タイトルは、お題配布サイト「恋したくなるお題 (配布)」様より、遠 く離れた恋の路内の「07. 寂しいときの約束」をお借りしています。
寂しいときの約束
「!」
背後から大きな声で名前を呼ばれ、我に返る。
「」
「もぅ!や〜っと見つけた!!」
放課後の屋上。
夕暮れに染まる空を見上げるには、絶好の場所。
「ケーキ食べて帰ろうって約束してたでしょ」
それなのに、ちょっと目を離した隙にいなくなってるんだもん。
鞄は置きっぱなしなのにいないから、一体どこに消えたのかと思ったじゃない。
校内中を探し回ったのだろう。
少しだけ息を切らせたが、むくれた顔で私に近寄ってくる。
「ゴメン。HR中に窓の外眺めたらグラウンドが夕陽で紅く染まってて、それ見たら、秋だなぁって思って」
初めは、何気なく窓の外を眺めただけだった。
そうしたら、グラウンド中を紅く染める夕陽が目に飛び込んできた。
一瞬、思わず目を細めてしまいそうなほど見事な夕焼け。
その光景は、私に季節の移ろいを実感させるのには充分で、私をひどく切なく悲しくさせるのにも充分だった。
合同学園祭から一年。
手塚先輩との出会いから、もう一年が経っていた。
私にとって、決して忘れられない素敵な思い出。
あの学園祭がなければ、私が先輩に恋することも、先輩と付き合うこともきっとなかった。
すべては、合同学園祭から。
私たちふたりにとって、とても大切な記憶。
でも今、その先輩は私の隣にいない。
今年の春、中学卒業と同時に、プロテニスプレイヤーになるという夢を叶えるべく、ドイツへと留学してしまったから。
「…そっか。もう秋なんだね」
私の隣に立ったが、同じように空を見上げながら静かな声で呟いた。
が今、何を思っているのか正確なところは分からない。
でも不思議と、私の気持ちが通じているような気がする。
秋は、なぜか物悲しくなる。
秋は、なぜか人恋しくなる。
それは、人間のメカニズムの不思議。
そんな季節に先輩に恋をした私は、なおさら。
思い出の季節に、先輩が隣にいないことが寂しい。
とても会いたくて、今すぐ会いたくてたまらないのに、会えないことが悲しい。
「今頃、何してるかな?」
日本とドイツの時差は、この時季は7時間。
日本が夕方の今、ドイツは同日の朝だ。
「きっと、テニスしてるんじゃないかな。――メール、してみる?」
誰が、と言わなくてもやっぱり分かってくれていたが、気遣うような眼差しを向ける。
けれど、私はそれに首を振る。
「うぅん。いい」
メールをすれば、声が聴きたくなる。
声を聴けば、会いたくなる。
会えないと知りながら、会いたくて会いたくて仕方なくなる。
そうして結局、どうしたって会えない現実だけを突きつけられ、余計に寂しくなる。
だから、寂しさに押し潰されてしまいそうなときは、メールも電話もしない。
その代わり、そんなときはできるだけ空に近い場所へ行く。
それが、ドイツへ旅立ってしまう前に先輩と交わした約束。
できるだけ空に近い場所で、空を見上げること。
空は、必ずお互いのいる場所に繋がっているから。
姿は見えなくとも、必ず同じ空の下にお互いはいるのだから。
「行こっか。ケーキ食べて帰るんだったよね」
しばらく無言で空を見上げ続けた後、気持ちを切り替えるように、ふっと視線をに移す。
会いたい気持ちも、寂しい気持ちも決して消せはしないけれど、それでも空を見上げることで少しは前向きになれる。
この広い空の下のどこかに、先輩がいる。
同じ気持ちで、同じように空を見上げているかもしれない。
「絶対、負けませんから」
もう一度だけ空を見上げ、呟く。
諦めない。
手離さない。
この想いに懸ける覚悟を、遠い空の下の先輩に伝えるように。
2012.03.23
幸せな恋愛模様と同じくらい、切ない恋愛模様や悲恋ものが好きです。
前ににはできるだけ明るく遠距離恋愛を乗り切ってほしいと、「ラベンダー」というおはなしを書きましたが、その一方で中学生にとって国を超えた遠距離恋愛は、正直かなり難しいものがあると思っているのも事実なのです。
大人でさえ深刻な問題になるのに、それが中学生となったら…。
そんなわけで、前回は明るく乗り切っている様子を切り取りましたが、いつもいつもそんな風ではいられないよね。という気持ちで、今回のおはなしを書きました。
時間軸的には今回のおはなしが最も早い時期なので、こういう想いを経験して強く成長した結果が「ラベンダー」に繋がるのかな。