水鏡(i do)
月がついてくるように
わたしの耳のうしろには
夕闇のような影が
発熱しながら寄り添っている
ある椅子を起点にして
十年を区切ったとき
どちらの時間も同じようにあいまいで
たぶん
今朝の
夢のあとに残った
感触と、響きに似ている
(北側の、つまり向かいの壁に貼られていた
ポスターを覚えているか
「覚えている
螺旋階段のある
その古書店では
夏も冬も
窓を数センチ開けておくのがルールだった
風がゆるやかにすべり込む、その下に
椅子、
わたしはいつでも
あと数センチが届かないようにと
慎重に距離を測った
(目にかかる前髪だけが気がかりだった
けれどあなたに属するものは
すべて、あなただけのものだった
「今はちがう
椅子がつくり出す影を踏んだ、足もとに
猫が身を寄せる
鳴き声だけで
お腹が空いたのだと今はわかる
(名前はあえてつけなかった
窓枠も、椅子も、光すら
代用品はいくらでもあって
似せる必要もないことに気づくと
あと、足りないのは
椅子だけだった
窓を開け、雨が入り込むまま
あらがわず季節の好きにさせる
濡れた椅子からは木の香りがたちあがり
覚えているか、と訊く
ていねいに髪を耳にかけ
もう半分の
十年のことを考える
「いや、
同じ時間をかけて、わたしはあなたを記憶するだろう