弾性力による位置エネルギー
  吉田先生のファンらしき人から注意を受けた。この罵倒はこの問題に対してではなく,2023年1月実施の22年度共通テスト「物理基礎」の,バネの問題 に対してであったそうな。(ばねは日本語だから平仮名で書くべきであるが,私は文の読みやすさを優先して片仮名で書いている。入試問題ではそうはいかない。

  2種類のバネに重りをつるして,それぞれある長さまで伸びて静止したとき,「弾性力による位置エネルギー」を比較する問題である。吉田先生は(これも一部の語句切り取りの典型),「『位置エネルギー』という以上,基準位置を示さないと解答不能である」とセンターに抗議され,センターからは「教科書に書いてある」と「小学生みたいな」回答があったという。

  このやり取りはともかく,「弾性力による位置エネルギー」は,弾性体の自然な状態から変形をもたらす際に外からなされる(準静的な)仕事,「弾性エネルギー」「elastic potential energy」のことである。「伸び縮み」や「ずれ」「ねじれ」など,たいていは位置の変化を表す量でエネルギーが与えられるから「位置エネルギー」とも呼んでいる。必ずしも「弾性エネルギー」はバネに蓄えられたエネルギーで,「弾性力による位置エネルギー」はバネに取りつけられた物体の持つ位置エネルギー,というわけでもなく,全く同一のものである。(後の Question 参照。杓子定規に区別にこだわると,両者が併存するかのような錯覚に陥るおそれがある。

  弾性力による位置エネルギーは,フックの法則にしたがうバネであれば,自然長からの変位が x のとき kx2/2 で与えられる。運動エネルギーが静止状態を基準として mv2/2 で与えられるのと同様に,特殊な事情がない限りいちいち基準を断ったりはしない。むしろ,いずれも常に正(非負)の量であることを強調すべきで,絶対的とも言える「基準0」が自ずと決まっているのである。そもそもエネルギーはスカラ量であるから,座標の回転(今の場合は反転)において不変な量(形が変わらない量)である。したがって弾性力の位置エネルギーの場合,自然長の位置を基準点にとる以外に選択肢はない。(万有引力の位置エネルギーも例外ではなく,中心からの距離で決まるスカラ量であるが,地表近くで考えるときだけは基準点を決めてスカラ場の局所的な勾配を用いて便宜を図っているだけである。)。

  反論が寄せられて思い出したが,特別な場合として重りをつるしたバネの振動を扱うとき,自然長ではなく釣り合いの位置を基準として,やはり位置エネルギーをそこからの変位 x を用いて kx2/2 で表し,運動エネルギーとあわせてエネルギー保存則を論じることがある。この場合,kx2/2 はもはや「弾性力による位置エネルギー」ではなく,弾性力による位置エネルギーと重力の位置エネルギーをあわせたものである。この形で書いたエネルギー保存則に,もう一度重力の位置エネルギーを復活させると間違いであることは周知のことであろう。たまたま重力の位置エネルギーが一次式で書けることから結果的に同じ形になって便利なだけであって,一般の力の場ではこうはいかない。

  「教科書に書いてある」は,「書いてあるから正しい」と言っているのではなく,教科書には概して「高校物理の常識・約束事として身に着けてほしい法則や概念が載せられている」という,ごく普通の意味であり無難な対応である。エネルギーだけに限っても,教科書には弾性力による位置エネルギー,運動エネルギーだけでなく,静電エネルギー,核エネルギー,...など皆な一定の約束のもとに使い慣わされている概念が載っている。普通は,そこからはみ出さない限り入試問題でその定義をいちいち断ったりはしない。教科書は高校教育の標準レベルを把握する上で,たいへん役立つ資料になる。かと言って,そこに書かれていることしか出題できないというものでもない。



Question