出題の意図


『熱力学』2003年(前期)木2 2003/7/17 実施 合格率26.5%   問題と解答例解説

試験問題には目眩ましがいくらでもあります。

1.(まずは全員に得点献上。ただし計算の根拠をきっちり述べること。必要であれば下の[参考資料]を参照してよい。) 円筒状の長い断熱シリンダが鉛直に置かれ,その中に比熱比が一定値 γ である理想気体が入っており,上から,断熱材でできた滑らかに動くピストンでふさがれている。ピストンは大気圧とあわせて重さ Mg で,シリンダの底から高さ H の位置で静止している。シリンダ内でピストンから上方 h の位置より同じ重さ Mg の物体を落とし,しばらくして熱平衡に達したときのピストンの高さ(シリンダの底から y )を求めよ。ピストンの厚さや物体の大きさは無視してよい。また,ピストンも物体も合体前後で温度は変わらなかったとせよ。

最初のうちは記号 R を気体定数,V を体積に用いる。理想気体では一般に CP-CV=R だから,比熱比が γ なら,定積比熱は CV/R = 1/(γ-1)。 理想気体の内部エネルギーは U=nCVT=nRT/(γ-1)=PV/(γ-1) で,内部エネルギー密度と圧力は,U/V=P/(γ-1) の関係がある。ここでは P=Mg/S< V=HS だから U=MgH/(γ-1)。 以後,定数 R,V は不要。 ピストンと物体の位置エネルギーは E=MgH+Mg(H+h)=Mg(2H+h)。最終状態ではのしかかる重さは2倍で圧力は2倍、体積は y/H 倍だから、気体の内部エネルギーは同様にして 2Mgy/(γ-1),ピストンと物体の位置エネルギーは 2Mgy。変化の前後の全エネルギーが等しいとおけばよい。結果はややこいが,y=[(2γ-1)/2γ]H+[(γ-1)/2γ]h

高校生ならできる問題。『シリンダが断熱材でできているから断熱変化,したがって,PVγ=一定』 という,なんとかの一つ覚えには参った! ここは準静的変化ではないが,ともかく高校レベルの第一法則だけでOK。 

2.(これも単純な偏微分公式の応用) 理想気体あるいは気体に限らず,温度を T,体積を V,定圧比熱を CP,定積比熱を CV,熱膨張率を β,等温圧縮率を κ として,CP-CV=TVβ2/κ の関係が成り立つことを示せ。また,この関係式が役に立つ例をあげ,解説せよ。

エントロピー S(T,V) を、(T,V) を独立変数とする立場から (T,P) を独立変数とする立場 S(T,V(T,P)) に移ることにより、

(∂S/∂T)P=(∂S/∂T)V+(∂S/∂V)T(∂V/∂T)P    (P一定のとき、VもTの関数である:参考資料)
       =(∂S/∂T)V+(∂P/∂T)V(∂V/∂T)P    (マクスウェル関係式:参考資料)
       = 以下略。
参考資料より
        (∂P/∂T)V(∂T/∂V)P(∂V/∂P)T=-1  ,(∂T/∂V)P=1/(∂V/∂T)P
を用いて変形し
        β=(1/V)(∂V/∂T)P , κ=-(1/V)(∂V/∂P)T
の定義を用いる。不等式 CP>CV の(理想気体に限らない)一般的な証明にもなるし,CV の直接測定が困難な固体や液体(体積を一定に保つための容器も同じ程度に熱膨張し,体積を一手に保つことは困難。また容器の熱容量もむしできない。)の CV の決定に利用できる。

3.(カコ問サービス) 1モルの理想気体について,以下の準静的変の際の気体部分のみのエントロピー変化量 △S を求めよ。理解できていることが判断できるように,必ず導出の根拠を1〜2行程度で述べること。モル気体定数は R とし,モル定積比熱 CV は定数とする。
(1)温度一定で体積が2倍になったとき
(2)体積一定で温度が2倍になったとき
(3)断熱的に体積が2倍になったとき
(4)エンタルピー一定で圧力が2倍になったとき
(5)圧力一定で体積が2倍になったとき
(6)体積比が log 2:1 になる位置に2枚の断熱仕切板を入れ,それぞれの体積は保ったままで左右に分離したとき

(1) 温度一定なら理想気体では内部エネルギー一定 dU=CVdT=0 より、TdS=dU+PdV=PdV、またボイルの法則 P=RT/V より、dS=RdV/V、これを V から 2V まで積分して ΔS=Rlog2
(2) 同じく dV=0 より、dS=CVdT/T、T から 2T まで積分してΔS=CVlog2
(3) 準静断熱変化は等エントロピー変化だから、誰がなんと言おうと ΔS=0
(4) dH=0 より、TdS=dH-VdP=-VdP=-RTdP/P、dS=-RdP/P、P から 2P まで積分して ΔS=-Rlog2
(5) 圧力一定だから、TdS=dH-VdP=dH=(CV+R)dT(ただし CP=CV+R)。圧力一定で体積が2倍になれば温度も2倍になるから、dS=(CV+R)dT/T を T から 2T まで積分して ΔS=(CV+R)log2

(6) これだけは新規追加。 △S=0。 同じ物質は切っても貼っても熱力学的性質は何も変わらないのだ (加法性) 。「log 2 : 1 に」 なんてのは 真っ赤な 目眩まし。

[以上の解答に要する素材はほとんど全て出題用紙の「参考資料」に書かれてある。]

4.(生命保険?)以下の項目のうち2項目について解説せよ。
(1) 準静断熱曲線は閉曲線にならない?
    閉曲線ができると第一法則に反するサイクルが可能。
(2) 理想気体の断熱自由膨張はホントに非可逆?
    エントロピー変化を計算してみれば明か。
(3) 熱を100%仕事に変える装置(仕組み)は不可能?
    サイクルでないなら,そんなものいくらでも作ることが可能
(4) 冷房装置はエントロピーを減らしている?
    世界全体から見れば,エントロピーを減らすことは不可能
(5) 扇風機をまわせば部屋の中が涼しくなる?
    電気を食った分だけ部屋は暑くなる
(6) 沸点以下の室内に水蒸気が含まれるわけ。
    液体の水と空気中の分圧の水蒸気との共存条件

「これだけではなんとも答えられない,問題の不備」なんて小学生みたいなことを書いて抗議した人もありましたが,それでは問題の意図が全くわかっていないということ。答えるための条件設定をする技量を要求しています。些細なごまかしにとらわれず,自由自在に熱力学に関する知識を披露してもらえば十分だったんですが,ここへたどり着くまでで死んでしまった人には生命保険は無意味ってことね。