「おのっぷない」と読む。難読駅のひとつだ。音威子府からさらに北上し、幌延の手前にある無人駅だが、近年の「秘境駅」ブームで古い木造駅舎が残るとしてちょっと話題になっているところだ。ここを訪れたのはそんなブームとも無縁な1987年7月のこと。
初夏の北海道はどこまでも爽やかで緑が目にしみた。風がそよぎ、鳥のさえずりに包まれた雄信内はこの世の天国のような土地に思えた。しかし、駅周辺を歩いてみて驚く。
「ゴーストタウン」なのだ。家屋は皆戸を閉ざし人の気配は皆無。朽ちかけた建物が軒を並べている。かつての盛業を物語る、色鮮やかな看板が残った商店の残骸も物悲しい。北海道の奥地ではありがちな風景なのだが都会人にとっての理想郷が、そこに生を営む人にとってはあまりに過酷すぎたという現実には言葉を失った。
駅に戻ると待合室に一冊の落書ノートが備えてあった。風太郎のような奇特な旅行者の書き込みが多いのだが、ひとつだけ地元の人の書き込みを見つけた。雄信内の出身で旭川に就職し、成人式出席のため帰省したという女性のものだ。
天塩での成人式を終えて旭川に帰ります。次はお盆休みかな?半年位は帰れません。
20歳にはなったけれど、本当に大人になりきれているのかな?
いろいろな経験をして、戻るたびにひと回り大人になっていたいです。
(中略)
私は雄信内が好き。ここの良さは離れてみて分かります。
次に帰る頃には雪も溶けて暖かくなっているでしょう。
それでは、ぐっどばい。
1月19日 天候 雪
フロム 雄信内をこよなく愛する女の子
まずい。風太郎はこういうのに何とも弱い。
確実に朽ちていく故郷を目の当たりにしながら、厳冬の無人駅で一人どんな気持ちでこれを書いたのだろう。無残な風景を目にした直後だけに、ここに生まれ育った人の血の通った思いは、より輝くものに見えた。
20年後の早春、再び雄信内を訪ねる機会に恵まれた。駅舎はそのままだが、周辺の廃屋は既に形を留めず、待合室のノートも消えていた。なにより駅からは「人の気配」が確実に失われているのが分かった。
「雄信内をこよなく愛する女の子」は今何処でどんな人生を送っているのだろう。
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