「星野道夫の世界」に漂った日
―5月5日(金)―
「星野道夫の世界」展
4月26日―5月8日 松屋浅草7階大催事場
主催=朝日新聞社 協賛=富士写真フイルム
協力=プロラボクリエイト東京/星野道夫記念ライブラリー
構成=三村淳
後援=台東区/墨田区/台東区・墨田区・足立区・荒川区・葛飾区各教育委員会
わたしの書いた「クジラと見た夢」を読んでくださった方からこのHPの掲示板で、星野道夫さんの写真展を是非観にいくようにと薦めていただき出かけました。
これから書くことは、「星野道夫の世界」写真展に行ってわたしが感じたこと、写真を見ながらその世界に漂い思ったことです。(動物について書いたことは、以前に自由研究などでレッドデータアニマルのことを調べたことを今回もう一度図鑑などを見直して書いてあります)
星野さんの写真集はわたしの家にも2冊ありました。出かける前に写真集を見てすごいなぁと思い会場に行くのを楽しみにしていました。
会場は浅草松屋の7階大催事場、かなりの人が来場していました。
混雑しているなぁと思いながら会場内へ。
星野さんが好きだったというエンヤの音楽をバックに
目に飛び込んできたカリブーの群れの写真・・・・。
その瞬間、周りの話し声や人の姿もまったく気にならなくなり、その写真の中にひきこまれていってしまいました。
写真は一枚一枚、その瞬間のものだけど、その写真からその写真の中に写っている動物たちの生活や過去や未来がうかがいとれる。そのまわりにある自然の大きさに圧倒される。狩ったものにも、狩られたものにも生活があることが感じられる。一枚の写真から壮大な広がりと生命の重みを感じる。そして、そこに写っている動物たちへの、底知れぬ愛情を感じる。来てよかった・・・と、心から感じました。
カリブーの群れの大移動、大地を大河を渡り移動する群れ、ツンドラの原にただ一頭たたずむカリブー、カリブーの出産、そのカリブーを狩るエスキモーの人々と写真は続いていく。
カリブーとはトナカイのことです。トナカイと聞くと、真っ先に思いだすのはサンタクロースのお話ですが・・・。カリブーはスカンジナビア半島からヨーロッパロシア、サハリン、アラスカ、カナダ、グリーンランド・・・と北半球の亜寒帯からツンドラ地帯に生息しています。ツンドラ地帯は初夏から夏には動物や昆虫の宝庫となります。カリブーの群れやそれを追うオオカミ、グリズリーなどの大型哺乳類の移動をはじめ、その移動を追う大発生した蚊の群れ、その蚊を追って昆虫食の鳥類があつまってきます。
カリブーは夏にはツンドラ地帯に移動し、いっせいに萌えだした多年植物の半地中植物(スゲの仲間)や地中植物(ユキノシタやヒース、ガンコウランの仲間)を食します。妊娠期間は約240日でツンドラにたどりついた初夏のころに出産を迎えます。カリブーを追って移動してきたオオカミもツンドラで出産します。ツンドラにたどりついたオオカミはカリブーを狩ることは少なく、大発生しているレミングを捕食するようです。
レミングは成長がはやく、あっというまに大群にそだっていきます。そのレミングは自分たちの食用の植物を食べ尽くすと大移動をすることでも知られています。よく大群が崖から飛び降りていく様子を密度が高くなったための集団自殺とうけとめる説をききますが、実際にはフィヨルドという地形のため移動の行き先には崖が多く、飛び込むのは自殺のためではなく、泳ぎが得意なレミングが移動の手段として行っているという説も聞きます。たくさんの連鎖が、たくさんの生命をささえていることの不思議を感じる写真が続きました。
アメリカクロクマの写真、母子のグリズリーのほほえましい姿、サケを狩るグリズリーの姿・・・
グリズリーが産卵のために川をのぼってきたサケを捕獲します。グリズリーにとっても、極寒の
冬を生き抜くための大切な狩りです。この時期に栄養を蓄えることが出来なければ、春を迎えることが出来ないからです。産卵間近のサケのスケールの大きい旅を思い・・・、そしてグリズリーに狩られたサケの姿・・・グリズリーもこの時期には栄養のある卵と頭を中心に食べるといわれます。グリズリーの攻撃をさけて、川をのぼりつめたサケたちが産卵を行う、産卵を終え力尽きた屍が、大地の栄養となり土地を潤す。春になり、たくさんの稚魚が川を下り、この地にまた戻ってくるための壮大な旅に出る。
グリズリー(ハイイログマ)は日本やヨーロッパではヒグマと呼ばれています。サケを食べられる地域に住むグリズリーは体重500Kgにも達し特に大型化するそうです。かつて北アメリカ全域とヨーロッパのほとんど、アジア北部に分布していたグリズリーも、今ではレッドデータアニマルとなり、個体数が多く生息しているのもアラスカ、カナダ、ロシアなどとなってしまっています。
ハクトウワシの雄大な飛翔やシロフクロウの営巣・・・
ナキウサギやジリスやアカリスのかわいい写真・・・
そして捕獲した小動物を巣に運ぶシロフクロウの親鳥、ここにも狩るものと狩られるもののドラマが存在しました。そして・・・
ハクトウワシはかつて北アメリカ全土に生息し、米軍空挺隊のシンボル(イーグルバッジ)にまでなっていた存在だったのに、いまではアラスカを除くと、その数は激減しているといわれています。
ワシ、タカ、フクロウのような食物連鎖の頂点にいるような猛禽類の数が減少した背景には、森林伐採によって営巣地が失われていっていることと、密猟、同時に農薬の被害が言われていました。有機塩素系のDDTは鳥にとっては有害ではなかったけれど、その分解産物のDDEは地中に蓄積し連鎖によって卵殻を薄くすることがわかったり、有機塩素系の農薬は環境の中に長い時間安定して残ることや脂肪に溶け蓄積される性質をもっていることから、汚染された種子や昆虫を食した動物から捕食者へ食物連鎖で移行する段階で濃縮されて致死量にたっしてしまったり、繁殖能力をなくしてしまったりということがいわれました。
白い大地でまどろむシロクマ、
どこまでも続く白い世界と海・・・
上野動物園でも人気のシロクマと同じ動物には思えない。それは、そうだよ大自然の中で雄大に生きているシロクマと動物園のシロクマをいっしょにしちゃかわいそうだよ・・・そんなことはない、どちらも同じシロクマ、自分の意思とはかけはなれたところで生きてはいるけど、その目は空を見るとき、水に遊ぶとき、遠い北の氷原を見ているに違いない。
シロクマ(ホッキョクグマ)は陸上最大の肉食獣です。大型のヒグマにくらべたくましさを感じませんが、大きさでは同じくらいかうわまわるものが多いと言われます。ホッキョクグマは一日に20km以上を移動するといわれています。風と波がたえず氷を動かし、大きな氷塊とできたばかりの氷と海水がいりまじった場所を好んで住んでいます。そのような場所が食糧のアザラシを捕獲するのに適しているからです。ふだん単独で行動しているホッキョクグマも氷がとけた場所や、食べもののあるばしょでは何頭かが集まっていることもあります。
ひっそりと自然の中にたたずむムースの写真・・・・
ムース(ヘラジカ)は体長240~310cm、体高170~235cm、体重825Kgというシカ中で最も大きい種類です。ヨーロッパ、シベリア、中国東北、モンゴル、北アメリカ北部などに生息しています。夏期は単独や少数の群れで生活をし、冬期には大群を形成します。広げた手のひらのような角は最大のものでは左右の開きが2mにもなるといいます。雄は繁殖期にこの角をぶつけ合い雌を奪いあう戦いをします。雄ののどにはベルと呼ばれる肉垂れがあります。オオカミとほぼ同じ地域に生息していますが、子どものとき以外は、その身体の大きさからあまり捕食の対象にはならなかったといわれています。
セイウチやラッコの群れ、海鳥たち・・・
ザトウクジラのブリーチング、泡でニシンを追い込んでいくクジラの漁、大洋の中で息づかいがきこええきそうな写真・・・
イルカを含む肉食の哺乳動物のクジラ目、やマナティーなどの草食の哺乳動物の海牛目を見るとき、不思議な気持ちになります。気の遠くなるほどの時間をかけて進化し陸上にあがった生物。それなのになぜ、また身体のかたちや機能をかえてまで水の中で暮らすことを望んだのか。絶滅してしまった恐竜ほどの大きさを有すクジラ、陸地よりもはるかに広い大洋で、泳ぎ呼吸の水しぶきをあげる・・・。クジラのことを考える時、太古からのメッセージがきこえてくるような錯覚をおぼえます。
真っ白な毛皮をまとい、つぶらな黒い目のアザラシあかちゃん・・・
見ている人みんなが、かわいいねぇと話しています。一緒に見にいっていた母が言った言葉「自然の摂理で弱いものを護るために与えられた保護色や形態だったのに、まさか、その毛皮を狙って武器をもち狩りにくるものがあらわれるなんて思ってもいなかったでしょうね」。その瞬間、以前にテレビでみた、子どものアザラシの純白の毛皮をとるため、子アザラシの頭をこん棒でなぐり殺す人間の映像を思い出し、涙が出て止まらなくなってしまいました。
エスキモーの人々がその地に住むことを神から許されているのは、きっとその狩りも自分たちが生きるため食べるためだけに行われることだから・・・。
世界中で、愛すべき動物たちが絶滅に追いやられていくのは、一体どうしてなのかと考えてしまいます。
アラスカの地でなくても、自然は偉大です。ほんの少しのやさしさとほんの少しの心のゆとりががあれば、自然が送ってくれるメッセージを感じることが出来ます。田んぼの稲をわたる風の音、少ないながらも夏の夜に乱舞する蛍、夜空を横切る星、草のかげ、土の中、自然のいとなみに触れるとき・・・・。
星野さんの写真をみていて、その一枚一枚の写真から何かを語りかけられているような気持ちになりました。その写真の深さは、きっと星野さんが心にいだいていた、自然や動物にたいする敬意と愛情なのではないかとも思いました。
ひとまわりするのに2時間かかってしまいました。素敵な感動の時間をありがとうございました。
以下情報は朝日新聞社刊行「星野道夫の世界」2500円より
「星野道夫の世界」展は東京では5月8日(月)まで、この後
6月8日~6月19日
ジェイアール名古屋高島屋(名古屋会場)
主催:朝日新聞社
6月23日~7月30日
徳山市美術博物館(徳山会場)
主催:朝日新聞社/徳山市美術博物館/山口朝日放送
星野道夫(ほしの・みちお)
写真家。1952年、千葉県市川市生まれ。
’71年、アラスカ・シシュマレフ村でエスキモーの一家とひと夏を過ごす。
’76年、慶応義塾大学経済学部卒業。動物写真家・田中光常氏の助手を務める。
’78年、アラスカ大学野生動物管理学部に入学、同時に撮影活動を始める。以来、アラスカの野生動物と自然、人びとを撮り続け、作品を『アニマ』『週刊朝日』『SINRA』『家庭画報』『たくさんのふしぎ』などに発表。
『National Geographic』『Audubon』など海外の雑誌でも活躍し、多くの展覧会も併せて内外の高い評価を獲た。
’86年、第三回アニマ賞を受賞。
’90年、第十五回木村伊兵衛写真賞を受賞。
’96年8月8日、ロシア・カムチャッカ半島クリル湖畔で就寝中のテントをヒグマに襲われる。享年43歳。
写真集
『グリズリー』『ムース』(平凡社)
『アラスカ』(朝日新聞社)
『星野道夫の仕事 全4巻』(朝日新聞社)
(1)カリブーの旅
(2)北極圏の生命
(3)生きものたちの宇宙
(4)ワタリガラスの神話
『Alaska 風のような物語』『ナヌークの贈りもの』(小学館)
『アークティック・オデッセイ』(新潮社)
エッセイ集
『アラスカ 光と風』(福音館書店)
『イニュニック』『ノーザンライツ』(新潮社)
『旅をする木』(文藝春秋)
『森と氷河と鯨』(世界文化社)
参考資料
星野道夫の世界(朝日新聞社)
生物大図鑑(株式会社 世界文化社)
動物大百科全集(株式会社 平凡社)
世界の国立公園(株式会社 講談社)
地球データブック1997~98、1998~99
ワールドウォッチ研究所著(ダイヤモンド社)
アニマ (株式会社 平凡社) など
2000.5.8 ADU
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