映画に描かれたボスニア戦争


ビューティフル・ピープル ―Beautiful People―


ビューティフル・ピープル ―Beautiful People―


ビューティフル・ピープルからボスニア戦争そして命と生きることを思う
(これは2000年9月に書いたものです)

ジャスミン・ディズダー監督はボスニア出身だという。
笑いのエッセンスを混ぜ込んで、たくさんのことへの風刺を折り込んで、われわれが言葉で語ることがはばかれる程の悲惨なボスニア戦争というものをモチーフにおいて、生きていることの意義や喜びを感じさせるこの作品は、その悲劇を知っているものだけに許される表現ではなかったかと思われました。 たしかに作品全体、重い題材をもちながらも、どこか苦笑いを含みほっと出来る結末。
ほっと出来る結末は、ボスニアの人たちがみな思う、そうであってほしいという希望の結末なのでは・・・などと考えてしまいます。

この作品が5つの異なるエピソードからなっていて、それがどこかつながっている展開であることや、時代背景、折り込まれたエピソードなどはオフィシャルのページにとても詳しく書かれています。

ビューティフル・ピープルオフィシャルサイト
http://www.cinemabox.com/filmarc/beautiful_people/

ここから書くのはこころあたたまるエッセンスを含んだ作品を、深読みしすぎて脱線しそうなわたしの感慨です。
(この分野にはわたしのサイトを訪れる方たちの中に、仕事として趣味としてとても詳しい方たちが多いので、曖昧なところを書いてご指摘をうけるかもしれませんね)


中世のころから民族紛争の絶えなかった東欧・バルカンの国々。この地域に80年代後半から悲惨を極める紛争の火ダネが起こりはじめたのには、第二次世界大戦以降(ヤルタ協定、ポツダム宣言)から40年以上にも及ぶ旧ソ連による中欧・東欧支配の力が弱まってきたことで、民族主義の思想が再び燃えだしたことも原因のひとつであることや、サラエボ、ボスニアばかりが言われるけど、旧ユーゴ以外にもこの時期、ハンガリー、ルーマニア、アルバニアなどにも独裁などによる大虐殺など数々の悲劇がおこっていたことを最近知り、興味をもって時間のあるときに調べたりもしています。

でもやはり旧ユーゴ、民族紛争は悲惨です。
すべての若者が武器を手にとって戦い、敵を殺し村を焼いた。兵士たちによる略奪、強姦なども数多くあった。旧ユーゴはセルビア人、クロアチア人、ムスリム人の3民族の他にもスロベニア人、アルバニア人などたくさんの民族が長い間、隣同士で暮らし、婚姻を結んで過ごしてきた。政治家たちが利権をめぐって国民の民族主義をあおって内紛を勃発させると隣同士が、幼なじみや友人が、親戚同士が互いに敵同士となり、民族主義を主張し、民族浄化を求め、それに西側諸国もからんで紛争は長期化しました。
とくに長い歴史の中でのわだかまりをもつクロアチア人とセルビア人、ムスリム人の争いは、壮絶なものがあります。

深読みしすぎたわたしの心に写ったのは、戦火を抜けたボスニア出身のディズダー監督が、深く傷ついたボスニアの人々の過ちを指摘するとともに、その傷を癒すべく、傷つきながらも生き延びた人々が命を感じ生きていることを大切に、こうなってくれたらという希望と、平和に見える国にも、おろかな過ちがたくさんあることを語っているのではないかなどという思いでした。

映画の中でも難民であったペロが、自室の壁に貼った写真を観ながら過去形でものを話す。兵士だった自分は過去の姿、故国ユーゴスラビアは崩壊し今はもうない。家族も犠牲になったのだろうか。 ペロは自分の過去を語り、その紛争が何をもたらしたのかをしっかり自分の中で浄化させて、新しい自分を見つけ、愛する人を見つけ生きていく。民族にこだわるではなく、言葉の通じない他国の女性と心をかわし結婚する。これも理想的なエピソードだと思います。

バスの中で偶然出会った、セルビア人とクロアチア人も多分そんな関係だったのでしょう。
多分、紛争の起きる前は、ラストシーンのようにトランプに明ける日もあったのかもしれない。
というより、昨日までトランプをして騒いでいた隣人同士が実際に敵同士となり戦ったことも多かったのだと思います。でも、あの紛争が起きる前までは良き隣人同士だった。紛争を逃れてやり直すことが出来る土地にいる彼らのこうなってほしいエピソード(『ボスニア』のような悲劇的結末にならないように)

臨月のお腹を抱えて病院を訪れた若い夫婦にしても、女性が敵の兵士たちの力に屈することはかなりの頻度であったということです。命があっただけでも幸運だったのかもしれません。宗教観もあったのかもしれませんが、事実がわかっていて臨月までお腹で子供を育ててきた若い夫婦。すべてがこわれそうな事実にも、小さな無垢な生命をまのあたりにしたとき、生む苦しみを経験したのちの母性、小さいものを守ろうとする人間性が、すべてを浄化させ命の尊さを感じて、プラスになる道を選んで生きていくこと。これは、ボスニアという地にあって、親兄弟、友人たちを失う哀しみをしっている彼らの選択なのだと思います。たくさんの不幸を抱えながら、新しい生命とともにこう生きていってほしいという人たちの希望がつまったエピソードなのではないでしょうか。

平和な国で暮らす人々をとりあげたエピソードはどこの国でもおきていること。

生と死の姿は野戦病院で切り落とされた脚が示している。
負傷した患者のもとにあったときは確かに生きていた脚なのだ。
切り落とされ外に運ばれ放置された脚はもう呼吸をしない意志をしめさない死せるものなのだと思う。

こぼれた水は元にはかえらないけど、生きているかぎり希望はある。そして人は希望を見つけることができるんだって思うことが出来る作品でした。

しかし、ジャスミン・ディズダーという俳優さん『ロック・ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』、『ニル・バイ・マウス』と目にするたびにジャンキーな役だな〜と思うのでした。

2000.9.10
ADU



ウェルカム・トウ・サラエボ ―Welcome to Sarajevo― 97年英


監督…マイケル・ウインターボトム 脚本…フランク・コトレル・ボイス スチイーブン・ディレーン/ウディ・ハレルソン/マリサ・トメイ/エミラ・ヌシュヴイッチ/ケリー・フォックス

イギリス人記者のマイケル・ニコルソンの実体験に基づく原作の映画化作品です。
サラエボでなにが起こっていたのか、ということを伝えてくれた作品です。
生活しているその場所が戦場と化している悲惨な状態と、そこで生きなければならない人々の生活や苦悩が感じられました。



ソルジャー 魂の銃弾 ―― 98年米


監督…デビッド・アットウッド ライナス・ローチ/バンサン・ペレーズ/リア・ウイリアムズ

射撃競技のオリンピック代表だった二人は、ボスニア戦争勃発のため出場が出来なくなります。
撃ニなって戦うように なるのですが、二人の心のありかたが、とてもかなしく感じられる作品です。
また、いろいろな描写から市街地で、 一般の住民をもまきこんだ戦いであり、生と死がとなり合わせに存在していた事実が感じられる作品でした。

パーフェクトサークル 戦場の子供たち ―Le Cercle Parfait― 97年ボスニア・仏


監督…アデミル・ケノヴィッチ 脚本…アデミル・ケノヴィッチ、アブドィラフ・シドラン 東京国際映画…アデミル・ケノヴィッチ、アブドィラフ・シドラン 東京国際映画祭グランプリ、監督賞 ムスタファ・ナダレヴィッチ/アルメディン・レレタ/アルミル・ポドゴリッツア/ヨシプ・ベヤコヴィッチ
 ボスニア戦争も勢いを増し、市街が安心して住むことの出来ない場所になってからの話です。
 映画は、幼い二人の兄弟がベッドで目を覚ました時から始まるのですが、窓の外では兵士たちが住民達を無差別に撃ち殺していく姿が……なんとか難を逃れて、サラエボ市内に住む叔母を訪ねてサラエボへ行くのですがそこで、自殺願望のある詩人の男と出会い、一緒に生活をしていくのですが、次第に心を通わせるようになり、ほのぼのとした話もいくつか出てきます。しかし、戦闘も激しさを増してきて、何とか少年たちをサラエボから脱出させたいと考えるようになるというものです。ボスニア戦争の特徴とも言える狙撃手の存在、市街地ということもあり、紛争の最中でも、買物に出たり、友人と会ったり、水の配給を受けるため外に出た時に、街に潜む狙撃手の手で狙撃され、一瞬のうちに命を落とす様が伝わってきました。「危険な通りを渡る時は3人目を避けろ」と言う場面があります。「狙撃手は1人目で発見し、2人目で狙いをつけ、3人目で撃つ」と言われるからだそうです。
 ボスニア戦争を意識させられた作品でした。      ボスニア ―LEPA SELA LEPO GORE― 96年 セルビア 監督・脚本…スルジャン・ドラゴエヴィッチ ドラガン・ピエロヴルリッチ/ニコラ・コーヨ/ニコラ・ペヤコヴィッチ/ドラガン・マクシモヴィッチ
96年サンパウロ国際映画祭グランプリ、ストックホルム国際映画祭グランプリ
フォート・ローデルダール国際映画祭最優秀外国映画賞、テサロニキ国際映画祭観客賞
ドラガン・ピエロヴルリッチ/ニコラ・コーヨ/ニコラ・ペヤコヴィッチ/ドラガン・マクシモヴィッチ

 ボスニア戦争中の事件を実話に基づいて描いたセルビア作品。
 ムスリム軍の攻撃を受けたセルビア軍の生き残りの兵士と、軍のジープに潜んでいたアメリカ人の女性ジャーナリストが廃虚となったトンネル内にたてこもり、食糧や援軍のないなかで、トンネルの外のムスリム軍からの攻撃を受け、そして脱出をはかる話です。ボスニア戦争の背景にある、セルビア人とムスリム人の歴史が、昨日まで友人だった人々や、義兄弟などを敵同士にしてしまう悲惨さが伝わってきます。
 主人公のミランが言った”美しい村は美しく燃える”と言った言葉が印象的でした。
 トンネル内で、ジャンキーだった兵士がいつもヘッドホーンで音楽を聴いていたのですが、攻撃を受けて撃たれたとき、”ロクサーヌ”と歌を口ずさみながら倒れていきます。これを見たとき、私は彼がポリス(スティング)の「ロクサーヌ」を聴いていたんだ、と思いましたが果たして・・・。
 インタビューに答えて、セルビア兵士が言った「600年前のドイツ人やイギリス人が手づかみでブタ肉を食べていた頃、セルビア人は堂々とフォークを使っていた」という 言葉と、結末がとても印象的でした。

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