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// 試験(一護とルキア)

「一護、何をしているのだ。」

押入れの襖が音もなく開き、隙間から、黒髪の少女が顔を出した。

「・・・何って、見てわかんねのかよ。『試験勉強』だよ。もうすぐ期末だしな。」
突然の背後からの声に、苛立ちを抑えながら、一護は答えた。
「いや、貴様が机に向かっているなんて、珍しいから、聞いただけだ。いつもは、そこの高床式
寝床の上に寝転がっているからな。」
ルキアの無遠慮な言い方に、不愉快そうに一護が振り返った。
「・・お、お前なあ!真面目な高校生に向かって、なんていい草だよ!・・ってルキアも期末テスト
だろう!」

パステルカラーのカジュアルなワンピース姿の少女が、押入れの上段から
ひょいとフローリングへ飛び降りた。透かし編みのピンクのニットの裾が、ふわりと捲くれる。
その背中には、ベージュのナイロンバックがちょこんと背負われていた。

「・・けどよ、お前は、どうしていつも唐突に押入れから出て来るんだよ!ノックぐらいしろな!
誰もいないはずの背後から、いきなり声がすんのはのは、心臓に悪いぜ。・・それにルキアは女
なんだから、それこそ、本当に、かりんたちの部屋を一緒に使えばいいだろうが!」
少女は、捲れたニットの裾を直す。
「・・・何をいうか、あの部屋は、既によく利用しているぞ。かりんやゆずとお菓子を食べたり。
おしゃべりしたりしている。現世のことを知るのに、なかなか役立っている。だがな、死神の仕事の
話や虚の話は出来ぬ。貴様とすぐ連携も取れぬ。いざというとき、僅かな時間さえ無駄にしたくは
無いのだ。」

少女は生真面目な調子で答える。

「・・まあな、そりゃわかるけどな・・。それにしても、そもそも押入れに住むってこと自体が・・。
ところで、お前が押入れに住んでいることを、他の死神たちは知っているのか?」

少年の素朴な疑問に、何かを思い出すかのように、少女は頬に指を当てて首を傾げた。

「・・そうだな、取り敢えず、恋次のように知っているものもいるが・・・。」
今更ながらの質問に、少女の認識は、あいまいなようだ。

「・・・ということは、白哉も承知済み、ということか、アイツもお前の押入れ住まいに、さぞかし、
呆れているだろうな。」
少年のその言葉に、何故かルキアの表情が曇った。

「・・・いや・・私からは兄さまには・・言っていない・・。」
一護は、座っていた回転椅子をくるりと回すと、ルキアを斜めに見上げた。
「・・でも、恋次が知ってるんだったら、伝わっているだろ。あいつ、同じ隊の副隊長だしな。
ルキアのことを聞かれることもあるだろうし。」
だが、その予想に反して少女は言葉を濁す。

「・・・あの恋次が言うはずがなかろうが。私のような無垢で愛らしい少女が、がさつで無作法な
男の部屋の小汚く窓一つ無い牢獄以下の押入れに住んでいるなど、やんごとなき貴族の兄さまに
報告できるはずが無い。」

「・・おい、何か、余計な形容詞が入っているぞ。しかも小汚くて悪かったな!」
一護は、今度は不愉快そうに椅子の背を倒して、反り返るようにルキアの表情を覗き込んでくる。
ルキアが俯いた。

「・・・ああ・・兄様が知ったら、どれほどお嘆きなるやも知れぬ。一護の家は立派な御医者の家と
言ってある。その家で妹たちと一緒に、優雅に暮らしていることになっているのだ。」
少女の話を無視すると、少年は椅子から立ち上がり、隣の本棚から英語の辞書を抜き出す。
「・・優雅ねえ・・まあ、当たっているじゃないか。確かに3食、通学付で優雅だろうが。」
だが、ルキアは俯いたままだ。

「・・しかし、もし、あの兄さまが、私が一護のこんな小部屋で一緒に暮らしていると知ったら、どうなるの
だろうか・・。場合によっては、兄さまが、ここを訪れることがあるやもしれぬ。朽木家ではありえぬ狭い部屋。
しかも、実は、部屋には、このように高床式寝床が一つしかないことことを見てしまったら・・。確かに、この狭い寝床では、どう考えても二人は重なり合って眠るしかあるまいと解釈なさるだろう。」
「・・・・・・・・・・。」
予想外の方向への話の展開に、呆気に取られた少年は、手に持っていたはずの辞書を足元へ落としてしまった。
「・・・いてっ、お前!思いっきり誤解受けるような言い方するなよ!お前の寝床は押入れだろうが!」
少女の黒い瞳は一護をちらりと盗み見た。

「もし、貴様が兄さまの立場なら、貴族の娘のルキアが押入れに寝ています、などという 言葉を信じるか?」

「・・・・・・・・・・。」
辞書を拾い上げようと屈んだ一護からは答えは無い。
「・・・仕方あるまい。兎に角、私が良き策を考えるとしよう。」
少女は神妙な面持ちで腕を組んだ。

「・・うむ、一護、いざとなったら、貴様が男として責任を取ればいいのだ。」
「・・せっ、責任!?どうして、そんな話になるんだよ!男としてって、どういう意味だよ?俺は高校生だぞ。そもそも責任って俺は何もしてねえぞ!責任なら まず、お前が取れ!俺の部屋への住居侵入罪だ!警察に突き出してやる!」
「・・・なんだと!純真な乙女を警察に突き出すなど、言語道断。人権侵害だ!」

二人が不毛な言い合いを重ねていると、ルキアの背中の小さなナイロンリュックのファスナーが
しゅるしゅると開いた。中から、ライオンのぬいぐるみが顔を出す。

「おい、おとなしく聞いてりゃ、大事な俺様を忘れているじゃねえか!訂正させてもらうぜ!『3人で重なり合って寝ている』だ!」
一護は、腕を伸ばし、ヌイグルミをむんずと捕まえるとリュックの中から引きずり出す。
慌てたぬいぐるみのコンが手足をバタつかせた。

「お前まで誤解の重ね塗りをするな!ヌイグルミのお前は、床で寝てるだろう!」

「・・・たく。これじゃ試験勉強にならねえ。今回こそ石田の野郎に、ほえ面かかせてやろうと思ったのによ。」
一護が床へ力なく、へなへなと座り込む。コンは、その隙を突いて、一護の手から抜け出した。
床の上を滑りながら駆け抜けると一目散にルキアのところへと走っていく。

「・・・姐さん。俺をリュックに戻してくれ。どうせ、どこか行くんだろ?」
ルキアは返事をせず、無言のままでリュックのファスナーを閉める。
「ダメだ、コン。お前はここにいろ。私は井上のところへ行くんだ。セクハラをされると私が困る。この間も、こっそり付いてきて、クローゼットに入っていたからな。」
「いやん・・姐さん。じゃあ、姐さんのクロゼットに入れてくださぁい。出来れば、キュートな下着の
入っている引き出しにでも。」
「・・・・・・・・・・。」
ルキアは、しっかとコンを掴むと、一護に向かって突き出した。

「一護、お前が面倒を見ろ。くれぐれも私のクローゼットに入ることの無いように見張ってくれ。」
「・・・お前、あの押入れの中にクローゼットなんかあるのか。人の部屋に勝手にいろんなものを
置くなよな。」
ルキアは、コンを一護に投げつけると、くるりときびすを返した。

「出かけてくる。私もお前と同じく試験だからな。織姫のところで、学習会だ。」

「なら、さっさと、行けよ。どいつもこいつも勉強の邪魔だ。」
だが、ルキアはくすりと笑っただけだった。
「一護、貴様は運がいいのだろうが、いつも学年で上位にいるではないか。それだけ運が良ければ
心配なかろう。」
だが、オレンジ髪の少年は、向きになって口を尖らせる。
「おい・・運じゃねえ!実力だ!俺は優秀なのさ。・・・まあ、その・・どっちにしろ、いずれ親父の、この医院も継ごうかなって思っているしな・・。」
少女は振り返る。
「・・・ほう、貴様は親父殿の後を継いで医者になるのか。それは大層なことだな。残念だが、 私は貴様の患者にはなりたくない。命は大事にせねばな。」
少女は、ドアに向かってダッシュし、勢いよく扉を開けて、閉めた。と、閉じられたドアの向こうで、パシンとスリッパを叩きつけられる音がした。その音に、ルキアは噴出しそうになった。

一護は、実のところ、ほとんど勉強の時間など取れていない。この試験期間も虚退治の時間を取られてしまうだろう。だが、その成績は、石田と共に、いつも上位を占めている。
なんだかんだといっても、優秀なようだった。一護の父親も、変わった人物だが、近所でも評判のよい 医者だ。夜中でも祝日でも、いるときは、患者を診ているようだ。時々、往診にも出ている。

「・・おや、ルキアちゃん、お出かけかい?」
ルキアが階下へ降り、台所の前を通ると、診察室から戻ったらしい一護の父親が、台所で冷蔵庫の中をを覗き込んでいた。扉の内側のボックスから牛乳パックを取り出している。

「ええ、試験ですのでクラスメートと勉強会をしようってことになりまして。」
「うちの一護も、それくらい勉強してくれるといいんだがね。」
そういいながら、牛乳をグラスに注いでいる。
「・・・そうですね。」
ルキアは、玄関で靴を履く。後ろから、声がした。

「ルキアちゃん、いってらっしゃい、遅くならないようにね。」
ルキアは、愛娘に掛けるような言葉に一心の気遣いを感じて微笑んだ。
「いってきます。夕飯までには帰って手伝いますので。」
「・・い、いや、お預かりしている他所のお嬢さんに手伝いなんて・・。一護に手伝わせるよ。ア、アイツ、 結構、器用でね。」

以前ルキアの作った珍妙な料理に、心底びびった経験のある中年男の声は、心なしか震えている。

パタンと玄関の扉が閉まった。

一心にはルキアの気配が遠のいていくことがわかった。
義骸を使っていても、死神の『霊圧』は、完全に消えてしまうわけではない。むしろ、特徴あるものに変化しているといっていいだろう。

一心は、喉を鳴らして、ごくごくと牛乳を飲み干すと、再び、くたびれた白衣を着た。

そろそろ、常連のおばあちゃんたちがやってくる時間だな。さてと、仕事、仕事。






読んでくださった方、ありがとうございます。
一護くんって、いい子ですよね。
乱暴だけど、本当は、優しいし、面倒見いいし、友達思い。
・・その上、実は頭もよさそうです。
学生のころって、その人の人物像がわかりやすい時期だな、って思います。
社会人になると、表向きの顔が出来てしまいますからね。
私がルキアのお母さんだったら、
一護も白哉も恋次のだれでも、お付き合いしても
賛成かもしれない・・・。
ただ、恋次は少し柄が悪いのが、玉に瑕ですが。