AI えっちっち 培風館 『図書目録2015』 コラム  (2014/7)                                         → B面
AI ファミリーレストラン


  朝刊で 「人工知能,料理に挑戦」 の見出しが目に入った。一昔前なら,なんでもかんでも I T 化,A I 化にまい進する無節操な技術革新を揶揄するブラックジョークの類と思って読み飛ばしたにちがいない。I B Mのクイズの天才ワトソン君が,食材と栄養素のリスト,全世界の9000以上のレシピのデータベースから料理のパターンを学習し,さまざまな好みに応じた料理を創作するという。 (AI = 人工知能)

  記事を読む限りではワトソン君が登壇するまでもないと思われたが,ついでに厨房も完全自動化し,客が好みと予算に合わせて電子メニューをピッピッピッと選択するようにすれば,ステーキの焼き具合やラーメンのゆで加減くらいしか注文できない今よりは,よほどましな 「行列のできる店」 ができるかもしれない。

  しかし,まさか本気でAI シェフを開発しているわけではあるまい。チェスや将棋と同じくAI 研究の動機づけの遊び心であろう。資本のせめぎあいや,はなはだしくは今日のコンピュータそのものがそうであったように戦争が推進力となってきた技術革新の歴史から見れば,いたって平和的である。

  将棋の世界では,この1,2年の間にようやくAI がプロ棋士を凌ぐようになってきたという。私なんぞ30年ほど前のPC98機全盛時代に出回っていた安物の将棋ソフトでさえ,「初心者」より高いレベルを選ぶと太刀打ちできなかったから,プロ棋士の頭脳たるやどれほどのものなのかと,むしろそちらの方に驚嘆する。その開発の初期に,人間がへぼ将棋以前の予想もつかない悪手を打つと,コンピュータは困惑して凍りついてしまい,答えを出せなくなるという話を聞いたことがあった。

  情報科学のリレー講義の中で脱線して, 「予期せぬ誤りを犯す,これぞ人間の得意技」 と,よく引用したものだ。生物がDNA塩基列の転写ミスを積み重ねることで現在の種の多様性にまで進化したように,個性豊かな個体の知恵の発達も誤りの繰返しによるところ大であるにちがいないと,素人の怪しげな説を述べたこともある。

  しかしこれが本当なら,コンピュータがある確率でランダムな計算ミスを起こすようプログラムしておくだけのことよと一笑されよう。 「人間の心を数学あるいは物理学で表せるか,ひいてはコンピュータで創出できるか?」 という問題は,とんでもないところまで進んでいるようだ。ブルーバックス程度の解説書を開いてみても,とてもじゃないが歯が立たない。

  しかし落胆することはない。それを理解できる日を待たずとも,人間の心の方がコンピュータの思考パターンに適応するよう急速に変質しつつあるではないか。冒頭のレストランを持ち出すまでもなく,電車に乗って向かいの座席のスマホの列を見わたすだけで十分だ。グルメも旅行も友達も,子供やペットや農作物の世話もスマホまかせ。あげくのはてはネット依存のコピペ博士...。

  コンピュータの方は脳波を解析して心を読み取り,ビッグデータを基に人のとるべき道を的確に導き出すようになる日も遠くはない。そうなるといささかも高潔・純朴とは言えぬ私なんぞは,へぼ将棋ならぬ無我の境地 (→B面) を会得してかからねばならぬ。

 (B面は コ ラ ム の補足)


男性も歓迎? 否? 『痴漢撃退アプリ』 発売

  日に日に強さを増す日差しに前頭葉が刺激されて人々の心が高揚し,厳しい寒さから肌を護ってきた重くて厚い衣を脱ぎ捨てる春先になると,毎年,痴漢行為が急増する。初夏を前にして,折しもN社からスマートフォンに搭載可能な 『痴漢撃退アプリ』 なるものが,近日中に発売されることがわかった。スマホの無線機能を利用して人の微弱な脳波をとらえ,デジタル解析するという。

  いわゆるエッチな心理状態は食欲や恐怖心などと同じく,動物に先天的に備わった最もプリミティブな心の動きであるため,後天的に形成される自己認識や政治思想,数学的思考などといった高度で複雑な意識とちがい,対応する脳波は賢い賢いヒト (ホモ・サピエンス・サピエンス) でも他の脊椎動物とそれほど差はなく,種に固有のごく簡単なパターンをもっており,同じ種では個体によらず共通である。これこそが,自然界の高等動物ではいたずらに交雑が起きることなく,長期にわたり安定して種が維持されるメカニズムであると思われる。

  このため,ビッグデータから抽出されたこのほんの短い特徴的なパルス波形を検出するだけで,正確に特定できるというわけだ。個体発生後に獲得された多彩な知恵で巧妙に粉飾された恋愛感情の複雑な脳波にも,このプリミティブなパターンが必ず含まれているのであるが,痴漢の場合はこの戦略的な粉飾がほとんどなく,あきれるほど直截的で無防備なため,比較的容易に検出・解析が可能になる。

  脳波はきわめて微弱であるため,今のところは平均して最大3メートル以内の距離でしか感知できないが,ワンセグ受信アンテナ付きステレオイヤホン接続端子を備えた機種であれば,専用のセンサーを取り付けることにより脳波の来る方向や距離まで特定できる。注.この間イヤホンは使用できないとのこと。イヤホン付きセンサーは後日別売の予定。)したがって乗物の中での痴漢防止の目的なら十分に機能するという。

  もともと生殖に関わる心の動きであるから男女で脳波のパターンは多少異なっており,今回発売されるアプリでは 【男性波/女性波】 のモードを切り替えて使用するようになっている。はたして男性からの需要は見込めるのかという記者の疑問に対して,開発にあたったN社の担当者の一人は,「これは企業イメージにかかわるため公けには宣伝していませんが,見方を変えれば異性からの秘やかな求愛のサイン,そう 秋波 を逃さず確実にキャッチできるということですから,場面によっては ハッピーな 目的にも活用できるのでは」 と,ためらいがちに開発秘話をもらしてくれた。

  余談であるが脳波のサンプルの採取は,女性社員がセクシーな香水を帯び蠱惑的な装いで満員電車に乗り合わせるとか,社員に密室でAVを見せるなど,いささか陳腐で きわどい試行錯誤の結果,京都市内で夜な夜なアベックが集結することで有名な鴨川の三条大橋と四条大橋の間の河川敷で行うのが,適法 (?)かつ一番効率がよかったという。なにより 【男性波/女性波】をセットで,しかも集結したカップルの間で互いに昂りを競い合うかのごとく増幅された濃密で良質なサンプルを,一晩の出張でいくらでも採取できるのだ。

  夜の帳(とばり)が下りる頃合いを見計らって何組かの男女社員でアベックを装って出かけ,数メートル置きにほぼ等間隔で陣取ったアベックの間に割り込んで,寄り添う男女から発生する露わで悩ましい脳波を,超小型の微弱電磁波受信機で秘かに収録する作業を厳冬期を除いてほぼ1年がかりで繰り返したというのだ。仕事とはいえ夜の河川敷に二人組で出張った社員達にとっては,辺り一面に漂う現実世界の生々しい気配に誘発される自らの脳波を抑制することが,想定外の苦行だったという。もしこれが受信機ではなくボイスレコーダであったら,それこそ組織的痴漢行為でN社は摘発されたに違いない。

  専用センサー込みで小売希望価格5000円,混乱を避けるため発売日は未定。N社では,暗い夜道での性犯罪防止や職場や宴会の席でのセクハラ対策にも役立つように,さらに10メートル程度まで感知できるセンサーを電子機器専門メーカーのO社と提携して2年以内に実現する計画であるという。また,売れ行き次第では,スマホを持たない世代向けに単体として発売することを検討中とのことである。なお【男性波/女性波】のプロトタイプ以外のいくつかのパターンについては,改良の余地はあるがデータが揃わないため解析が追いついておらず,計画は未定ということらしい。

  このアプリの防犯効果について,京都府警鉄道警察隊の広報担当者は, 「ご承知おきのとおり署には痴漢願望をもつ者は一人もいないので,実際の効果を確かめることはできない」 と前置きした上で, 「 車内に乗り合わせた婦人警官によって (脳波が? = 筆者注) 検出された場合は, 痴漢等準備罪 を適用できると思う。こういうものが出回るというだけでも,大いに抑制効果につながるのではないか」 と語っていた。なお,鴨川河川敷におけるN社の脳波サンプル採取行為については判例はなく,軽犯罪法適用は難しいだろうとのこと。可能性があるのは『電波法』で規定する「特定の相手方に対して行われる無線通信」の「傍受,窃用」であるが,これも解釈に無理があるようだ。

(後日談)
  このアプリの発売直後は女子高生やOLを中心に若い女性客が殺到したが,2週間ほどたつと, わざわざ 「娘に持たせたいのだが」 と言い訳して買いに来る,中高年の男性客が目立つようになった。しかしその後しばらくすると, 「全く作動しない」 という苦情が,殆どは男性客から多く寄せられるようになったという。

  発売元のN社では, 「本製品は,まちがっても痴漢未遂もしくは準備罪の冤罪を引き起こすことがないよう,きわめて正確な指向性を備えております。したがって,せっかくお買い求めいただいたお客様には誠に申し訳ないのですが,アプリに組み込まれた【女性波】のサインが送られてくる可能性が全くない絶望的な殿方 の場合は, 絶対に 作動することはありません」 と,インチキ商品ではないことを強調している。 「説明書には書かれていませんが,そういう魂胆の方に限って例外なく,件 (くだん) のパルス波を盛んに発してらっしゃると思いますので,一度 【男性波】 モードに切り替えていただけば,ご自身で動作確認ができます」 ということだ。  ( 『週刊未来』 4月1日号 )


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(お断り) N社は任天堂と関係ありませんので,同社に本製品について問い合わせをされないよう,お願いします。