| 相変わらず、雪が降り続いている。薄明るく灯った街灯が、雪の積もった真っ白な通りを ぼんやりと照らし出していた。 肩と背中に、男の身体がずっしりと重い。ハジは小夜に支えられて何とか歩いている。 もう、小夜にはホテルに戻る気はなかった。リクの事は気になるが、熱は下がり始めていて、 たぶん問題はないだろう。戻ることなど、到底出来ない。そのくせ、後ろ髪を引かれるような気が して、思わず来た道を振り返ると歩いた後には、真っ白な雪の上に赤い血の跡が点々と残って いる。時間と共に、ハジの出血が収まってきたのか、取りあえず、落ちる血の量はだいぶ減った ようだ。その内、完全に血の跡も着かなくなることだろう。 音もなく、静かに降り続く白い雪が全てを覆い隠していく。 まるで、何事もなかったかのように。 ハジの赤い血も。折れた刀も。 嘘も偽りも。 今までの私の全ても。 真実だと思っていたあらゆうることも。 従者は、さっきから一言も口をきかなかった。 小夜は、酷い怪我を負った男を肩に背負い、引きずるように歩くしかない。少女の歩みに どうにかハジが歩調を会わせて、重い足取りで歩いている。 彼は何度も自分で歩くと言い張ったが、いざ、降ろすと歩くことはおろか、立つことすら出来ず、 そのまま、氷のような白い地面に倒れ込んでしまうのだった。 せめて『動物園』の場所を教えて欲しい。手負いの貴方は、ホテルに置いていく。自分一人で 行くからと何度も問い詰めたのだが、ハジに、教える気はないらしかった。勝手に黙りを決め こんでいる。その頑なな態度に苛立ち、つい血まみれの胸元を掴み、揺すぶって教えるよう 迫ったが、彼は黙して語らず、ただ首を振るばかりだった。 仕方ない。場所を知っているハジを置いていくことは出来ないだろう。 急いで、部屋に戻り、リクを起こさぬようこっそりと簡単に支度を調えた。そして、紙にたった一言、 伝言を書く。 「うそつき」と。 そう・・知らなかったのは私だけ。命を張って、一番危険なところで翼手と戦い続けた私だけ。 その私だけが知らなかったのだ。 「本当のこと」をデヴィッドもジュリアもルイスも、もしかしたら、カイも知っていたのかもしれ なかった。 「あなもまた、翼手なのよ。」 「文字通り血を分けた妹よ。」 ・・・妹？ 「私たちのデーヴァ。」 「彼も知っていたのよ。」 ・・・何が言いたいの？ 「あなたは、自分の妹を殺すように赤い盾から命じられていたのよ。」 「みんな知っていたのよ。もちろん彼も。」 ・・・私はどうすればいいの？ 「もっと、あなたの事が知りたいなら、『動物園』にお行きなさい。」 ・・・動物園？ リーザの言葉が、耳を塞いでも頭の中で聞こえてくる。 ---少なくとも、いつも側にいたハジは知っていたのだ。 「・・・ハジ。教えて欲しいの。『動物園』へいきたいの。そして、私の妹のことを教えて。」 ハジは、小夜を見ない。目も合わせず、口もきかない。強情な従者だ。 「あら、あなたは全部知っているくせに、小夜に教えてあげないのね、ハジ。」 「それほどまでして、小夜の側にいたいのかしら。」 ---ハジは何を知っているというのだろう。 私が何者かを？ デーヴァは、私の妹なの？ 胸が痛い。 ハジの側にいて、今までこんなに胸が痛くなったことがあるだろうか。 こんな不安な気持ちになったことがあるだろうか。 小夜は、静かに、来た道を振り返った。降ったばかりの柔らかい白い雪の上の二人の足跡は 重なり合っている。 まるで、一人で歩いて来たかのように。 二人で一人分の足跡。 ふと、東の空を見ると、東雲色に明るくなり始めていた。朝の仄白い光の中で降り続く雪が一粒 一粒が硝子のように輝いている。 「・・・小夜。」 背中で低く掠れた声がした。小夜の肩に回されていない方の左手が小夜の冷え切った左手に 触れる。 「ハジ？」 ハジの左手は、そっと小夜のその手を、包むように握った。 そっと。 そして、それっきりハジは、何も言わなかった。 そう、私は「動物園」へ行こう。 私は一人でいいの。 本当は一人で行きたい。 ・・・でも、ハジと。 今は、ハジと二人で。 閲覧をありがとうございました。20話と21話の間のつもりです。「吹雪」の続きは、放っておいてこちらを 書いてしまいました・・。拙いお話を読んでくださいまして、嬉しいです。 お話がどんどん進むので、何だかのんびり書いていられないですね・・。 これからハジと小夜がどうなっていくのか気になっています。 Go Back |