ハルモニア



熱い風が吹いて
わたしたちは歩きはじめた
あなたのなかに産まれる前から
握りしめていたような
懐かしい響きを抱いて

 (シロップ)
 (氷とソーダ)
 (レモン)

うすべに色の冷たさを
あなたに手渡す

ペチュニアと
日々草が
交互に咲いて
この道や
この日々のどこかに
あなたは、きっと
挨拶を送っている

切り取った風景を
点検する

 (ブランコ)
 (金網)
 (その向こうの鉄塔)

錆びた匂いを探している
強く握りしめていた
手をひらいたときに
ふいに訪れる夏の余韻

 (バケット)
 (ハムとチーズ)
 (レタス)

あなたは、刈り取った
大きなタロイモの葉で
風を送る
鵞鳥が森を横切って
影をつくる
わたしはカメラで追う
過ぎてしまったものしか
写らないのを承知で

あなたの髪の先は
やわらく
風を孕んで
残像は明け方の夢のように
あまくて
切れ切れで
そんな風にわたしたちは分裂していった

色彩を喪ったあじさいの
青々とした葉に
無数の食い跡
穴からもれ出る光が地面に模様を描き
わたしたちはそのひとつひとつに
石を置き
何か、封じるように
留めおけるのではないかと思っていた

 (ノースポール)
 (金魚草)
 (カンパニュラ)(揺れ)

違う歩幅で別々の目線で
わたしたちの距離は近づいたり、離れたり
記憶はだんだん曖昧になって
何年か前の
夕闇に腰掛けていた
ベンチの冷たさを思い出している

光る虫が視界を横切って
あなたに伝える前に消えてしまった
そんなことばかり、覚えている

 (さみしかったと)
 (過去のあなたに)
 (言うすべがない)

記憶を上書きするために
わたしたちは歩いた
少しの水と
少しの食べ物を手に
あと何度かこうしてただ歩くために
朝顔と
芥子と
彼岸花の
混じりあって咲く
この道や、この日々に
挨拶を送る

              ――W.D.スノッドグラス、母によせて