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//帰宅(白哉とルキア)

「白哉兄さま、ルキアです。ただ今、戻りました。」

襖の向こうで上ずった少女の声がした。
「入りなさい。」
少女は、きちんと正座をしたまま、恐る恐る襖を開け、手を付き一礼した。そして、そっと、部屋へ入ると、後ろを向き、引き手に手を掛け、静かに襖を閉めた。

「白哉兄さま、ただ今、帰りました。遅くなり、申し訳ありません。いろいろと・・・。」

その言葉に、書斎の明かり窓の傍の文机に向かって、何やら、書き物をしていた男は、手を止め、筆を置いた。

「・・帰ってくるのが、遅かったゆえ、隊内詰め所へ連絡を入れたが、既に帰っていると言われた。」

その声は、静かであったが、僅かばかり、苛立ちが含まれているようでもある。背を向けたままの義兄の後姿からは、その表情を伺うことは出来なかったが、途中で連絡を入れておけばよかった、とルキアは、後悔した。義兄は、自分のことには、何の関心もないと、踏んでいたのだが義妹の振る舞いを当主として、管理監督の義務があるとは思っているだろう。

「・・あの、帰りに乱菊殿にお会いしまして、いろいろと話をしたいと・・。」

遅くなった理由をどこまで話してよいかわからなかった。白哉は、亡き姉の夫である義理の兄とはいえ隊長でもある。他の死神たちとは立場が違うし、仕事と直接関係ない雑用や私事など耳に入れてよいか、わからなかった。他の死神たちから、告げ口と受けとられるのも面倒なことだ。

「そんなことは、業務時間内に隊内会議で行えばよいであろう。」
義兄の冷ややかな声。
・・隊内で済ませる?乱菊はそんな人物ではない。だいたい、彼女の好む話など、死神の業務とは関係ないことがほとんどだ。はっきり言うと、他の死神たちには聞かせられない、噂話ばかりだ。

「あああの、乱菊殿は、外で話をしたいと。」
目の前の白哉の背中が微かに動くのが見えた。
「・・・外とは、どこだ。」
義兄は、明らかに何かを勘ぐっているのではないだろうか。
「そ、その・・じ、実は、新しい化粧品を試したいので、一緒に見てほしいと・・。」
「化粧品?」
男の声が訝しげに聞き返した。
「そ、そうです!私の意見なぞ、参考にしても仕方ないのではないかと、申しましたが、自分だけで決めるのはいやだと、申されまして、私が一緒に見てまいりました。気に入ったものを見つけられたようで、幸いでした。」
何故か義兄から返事はない。

「・・・それは、おかしいな、先ほど、用事で出かけていた屋敷の者が帰ってきたが、お前たちを流魂街の食事処で見かけたと言っていたぞ。」

・・・・しまった!化粧品を見に行ったのは、本当だが、ほとんどは、安い定食屋で、乱菊、恋次、日番谷たちと隊内の噂話に花を咲かせて、おしゃべり三昧に興じていたのだった。どれも白哉には聞かせられないような、ただの無責任な噂話ばかりだった。もっとも、それを承知で聞いてはいたのだが。
それに、そこは甘味も絶品と聞いて、夕食前だというのに、たらふく食べてしまった。

「・・・そ、そうです。帰りに一休みするため寄りました。」
「一休み?」
「・・まあ、そうです。」
しばし、沈黙が訪れる。

「私が聞いた話では、随分、長居をして騒いだ挙句に追い出されたと。」

実は、恋次が騒いでしまい、つまらない者たちとけんかになり、最後は追い出されたのだった。

「しかも、わが隊の副体長が大騒ぎをしたと報告があった。」

・・・まずい!恋次の件だけは言っておくべきだった。恋次が隊長に知られたくないと思ったので、いわないで済まそうと思っただけだ。騒ぐのも、いつものことなので誰も気にもしていなかったし。

「・・・では、ルキア、この件について、詳細に報告しなさい。」
背を向けていた白哉は、ルキアのほうへ向き直ると、姿勢を正した。

「・・それとも、言えないことでもあったのか。」

「・・・・・・・・・・。」

根も葉もない、バカバカしい噂話。凄い勢いでかき込んだ丼飯。さらに、大盛りにしてもらった好物の白玉餡蜜。恋次の大騒ぎと下らないいつもの喧嘩。

考えてみれば、血のつながりがないとは言え、名家の朽木家の養女となっている身で流魂街へ赴くのは、適切とはいえない。皆も貴族の出身ではないが、押しも押されぬ立場の死神だ。

「・・・・あ、あの、気の置けない場所で情報交換をしておりましたが、恋次が大声を出して騒いだので、絡まれてしまい、喧嘩になってしまいました。もちろん、皆で止めました。恋次は少々怪我をしましたが、そのあとは、家まで送って事なきを得ております。」

「・・騒いだのは、恋次だけでないそうだが。」

・・・少し話を省略したこともお見通しのようだ。乱菊も便乗して、騒ぎ、挙句の果てには何故か何の関係も無い日番谷に絡んでいた。でも、以前の大騒ぎの事件のことを思えば、それほど、騒いだとも思えないのだが。

「大丈夫です。乱菊殿は、日番谷隊長が送りました。」
白哉の頬がぴくりと動いた。
「では、恋次は誰が送ったのだ。」
「・・・私です。」
喧嘩を止められたのが気に入らなかったのか、やたらに喚く重い恋次を引きずって、隊舎の部屋へたどり着き、その身体を汚い部屋に放り込んできた。怪我もたいしたことは無かったし、明日には、霊力で回復し元気になっているだろう。恋次の扱いには、もう慣れている。

ルキアの思惑とは別に、白哉は冷たい視線でルキアを睨んでいた。

「部屋に放り込んで、すぐ帰ってまいりました。あやつ、部屋で伸びておりました。」

ルキアの返答に白哉の眉が顰められた。

「・・・言葉通りに受けとって良いのだな。」
「もちろんです。それとも、何か、問題でもあるのでしょうか。」

義兄はしばらくの間、何も言わなかった。が、決めかねたように、口を開く。

「・・では、何故、お前の小袖の袷が緩くなっているのだ。」
その指摘に、ルキアは慌てて自分の胸元を見た。確かに緩くなってしまっている。恋次を背負っていたときに奴が肩を掴んでいたからに過ぎない。

「・・・嫁入り前の娘が何を考えている。まして、男の部屋に行くなど、もってのほか。」
静かではあるが、内に秘められた義兄の憤りに驚いたルキアは、両手の拳を置いた膝を進めつつ前へ出た。

「ご、誤解です。白哉にいさま。恋次を背負ったので、その重みで緩くなったのでしょう。」

「・・・嫁入り前の身体で、男を背負ったのか。はしたない事だな。」

恋次のことなら子どものころから知っている。がさつで乱暴者だが、女で問題を起こしたことは無い。それどころか奥手で、人一倍、恥ずかしがり屋だ。もちろん、女がいたこともあるかもしれないが、アイツのことだから、結局は振られているのがオチだろう。

「・・・兄さまは、何か、誤解しておられます。恋次が足を捻ったらしいので、うまく歩けなかったのです。酷くなってはいけないので、手助けしました。恋次は、流魂街時代からの幼馴染で、いい奴です。あの恋次が流魂街時代から見知っている私などに下心など持つはずありません。足を痛がっていただけです。私も、疑われるようなことは何もしておりません。朽木家の養女としての名も汚すようなことなど、何もしておりません。」

白哉はルキアを睨みつけたままだった。

この娘は、若い男というものがわかっていないのか。
恋次もいつまでもガキだとでも思っているのか。
若い男が足を捻ったぐらいで、どうだというのだ。女を押さえつけてことに及ぶなど、造作も無いことだ。・・・それとも、ルキアは何かを隠そうとしているのか。

「・・・本当です!恋次は、同じ死神として、放っておく訳には行きませんでした。喧嘩も、もちろん止めましたし、怪我もたいしたことはありませんでした。乱菊殿は、喜んで騒いだだけです。」

「・・・本当だな。この私に対して、なにも後ろめいたことなど無いな。」

「・・・もちろんです。恋次にも妙な疑いを掛けないでください。私の身に何も無かったことなど、いつの日か、私の夫となるものがありましたら、証明してくれますでしょう。朽木家の娘のこの身は、 清いままです。」

ルキアのはっきりとした物言いに、白哉は安堵したようにため息を付いた。

「・・・わかった。下がりなさい。もうすぐ、夕餉だ。湯浴みをして、身支度するよう。」


               *               *               *


部屋を辞して、ルキアは去った。男は、気を取り直して、もう一度、筆を執るが、何故か何も書くことが出来なかった。気が付くと、文机の白い麻紙には黒い墨の染みができている。

ルキアは、どうして本当のことを言わずに済まそうしたのだろう。副隊長が問題を起こしたことなど、すぐにばれる。また、隊長でもある己にとっても、聞く必要のあることだった。しかもあの細い身体で、あの男を背負って帰るなど・・・。もし恋次が怪我をしていなかったら・・・。

・・あの、細い女の背には男の重みはどう感じたことだろうか。恋次のゴツゴツした胸や、厚みのある身体。刀を持つための大きな掌。汗の匂いもしただろう。肩で男の息遣いも感じただろう。

胸の内には、まるで靄が掛かっているよう立った。男である己は、いつもルキアの傍には必要以上近寄らないように心がけていた。細い首。細い肩。小さな背中。時々、黒髪から覗く白い項。そして、ほんのりと香の立ち上る匂い。引き締まった腰に、きつく締められた帯。黒い筒袖の袂から見える腕。

最近、ルキアは本当に緋真に似てきたと思う。特に後姿がそっくりだった。女物の花紋小袖を着ると、 緋真が戻ってきたのかと驚いたこともあった。思えばルキアとの出会いは奇跡だった。早くして、自分の元を去らざる得なかった緋真の心遣いのように・・・。生前の緋真は、質素で何もほしがらなかった。貧しい育ちだったことを思い、様々なものを買い与えたかったが、分不相応だといって、受け取ることはなかった。ルキアも同じだ。必要なもの以外、己に無心することはない。



病弱だった緋真が、子を成すことなく亡くなった時、安堵したものたちも多かった。名家の血が、下賎の者に宿ることなど考えられなかったのだろう。それ以前に、嫁いできたとき、既に病魔に蝕まれていた。そのことを隠して嫁したと、非難するものもあった。緋真は、隠してなどいない。貧しさゆえに、医者に診てもらうことなどなく、わからなかっただけだ。思い起こせば、己が緋真に出合ったのは、彼女の放つ清澄で非凡な霊力に導かれてのことだった。周りは、その霊力には気付かなかったようだが、不思議な霊力を持っていた。もっともその身体の弱さゆえに、その力が鍛錬されることはなかったが。

そして、その非凡な霊力は、今、ルキアに垣間見ることが出来る。まさしく血は争えないものだ。


「・・・ルキア様を朽木家へお迎えになったのは、どうしてなのでしょうか。本当に妹御としてなのですか。よもや、いずれ後添えになどということは・・・。」

ルキアが屋敷へ来たとき、そういったのは、この家に長く仕える御用人の清家だった。その声の響きには、掟破りの不肖の当主を責める心情が感じられた。またしても、掟を軽んじるのかと。

否定すればよかったのだ。否、と。ただ、亡き緋真に変わって、これを育ててやるだけだと。だが、緋真の生き写しのような面差しのルキアを前にして、その言葉を飲み込んでしまった。連れてこられたばかりの少女は、潤んだ大きな瞳で己を見上げていた。その意志の強そうな無言の瞳は、亡き緋真と同じ色の漆黒で。

朽木家の力を持ってしても、緋真の病を治してやることは出来なかった。生きている間に、その妹も見つけてやることも出来なかった。自分を責めていてばかりだった緋真。せめて残されたルキアだけでも幸せにしてやらなければ。
・・・だが、一体、何がルキアの幸せなのだろう。

男は、腕を組む。その眼は宙を見つめ続けた。

――今は答えは得られそうに無い。







読んでくださった方、ありがとうございました。
下の息子がBLEACHが好きで見ていたのをきっかけに
私もBLEACHアニメを見たり、漫画を読んだりするようになりました。
白哉とルキアに注目するようになったのは
ファンであった「犬夜叉」の殺生丸とりんのようだと
旦那が言ったからです。ですが、読んでみると、少し違うような・・・。
BLEACH内では、はっきりとしたカップルもないように思えます。
でも、個人的には白哉とルキアの微妙な関係が好きですね・・・。
ルキアは、白哉を偉大な兄として敬愛していても、男性として意識していないように思えます。
ですが、緋真とそっくりのルキアを見る白哉は、女性であることを
意識しているのではないでしょうか。
関係ありませんが、昔は、奥さんが亡くなると、奥さん方の実家の
未婚の妹などが後添えとして嫁いだことも多かったようですね。