでくるところや、壁や階段まで崩れ落ちる場所、恐ろしくとんでもない所まで、付き合わされたのだ。

・・・次回は一人で出かけて欲しいよ・・。

 わたしは、あかねちゃんとお茶でも飲みながら、お留守番したい。危険を冒してまで、付き合っても、お腹はいっぱいにならないし、あの硬い靴の踵で踏みつけられたり・・・爆弾テロに巻き込まれそうになったり・・とか、ほんと、散々なんだもの。
 いつも見えるのは、ネウロの脚か、背中。
わわ・・靴の裏っていうのも結構ある・・。最悪だ。あわよく、周りが見られるところにいても、何かの拍子に蹴り飛ばされてしまっているし。傍にいるときには、ネウロから流れる妙に粘り気のある血のせいでお気に入りの服も汚れちゃうのよ。ああ・・・もうやだ。勘弁して欲しい。


ネウロは、「謎」を手に入れるために、いつも無茶苦茶をする。かなり危険なところでも平気で出掛けていってしまう。その挙句に、酷い傷を負ったりして・・・。理解を超えちゃってる。


いざと言うとき、いつか盾にされちゃう・・。今までは、運がよかっただけなんだ・・・。


 魔人は痩せてて背が高いくせに、その背中は、意外と広い。抱えられて放り出されたことがあるからわかるけど、あの胸もかなり厚みがある。女の子の叶絵と違って、体全体も硬くバネのようで・・・。そのくせ、動きはしなやかだ。隙のないバランスの取れた運動機能・・・。

・・・そう、彼にはどこにも隙がない。一瞬のうちに、ネウロに突き飛ばされて、地面へ倒れていく私の頭の上を弾丸が掠めていったっけ・・・。



          *               *               *




 弥子が我に返ると、ネウロは、再びデスクの席に付いており、再び新聞を読み耽っていた。新聞を読みながら、テレビのスイッチを入れるとテレビの画面を観つつ、器用に新聞も読んでいる。さらにこの状態にパソコンも加わるのも時間の問題だ。事件探しに関心が移ったのだろう。弥子のことがどうでもよくなったらしい。それは、いつものことだった。大雑把な魔人らしい行動パターン。
弥子は、安堵すると通学鞄の中から、菓子パンを取り出した。透明な袋を破いて、口に運ぶ。
甘くておいしい。

まさしく人生、至福の時だ。これに勝るものは無い。さらに、牛乳パックを取り出す。これで、夕食までの腹ごしらえでもしておこうっと。

 弥子が事務所の片隅で夢中で菓子パンを頬張っていると、どんどんと大きな音がする。事務所のドアが乱暴にノックされたかと思うと、ドアが開き、吾代が入ってきた。

「・・・おう!化物。お前が言ってた資料を持ってきてやったぞ!いい話があるかどうか、わかんないけどな。取りあえず、置いていくぞ。」
吾代は、肩に担いできた大きなダンボール箱を床に、どしんと落とした。

「ご苦労。」

ネウロは顔も上げすに、短い返事をしただけだった。彼は、元々あまり人間に関心がないのだ。

「じゃ、これで。俺、もう帰んないと、社長がうるさいから。新作のゲームの相手をしろってさ。」

きびすを返して出口に向かうと、何か思い出したようにくるりと振り向いた。

「・・・あ・・そうだ、探偵、あんなもの外に張るのは、やめとけ。さっきも宅配便の兄ちゃんがまじまじと眺めていたぞ。ま、お前の勝手だけどな。」

目の前でドアが、ばたんと閉まった。

 突然いやな予感に襲われた弥子は頬張っていた3個目のクリームパンを放り出すと、外へ飛び出す。
見ればドアの外側に返却された中間テストの解答用紙が全て貼り付けてあった。

「あーっ!本当に解答用紙が貼り付けてある!」

弥子は、泣き出しそうな声を上げた。すかさず無残な解答用紙を剥がそうと爪を立てる。

「・・どうしよう、と、取れない・・・!」

魔人の手によって、掲示された可哀相な解答用紙たちは、何故か、ドアの表面にぴったりと張り付いてしまっている。

「ネウロ!」

弥子の必死の叫び声に、魔人が不承不承、事務所から姿を現した。

「先生、いったい何をなさっているんですか・・?」
ネウロが、白々しい台詞を吐いている。そして、如何にも初めてみたとばかり、驚いた様子でドアに貼られたテスト用紙を見つめている。さらにその眼は、みるみるうちに潤んでいくではないか。その時、通りがかったらしい奥の弁護士事務所の職員らしき人物が、ドアに張られているものをちらりと見ては、おかしそう噴き出していた。

「・・・ああ、情けない。先生、こんな点数のテストなんか、張り出さないでください。ご自慢なさるような点数ではありません・・・。いくら再テストがあるからって・・・。」
廊下で、ネウロが涙声で訴える。

「それにもうじき、笹塚刑事がいらっしゃるんですから・・・。あと、夕方には、お母様もお見えになるというのに・・・。僕は、なんて申し上げたらいいんでしょうか・・。」

大きなため息をつき、うろたえてみせる善良な助手。


・・・やっぱり、魔人は最低だ。







アニメ化おめでとうございます。
そして、しょうもないお話を読んでくださった方、ありがとうございます。
魔人探偵 脳噛ネウロのネウロと弥子ちゃんの関係が絶妙でしたので
書いてみました。あの二人、おかしいですよね。