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いつの日か 3

   
どこからともなく、流れてくる歌声。これは嵐の音ではない。風と雷と雨の音に混じって、微かではあるが、確かに若い女の歌声が聞こえてくる。

---まただ・・・。
---あの塔から・・。

 ハジは、急いで毛布をはねのけ、ベッドの上に身を起した。目を閉じ、耳を澄ます。いや、正確には澄ますのは、耳ではない。身体全体で聞くのだ。全身の感覚を研ぎ澄ますと、その哀しげな細い歌声は、館の向こうの方にそびえる古い尖塔から聞こえてくるような気がした。
 だが、その塔は、現在使われておらず、老朽化による崩壊の危険から、出入りは固く禁じられているはず。誰も入ることはない。
   
 普段は、そんなことを気にしたことはなかった。そこは、長い歴史と戦乱をくぐり抜けた古い城のこと、召使い達の間では、いろいろな噂があることも事実だった。    
   この城には、見たこともない生き物が密かに存在していると・・・。実際に見たことがあるという者さえいた。醜く、恐ろしい姿であったとか、或いは、逆に若く美しい女でこの城の召使いの生き血をすすっているのを見たことがあるとか・・。だから、この城には勤めたくないと・・。

--誰もいないはずの朽ち果てた塔。

だが、その塔の天辺からハジには時々、震えるような美しい声の歌が聞こえてくるように感じて仕方ないのだった。
誰かが、勝手に塔に登っているのかと気になって皆に聞いてみたが、誰も塔などへ行かないし、歌など歌っていないと本気にしてくれなかった。もしかしたら高い塔を吹き抜ける風の音が、女のソプラノに聞こえてしまうのかもしれない。


 少年は、暗闇の中で少し不安になる。考えても見れば何百年も前から建つこの古い城には、人外の存在が現れてもおかしくないのかもしれなかった。

   ・・・こんな時、サヤは?サヤは、どうしているだろう?

今日、世話をしているメイドがやめてしまったと聞いたばかりだ。あんなに偉そう振る舞っていても、所詮女の子だし・・・。こんな荒れ狂う嵐の夜にも、誰にも側に来てもらえず、一人で怯えて
いないだろうか・・・?

 ハジは、ベッドをするりと降りるとベッドの横の小さな台に置いてある燭台を手にした。
さらに手探りで、近くになるはずのマッチを探す。それを器用にすって蝋燭に火をともすと、燭台を持ってかざし、重い扉を開け、こっそりと部屋を出た。暗く湿った広い廊下に出ると風と雷の音が、まるで、不気味なこだまのように響きわたっている。だが、こんな城の奧まで、まだ歌声が聞こえてくるような気がした。いや、
気のせいではない。確かに聞こえる。ハジは小さな灯りで長く暗い廊下を恐る恐る歩き続け、 ようやくサヤの部屋の前に辿り着いた。

 サヤの部屋の前まで来ると、勇気を出して重々しい大きな樫の両開きの扉をノックしてみる。中からは返事はなかった。ぐっすりと眠っているからなのか、それとも嵐の音でノックが聞こえないのか・・・。ハジは、決心すると勝手にその扉をそっと押し開けた。悲鳴のように軋んだ鈍い音を立てて扉が開く。

 開けてみると部屋の中はは真っ暗だった。だが次の瞬間、稲光で部屋が明るくなる。窓際のベッドの上に、確かに少女が身を起こしているのが見えた。冷え込む夜だというのに天蓋のカーテンを引いていないらしい。

「・・・・サヤ?」
サヤの姿を認めたハジは小さな声で囁いてみる。だが、そのサヤからは、返事がなかった。

「サヤ!」
少年の大きな声に、やっと気がついたらしく少女が少年の方を見たようだ。
   
「ハジ・・・?しっ、静かに。」

サヤが自分の唇に指を当てた。そして、顔を傾けて、目を閉じてみせる。さらに、両手のひらを耳の両側に持って行く。ハジはその様子を一心に見つめていた。

---歌が止んだ。

「あ・・・歌が聞こえなくなった。」
少年は、歌が途切れた気配を感じると窓の外に霞んで見える塔の辺りを見つめる。少女が、その様子に驚いた表情で少年を見た。

「・・・ハジ。もしかして、あなたも何か聞こえるの?」
「・・・うん。」
少年は、こくりと頷く。
「何が聞こえる?」
「・・・女の人が歌っているよ。」
「・・・ハジにも、聞こえるんだ。お父様のジョエル以外、誰も信じてくれないのに・・。」
今度は少年は首を振った。
「・・・ちゃんと聞こえるよ。塔の上の方から・・・」
「やっぱり・・・?」
二人は、顔を見合わせる。暫く、沈黙があった。
「ねえ、ハジは、人間だと思う?」
少女は、声を潜める。
「・・・・・・・・・・。」
「もしかしたら、幽霊かもしれないよね、ハジ。」
「・・・・・・・・・・。」
少年は無言だった。
「だって、このお城は、とっても古いから・・。」
「・・・・・・・・・・。」
ハジは少女の顔を見上げた。
「・・やだ、ハジ。震えているじゃない。」
サヤの口元は、少し笑っているようだ。
「・・・ふ、震えてなんかいないよっ!」

その時、閃光が煌めき、大きな雷鳴が響き渡った。

「ちょ、ちょっと・・・。しがみつかないでよ、ハジ。」
「・・・し、しがみついてなんかいないだろ!」
「・・・だったら、とっとと、自分の部屋へ帰りなさいよ!」
少女は、少年の手を振り払った。
「・・・・・・・・・・。」
よく見ると少年の碧い瞳が潤んでいる。
「・・・サヤ・・・・・・・。」
サヤは、少年を見つめた。そして少しの時間、考え込んでいたが、その腕を掴んで、ベッドに引き上げてやる。
   
「・・・・・・・・・・。」
「もう・・!今夜は、ここで寝なさいよ!」
さらに少女は少年を羽根布団の中へ、引きずり込んだ。
「今夜だけなんだから、まったく・・・!」
少年は恥ずかしそうに、少女の横に滑り込む。温かくて気持ちよかった。サヤは、外側へ身を乗り出して、天蓋の薄布のカーテンを引く。嵐の暗闇の中で、二人は手を取り合った。何故かここだけは、外の喧噪とは別に静寂な時間が存在していた。

「ねえ、今度、塔に登ってみましょうよ。」
「・・・だめだよ。あそこは古くて壊れかかっているから、誰も入っちゃ駄目だって言われて・・。」
「・・・ハジ、怖いんでしょ。」
少女は、可笑しそうにくっくと笑う
「・・ち、違うよ!」
「私は、いつか行ってみるつもりよ。いつかね。」
「・・サヤ、また我が儘言って・・。ジョエルに怒られるよ。だって、あの優しいジョエルが行ったらいけないって言うくらい古い塔なんだから・・。」
サヤは、少年の言葉など聞いていない。
「もしかしたら、あそこに誰かいるのかしら・・。」

時々、思い出したかのように空から舞い降りてくる青い薔薇の花びら・・。それは、もしかしたら、あの塔の上からではないだろうか。サヤは、大きくため息をつくと羽根布団の中へ潜った。


「・・・そうだ。」
突然、無邪気な明るい囁きを漏らして、サヤは、何かを思い出したように、むっくりと身体を起こした。ハジが、驚いて見上げる

「あのね、ハジ。実はね、前もいったと思うけど、私ね、大人になったらここを出て行くつもりなの。このお城から。ジョエルには内緒だけど。だって、私、ここしか知らないのよ。でも、世界は広いんでしょ。本で読んで知っているわ。」
「・・・うん。」
少年は、少女の突拍子でもない思いつきにたじろいだ。
「このままだと、私は、ここに閉じこめられて、そして、いつか嫁がされちゃと思うの。そしたら、また他のお屋敷に閉じこめられちゃうでしょ。」
「・・・サヤ、誰かのところへ嫁ぐの?」
少年の声が弱々しい。
「わかんないわ、でも、きっと普通はそうよね。女の子というのは、社交界へデビューして、素敵な夫を紹介されて、結婚するものなのよ。私、本で読んだんだから。」
「オレ・・僕は、付いていくの?お友達だから?」
少年は、恐る恐る少女の顔色を伺った。
「やだ、無理に決まっているじゃない。男だもの。連れて行けるのは、世話係のメイドくらいね。」
「サヤの世話係のメイド、やめちゃったじゃないか。誰が付いていくんだよ。」
「う・・・ん。」
「オ、オレがついて行ってやるよ。どうせ、誰もサヤのメイドなんかしないし。」
「・・失礼ね!」
サヤが不機嫌になる。
「・・ねえ、ハジは、本当に私とここを出たい?」
「・・もし、サヤが行くなら・・・。」
「じゃあ、私たち、大人になったら、こっそりここをでて、世界中を、旅して回りましょうよ。ハジも必ず付いてくるのよ。でも、ジョエルお父様には内緒。絶対反対されるもの。」
「・・・うん。」
   
外は、激しい嵐だった。だが、ベッドの中では穏やかな静けさが二人を包む。
暗闇の中で、少女と少年は身体を寄せ合い、心地よい眠りに落ちていった。



眠る少女は、夢を見る。

まだ、見たことのない美しい花々。
本で出会った色とりどりの魚たち。
草がそよぐ草原とどこまでも続く空。
白い砂糖のような雪と白い大地。
深い緑の峰が連なる山々。


少女は振り向く。そこには大人になったハジが立っているに違いない。その黒髪の、碧い瞳を持つ青年は静かにサヤを見つめているのだろう。


・・・ねえ、ハジ。私は自由になるの。
私たちは、二人でこの城を後にして、旅に出るのよ。
いつまでも、どこまでも二人で自由に世界中を巡り続けましょう。


少女が手を差し延べると青年がその穢れない手を取ってくれるだろう。


---私たちは、きっと旅に出る。
   いつの日か、私たちがこの世界の何処かで、地の中に安らかに、
   共に眠る骨となるために。--







拙いお話の閲覧をありがとうございました。
22話を受けて、出会った頃の子供のハジとサヤの
お話を書いてみました・・。
ところで、アンシェルって執事さんかと思っていました・・。
研究助手だったのですね。少し書き直しました・・(涙)
さらにハジは「ロマ」だったのですね・・。(個人的には少し無理な設定だと思いますが)
・・・時間がありましたら直します
あと、たぶん、文章力に問題があるのではないかと思われますが
どうしていいかわからないので、見逃してください・・。
原作アニメでも、ハジとサヤが幸せになるといいですね・・。
これでいつの日かシリーズはおしまいです。