国際単位系(SI)の改訂(2018/11 改訂,2019/5/20 実施の予定) → PDF版

  新しい国際単位系の取り決めにより,K(ケルビン,絶対温度)mol(モル,物質量) の定義が変わるので,忘れないうちに講義ノート 『熱・統計力学 量子力学』 p.2〜p.3 の説明を修正しておこう。膨大な知識を詰め込む形になっている現在の高校の物理教科書も,来年度から改定に則って正確に修正する必要性に迫られよう。(私の「雑書庫」の中にも,キログラム原器のことに触れた記事があったと思うが,歴史的遺物と思ってご容赦願いたい。)

  温度 K(ケルビン) これまでは,純粋な水の3重点 (気体・液体・固体の3相の共存状態) の温度を,正確に 273.16 K とすることで設定されてきた。今回,水という特化された物質に頼ることなく,新たに ボルツマン定数 k を, J/K の単位で,正確に
        k = 1.380 649×10-23 J/K
と取り決めること (以下では,これを 「定義値 とする」 という) で,より普遍的な量であるエネルギーに依拠して設定することになる。「正確に」 というのは 「 これ以上の端数はない 」 という意味であり,国際科学会議・科学技術データ委員会で調整・確認された最新の精度(CODATA 2017)の値が採用される。一たん定義値とされたものは,MKSの定義が変更されない限り,今後精度が上がることは原理的にあり得ない。(注: 結果として,原理的には水の3重点の温度は正確に 273.16 K ではなくなる。)
  実際の温度は,kT が現れる量,例えば Ar ガスなどの希薄の極限 (理想気体) での音速の公式
        V 2 = γP/ρ = γkT/m   (γ = 5/3, m は Ar 原子の質量)
や,高温ではプランク分布を用いて測定できるが,実際には実用目的のため従来から水の3重点を含め補助的にいくつかの定点の温度が取り決められており,これは(当分の間?)維持される。

  物質量 mol(モル) これまでは,正確に質量 0.012 kg の純粋な 12C を構成する 12C 原子の量で設定されていたが,新たにアボガドロ定数 NA そのものを,純粋な 28Si 結晶の真球から直接測定された最新の値に基づいて,正確に
   NA = 6022 14076 00000 00000 00000 mol-1 ( = 6.022 140 76×1023 mol-1 と書く。)
と取り決める (定義値とする) ことで,特定の物質や kg の定義に依存せず独立に設定される。これにより原子・分子の「数」という性格が鮮明になり,従来は 「1モルの物質中には,物質によらず一定数個の構成粒子が含まれる 」であったのが,積極的に「 アボガドロ数個の構成粒子の集団の物質量を1モルとする 」ことになる。
(注) 結果として 1 mol の 12C の質量は正確に 0.012 kg ではなくなるが,各原子の原子量(相対原子質量 Arの基準として「 12C の原子量を 12 」 とすることは変わらない。

  なお,ボルツマン定数とアボガドロ定数が定義値となったことに伴ない,モル気体定数も
        R = NAk = 8.314 462 618 153 24 J K-1 mol-1 (exact)
が正確な値となる。「正確」 という場合,「有効数字」 という考え方が適用されないことに注意。

  以上のほかに,質量 kg 電流 A (アンペア)の定義も,それぞれ プランク定数 h と電子の 素電荷 e の,CODATA 2017 の値
        h = 6.626 070 15×10-34 J・s , e = 1.602 176 634×10-19 C  ( 1 A = 1 C/s )
をそれぞれ正確な定義値として取り決めることで,ミクロな法則に基づいて設定されることになる。質量は,MKS 単位で c2/h の値に等しい振動数 [Hz] の光子のエネルギーに等価な質量を 1 kg とする。あるいは 「 ( s と m は決定済みとして) h が正確に上記の値になるように kg の単位を決める」 という方が分かりやすいかも知れない。(c は後述の光速。)アボガドロ数も定義値になったのだから,ついでのこと「N A個の12C 原子の静止質量の1000/12 を 1kg とする」としてもらった方が概念的には分かりやすいのだが,現在の量子デジタル計測技術により実験が容易になったことから,プランク定数を基準にする原理の方が採用された。実際の定量は,複製キログラム原器ではなく,電磁天秤(『わっとバランス法』)が用いられる。

 以上により,教科書との関連では熱放射則に現れるシュテファン-ボルツマン定数(ボルツマン定数 k ,光速 c,プランク定数 h の組み合わせで決まる)なども正確な定義値となる。(PDF版参照)

 人工物で唯一残っていた キログラム原器 による質量 kg の設定が廃止され,キログラム原器は博物館入りとなる。また,マクロな電流間に働く力によるアンペアの設定が廃止される。(ただし A が基本単位の1つであることは変わらない。もともと電磁気学の歴史ではアンペアやボルトが先住民であった。)この結果,いかにも不思議な物理定数であった 「真空の透磁率(磁気定数)」 μ0 の値は正確に 4π×10-7 N/A2 ではなくなる。 同時に,真空の誘電率も正確ではなくなる。(注.現行のSIでは,真空の透磁率 が μ0=4π×10-7 N/A2 となるように,同じ強さの平行電流間に働く力から決める。この,4π という数学的な定数はともかく,これに 10-7 が続くことがどうにも落ち着かなかった。)

  キログラム原器の廃止は,合金の経年変化 (劣化) を考えれば妥当な変更である。いずれも上記のミクロな測定値の方が再現性・普遍性に優れ,現在の理論的到達点においては将来的に値の維持が期待できる。(注: メートル原器 の方は,劣化以前の問題として,素朴には温度の特定をどうするかという疑問があるし,重力場(加速度系)でも正しく長さの規準になるのか気になるところだ。半世紀以上も前の1960年に真っ先に廃止されている。)すでに時間 s長さ m の定義は,それぞれ 133Cs のある特定の準位間の遷移振動数(今回は測定条件を厳密化) ΔνCs と真空中の光速 c
        ΔνCs = 9 192 631 770 s -1c = 299 792 458 m/s
を定義値とすることで設定されてきており,「国際」というより「宇宙的」基準になっている (現SI; 1967,1983)。時間の定義だけがCsという特化された物質に依拠しているという意味では,今回の改定でやや「時代遅れ」になった感を否めない。

  光度 cd (カンデラ) 国際単位系で定められる基本単位は全部で7つあり,あと1つ, cd (カンデラ) がある。 物理学ではあまりお目にかからないが,工学的には重要で日常生活でも照明器具で使われている。ごく普通のろうそく (candle) の明るさを,およそ 1 cd であるとしてきた歴史を踏まえた量である。単純に光のエネルギー束 (W,ワット) であれば 基本単位 s,m,kg で組み立てることができるが,明るさは人間の感覚に依存するため,視覚感度が最もよい特定の単色光 (540×1012 Hz,波長 約 555 nm のに相当) のエネルギー束を用いて定義され,独立な基本単位とされている。この最高感度の波長以外の光では,同じ強さ(エネルギー束)でも暗く感じるため, 明るさの比較をし換算して cd 数を決めなければならない。最高感度の波長 (555 nm) からずれると感度は急激に減少し,可視光の両境界 ( 380 nm と 780 nm) で感度(光度)は0になる。赤外線や紫外線になるといくら強く放射されても人間の眼では明るくはない。

  従来は,単位立体角 (ステラジアン,sr) あたりのエネルギー束が 1/683 W の所定の光の光源の強さを 1 cd (= 1/683 W/sr) としてきたが,今回,540×1012 Hzの光源の発光効率
       K cd = 683 lm/W 
を定義値とすることに改められる。これは言わば表現の改訂であって実質的な変更ではない。lm は,やはり仕事率の次元をもつ光束の単位で,1 cd = 1 lm/sr

  K cd を単に 「発光効率」 と呼ぶのは少々わかりにくく,ネット上で調べた感じでは用語の定義がどうもすっきりしていない。この数値は,同じエネルギー束の,異なる単位間での換算値そのものである。「 MKSで 1 W の所定の光の光束を 683 lm とする」,あるいは,「1 W の電力が 100%,所定の光の発光に使われたとしたときの光束を 683 lm とする」 と読めばよい。最高感度の所定の光以外では,この換算率が小さくなるから,「発光効率の最大値」 と呼ぶべきだろう。原語では efficiency ではなくefficacy が使われており,どれだけの「有効な明るさ」が得られるかという意味で「光度能」 とでも言うべきか? 「効率」 としては,「K cd の何パーセント」 と言う方が分かりやすい。

  分母の W が消費電力 ( ≒ 赤外線を含めた全放射エネルギー束 ) の意味で使われるときは,照明器具のエネルギー変換効率 である。 LED光源は白熱電球にくらべて 10倍 近く発光効率がよいが,それでもまだK cd の10%〜20% 程度であると言われている。LED といえども消費電力のかなりの部分は熱となり,最終的には明るさに関与しない遠赤外線として放出される。最近の商品には,「全光束(lm) 」,「消費電力(W)」 等が表示されているので,自分で効率を計算できる。

  明るさを表す量としては,光に照らされた側の明るさ,すなわち,単位面積あたりに受け取る光束がある。照度lx (ルクス) で表され, 1 lx = 1 lm/m2である。同じ強さ(消費電力)の光源でも照明器具の原理や構造,さらに光源からの方向や距離によって手元での明るさが違う。ある方向から見て光度が C cd の光源から d m の位置での照度が C/d 2 lx である。太陽光のエネルギー流は地球の位置で 1.37 kW/m2 (太陽定数),地表に届くのはその 70% の 1 kW/m2 としても,換算率 K cd では 60万〜70万 lx になるが,実際には真夏の晴れのときでも明るさとしては 10万 lx 程度であるとされている。太陽の自然光は感度のよい青緑付近にピークをもつが,可視光の占める割合は 1/3 程度,その可視光も感度換算で光度が 1/2 以下に減るためである。



  以上のように,新国際単位系では基本単位をすべて,6つの物理定数 ΔνCsc 0hekNA ,および光学的なエネルギー換算値 Kcd を,定義値として取り決めることにより設定する形に統一される。この他にSIに関わる定数ではないが,重力加速度,大気圧,標準状態の圧力の標準値が定義値として取り決められている。(PDF版参照)

SI


もどる  単位の表し方 についての規定は PDF版 に補足してある。