風太郎の「旅の空」
 
 番外編その3  タブレットの話
 

最近でこそ珍しいが、ローカル線で旅した人なら駅で上下列車の交換などの折、駅員と運転士が丸いわっかのようなモノを受け渡ししているのを見たことがあるかも知れない。あれは「タブレットキャリア」というもので、皮製のポケットの中に「タブレット」(通称タマ)というドーナツ型の金属部品が納められている。わっかの部分は金属製のワイヤーで、北海道以外では皮が巻きつけられている。

 

これは単線区間で列車同士の正面衝突を防ぐための安全装置だ。詳細は本格マニアサイトに譲るとしてごく簡単に解説すると、これを運転士が持たない限りその列車は駅を発車出来ない。上下列車がそれぞれの通行手形として「タブレット」を共有し交換しあうことで正面衝突を防ごうというものだ。左の写真の箱の上に載っているのがタブレットキャリア、箱が「閉塞器」と呼ばれるもので、タブレットを管理する装置であり、ここから取り出されるタブレットをキャリアに入れて受け渡しする。それこそ明治時代から変わらないであろう、原始的な仕組みだ。










 蒲原鉄道 大蒲原


 

難しい話はともかく、田舎の駅ではこのタブレットの受け渡しが風物詩だった。ある意味駅員にとって最重要な仕事で助役以上の役職者しか扱えない程だが、ひとりぼっちの駅長など人恋しいのか、受け渡しの際運転士と談笑していたりするのを見ると、のどかな雰囲気が漂う。

                                   高千穂線 川水流



一方、のどかで無い場面もあって、急行など高速で通過する列車と受け渡しする事がある。この場合、手から手に受け渡すのは相当危険なため、専用の受け渡し装置が設置されていることが多いのだが、駅によっては駅長が手で受け取る場合がある。ホームの端に立った駅長が片腕を前に伸ばしているので何かと思えば、高速で迫ってくる通過列車の窓から運転士がキャリアを持って身を乗り出している。駅長とすれ違いざま、キャリアのわっかを輪投げよろしく伸ばした片腕に放り込む。勢いがついたキャリアは駅長の腕の中で回転し
背中まで叩いてようやく落ち着くのだ。

まるでサーカスを見ているようで、初めて目撃した風太郎は度肝を抜かれたものだ。ひとつ間違えば命が無い話で、鉄道に生きる者同士の素朴な信頼関係が無ければ出来ないことだろう。
 


とは言っても人間の好き嫌いはどこでもあるもので、SL時代の北海道、機関士仲間から嫌われている駅長が居て、熱くなったボイラーに金属のワイヤー部分を引っ掛けておき、
充分に熱せられたキャリアを問題の駅長の腕の中に放り込むというイタズラ話も読んだ事がある。受け渡しに失敗したタブレットを車輪で踏んづけて曲げてしまい、途方に暮れるというような悲喜劇もしばしばあったらしい。 

鉄道の保安装置は日進月歩で、「タブレット」などとうの昔に時代遅れになり、サーカス並みの受け渡しや、人間くさいやり取りも、遠い過去の風景になった。

 




蒲原鉄道 東加茂


さてここで風太郎のお宝自慢をさせてもらおう。実は持っているのだ、本物のタブレットキャリア。もちろん失敬してきた訳ではなく、近年になってヤフオクで落札したもの。昔から欲しい欲しいと思っていたものが、あっさり手に入るのだから良い時代になったものだ。


   
 

ブツは写真の通りだが、わっかの部分がワイヤーむき出しの北海道型だ。ポケット部分は意外にきれいで、あまり長くは使われなかったのかも知れない。表面にマジックで「名寄」と記入されており、裏面には「遠軽」とある。ポケットのフタの裏側には「高橋製作所 55.7」と製造年、メーカーが刷り込まれている。昭和55年製というところか。

 もちろん「タマ」も入っており、裏面には「石北本線CTC化記念 昭和58年1月10日」と刻印がされている。どうやら不要になったタマをイベントグッズに流用したものらしい。全体から推察するに、もともと名寄本線で使われていたもので遠軽駅で保管されていたが、本数減などで余剰になったのち、石北本線CTC化で不要になったタマと共に、何かのイベントで在庫処分されたものではないかと思う。 

名寄本線は風太郎にとって馴染みが深い路線だし、そういった来歴が感じられるところがGETの決め手になったもの。あの風雪の中を何年も働いたかと思うと愛おしさもひとしおである。昔、駅務室に招かれた折、傍らにキャリアが置いてあるのを良く見たが、重要な保安装置だし触るのも憚られた。今持ってみると砲金製のタマが重いので結構ずっしり来る。原始的だが機械に多くを依存せず、頑固親父の如く生真面目な鉄道員気質が日々の安全を営々と支えた歴史、ひいては陸路の王者だった「鉄道の誇り」が、その重さのなかにひっそり息づいているようだ。

 
 
 函館本線 小沢
 
風太郎の 「旅の空」TOPへ
 
 TOP PAGE へ