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買い物

小夜とハジは、芝生の広い公園をのんびりと歩きながら、賑やかな通りへと向かっていた。公
園の小道を空を見上げながら歩く小夜の側を、子どもたちを乗せたポニーの列が通り過ぎて行
く。すれ違ったポニーに乗った子どもたちは楽しげに、そのまま公園の奥の牧場へと消えていっ
た。
 公園の真ん中までたどり着くと広々とした広場に出る。大きな広場にあるベンチでおしゃべり
する女性たちやその周りを駆け回っている小さな子。小夜は、足を止めてその様子を眺める。
ベンチに座っている母親らしき女性の一人のすぐ横にはベビーカーが置かれており、母親が
時々中を覗いていた。赤ん坊の小さなふっくらとした手が、一瞬乳母車の端から見える。
 広場の中心に並んでいる花壇は、色とりどりの愛らしい花々で埋まっていた。風が吹く
たびに、その色鮮やかな花びらが眠たげに揺れている。

 小夜は、気持ちよさそうに深呼吸した。
「・・・ハジ。今日はいい天気だね。」
「・・ええ。」
小夜が振り返ると青年が頷く。
「・・・随分、暖かいし、このまま、いい天気が続くといいのにね。」
小夜が近くをはしゃいで駆け回っている子どもたちに視線を移した。その向こうには、ベビーカー
を転がしながら、赤ん坊をあやす母親が見える。
「・・・小夜、今日は、ハヴィアの誕生パーティの買い物する予定でしたね・・。」
ハジが、声を掛けると、少し饒舌になっていた少女は、急に黙り込んだ。何故か、顔色が曇る。
「この公園を抜けるとショッピング街があります。買い物するには丁度いいと思いますが。」
「・・・うん。」
歩いていた小夜が足を止め、ハジの言葉に、その気のなさそうな返事をした。視線を足元に落と
す。
「・・・あのね、ハジ。私、誕生会になんか行ってもいいのかな・・?」
小夜が当惑したように呟いた。少女の後を追うように歩いていたハジは声を答える。
「・・小夜。」
「・・・私みたいなのが、皆で楽しく過ごす誕生会なんて行ってもいいのかな・・・。」
ハジは、何も言わない。
「・・・・カイたちは、もう私と関わらない方がいいと思うの。私と関わると、きっと皆が傷つくような
気がするの・・・。」
その声は、震えているかのように、か細い。
「・・・・・・・・・・。」
その力ない声に歩いていたハジが、立ち止まった。
「・・・・もし、また、誰かに何かあったら、って思うと・・私・・。」
そう嘆く少女の背後で、今度は青年が近づく足音がする。
「・・小夜。」
白い包帯の巻かれた右手が、小夜の肩に、そっと触れた。
「・・・それは、考えすぎだと思います。」
少女は首を振る。
「・・・そんなことない。だって私は、本当は人間じゃないんだもの。」
今度は、青年の包帯の手が小夜の肩を優しく抱き寄せた。
「・・・それに、ハヴィアは、誕生会に貴女が来ることを楽しみにしていると思いますよ。」
「・・・そうだね。・・そうかもしれない・・。カイもそう言ってくれたよね。せめて、プレゼントだけでも
送ってあげないと・・・。」
小夜は、ハジの言葉に少しばかり気を取り直したのか、ため息をついた。
「・・さあ、もう、すぐそこですから、行きましょう。」
ハジは、小夜の背中を押して促した。


          *                *               *


 その小さな店の店先には、小さな子どもたちが喜びそうな玩具が並べられていた。
木製のままごとセット、人形、パズル、鞍や手綱まで付いた木馬。小夜は、それらを珍しそうに
眺める。
「・・・ハジ、プレゼントには、どれがいいと思う・・?」
品選びに困っている小夜に聞かれても、ハジには答えようがなかった。

 サヤの好んだものなら、よく覚えている。バラ園の薔薇の花。サヤは、出会った当初は派手な
赤い薔薇を望んだが、いつのまにか自分が摘んでくる淡い色合いの薄桃色の花を好むように
なった。そして、古い弦楽器。それに美しい細工の施された髪飾り。厨房で焼かれた甘い菓子。
 無邪気で、明るくて、いつも楽しそうな我侭一杯の少女。でも、少女は、ハジが来たから
楽しいのだと当たり前のように言ってくれたものだ。その少女は、自分に対して時には、母親の
ように世話を焼きたがり、時には、妹のように駄々を捏ね、時には、姉のように説教をしてみ
せ・・・。

「・・・ハジ、聞いている?」
小夜の声に、ハジが我に返る。
「・・・・小さな女の子には、何のプレゼントがいいと思う?」

ハジが店の中を見渡した。
「・・・そうですね、男性である私には、よくわかりませんが・・。」
「・・・あのね、あのぬいぐるみなんか、どうかな?」
ハジが小夜の指先を見た。その先には大きな白いテディベアが置かれている。
「・・・小夜がいいと思うのでしたら、あれで良いと思います。」
ハジの返事に、小夜が困ったように嘆息した。
「・・・ハジって、昔から、そうだよね。私が意見を求めると、いつもサヤの好きにして下さい、みた
いに言うんだよね。」
「・・・そうですか?」
「うん、そうだよ。」
少女は、頼りにならない従者を置き去りにして、勝手に店の奥へと入っていく。小夜の姿が見え
なくなった。

「ハジ。」
突然、店の奥で青年を呼ぶ少女の声がする。
「ねえ、ハジ、見てこれ!小さくて可愛いの!」
女主人に呼ばれた従者は、背負ったチェロケースに気をつけながら店の奥へと入ると少女が
手に持っているものを見た。
「ハジ、見て、見て、これ赤ちゃんの帽子だよ。こんなに小さいんだ・・。それに、見て、このお洋
服も、凄く小さいよ。ここにあるの、全部、赤ちゃんのものなんだね。このおもちゃも、きっと赤ち
ゃんに使うものだよね。この上着も可愛い!・・・それに、このミトンもちっちゃくて可愛い!」
少女が、楽しそうに赤ん坊用の品々を手に取っている。青年は、先ほどと打って変わった少
女の明るく機嫌の良い、屈託のない表情に、安堵した。
「ジョエルお父様のお城には、何でもあったし、いろんな動物もいたけど、何故か、赤ちゃんだけ
は、いなかったよね。」
「・・・そう言えば、そうでしたね。」
小夜は、青年を相手におしゃべりをしながら、少し離れた通路の端にあるものを見つけた。
「ハジ!これ、ベビーカーだよ!さっき、公園で見たものと同じ!素敵な色!」
今度は、小夜が通路をベビーカーを押して歩き始める。
「ねえ、ハジ。ここに赤ちゃんを入れて、一緒に公園とか散歩すると楽しいだろうね。こんな
いい天気の日には。」
小夜は、ベビーカーを押しながら、通路の向こう側でくるりと回ってハジの方を向いた。
「・・・小夜は、赤ん坊が好きなのですね。」
青年が、尋ねる。
「・・・うん、そうかもしれない!ああ・・可愛い赤ちゃん欲しいなあ・・!」
楽しそうな少女は、顔を上げ、青年の碧い瞳を見た。その背の高い従者の瞳を見たとき、少女は
彼が、女に子どもを与えることの出来る『若い男』であることに気がつく。
「・・・あ。」
途端に、小夜は、頬を赤く染めて俯いた。

「・・・お客様、そのベビーカーをお求めですか?」
小夜は、背後の店員の突然の声に、驚く。
「・・・あ、その・・。違うんです、見ていただけなんです。つい可愛くって・・。ご、ごめんなさい。」
小夜が、高価な商品を触った無作法を咎められたと思い、項垂れた。
「・・・このベビーカーは、赤ん坊が生まれてすぐ、使うタイプのものではありません。もし、生まれ
てすぐに御使いになるものをお求めでしたら、こちらを。」
店員の女性が、隣のしっかりとした作りの、大きなベビーカーを手で指し示した。
「・・・ところで、失礼ですが、ご予定は、いつですか。」
そういって、中年の店員は、すぐ隣に立っているハジを見て、さらに小夜のお腹の辺りを見つめ
た。
「そのご様子ですと、ご出産は、まだ先のようですね。」
店員は、優しく微笑んだ。
「・・・嬉しくて、早く買い揃えたい御気持ちはわかりますが、生まれてくる赤ちゃんを楽しみに待ち
ながら、ゆっくり準備なさるといいと思いますよ。」
 少女は、真っ赤になったまま、答えることが出来ない。
「では、ごゆっくり店内をご覧になってくださいね。」
店員は、そう言うとどこかへ去っていった。
「・・小夜?」
ハジは、店員が立ち去っても、顔を火照らせたまま、動けなくなっている女主人に声を掛ける。
だが、小夜は、主人を気遣う従者を無視すると、いきなり、白いテデイベアの置いてあるおもちゃ
のコーナーに足早に突進し、それを抱えてレジへ急いだ。

「・・あ、あの、これ、ください!小さな女の子のプレゼントにしたいので、ここでラッピングも
お願いします!」

 少女は、レジの隣のカウンターでプレゼント用に包装された大きな包みを受け取ると、大急ぎで
通りへ飛び出していった。

 青年は、その後姿を見ながら、店を出る。そして、通りの向こうを走っていく少女を目で追った。

 その華奢な背中は、従者である青年に追ってくるなと言っている様でもあり、また、追ってきて
欲しいと言っている様でもあった。







閲覧をありがとうございます。
イギリス編で、ハヴィアの誕生会に呼ばれた小夜が、プレゼントを買いに言ったときの話の
つもりです。