おやすみ
ウェンディは、自分がいつも使っているこげ茶色のトランクにタオルや乾いた衣服を小さく丁寧に畳んで、ぎゅうぎゅうに
押し込んだ。それが終わるとしっかりと蓋を閉め、キャスターが下になるように立てる。さらに昨夜、熾した焚き火が完全に消えていることを確認した。火の始末をきちんとすることは、兄のミハエルから、いつも厳しく言われていたことだった。焚き火の跡にかがみこんだまま、動かなくなってしまった少女に気がついたらしい背の高い痩せた男が振り向いた。
「ウェンディ、そろそろ出発するぞ。さっさと飯を食え。」
薄暗く湿った広い洞窟の中で男の苛立った低い声が響く。少女は、その声に慌てて自分の前にある破れかけた粗末な紙袋を開いた。それはくしゃくしゃになったまま乾いていた。その中へ小さな手を突っ込み、無造作にパンを取り出す。だが、そのままその手を男の方へ差し出していた。
「ヴァン!あなたもちゃんと食べて!」
声を掛けられた男は、面倒くさそうに振り返った。
「・・ああ?もう、食った。」
惚けたような口調の返事に少女はむっとする。
「・・・いい加減なこと言わないで!今朝は、ほとんど食べていないじゃない!」
少女は、捲くし立てて大の大人に口うるさく指図する。すると男は再び面倒くさそうに、向こうを向いてしまった。
「・・あのな、お前・・・いや、ウェンディ、熱が下がったばかりで飯なんか、入るはずないだろ。」
男の背は高い。その背の高さゆえにか、少し丸めた背中。
****
昨夜、気がついたのは、洞窟の中だった。戻ってきたヴァンの姿を認めたとき、ぴんと張り詰めていた緊張の糸が切れてしまったのだ。
「寝てろ。」
男は無表情で言った。
膝には、黒い燕尾の上着が掛けられている。
少女は、男に諭されて再び身体を横たえると、自分に掛けられた彼の黒い上着を手で引き上げた。湿っぽくて、ヴァンの男臭い匂いがする。
暗い、洞窟の中で、赤い炎が揺らめいていた。目の前の男の影も陽炎のように不安定に揺れている。
ほの暗い闇に、浮かび上がる背の高い男の影。
「寝ていろ。手が掛かる。」
彼は、長い足を折るように、低い岩に腰掛けていた。少し背中を丸めるように身を屈めている。その彼の足元には、濡れてくしゃくしゃになった、茶色の紙袋が置かれていた。
・・・そうだ、私は町まで医者を探しに行ったんだった。自分が雨の中、ヴァンの為に麓の町まで、取りに行った薬と食事が入 っているはずだ。
「俺のことは、放っておけばいいんだといっただろ。」
―そういうわけには、いかないじゃない。あんな高い熱にうなされていたのに。強がってばかりいる貴方が熱のせいで身動きも取れなかったのよ。―
「寝てろ、世話がやける。」
‥‥本当に勝手な人。
目を瞑る一瞬、自分を襲おうとした、町の不良の鎧乗りたちを蹴散らす、ダンの姿が垣間見えた。鎧の無表情な横顔にヴァンの横顔が重なる。彼もまた、きつく口元を引き結び、やはり感情の感じられないな横顔をしているのだった。
「おやすみ、ウェンディ。」
少女からは、男の表情はよく見えなかった。彼は、ただ、所在なげにと右の親指と、黒い皮手袋に隠されていない長い人差し指の間で、白詰め草の軸をくるくると回しているだけだった。
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男は少女に背を向けたまま、洞窟の入り口に立っていた。もう、振り向く気はないらしい。朝食を摂らせようとする努力を男に拒絶された少女は、差し出した手のやり場に困り果て、仕方なくサンドイッチを口元まで運んだ。
ヴァンの為に持って帰ってきたというのに、鈍感すぎる男には、見事な無駄になってしまった。すっかり、気を落とした少女は破れかけた紙袋を開き、その底を、そっと覗き込んだ。そこには、萎れてしまった白詰め草の、若草色の四葉がひっそりと残っているだけだった。
4話の「そして、雨は降り行く」から書いてみました。
これから、ガン×ソードのコンテンツがどうなるかは、未定です。まず現実が忙しいし・・・。
「ガン×ソード」は、なかなかか面白いですね。ヴァンとウェンディのつかず離れずの関係がいいです。
何だかんだいいながら、互いに信頼しあって面倒を見合っている感じでしょうか。
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