ほんなら・・・
  ほんでも・・・


     18回目 
    『樹村みのり』さん。
・・・Z
      ・・・・・2004年 10月 3日・・・・・


 前回、単行本一冊を一回分に載せれなかったので続きです。

 私事なのですが、九月末がお仕事の決算月なものですから、今まで週刊で載せていましたが、次かその次あたりは一回抜けて隔週刊になるかも知れません。
 因みに、ほんまモンの出版社は決算月だからって一回飛ばししませんが、年末年始・黄金週間・お盆の時など、「わしら、休むもんね。川下のお方達、君達は働いてね」って信号書き込んだ週刊誌を、合併号っ形で流してきよる。
 往生します。


『悪い子』 悪い子

樹村みのり 著


潮出版社

1981年8月20日 
初版発行

犬・けん・ケン物語 第一話
(1978年 プリンセス 5月号 掲載)


 私のような
わんこ好きには、う〜ん たまらん作品名
 と言うことで
(何処が、と言う事 やねんな!)まずは登場犬についてのみ書きたいもんね。


 シロと言う名のわんこさん。
父親が得意先から貰ってきた、スピッツの雑種。

この当時は、ミックス犬なんてハイカラな言い方をしなかったらしい)


 その後に飼ったどの犬よりも可愛くて賢い。

(この当時は、外犬が大半で”飼う”が普通らしく、”暮らす”と言う感覚の人はほとんどいなかったらしいし、
どの犬も賢くて可愛いじゃないのかい!)

 家の者が留守の時には、主人公の西村聡子さんのご好意により家に入れてもらえ、座布団に座らせてもらえた。

(この当時は「犬が座布団に?」らしい。
浮と游なんか、部屋はもちろんの事、専用寝床・布団・箪笥・貯金通帳・・・等々。
ただ、喜んでいるかどうかはまったく不明。事に
貯金通帳をどう思っているのか保護者の私でも解らん


 
ジステンバーに罹った。

作品では予防注射したと書かれていて
『予防は予防だよなんて兄貴がいっている。お〜い、その頃の予防注射は効かない注射なのかい?)


 そして、死んだ。
近くの山に埋めた。


 
書かなきゃ良かった気がする!!



 
(多分、樹村みのりさん本人の事なんだろうけれど)
二十ウン歳のある日、突然真理と言うのか、真実と言うのか、悩み事への「答え一発」とでも「大発見やぁ〜!」とでも言うコトバを見つけた。
 愕然とし、おののき、世界の終わりだともすら思え、泣いた。
自分が知るあらゆる人を想った。
 ある詩を思い出しのだけれど
『生きものはみな助けあわねば生きられない』が正しいのに”生きもの”が”人間”と浮かんできた。
 外に出ると、別に何も変わらない日常風景が在る。
それすらが奇跡だ!と思い、泣いた。

 翌日、図書館司書の友人に全身の力を込めて、得た真実のコトバを言った。
『神さまは いないのよね!!』
 友人の返答は、いとも簡単に一言
『ジョーシキよォ!』


 小学四年の西村聡子は郊外に引越しし、転校先では級友達に温かく迎えられた。
 その晩、父親が得意先から犬をもらってきた。
 ある夜、
『シロみたいなかわいい犬 あんまり見ないよね』そう言う聡子に兄は『それはさ うちの犬 だからさ そう見えるんだよ』

 学級の岡田君は、成績優秀明るい悪餓鬼だから、人気者。
 ドッチボールで新参者の聡子につっかかるわ、当てるわで、家に帰ってもまだ思い出して、聡子おおいに憤慨する。

 学校以外では会う事のなかった岡田君に、夏休み、シロを連れて写生をしに行った所で会った。
「ついて来いよ」
 印刷工場近くに活字が捨てられている空き地が有り、男の子達がいて泥の中、それを拾っていた。
 女の子達に、自分達が見つけた宝の場所を「言うなよ」と男の子達が言うが、岡田君は「大丈夫だよ、言わないよな」
 ”西村”の活字が有ったので岡田君が「あげるよ」と言うと、聡子は「いらない。汚いもの」
 その瞬間、岡田君の顔が引いたのを見た聡子は、心に中で謝りながらこの場を去る。


 二学期が始まり、岡田君がドッチボールの時、狙い当てするのを忘れてしまった。

 家に誰も居ないのでシロをあげてやるが、シロは手足を拭いてもらい、座布団に座らされ、不思議がる。


 五年生になり、席替えで岡田君が隣になった。
露骨に「おれ 西村なんかやだよ」と先生に言う。
 机に境界線を書き込み、聡子に「出るなよ 出たらおれのものだから とるぞ」」
 売り言葉に買い言葉

「授業中、話しかけないでね 息が越えてくるから」

 シロがジステンバに罹った。
好きなミルクも飲まなくなり、痩せていく。小屋の中でほとんど動かない。
 聡子はシロがそのような状態になっても、何が起るのか分かっていない。
 放課後、遊んでから帰宅するとシロは小屋の中で毛布に包まれていた。
泣きそうな母親に「シロはどうしたの」と
聞く聡子。
 その夜、近くの山に埋めに行く時、父親が「シロにさよならを言うかい?」と聞く。

 兄が言う。
「首輪をもとにしてやったから見てやれ」と。
 包まれた毛布の間から、首輪が少し見えた。
 夜、泣き続ける聡子に、兄は
『「しかたがないじゃないか な 泣くなよ な」』

 寝床で聡子は考える。
帰宅して、犬小屋が見えた時から後は”夢”。
今もすべて”夢”。
 神さまにお願いする。
「あれは夢で、明日眼が醒めたらシロは元気でいるように」と。
何日も何日も待ったが、長く続いている夢は醒めなかった。
 犬小屋に元気なシロがいる事にはならなかった。


 『少しずつ 少しずつ ひと呼吸ずつ ひと呼吸ずつ 悲しみは癒されていった』



 岡田君の鉛筆が越境した。
 許しを得て聡子に「おまえ 取らないのか?」
シロの出来事から戻った聡子は「とる!」
 岡田君は沈んでいた聡子が戻ったのを心の中で喜ぶ。


 二代目の犬がやって来た。
 兄がもらってきたのだが、聡子は仔犬が小屋を出入りした時、奥に残っていた白い毛抜け毛が飛び散るのが見えたのを見て「シロじゃなければ嫌だ」「いらないから返してきて」と言った。
 これで、悲しみに別れを告げる事が出来た聡子。




 『シロみたいなかわいい犬 あんまり見ないよね』そう言う聡子に、兄は『それはさ うちの犬 だからさ そう見えるんだよ』
 
それはそうなんだけれど・・・。
そう さらっ〜っと言われると、この眼鏡をかけた秀才ポイ兄貴は「可愛くない性格してるなぁ〜」って思う。
 でも、私も嫁はんと同じ会話をしてまんなぁ。
 多分、浮か游が亡くなった時、一見、冷たい言葉を吐く兄のように『「しかたがないじゃないか な 泣くなよ な」』って言うんだろうな。

 シロの描写と聡子の描写を組み合わせて、冒頭の『神さまは いないのよね!!』を描き、家族はもとより、岡田君を登場させる事により、人と人との互助に”神”なんぞ要らないんだよと描く。




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犬・けん・ケン物語 第二話(1978年 プリンセス 6月号 掲載)


 第一部のおしまいあたりに
@ 目の色が薄くて 外人みたい。
A 鼻は黒くない
B 足が太い

 と紹介されていて、第二話では
C 全身が淡いクリーム色
D 目の色は褐色
E 尾はキツネのような尾
F 無類の嬉しがり屋さん
G 毛・目・鼻が同色の”ブタ顔”
H 敏捷さ 無し
I 臭覚 悪し
J 怖がり
K 人間大好き
L 大人しくて気が良い
 と書くと、「はっは〜ん
 〇ー〇〇〇・〇〇〇ー〇ーか」と分かる貴方はかなりのわんこ好きです。



 多分、樹村みのりさん本人の事なんだろうけれど)青春期の顔は眉間にたてじわに足す事のよこじわ二〜三本の物凄いお顔をしていたそうで、タイムマシンが有れば、乗って行きお顔に白ペンで訂正したいそうだ。

 そんなお顔を受け入れてくれていたその頃の友人には
『今になって”感謝”という下心をしこたま持ちつつ ベタベタするより他はない』

『まったく 青春といったら だれかが触れれば破滅しそうな反抗心と ひとことの優しい言葉で泣きださんばかりの感傷性をかかえて さっそうと物おじせずに歩きまわりながら 他人と自分を傷つけてばかりいたもの』

 その頃のそんな自分に苦言を呈してくれたのが、兄だった。


 岡田君は、聡子の家の近くの級友宅に行った折、「西村の家を教えろ」とうるさく言い、その時に二代目の犬ジョンを見た。
 聡子に「面白い顔」と言い「どこが?」と聞く聡子に思ったとおり「間が抜けたブタ顔」と言い、怒った聡子の手により顔が傷だらけ。

 聡子の靴が校庭の鉄棒の所に・・・。
体操服が隠されていた事も有った。
 岡田君だと怒る聡子に、級友は「西村さんの事、好きなのね」
憤慨する聡子。

 掃除の時間。
サボる岡田君を見た同級生が「先生を呼んで叱ってもらう」相談をしていた時、岡田君は女の子が高い窓を拭いているのを見て危ないからと代わった。
 先生が来た時、しっかり模範生徒だった岡田君に同級生は「あわてて、した」と言うが、聡子は自分で先に拭き始めたのを知っている。

 昼休みに、花を買いに行かされた岡田くんと聡子は、級友達にはやされて意識してしまう。
 途中の池で、岡田君が飛び石投げをご披露し、「教えて」と言う聡子にご伝授し、「スジが良い」とほめる。

 からかったり意地悪さえしなければ・・・いいのに。
 兄が
『いいじゃないか いいところだけのそいつなんて ほんとうのそいつじゃないよ いいところも悪いところも たーくさんあるから そいつなんだよ』

 授業中、岡田君は元気がない。
聞くと「お前のせいだ」と言う。
「何で?何かした?」
「前に、大嫌いって言ったんだって? おまえの自由だからいいけどさ」
笑う聡子だった。

 父親とジョンの散歩について行った時、公園で幼い子達の人気者になっているジョンを見た。

 大きくておとなしくて気がよく親しみやすいジョンに、聡子は少し前からジョンがからかわれるのが嫌で避けていたが、抱きついた。

 自宅でおばさんにジョンの世話してもらう事にし、三日程の旅行から帰宅すると「出かけた晩にあまり吼えるので放したやったら、戻って来ない」
 これが、ジョンとの別れだった。

 あの「鈍い所もあるジョンは野原で迷ったりしながらも幸福に暮らしている」そう思う事にした私達。





 ジョンはほんの少し他犬種の血が入っていたようですが「はっは〜ん 〇ー〇〇〇・〇〇〇ー〇ーか」はゴールデン・レトリーバーでした。

 青春期のギスギスした者を無条件で受け入れてくれる、少し阿呆気味のゴールデン・レトリーバーか。
 高知の友人宅に行った時、警察犬訓練所の落ちこぼれシェパード君が居たけれど、明るくお茶目でドン臭い犬だった。
この犬も向いてるなぁ〜と思ったけれど、バセット・ハウンドは、居るだけでギスギス霧散イライラ解消、ひたすら安らぎの匂いを振り撒くのみ。

 群れ意識の強い犬を飼いながら、おばさんとは言え”群れ”外の人に世話を頼んで出かけた西村家の人々は許せん!
 浮が来てから、置いて旅行なんてした事が無いぞなもし。
 しょうかなぁと思っても、わんこさんの顔を見たら一緒に行ける所を捜してしまうのが、わんこ同居のイロハのイですぞ。

 ところで、ジョンは避妊手術をしていたのだろうか?
交通事故で撥ねられて亡くなったって事はないのだろうか?
悪戯されて、温厚な性質が凶悪な性格に変わっていないのだろうか?
人嫌いに・・・痩せてガリガリに・・・艶やかな毛は・・・
 何が
『どこかステキな野原で迷ったりして彼相応に幸福にくらしているのだと思うことにした』だ!!
 重ね重ね、西村家を許せん!!

 普通は、飼い犬が迷子になれば「誰か良い人の所で飼われているように・・」と思うものだし、ましてやジョンは温厚、人好き。
 ステキな野原と言うけれど、それは自由とか開放とか耳障りの良いイメージにすぎない。
 犬は群れ社会で生きて行く者だし、ジョンは生まれてからこれまで人間との群れで生きてきた。
 第一部で
『生きものはみな助けあわねば生きられない』と書いているのだから、樹村みのりさん、ジョンが幸福にくらしていると思ってはいけない。
 是非、書き直しを!


 気になる女の子にチョッカイをかける男の子。
別に年齢が下の方に限らず、ええ齢こいたおっさんもする。
そう言う意味では、男はいつまでたっても男の子でありまする。
 聡子が成長して行く上での、自分では気付いていない狂言回しを演じる、岡田君に乾杯したい。




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犬・けん・ケン物語 第三話
(1978年 プリンセス 9月号 掲載)


 
三代目の犬は、柴犬の雑種。
名はコロ。
観察力鋭く、家族の勢力分布を正確に把握し接する。
 昼日向はごろごろ寝てばかりいるが、夜になると近所のわんこさん達の親分で、家庭犬と野生犬の血を見事に持つ賢いわんこさん。
 野良犬の彼女が出来、子供も出来た。


 ”空から見たわが市”の航空写真を見て聡子は「家の横に自動車の影が見えるから、土曜日のお昼にこの写真は写された」のだと母親に言う。
「賢い。ホームズさん」母親は笑顔で言った。

 木や草や影や人・・・
『どこか遠くに とーてもよく見える場所があるのです』


 自分達も齢を重ね(聡子は中学生に)それなりに忙しくなったので、三代目コロには以前の犬ほど親しまなかった。

 白い野良犬がおどおどしながらも聡子について来る。
兄も「お腹の大きな白い犬なら俺も二度ほどコロを連れている時に見た」
と言う。

 コロの所に、白い野良犬が尾っぽをふりふりやって来たのを兄と二人で見た。
 夜になると放し飼いにする習慣のある町なので、前の犬達も放していたのだが、前の犬達は庭をうろつくぐらいだった。
しかしコロは放されるやいなや、すっ飛んで行った。
 夜な夜な町の犬達と行動するうちに・・・・出来たらしい。

 白い野良犬は聡子達になつかない。
近づくと怯えて逃げる。
 縁の下で仔犬を産んだ。
少したつと昼間は出かけ、夜に仔犬達の居る縁の下に戻るようになった。
 仔犬達はなついたが・・・・。

 仔犬たちの新しい家庭を見つけるのは大変だったが、夏休みが終わり新学期が始まっり、学友達がもらってくれた。
 自分ちのを残すのを忘れていたが。

 仔犬がいなくなったらコロの彼犬
(女?)もいなくなり、コロは腑抜け状態になったけれど、兄が「まぁ、お前の仔犬なら また出来るよな」
 力なくうなずくコロ。

 聡子が思う。
白い野良犬がなつかないのはどうしてなのかと思ったけれど、常にいじめられていたりすれば、人を避けるようになる。
 仔犬はもらい手が有ったので良いけれど・・・白い野良犬を飼いたかった。

 ある夜、コロを呼びに来る犬達を見た。
首輪を外してあげるとコロはおもむろに立ち上がり、群れの先頭に立って走っていった。
 父親が一度、走る集団の先頭にいるコロを見た。
 昼間、家の者に見せるコロを見ていると、夜、信頼を集めて君臨する親分コロに
『わからないもんねー きみがねー』
 にんまり笑うコロ。

 時が経ち、多分コロは12〜3歳。
聡子は、黒髪を真っ直ぐにのばした当時流行の(?)髪型をし、兄の煙草を「おくれ」ともらうようになった秋。
 夜、いつものように出かけたコロは戻って来なかった。
 一週間ほど経った時、兄が裏山で「コロ」と呼び「おいで、戻っておいで」と行ったが横を向いて奥に歩いて行った。
 兄が言う「カッコよかったなぁ」
『まるで老醜をみせたくないために裏山に隠れたみたいじゃないか』

 その後、犬を家で飼う事はなかった。


 友人に話すと「うちも最後の犬はコロだった。たいていそうみたいね」と。
 熱燗を飲みながら聡子は
名前と順序に普遍的な真理があるとは思えないが 一人の意見独善 二人そろえば認識の一致ということも少しは あるカナと思ったりもした』




 三作品のうちでは、これが一番つまらなかった。

 犬の知識を入れて話を作られたにしても、その犬雑学が余計なものとなっているように思う。

 コロを擬人化し、コロを笑わしたりして描くのは万物の霊長と自惚れる傲慢さの表れだと思う。
(『浮と游』は?『わん声犬語』は?と突っ込むのは抜きよ)

 冒頭の航空写真の話と、最後のコロの旅立ちとから、人は心の中に「よく見える場所」を持つと言うのなら、そこには少々無理がある。
 航空写真での車の影はホームズさんによる”推理”。
つまりは写真を見ての"分析"と日頃の"観察"が結びついたモノ。

 コロの勇姿は聡子や兄の”想像”
 聡子と兄の認識が一致したからと言って、コロの思いを正しくとらえている事にはならない。

 他者同士が完全に判りあえる事はない。
共通認識として、規範として、導く”神”はいない。
 ましてや、人間以外の生物としての犬、コロを解る事は不可能に近い。

 だからこそ、そこには想像力
『どこか遠くに とーてもよく見える場所があるのです』が必要だと樹村みのりさんは伝えたいのかも知れないけれど・・・。


 父親がかなりの場面で描かれている。
 第三部のコロの観察では
『お人よしだが、そこつ者 昇進の望みなさそう 家庭内の権力まぁまぁ』
 二十歳代の終り頃にもなると、描けない者ではなくなり(中年の男を含めて)美化する事もなく、無骨になる事もなく、線は細くて影も薄いがごく普通の家庭の父親像を樹村みのりさんは持ったように思うのは中年男の浅い理解か。
 何にしても、多感な少女・青春期に自分自身が疲れ果てるほどの模索をし、結句、二十代後半には徐々に最上級のお言葉
(最低・最高・最善等々。尊敬も)のしがらみから抜け出る事が出来たように思う。
 違うか?


 一日の内、浮と游に接する時間は、朝・昼・夕方のお散歩を含めてだけれど、四時間近くは有ると思う。
 よく話しかける方だし、浮の方はそれに答えるかのような、何らかの”理解”を示しているかのような表情をよくするが、それは保護者の思い込みにすぎない。

 共通の言語や価値観を持つ事が出来ない他の生物との暮らしは、結構、人を寛容にするようで、よく聞く「ペットは癒してくれる」と言うのは、それまでの自分に無かった・・
(もしくは有った)・・、他者に対する寛容を、これはその実自分自身への寛容でもあるんだけれど・・(更に)・・身につけただけのように思う。

 他者への寛容は、想像力を必要とする。
 とすれば”神”の教えに近いものを、わんこさん
(ペット?)が教えてくれている事になりそうで、となると”私”と”浮と游”の関係は凡人と神様達か?
 でも、浮と游に「あんたら神さんでっか?」って聞くと「何言うてまんねん、凡バセの浮と游ですわ」って答えるんだろうなぁ〜。きっと。
(あっ、擬人化してもうたわ)

 わんこさんと言う事で、くったらくったらくだらん戯れ言を書いてしまった。


 PUPUさんから、直接的なものではありませんでしたが示唆にとんだメールをいただきました。
それは、次の
「外犬が大半で”飼う”が普通らしく、”暮らす”と言う感覚の人はほとんどいなかったらしい

についてのもでした。
 補足として加筆しておきたく思います。


 内容をほとんど覚えていないのですが、今、作品名を思い出したので本屋の棚に有るのを横に置いて・・・と。
犬を飼う』 谷口ジロー 作 (小学館マンガ賞受賞作品だそうです。小学館発行)では、”飼う”です。

 谷口ジローさんの事は横に置いといて、テリアと柴犬の雑種、タムが歳をとり足が弱くなり歩けなくなりつつある頃、疲れてへたり込んだタムを見た通りすがりのおばさんが「抱いてあげたら。可哀想よ」と言うのですが、「歩けなくなる方が、よっぽど 可哀想だ」と言い返したかったと描いています。

 谷口ジローさんは犬を自分達夫婦との共存共生関係のなかで、あくまでも”犬”としての尊厳をどこまでも見ていてやろう。
 タムが弱ればそれだけの手助けはしてやろうと言うところから”飼う”としているようです。

 ここには”暮らす”と”飼う”の差はないようです。
 前足に負担がかからないように、手作りしたひもで身体をささえてやりながら散歩する。
「犬は最後まで歩こうとする。横になって腹を見せたら負けなのだ。だから立ち上がろうとする。とにかく歩こうとする。その熱意に少しでも力を貸してやるのが 私たちの責任なのだと思った」
 
 後書きで、谷口ジローさんはしっかりと書いています。
『実際に飼ってみると””生きものを飼う”という大変さを思い知ったのです。それは”動物を飼う”というよりも”動物と暮らす”ということだったんです。』と。

 ついでにと言っては何ですが、嫁はんの話では、米国からのメールは”飼う”="have"を使わず、”暮らす”="live"が使われているそうです。

                         10月4日 記


ホンダ1300・クーペ9(後ろ)
19回目も、 
『樹村みのり』さん
・・・[  
です。


HONDA1300イクーペ9でに乗って・・・掲示板へ。
 この車に乗って往き、
”本”の事でも、
”わんこ”の事でも、
何でも書いて
(掲示板)おくんなはれ。


ホンダ1300クーペ9の郵便車。
「お手紙は、この”HONDA1300クーペ9”で運びます」


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文責は当HP管理者に有ります。