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或る日の出来事

その日は、朝からサヤの姿が見えず、昼近くなっても館の居間に戻って来なかった。戻ってくる気配すらない。折しも予定されていたジョエルとの昼食の時間が迫ってきて、ハジは彼女を捜し回らざるえない状況になった。

何故か大広間にも中庭にもいない。お気に入りの薔薇園にも果樹園にも。仕方なくハジは使用人たちにサヤを見かけなかったか、聞いて回り、その情報から、彼は、やっとサヤの居場所を探し当てることが出来たのだった。ようやく見つけた彼女は、探し回ったハジの気も知らず、使用されていない別棟の建物の中の納戸代わりの小部屋で、何やら一人でごそごそと動いていた。


「サヤ、何をやっているんです・・・?随分探しましたよ。」

やっとサヤを見つけたハジが埃っぽい部屋に入ると声をかけたが、少女はドレスが汚れるのも構わず、何かに夢中になっており手を止める様子はなかった。

「・・ああ、ハジ。・・何って、捜し物しているのよ。」
ハジに声をかけられても、気にもとめず使い物にならないような古家具が積み重ねられた小部屋で、きょろきょろと視線を走らせている。
「・・捜し物って・・。この部屋は古い家具しかありませんよ。」
「だから、ここへ来たのよ。」
その部屋には、使われることのなくなった古い棚、テーブルや壊れた椅子などが集められ、白い布をかけられて片付けられていた。
「・・ああ、もう!これじゃないわ。」
サヤは、取り去った布の下をのぞくと、がっかりしたような声を上げた。サヤの動作に部屋の中に埃が、もうもうと立つ。ハジが、鬱陶しそうに咳き込んだ。
サヤ、汚れますよ。こういうことは、下男にでも頼んでください。」
さすがのハジも、あきれかえってサヤに注意した。
「・・・もう・・私の勝手でしょ。ハジも探して。」
「・・・全く何を、探すんですか?もうすぐ、ジョエルとの昼食の時間ですよ。」
「あのね、昔からいるメイドに聞いてみたら、ここにあるんじゃないかって・・・。」
「ですから、何を、です?」
少女がジョエルとの予定を忘れてまで、夢中になっている様子を青年には理解できない。


「あった・・・・!これよ!ハジ!」
薄暗い部屋の隅で、サヤが歓声を上げた。彼女の賑やかな声にハジも覗いてみる。
「サヤ・・・これですか?」
サヤが肯定するかのように、にっこりと笑った。彼女が嬉しそうにハジに見せたものは、古ぼけているが木製で細やかな植物の彫刻の施された小さな箱のような家具だった。その蓋のない細長い箱には、しっかりとした足が4本着いており、箱の上の一部には、同じ木で覆いのようなものも取り付けられている。
さらに、中には古い敷き布が敷かれたままになっていた。

「サヤ。・・・・これは・・。」
「・・・・そうよ!これを探していたの!」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」

それは、どう見ても赤ん坊用のベッドだった。サヤが何故そのようなものを探していたのか、ハジには、わけがわからない。何かの遊びに使うのだろうか・・・。もしかしたら、人形遊び?剣を
振り回すのは好きなようだったが、人形で遊んでいる姿は見たことがない。ジョエルがサヤにビスクドールでも買ってきたのだろうか・・?
「あの・・サヤは、人形遊びは、嫌いだとばかり思っていました・・。あの・・言っておきますが、私は人形遊びは、お付き合いできません。」

「・・何言ってるのよ。人形遊びじゃないわ!ハジ!私、もう子どもじゃないもの!あのね、ここへ本物の赤ん坊を入れてみたいの・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
ハジは、思わず絶句したが、サヤは気がつかない。
「昨日、お屋敷を下がったメイドが遊びに来ていたでしょ。」


ハジは、はたと思い当たる。そう言えば、館の仕事を辞し、里へ帰って結婚した若いメイドが赤ん坊が生まれたとかで、わざわざ顔を見せに来たのだった。裏庭の片隅に使用人たちが集まり、皆で楽しそうにしゃっべていた。
それをサヤがそれを物陰から、懸命に見ていたのだった。誰かがあやすと、母親に抱かれた、その赤ん坊が、声を立てて笑う。サヤは、それを羨ましそうに眺めていたのだ。


「大丈夫よ、ハジ。赤ちゃんは私が世話をするから。ハジには、頼まないわ。だから、ここへ入れる赤ん坊を連れてきて頂戴。」
「・・・あの、サヤ・・メイドと赤ん坊なら、もうとっくに帰りましたよ。」
「じゃあ、私用の赤ん坊を見繕って連れてきて。」
サヤが、さも不機嫌そうに言った。やれやれ、困ったことだ・・。彼女は、赤ん坊を仔犬か何かと勘違いしているらしい。仕方ない、ハジは提案した。

「・・・あの、サヤ。ジョエルに頼んでみたら、どうでしょう。赤ん坊のいるご婦人を呼んでくれるかもしれませんよ。少し抱かせてもらったらどうですか。」
青年の提案に、サヤが困ったように首をかしげる。
「わかっているわ。私も、赤ちゃんが欲しいって、ジョエルには頼んだんだけど、何故か、とても驚いていて口をモゴモゴさせているだけで何にも言ってくれないの。いつもなら、欲しいものは直ぐにプレゼントしてくれるのに・・・!どうして、赤ん坊は駄目なのかしら。」
サヤは、落胆した様子で説明する。
「・・・・・・・・・・・。」
サヤは、一体どのような口ぶりで、ジョエルにおねだりをしたのだろうか。

「それでね、ちょうどアンシェルがいたので、今度、パリに行ったとき、赤ん坊を買ってくれるように頼んだのだけど、そうしたら、急にジョエルが赤ん坊の話はもうしないように、ですって・・!」
しゃべりながらサヤは、部屋の片隅から埃だらけのベビーベッドを引きずり出した。それを見たハジは、それを抱えて運んでやる。

「でもね、アンシェルがジョエルがいないときに、こっそりいいことを教えてくれたのよ。」
「・・・アンシェルが・・ですか?」
ハジは、アンシェルが、どうしても好きになれない。彼は、ジョエルに対する態度と自分に対する態度がまるで違う。姑息で二面性がある彼には、なるべく関わらないよう心がけていた。
「彼はハジに頼めば、何とかなるかもしれないって言ってたわ・・・!」
「・・・・・・・・・・。」

ハジは立ち止まり、抱えていた小さなベッドを床へ降ろすと、まじまじとサヤを見つめた。

「赤ん坊を手に入れるのは、とても難しいらしいの。だけど、ハジに頼めば、1年後ぐらいに手に入るかもしれないって・・・。ハジなら、私の願いを叶える事が出来るんじゃないかって言われたのよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」

サヤは、少し身をかがめると、今度はハジの顔をのぞき込む。
「・・そうそう、私考えたのだけど、見慣れた雰囲気の赤ん坊がいいの。そうね、ハジを見慣れているから、できれば、黒髪で碧い目の赤ん坊がいいわ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
いつも我が儘なサヤが必死で懇願する。
「だから、ハジ、お願い・・。私に赤ちゃんをちょうだい。・・・ああ、でも私、1年も待てるかしら・・・!。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・で、ハジ、どこで赤ん坊を手に入れてくるの?くれる人を知っているの?親戚?」
「・・・・・・・・・・・・・・。」

返事はなかった。もう、ハジには彼女の話が聞こえてないらしかった。その様子を不審に思った少女は、気になって彼に語しかけてみる。

「・・・ねえ、ハジ?一体どうしたの、顔が真っ赤よ。しかも耳まで・・!もしかして、熱でもあるんじゃないの?」

サヤは、もはや心ここにあらずといったハジが、酷く落ち着きのない動作で古い小さなベッドの飾り縁をしきりと撫でているのを訝しそうに見つめていた。


その後、サヤが赤ん坊の一件を忘れ去るまでサヤの部屋の大きなベッドの足元にその小さなベッドが置かれる事となった。ある日、ベビーベッドがサヤの部屋にあるのを見てしまったジョエルは、大いに狼狽し、複雑な表情を見せた。一方、アンシェルは、密かにほくそ笑んだらしい。
そして、ハジは、しばらくの間、毎晩、ジョエルのビリヤードの付き合わされ、昼間は何かを期待しているらしいアンシェルに、しつこく付け回され、さらに皆が寝静まった後は身に覚えのない容疑で下男たちの監視を受けることとなり、不自由な日々を送らざる得なかったことは言うまでもない。




読んでくださってありがとうございます。
原作アニメが重苦しくなってきて、少し辛いので
こんなお話を書いてみました。