出題の意図


『物理学基礎論B』2003年問題(後期金1)2004/1/23 実施

目標は2題で合格,3題で満点。4題中3題は,最後の時間に予告しておいた問題です。さすが工学部は「パンキョなんて大学入学までの知識で十分とれる」 「宿題なんてアホらしくって,つきあっとれん」 という自信家が多いようですね。

1.半径が a,b (ただし b>a ) の2つの完全導体球(殻)が中心を共有している。以下の量を計算せよ。
(1)この2つの導体球の間に誘電率 ε の絶縁体を詰めたときの,両導体球間の静電容量 C

(決して平行板コンデンサーではありません。)両球の間に起電力 V の電池をつないだとき,内球に Q,外球に -Q の電荷が蓄えられたとする。半径 r (ただし a<r<b) の球面についてガウスの法則を適用するなら,球内に含まれる全電荷は Q だから,
   4πr2D(r)=全電荷 Q,D(r)=Q/4πr2,よって E(r)=D(r)/ε=Q/4πεr2
これを r=a から r=b まで積分すれば電位差 V が求まり,
   V=Q(b-a)/4πεab,したがって静電容量は C=4πεab/(b-a)


(2)この2つの導体球の間に電気伝導率 σ の導電体を詰めたときの,両導体球間の電気抵抗 R

電流密度を j(r) とすると,定常電流では
   4πr2j(r)=全電流 J(一定), j(r)=J/4πr2,よって E(r)=j(r)/σ=J/4πσr2
これを r=a から r=b まで積分すれば電位差 V が求まり,
   V=J(b-a)/4πσab,したがって抵抗は R=(b-a)/4πσab

どうしても高校の知識でやりたければ,r〜r+dr 部分の抵抗は,面積が 4πr2,厚さが dr だから dR = dr/(σ×4πr2),これを直列につないだと考えて,r=a から r=b まで足しあわせて(積分して)求めればよい。(1)も同様にして平行版コンデンサの知識でできないことはないが,こちらはコンデンサの直列結合の公式(逆数の和の逆数)によらなければならないことを忘れた人が殆どであった。


(3)この2つの導体球の間に熱伝導率 κ の非流動物質を詰め,内球を T1,外球を T2 (ただし T1>T2 )の温度に保ったときの全熱流 J

与えてあったフーリエの法則とオームの法則を比較すれば,温度(差)と電位(差),熱伝導度κと電気伝導度σが対応しているから,J = (T1-T2) 4πκab/(b-a)

2.レポート提出するまでの時間がないので宿題にはせず,自習しておくよう予告しておいた問題です。
(1) z=0 の xy-面上に置かれた,厚さを無視できる無限に広い導体板上を,y の正の向きに一様な平行電流が流れている。電流の強さが,x 方向の切り口の単位長さあたり K であるとき,z>0 および z<0 の空間における磁場の強さ H(z) とその方向(例:z の負の向き,など)を求めよ。

x〜x+dx にある y 方向の無限長直線電流 Kdx が,点P (0,0,z) に作る磁場の強さは,Kdx/2π(x2+z2)1/2
y 成分は -x にある電流の作る磁場とキャンセルして0になる。x 成分はこれに,方向余弦 z/(x2+z2)1/2 をかけて x=-∞ から x=+∞ まで積分して H(z)=K/2(z によらず一様) となる。z>0 では x の正の方向,z<0 では負の方向。

(アンペールの積分定理による方法) 対称性から y 成分は0であり,x 成分は x,y にはよらず一様で z だけで決まり,さらに H(-z) = -H(z) であることを仮定できる。x 方向の長さが Lで,2辺が ±z を通る,xz 面に平行な長方形 C についてアンペールの定理を適用すれば,この閉曲線(長方形)内を貫く全電流は LK だから
   長方形 C H・ds = LH(z) - LH(-z) = 2LH(z) = LK よって H(z) = K/2


(2)この導体板と平行に,z=a (a>0) の位置にもう一枚の導体板が置かれ,同じ強さで反対向きの一様平行電流が流れているとき,z>a,a>z>0,z<0 における磁場の強さ H(z) とその方向を求めよ。

導体板の外側では,各板上の電流が作る磁場が反平行ななため H(z)=0,板の間では同じ方向で,足し合わさって H(z)=K (x の正の方向)

3.真空中に置かれた面積 S,間隔 d の2枚の極板からなる平行板コンデンサの両極の間に,ゆっくりと時間変化する電圧 V0 sin(ωt) を加えたとき,極板の間に生じる変位電流(電束電流)を求めよ。

E=V/d,D=ε0E=(ε0V0/d) sin(ωt),よって電束電流は dD/dt=(ε0V0ω/d) cos(ωt)
(注)これを面積倍すれば,
   S(dD/dt)=(ε0S/d) V0ω cos(ωt)=CdV/dt=dQ/dt
となり,導線を流れる電流 I=dQ/dt と連続になる。


4.
(1)静電ポテンシャル φ(r) で与えられる静電場 E(r)=−▽φ(r) 中に置かれた,強さが一定の電気双極子 p の位置エネルギーは,U(r)=-pE(r) で与えられることを示せ。[ヒント:2つの正負の点電荷「点 r にある負電荷 -q と点 r+l にある正電荷 +q 」の位置エネルギーの和を求めてから,有限な大きさの双極モーメントを与える極限:ql=p 一定のままで l→0 をとればよい。]
電位を φ(r) とすると,
   U = -qφ(r)+qφ(r+l) = q (lx∂φ/∂x+ly∂φ/∂y+lz∂φ/∂z)+... = ql・▽φ+... = -qlE+... → -pE


(2)この位置エネルギー U(r) も,静電ポテンシャル φ(r) と同様にラプラス方程式 ▽2U=0 を満たすことを示せ。[ベクトル公式集がなければ,座標成分ごとに計算すればよいのです。]
   ▽2U = ▽2(p・▽φ) = p・▽2▽φ = p・▽▽2φ = 0 (これは,双極子の大きさも向きも変わらないとしたときの計算です。そうでないときは一般に示すことは難しかったですね。)

(3)(高学年の人への救済問題)年末に岩手県の高校の先生の「磁石の空中浮上実験」が”新発見”として新聞(掲載承諾済み)で話題になったが,記事の中にあった 『アーンショウの定理』 とは何かを解説せよ。[あの記事は磁場に関するものですが,電場でも同じことです。大学生が物理の単位をとるという意志をもつからには,講義に関係すると思われる科学ニュースには常に敏感であり,知らなかったなら自分で調べてみるくらいの意欲は当然あるものと思います。したがって,百科事典程度の説明でかまいません。キーワード:力学的安定位置,ポテンシャルの極小,ラプラス方程式の解,ガウスの法則...]

『ラプラス方程式 ▽2φ = 0 をみたすポテンシャルには極大・極小点はないため,力学的安定位置(極小点)は存在しない()。重力もポテンシャルで表されるから,電場と重力だけでは安定な釣り合いの位置はない。』 というのがアンショウの定理である。磁石の作る磁場もラプラス方程式をみたすポテンシャルで表される。

もしあれば,その点を囲む小さい閉曲面Sを考えるとき,S上でポテンシャルの勾配はどこでも正(またはどこでも負)であり,閉曲面Sにガウスの法則を適用すればS内に正(または負)の電荷が存在することになり ▽2φ ≠ 0 ]

 釣り合いの位置(磁力,または磁力と重力の合力が0)があっても,そこは極値点ではなく,必ずある方向には不安定な<鞍点>なのである。[ これは,ポテンシャル φ を釣り合いの位置 ▽φ = 0 の周りで展開したときの2次の係数行列の対角和(固有値の和)が ▽2φ(=0) で与えられることから,固有値が3つとも正ではあり得ないことにより示される。

 鉄球のように,磁気モーメントの大きさが磁場の強さによって変わる場合は,こうはいかない。もし,pE に比例し,p=k E として k>0 (常磁性)であるなら, U=-k E2 となり,▽2U<0 を示すことができる。この場合も,固有値が3つとも正になることはあり得ず,やはり安定な釣り合い位置はない。k<0 (反磁性)あるいは完全反磁性を示す超伝導体ではこの限りではなく,普通,磁気浮上と言われているのはこの場合である。

 報道された岩手高校の実験は,永久磁石による磁場と重力のもとで鉄球(パチンコ玉)が空中に安定に静止したというもので,「物理学の常識を覆す発見」と報道された。中身は実験報告を詳しく見ないとわからないが,報道された写真のように,容器によって空間の次元を制限しているならばこの限りではなく,アンショウの定理はこのような力(=壁の抗力)の存在は前提にしていない。幾つかの棒磁石を,磁石よりやや太めのプラスティックの管に向きを交互にして入れ,管を鉛直に立てた場合を考えてみよ。磁石が浮上することは実験しなくても容易に想像できるだろう。

 つまり,不安定な方向には容器の壁によって動けないようにすればよい。写真を見る限りでは,平べったいプラスチックの容器の壁に垂直な方向には「どっちつかず」の不安定であるが,容器内で鉛直方向には安定な釣り合いの位置があることは,記事で説明されているとおりで正しい。しかしながら,これならば完璧に 物理学の常識の範囲内 であり,共同研究者である大学の磁性のプロが騙されるはずはない。

いずれにせよ,10人以上の人がこの報道に興味を持っていたことがわかり,安心した。


上の新聞記事(掲載承諾済み)の実験は,後日JAPに発表された論文を読む限りでは,鉄球がプラスティックの側壁に接触していないことについて,物理学の定理が覆るどころか,「反磁性」 という常識的な理屈で説明が行われている。諸君はこの記事を読んでどう思っただろうか?記者が勝手に書いたのか発表者が言ったのかわからないが,少なくとも大学で物理学を学んだ人なら,「量子力学や相対性理論も影響を受けることは必至」だの,「自己組織化論,多体問題,カオス理論の方向からの研究が必要」だのといったマスコミの 「虚仮威し」 に騙されないようにしてほしいものである。朝日,毎日など全国紙にも掲載されたが,さすがにこのような無謀な解説は書かれていなかった。
共同研究者の解説の最後にわざわざ 「3次元でも成功か?」 とある。この辺りが真相を探る重要なカギらしい。


(公式)省略
ガウスの積分定理 閉曲面 SDn dS = S 内の全電荷 Q
電荷密度ρ=0の誘電体中における静電場 ▽・D = 0, DE
定常電流 ▽・j = 0, オームの法則 j = σE = -σ▽φ
熱伝導に関するフーリエの法則: 熱流密度 jQ = -κ▽T
アンペールの積分定理 閉曲線 C H・ds = C を貫く全電流 J