1868(明治元)年、キリシタン弾圧の嵐が五島に吹き荒れ、ここ岳地区にも追及の手が延びた。
信徒を収容するために民家を改造した牢舎を設け、男女36人が収容されたと記されている。
この「家牢屋敷跡」には、昭和44年に三井楽教会信徒迫害百周年を記念して、
「信徒之碑」が建立されている。
三井楽教会は、1797(寛政9)年大村藩から迫害を避けて逃れてきた潜伏キリシタンの流れを汲む信徒が、
1880(明治13)年、ゴシック様式の木造聖堂を完成させたのが始まりといわれている。
信徒の増加とともに昭和7年、教会の両外側と二階の増築工事を、その後は、鐘楼、玄関、
香部屋が増築された。
約90年もの間親しまれてきたゴシック様式教会も老朽化と白蟻被害のちめ、現聖堂として
1971(昭和46)年建立され、島内各地から採取した貝殻のモザイク聖画が教会の正面、内部、
司祭館や信徒会館の壁画を飾っている。
モザイクタイルで作成された壁画がこの教会のシンボルとなっている。
また、教会脇にある資料館には、キリシタン弾圧を物語る資料や鯨漁の漁具などを展示している。
[現地案内より転記]
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