月の夜



放水車のあかい輝きが通り過ぎたあとみたいに夜が満ちて静けさとは何かを教えてくれる。今日はいちにち言葉が通じないもの同士としてここにいる、わたしたちみんな。土のなかはきっと温かくて雪はやんわりと天井に染みをつくる。眼を開けて暗やみが暗やみであることを確かめてきょうは眠る、わたしたちみんな。胸のポケットから種を取り出して図鑑をめくる。何の名前かわからずにわたしたち、額を寄せ合って新しい名前をかんがえる。すてきな、名前を。わたしたちが描いた指の痕のひとつが、窓からこぼれる。月の光に照らし出されてふたつみっつと身体を殖やしてゆき花としかいえないような花に、なったりするだろうか。生まれてきた名前たちは、わたしたちの瞳、わたしたちの唇、わたしたちの髪の先、わたしたちの背中、膝の裏までも、照らし出してゆく。水を撒けば凍ってしまうこともある。わたしたちそんな風に月明かりで夜を過ごして黙ったまま、互いの顔を見ている。