出題の意図
問題と解答例と解説 合格率26% 2005/7/21 実施, 2005年(前期)木2 『熱力学』
「過去問なんてクソくらえ」と自力で勉強してもらうのが一番うれしいのですが,公開してある「過去問集」というのは演習問題集みたいなもので,解説までつけてありますから,前の晩に1時間半くらいだけでも勉強してもらえば,必ず合格できるように配慮してあります。
1. 理想気体に限らず一般の系で成り立つ以下の等式を導け。ただし,CPは定圧比熱,CVは定積比熱,κは等温圧縮率,βは熱膨張率である。
CP - CV = TVβ2/κ
また,このことから一般に不等式
CP > CV
が成り立つことを1行程度で説明せよ。さらに,気体の場合には,この不等式は具体的にどういう事実に対応するかを,熱や仕事に関連させて簡単に述べよ。
エントロピー S(T,V) を,(T,V) を独立変数とする立場から (T,P) を独立変数とする立場 S(T,V(T,P)) に移ることにより,
(∂S/∂T)P=(∂S/∂T)V+(∂S/∂V)T(∂V/∂T)P (P一定のとき,VもTの関数である:参考資料)
=(∂S/∂T)V+(∂P/∂T)V(∂V/∂T)P (マクスウェル関係式:参考資料)
= 以下略。
参考資料より
(∂P/∂T)V(∂T/∂V)P(∂V/∂P)T=-1 ,(∂T/∂V)P=1/(∂V/∂T)P
を用いて変形し
β=(1/V)(∂V/∂T)P ,κ=-(1/V)(∂V/∂P)T ,CP=T(∂S/∂T)P ,CV=T(∂S/∂T)V
の定義を用いれば得られる。熱平衡の安定性よりκ>0 であるから,CP > CV となる。気体の定圧条件では,温度が上がって膨張するとき外に向かって仕事をする分だけ,余分に熱を与える必要がある。
講義ノートそのもので過去に頻出。計算は重いが,必要な偏微分公式はすべて参考資料に並べてあった。
2. 以下の諸量を,根拠を示して計算せよ。結果だけ書いた解答は全く無効。変化量は増加なら正,減少なら負として,符号に留意せよ。
(1) 熱容量がともに定数Cで温度がT1,T2の二つの物体を接触させ,全体を断熱壁で囲んで時間を経たときに達する最終温度Tfとエントロピー変化量△S
(2) 温度 T1 の室内から,温度 T2 の室外に向かって,エアコンが単位時間あたり Q の熱を定常的に除去しているときの,エアコンの消費電力の下限値 W
(3) 1モルの理想気体が,準静的等エンタルピー変化で圧力が半分になったときの,温度の変化量△T とエントロピーの変化量△S
(1) 熱力学第一法則により C(Tf-T1)+C(Tf-T2)=0,したがって Tf=(T1+T2)/2。また,dS=d'Q/T=CdT/T を積分して,△S = C log(Tf/T1) + C log(Tf/T2) = C log(Tf2/T1T2) =C log[(T1+T2)2/4T1T2] >0
(2) エアコン(サイクル)が室外に運ぶ熱は Q+W だから,クラウジウスの不等式(参考資料にあり)により,
Q/T1 - (Q+W)/T2 ≦ 0 。これから,不等式 W ≧ Q(T2-T1)/T1 が得られる。
(3) 理想気体ではエンタルピーは温度だけで決まるから,△T=0。また,dH=0 より,TdS=dH-VdP=-RTdP/P,dS=-R dP/P,積分して △S=R log 2
3. 理想気体に限らず一般の熱力学系で以下のことが言えることを,熱力学の基本原理に照らして,それぞれ各50〜100字程度で簡潔に説明せよ。
(1) P-V 平面上に描かれた準静断熱過程を表す曲線は閉じたループを描かない。
(2) 同じく準静等温過程を表す曲線は閉じたループを描かない。
(3) P-V 平面上に描かれた一本の準静等温曲線と一本の準静断熱曲線が2点以上で交わることはない。
(1) このループを右回りに回れば,熱を受けとることなく正の仕事をする第一種永久機関が実現する。
(2) このループを右回りに回れば,一つの熱源から熱を受け取り正の仕事をする第二種永久機関が実現する。
(3) 2点間の準静等温曲線と準静断熱曲線でできる閉じたループを右回り(正の仕事をする向き)に回れば,もし等温過程で熱を受け取っておれば第一法則に反し,熱を吸収しておれば第二法則(トムソンの原理)に反する。
「理想気体では,断熱過程は PVγ = 一定,等温過程は PV = 一定,これらの曲線は単調関数ゆえ閉じたループを描くことはない」 という解答は,高校生当時の思考力のままですね。問題設定からして論外。
「平面上の閉曲線なら必ず勾配 dP/dV が正の部分を持ち,圧縮率が負になってしまうから,閉曲線になることはない」 これはかなり頭を使った形跡がうかがえる予想外のしゃれた答えだったが,設問では 「なめらかな閉曲線」 とことわってはいない。「もし閉曲線にとがった点,すなわち2本の等温(または断熱)曲線が交わる点があったとすると,この点において等温(または断熱)圧縮率が2つの値を持つことになるから,ここではなめらかな閉曲線だけを考えればよい。云々」と論を進めてもらっていたら,正解としなければならなかった。
同様に(3)においても,「2点以上で交われば,そのいずれかの点において,不等式 κ等温>κ断熱 が破れることになる」 というのも予想外だったが,おそらく正しい根拠である。こういうのが出てくると採点も楽しくなる。