「工業教育再興」
藤森 萬年著

文芸社
1200円  245P
2000年6月1日発売


 これまで我が国のこれからの工業の在り方を論じた本は多数散見されますが、その工業の土台を支える人材の育成機関である工業高校の在り方を論ずるものが極めて少なく、そこに一石を投ずるべく工業高校の在り方を考察したものです。
 一部には脱工業化論や、知識化社会論等の高揚により、工業そのものを軽視していく風潮が広がりつつあります。それに伴い、もはや工業高校の役割は終わったかの見方が広がりつつあります。しかし戦後我が国の経済の発展は工業に大きく支えられてきましたし、今なお工業が果たしている役割は少くありません。何よりも日本のその工業を支えてきたのは多くの中小企業であり、その中小企業を支えてきたのは工業高校卒業生に負う部分が少なくありません。
 今2007年問題が論じられているように、団塊世代の大量退職により我が国の技術の伝承が難しくなりそこに危機意識が持たれています。我が国の工業の強みは、最先端的技術開発力と同時に、それを支えてきた現場で、多くの熟練技術のノウハウが蓄積されてきたところにあります。そうした現場で長年にわたり積み上げられてきたノウハウは簡単には他でまねの出来ないものであります。その現場での技術を継承し現場を支えた技術者や、中小企業の経営者の少なからぬ者は工業高校を卒業した人々でした。我が国の経済の屋台骨を支えてきた工業が軽んじられていくことは、我が国の今後に少なからぬ危惧を禁じ得ません。こうした点をあらためて確認し、これからの我が国の工業の動向を見通しその在り方を考察し、これからの工業高校に望まれるものは何かを見つめつつ工業高校の再興の道を多面的に模索しました。

 第1章では、まずこれまでの我が国の経済を支えてきたものは工業であり、今後もよりすぐれた技術者の育成の必要性を説いています。続いて平成不況の背景と日本の課題を明らかにしています。さらに今後の工業の動向を展望し、製造業から創造業へ、工業の時代から知恵の時代へと工業界に期待される視点は変わりつつあることを明らかにしつつ、既存のもの造りの発想に留まることなく新しい発想でのもの創りの必要性を論じています。さらに工業の発展と地球環境の問題を論じ、これからの我が国の工業の在り方を考える為の視点を広く考察しました。これからの工業教育の在り方を考えるのに、既存の枠にとらわれその延長線で考えているだけではなく、工業界がどう動きこれからの工業界に何が望まれるのかを明らかにした上で、工業教育の在り方を考える必要があると考えたからです。
 第2章では、現在の工業高校が抱えている具体的な問題点を明らかにし、第1章での視点をベースにしつつ今後の工業教育の再興の道を考察しました。
 台頭する中国、沈み行く日本の現状を見るにつけても、我が国において、将来の知識化社会の中で生き抜くためには、世界に通用する科学技術、芸術、文化を牽引していく人材の育成すなわち「教育」にこそ多くの投資をしていかないと、我が国の将来は世界の趨勢から後れを取ってしまうものと考え、我が国における工業教育の充実の必要性を論じたものです。


出版社書評(原文のまま)
 今回の作品を刊行するにあたって、類書を探しましたが、本作品より優れたものはなかったと思います。 話題性の強い題材とはいえませんが、実力のある作品として、永きに渡り愛される作品になると思います。 これからの読者の反応が楽しみです。

書評掲載紙評
■ 「工業教育資料 276号」(実教出版 2001.3.10  小林一夫氏評)
  ・・・第一部では工業高校が果たした歴史的役割と意義、産業社会の変化、現在の社会状況と工業高校への影響などを多面的に取り上げて考察している。・・・資料の収集・分析・整理などが大変良くなされている。これから自校の改革を進めようとしている者にとっては格好のテキストであろう。
 ・・・多くの人々が断片的に考えているこの復活へのシナリオを、きちんと整理統合してわかり易く理論づけた点で、参考資料としての価値が高まったと思う。
 ・・・・教育方法にはこれぞ極め付きという妙策があるわけではないが、長年学校現場で実践し考察を続けてきた著者の意見には、耳を傾けるべきものがある。

読者感想(原文のまま)
★ 今まで、工業をバックボーンとして発展してきた現状に、安閑として過ごして参り ましたが、その基盤となり、また支えていくべき若い人力の枯渇に直面していること を考えると、工業立国は前途多難だという気がします。現在(考えようによっては一 昔前から)の工業・工学という考え方の違いあるいは歪みが、このような状況をもた らしている一因になっているのではないでしょうか。
 ずいぶん中身の濃い内容の本で、考えさせれられることも多く、とても参考になりました。  知り合いにも口コミで宣伝するつもりです。

★ 一読三嘆。大変感銘を受けました。<中略>全体の読後感想としては、貴君の(工業)教育に対する真摯な情熱がひしひしと感じられ、頭が下がりました。<中略>前編では、貴君が全国区の工業教育評論家になられたことを実感しました。該博な知識と鋭い分析には、多く教えられるものがありました。後半はまさに現実的で萬年先生の肉声を聞く思いです。

★ 「工業教育再興」に盛られた先生のあふれる教育愛は最も具体的な教育体験に基づくものだけに、同じ道を歩むいわば同志への貴重なメッセージであります。  散見される工業教育、就中工業高校教育への現実と提言は類書には決してみることの出来ぬ、貴重な重みを持って迫るものがあります。さらに精読させていただき、貴思想の深みに至りつきたいと念じております。

★ 「工業教育再興」を読みました。我々にとって勇気と希望を与えてくれる一冊でした。・・・工業科の人間として工業科の凋落傾向に対する不安の念を持っていました。どうすればいいのか、何が出来るか、それとも、もう仕方ないのか、色々な思いを持っていました。
 先生はそれを、日本の産業動向から分析し、工業科が衰退するとひいては日本が衰退すると論を展開しました。なるほどと思うところがたくさんありました。実践者である工業科の先生が論を展開しているため、説得力もありました。私自身も、何のために工業教育を行うのか、自分なりの哲学を持って臨む必要があると、改めて感じた次第です。・・・我々が工業教育についてディスカッションする際や研修を展開する際の強力な後ろ盾になると思いました。工業科の先生にも折に触れて紹介したいと思いましたし、必要に応じて研修などで引用させてもらいたいと思いました。


目  次

まえがき
 第一章 我が国の産業動向と課題
  1 工業科の今後
  2 日本の経済成長を支えるもの
    (1)日本の経済成長を支えたのは工業
    (2)よりすぐれた技術者の育成の必要性
  3 平成不況の背景と日本の課題
    (1)平成不況の背景
    (2)先端分野での立ち後れ
    (3)東南アジア諸国の動きと日本の産業
    (4)アジアの発展と日本の立ち後れ
    (5)海外進出の今後の問題点
    (6)日本の工業の長所
    (7)今後の課題
  4 今後の工業の動向展望
    (1)製造業から創造業へ
    (2)工業の時代から知恵(ソフト)の時代へ
    (3)既存の枠から離れた新しい発想でのもの創り
  5 工業の発展と地球環境
    (1)工業化と環境汚染の深刻化
    (2)世界人口の急増
    (3)先進国(日本)の今後の課題
    (4)今後の対策
第二章 工業科の再生を求めて
  1 進む理工系離れ
  2 工業科生徒の状況
    (1)専門に対する無目的生徒の増加
    (2)工業科へ入った生徒の意欲的例
    (3)工業科の可能性
  3 現在の工業科の問題点
    (1)施設・設備に関わる問題
    (2)工業科とクラブ
    (3)教員の自己研修の必要性
    (4)教育課程編成の問題
    (5)少子化と工業科の統廃合問題
  4 工業科再生への具体的な取り組み
    (1)選択制の導入
    (2)進学に対する努力
    (3)専攻科の充実活用の道
    (4)学科の再編成
    (5)企業との連携
    (6)社会人への開放講座
    (7)もの造りを通して工夫する力を育てる
    (8)課題研究
    (9)資格試験
   (10)中学校・社会への働きかけ
   (11)「現実からの発想」から「理想からの発想」へ
  5 工業教育への期待
補遺  『高校工業科におけるマージナリティーに関する一考察』
             −−−機械、電気科を中心として
  1 工業科におけるマージナリティーの必要性
  2 マージナリティーの具体化に伴う問題点
  3 基礎教育とその捉え方
  4 マージナルな学習の取り組みの一事例
  5 マージナリティー具体化の手立て
    (1)教育内容の積極的検討の必要性
    (2)学科の新設、科名変更
    (3)括り募集
    (4)相互乗り入れ
    (5)教員の相互乗り入れ
   6 マージナリティー具体化上の共通問題(県としての対応)
  7 まとめ
あとがき

<著者略歴>
 1952年長野県出身。1977年東京工業大学大学院社会工学専攻修士課程修了。長野県内の中学校をかわきりに教職の道をとる。その後工業高校に移り初任校では機械科、次は電子工業科、次いで生産システム科、クリエイト工学科、現在は岡谷工業高校に勤務。最初に中学校に勤務しその後も転勤のたびに学科を変えたのは、幅広い分野と場を自ら体験し現実を見つめることにより多面的に工業教育の在り方を模索したいという思いからである。


 ホームページへ