<伝説のライブ2003>




2003年7月26日、上野公園不忍池。
時間は昼の1時ごろ。
メンバーかなり緊張の面持ちである。

ヤスなんかはこの直前に上野公園内で行った練習で
「やっぱし止めない?」という発言をしたり、
誠吾と岡村でヤスをからかう発言をしたところ
「ふざけんなよ!こんなのやってらんねーよ!」と本気で怒髪天に達してしまい、練習はおろか本番すらも危うい空気になってしまっていたのでなおさら緊張感が増していた(みんなで何とかヤスをなだめ、とりあえず本番には参加すると言う事に)。

リュック等に詰めた機材を持ち、4人は2艘の手漕ぎボートに分かれて乗る。
出発地点から一番遠く離れた場所までボートを漕ぎ、着替えに。
今回の衣装はすでに決まっていた。

「原点回帰」、パンツ一丁である(黒色・無印製)。

7月といえどもこの年、かつてない冷夏でかなり寒い。
震えているのは寒さのせいなのか、それとも・・・。

コルボーン作の真っ赤なのぼりには墨で大きく「検尿ズ」の文字。

そののぼりを立てつつ当初計画どおりに演奏場所まで再びボートを漕ぐ。
ボートを漕いでいる時点ですでに数人の人の目に留まったのか手を振る人や「検尿ズー!」と声をかける人たちも。

気を良くしたメンバーたち、緊張もすこしづづ解けてきたようで笑顔も見られます。
岸ギリギリに船を止めて、手漕ぎボートにてついに復活ライブのスタートです。


まず音についての説明を。
今回のライブは手漕ぎボートでのライブと言う事で場所に制約があり非常に困難であった。

まずギターとベースはアンプ無しでそのまま演奏。
全体的な音はコルボーンがギター・ベースのみの音をパソコンで製作・CDにし、それをラジカセから流す方法を取った。

ボーカルはいいとしても肝心のリーダーは?ドラムは?
さすがにドラムセットをボートには持っていけない。

そこで岡村考案の策は−−−−

「口ドラム」!!!

アンプにつないだマイクを持ちヤスは
「ズンッ、ジャン、ズッズッ、ジャン!ズンッ、ジャン、ズッズッ、ジャン!」とただひたすら黙々とリズムを刻んでいく。

しかし口ドラムなのにやはり
リズムが狂ってしまうヤス。
元来こういうことをさせられるのが大嫌いなヤスは不本意だったようだが、さすがに体内の「検尿魂」がヤスの脳内血管を刺激して(というより観念したのか)少々狂ったリズムを発語していきます。


まずはメロパンクナンバーの「ロージンビート」から。
演奏をはじめると次第に岸には立ち止まり、見物をはじめる客が。
ただ何故か客層の大半が中高年。予想していた若年層はあまりみられず。
それと観光に来ていた外国人。「クレイジー!」とは検尿ズに対しての賛美と受け取っていよいだろう。

写真を取るギャラリー多数・・・あんなのを写真にとってプリントした後にどうするつもりなんだろうか。

まあこの「ロージンビート」はもともとEDにかかってしまった男の歌詞なので中高年のほうが共感できるだろうし、結果オーライか。

で、この「ロージンビート」。
ヤスを口ドラムだけではなくさらにフューチャーする場面が欲しいとコルボーンが中盤に打ち込み系デジタルリズムの曲調を入れ、そこでヤスが得意のラップを披露できるようにした。

ヤス、得意分野にノリノリでラップをしていた。
が、全く常人には意味不明。
♪ヤスラップ「EDかかってCD買いに行って死んじゃえば俺はここでGOGO こないだ断った言葉の言霊・・・」
うーん天才だな、やっぱしリーダーは。

ロージンビート終了で簡単なMCを。
今までのライブで定番となっていた検尿ズの由来の説明を岡村が中心となり話す。

全員検尿でひっかかった事があるという経緯から「検尿ズ」が生まれたと言う事を話し、全員に過去に検尿引っかかり回数を聞く。

竹中2回、岡村も2回・・・。
誠吾「あ、俺はちょっと多いけど5回・・・」
岡村「5回引っかかるっていうのは、相当前日の夜とかに体調を崩したりしてない限り引っかからないと。」

複線を引きつつ
岡村「ではドラムスのヤスくんは・・・」

ヤス「俺は一回」(これでもヤスの中では妥協している)

岡村「一回ですか?一回じゃないですよ」

コル「実はヤス君は12回引っかかっております」

岡村「僕らは検尿に引っかかった回数でリーダーを決めようと言う事になったんですが、過去のデータを調べたところヤス君は小学校6年間、中学校3年間、高校の3年間、計12回引っかかったと言う金字塔を打ち立てたという、伝説があります」

岡村「まあそんなことで検尿ズという名前になったというわけですが・・・では今から僕らのテーマソングである検尿魂という歌を披露します!!」

そして二曲目「検尿魂」スタート!!!
演奏に釘付けであるが、若年層は何か汚いものを見るような目で(危険を察知したのか)
通り過ぎていくのが以前の検尿ズとの大きな違いである。
以前は同年代に受けていて上の世代は怪訝な表情をうかべていたのである。数年達、全く逆になってしまった。

しかし中高年のおかげもあって、またも伝説を残した。