出題の意図
『熱力学』2003年(前期)木1 2003/7/17 実施 合格率24.1% 問題と解答例と解説
試験問題には目眩ましがいくらでもあります。
1. (まずは全員に得点献上。ただし計算の根拠をきっちり述べること。必要であれば下の[参考資料]を参照してよい。)円筒状の長い断熱シリンダが鉛直に置かれ,その中に比熱比が一定値 γ である理想気体が入っており,上から,断熱材でできた滑らかに動くピストンでふさがれている。ピストンは大気圧とあわせて重さ Mg で,シリンダの底から高さ H の位置で静止している。シリンダ内に抵抗 R の電熱線が引き込まれており,これに外から一定の電流 J を流したところ,ピストンは一定の速さで上昇した。この速さ V を求めよ。電熱線の体積や熱容量は無視してよい。
最初のうちは記号 R を気体定数,V を体積に用いる。 理想気体では一般に CP-CV=R だから,比熱比が γ なら,定積比熱は CV/R = 1/(γ-1),定圧比熱は CP/R = γ/(γ-1)。 理想気体の内部エネルギーは U=nCVT=nRT/(γ-1)=PV/(γ-1) で,内部エネルギー密度と圧力は,U/V=P/(γ-1) の関係がある。ここでは P=Mg/S, V=HS だから U=MgH/(γ-1)。 以後,定数 R,V は不要になったから,電気抵抗とピストンの上昇速度に用いる。ピストンの位置エネルギーは E=MgH。両方あわせたものは,U+E=[γ/(γ-1)]MgH。これの増加速度がジュール熱発生率 RJ2 に等しい。したがって,V=dH/dt=[(γ-1)/γ]RJ2/Mg。
これは高校生でもできる問題。大学生なら,実は U+E はエンタルピーに等しいことを使って,定圧比熱で考えてほしい。ピストンの運動エネルギーを気にした人が何人もいたが,速度一定なら運動エネルギーは一定で,これは論外。『シリンダが断熱材でできているから断熱変化』 という教条主義者には参った! 中に熱源(ヒーター)が入っていたら決して断熱変化にはならないよ。
2.(これも単純な偏微分公式の応用) 理想気体あるいは気体に限らず,温度を T,体積を V,定圧比熱をCP,熱膨張率を β,等温圧縮率を κ,断熱圧縮率を κad として,κ-κad =TVβ2/CP の関係が成り立つことを示せ。これをもとに,(P,V)-平面における準静断熱曲線と準静等温曲線の傾きの関係を論じよ。
κ = -(1/V)(∂V/∂P)T 、 κad = -(1/V)(∂V/∂P)S である。
体積 V(P,T) を (P,S) の関数 V(P,T(P,S)) とみなすことによって(参考資料の公式)
(∂V/∂P)S = (∂V/∂P)T + (∂V/∂T)P(∂T/∂P)S (S一定のとき、TもPの関数である)
ここで (1/V)(∂V/∂T)P = β (βは熱膨張率)、また公式
(∂T/∂P)S(∂P/∂S)T(∂S/∂T)P = -1
より
(∂T/∂P)S = -(∂S/∂P)T / (∂S/∂T)P (これも参考資料の公式)
= (∂V/∂T)P / (∂S/∂T)P (マクスウェル関係式より)
= Vβ / (CP/T) (各定数の定義。以下省略。)
圧縮率は,P-V 面での等温線と断熱線の勾配,それぞれ (∂P/∂V)T ,(∂P/∂V)S に関係している。
3.(カコ問サービス) 理想気体について,以下のような変化の際の気体部分のみのエントロピー変化量 △S を求めよ。理解できていることが判断できるよう,必ず導出の根拠を1〜2行程度で述べること。モル気体定数を R とし,モル定積比熱 CV は定数とせよ。
(1) 1モルの理想気体が準静的に,体積一定で温度が x 倍になったとき
(2) 同じく,エンタルピー一定で圧力が 1/x 倍になったとき
(3) 同じく,圧力一定で体積が x 倍になったとき
(4) 1モルの理想気体が,温度 2T,T の2つの熱源の間で働くカルノーサイクルを経て元の状態に戻ったとき
(5) 体積 2V の断熱的シリンダの真ん中に透熱的な薄い固定仕切りがあり,各側にそれぞれ温度 T,3T の理想気体を1モルずつ入れてから,しばらく放置して熱平衡に達したとき
(6) 同じく仕切りが断熱的な可動ピストンになっており,可逆的に平衡に達したとき
(1) 理想気体では dU=CVdT,また体積一定だから dV=0,よって TdS=dU+PdV=CVdT,dS=CVdT/T,積分して △S=CV[log xT - log T]=CV log x
(2) 同様に dH=0 より,TdS=dH-VdP=-RTdP/P,dS=-R dP/P,積分して △S=R log x
(3) dH=CPdT=(CV+R)dT,dP=0 より TdS=(CV+R)dT,dS=(CV+R)dT/T,温度も x 倍になるから,積分して △S=(CV+R)log x
(4) 問答無用。元の状態に戻れば,状態量であるエントロピーも元の値に戻り △S=0
(5) それぞれ別々に体積一定で最終温度 2T まで準静変化させてからくっつける場合を考えれば,これを同じ最終状態が得られるから,(1)の結果を x=2 と x=2/3 に適用して △S=CV[log 2 + log (2/3)]=CV log (4/3)。(授業でくどくどと説明してやったとおり。)
(6) 問答無用。準静断熱変化は等エントロピー変化であるから当然 △S=0
いくら過去問だからといって,「問答無用」 まで真似して書くことはないと思うんだけど...
4.(生命保険?) 以下の項目のうち2項目について解説せよ。
(1) 準静断熱曲線は閉曲線にならない?
閉曲線ができると第一法則に反するサイクルが可能。
(2) 理想気体の断熱自由膨張はホントに非可逆?
エントロピー変化を計算してみれば明か。
(3) 熱を100%仕事に変える装置(仕組み)は不可能?
サイクルでないなら,そんなものいくらでも作ることが可能
(4) 冷房装置はエントロピーを減らしている?
世界全体から見れば,エントロピーを減らすことは不可能
(5) 光子気体の圧力
光子も運動量をもっているから壁に圧力を及ぼす。エネルギー密度の2/3ではなく1/3になるところが,分子気体と異なる。
(6) 混合エントロピーとギブスのパラドックス。
混合エントロピーの計算結果には,異なる分子を区別する情報は含まれていないから,同種類の分子であっても適用できる形になっているではないか?
「これだけではなんとも答えられない,問題の不備」なんて小学生みたいなことを書いて抗議した人もありましたが,それでは問題の意図が全くわかっていないということ。答えるための条件設定をする技量を要求しています。些細なごまかしにとらわれず,自由自在に熱力学に関する知識を披露してもらえば十分だったんですが,ここへたどり着くまでで死んでしまった人には生命保険は無意味ってことだね。