小便小僧の恋物語
小便小僧の恋物語
―MANNEKEN PIS―
ネタバレあります。
おおいに私情並びに想像がまじっています、ご注意ください。
すれ違いの恋は切ない。
言葉に出して伝えた自分の抱える苦しみと、言葉に出すことも出来ない苦しみを抱えた気持ち。
それぞれ苦しみを抱えながらも、二人の恋ごころはとても純真でワガママで不器用なものだったような気がします。
家族で楽しげにドライブに出かけている冒頭の映像、後部座席の少年は家族と一緒に歌を歌いながらも何かソワソワ........そう、トイレをガマンしているのですね。
少年の父は失業し破産状態だといいます。食べものは飼っているニワトリの産む卵ばかり..........その卵を産むニワトリを市場に持っていき鳥肉に代えてきた母、そして精一杯のご馳走チキン・ポット・パイ.......翌日、ローンで購入したという車で試運転をかねたドライブに出かける.........トイレをガマン出来ずに車を止めたのが運悪く線路の真ん中、車を離れていたハリー少年を残して家族3人は事故に遭ってしまうのですが..........警報が鳴ったときに何故、車を移動しなかったのか?移動する間もなかったのか?.........もし事故にあわなければ、その先には本当は何が待っていたのでしょうか?
トイレがガマン出来ずに、ひとり車から離れていたために事故を免れたハリー少年、彼には目の前で家族を事故で失ったというショックと、自分がそこでトイレをガマン出来ずに車を止めてしまったために事故が起きてしまったという気持ちと、家族と交わした最後の言葉が「愛している」という言葉だったこと、「愛している」という言葉を言ったことを最後に家族を失ってしまったこと........「愛している」という言葉を言ったことによって自分だけが生き残ってしまったかもしれない.........いろいろな苦悩がトラウマとなって彼の心に大きくのしかかってしまったのでしょう。
そのハリーが孤児院を出て、初めて恋をする。
市電の運転手をするジャンヌ。このジャンヌは言葉には出さないけど、大きな傷を受けて生きているのではないかという気がしました。それは簡単に言葉にして語れないほどの苦悩だったのかもしれません。
ハリーは初めての給料で、思い出のチキン・ポット・パイを作り、ジャンヌを食事に招待する。そして自分の心の傷を打ち明ける。自分の心の傷を打ち明けることによって彼女に分ってもらえたと思うハリー。でも、ジャンヌはハリーが話した言葉の意味を理解していなかったのです。
その後、給料をためてハイヒールをプレゼントするハリー、嬉しさのあまり「愛している」と語り、同じ言葉をハリーに求めるジャンヌ。ほら、やっぱり、理解していなかった。おまけに「ママに言ったでしょ」なんてとんでもないことまで言ってしまう。
自分の行動を少し後悔して、彼女に謝ろうとして彼女の部屋を訪ねた時に、ジャンヌは大家の部屋にいて、ハリーが謝ろうとジャンヌの部屋を訪ねたのに気がつかない。ここで、最初の大きなすれ違いが起きてしまう。ジャンヌは大家のドゥニーズと一緒にダンスホールに出かけてしまう。
大家のドゥニーズも若い日に恋人を突然失ってから50年苦しみを抱えて生きてきた人。語ることもなくきたかもしれない50年前に亡くなった恋人ジョスの思い出を語ることで、何かを吹っ切ったのかもしれません。でも、ドゥニーズとジャンヌがとったハリーへの作戦はどうも的外れ気味........すれ違いに拍車がかかってきてしまう。
ドゥニーズの部屋に飾られたV2ミサイルの破片.........
V2ミサイルの破片...........ジョスは40年6月ベルギーがドイツの占領下になったときに収容所送りになったといいます。ドイツ軍がオランダ・ベルギー・ルクセンブルクに進攻したのが5月10日なので、間もないころですね。戦争捕虜だったのか、ベルギーに住んでいた6万5千人のユダヤ人のひとりだったのか?44年9月にドイツ軍の撤退によって解放された幸運のジョス.........でも、いつも一緒に踊りに行っていたダンスホールに、たまたま一人で行ったとき(ドゥニーズとの間に何かあったのでしょうか?)にV2ミサイルの犠牲に.........。
このV2ミサイルはクセモノ、ドイツ軍のV1弾、V2弾ってほとんどが、ドーラの強制収容所で収容者の手によって製造されていたもので不良品が多く、44年6月から45年5月までにドイツからイギリスに向けて発射されたおよそ10800発のV2弾のうちイギリス諸島にまで達したのは約半数、のこりは発射時の暴発が圧倒的に多く、発射しても途中のベルギーに着弾してしまったものもあったそうで、ジョスの上におちたのもそのうちのひとつだったのでしょうか?
長い占領下の生活から解放され、強制労働の末に開放されて自由になったあとでの悲劇。
時の過ぎてゆく中で、すれ違いの想いはどんどん加速していく。
ダンスホールで2度も倒れたジャンヌ..........
新しい車というのも、ハリーにとってはトラウマのひとつだったのではなかったのかしら?
車を買うために働きづめで頑張って、ジャンヌにプレゼントする。「愛している」と言えない精一杯の想い............
でも、やっぱりすれ違い。ジャンヌはハリーの苦悩を完全には理解できないでいる。自分の気持ちすらコントロール出来なくなっている。
ハリーもジャンヌも自分の気持ちばかりが優先してしまって傷つけあっている。
一人生き残ったトラウマから、逃れるように線路上に車を止めたハリー.........電車が来るわずかな時間の中で何かを見つけたのかもしれません。自分だけが生き残ってしまったのではなく、自分は生かされているんだと気づいたのかもしれません。死を意識して大切な何かを悟ったのかもしれません。
二人の気持ちがようやく通じ合えるかに思えた時、彼女の耳から流れている血........ダンスホールで倒れた時に頭をうっていたのでしょうか?想いが通じあって語り合う二人.......ハリーの腕の中で彼女は自分の死を意識していたのでしょうか?
彼女がもう何も語らないことを知った時に、初めてハリーはジャンヌに「愛している」という言葉を囁きます。その言葉はジャンヌに届いたのか.......ジャンヌには、もう「愛している」という言葉以上に大切な気持ちが分っていたはず。
「愛している」という言葉に振り回されて、空回りしてすれ違ってしまった二人の恋ごころ。
ジャンヌがあれほど聞きたがった「愛している」という言葉、「愛している」が自分の喪失感の代名詞だったこだわりが、「愛している」という言葉を言わなかったばかりにすれ違いが大きくなってしまって、ついには大切な人を失うことになってしまった。
ジャンヌの遺体を見送ったあとに、ドゥニーズが言う言葉「星は死んだ後どうなるか知ってるかい?・・・・・・輝きつづけるのさ」.......。
死んだ星(星になってしまった人)が、いつまでも輝いていられるのは、それを覚えている人がいて、生きてその思い出を大切にしているからでしょうか?
ラストの木漏れ日の中に、すべてが浄化されるような、生きて行く希望を感じるそんな作品でした。
ハリーは何か希望を見つけたのでしょうね。
................夜空を見上げた時、壮大な宇宙から光を届けている星.........その中には、もうすでにこの宇宙には存在せずに、生きていたときの光だけを届けている星もある。そんな、星を見上げながら、夢を馳せる.........大切に想う人と二人で出かけて星を観るそんな恋ものがたりを夢見て..........。
95年ベルギー作品
監督―フランク・ヴァン・パッセル
脚本―クリストフ・ディリックス
CAST
フランク・ヴェルクライセン
アンチェ・ドゥ・ブック
アン・ペーテルセン
ヴィム・オプブルック
スタニー・クレッツ
この作品は シネマの孤独 のスーダラさんのご好意で観ることが出来ました。ありがとうございました。
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2001.8.1