タイトルは、お題配布サイト「輝く空に向日葵の愛を」様より、 旅立つ君5題内の「01. 行かないでなんて言えない」をお借りしています。
行かないでなんて言えない
ああ、やっぱり。
そう思った。
「ドイツに行き、プロテニスプレイヤーを目指そうと思う」
話があると改まって呼び出された休日。
とっくに予想できていたし、いつかは切り出されるのだろうと覚悟もしていたから、手塚先輩の口からそれを聞かされても、自分でも不思議なほど落ち着いていた。
「そうですか。がんばってくださいね」
「…驚かないのか?」
驚く様子のない私に、先輩のほうが驚いたように目を見開き私を見た。
「ずっと、そんな予感はしてましたから」
にっこりと笑ってみせると、
「そうか」
先輩は驚いたような、感心したような声で呟いた。
「先輩なら絶対大丈夫だって信じてますから」
持って生まれた才能とそれ以上の努力を重ねてきた先輩なら、必ず夢を叶えるだろう。
どんなに険しい道でも、先輩なら絶対に諦めずに夢を掴み取るだろう。
僅かな期間だけれど、誰よりも一番近くで先輩を見てきたから分かる。
「ありがとう」
私の言葉に、今日初めて先輩が笑う。
その笑顔が眩しい。
まだ私は描くことすらできていない、将来の夢を見つけている先輩。
未来を信じ、真っ直ぐ前だけを向いて突き進もうとするエネルギー。
私の中にはまだ存在しないものたちが、先輩を眩しくて直視できなくなるほどに輝かせている。
「?」
訝しげな先輩の声で、一瞬俯けてしまった顔を上げる。
「がんばってくださいね。応援してます」
「ああ」
それは、本心。
先輩が望む将来を掴めるように。
先輩が描いた未来を叶えられるように。
私は先輩の選択を、応援したい。
その夢が叶うことを祈りたい。
だって、まっすぐ前を見つめる先輩のことが好きだから。
――でも、もし。
もし、私が“それ”を口に出したとしたら。
『行かないでください』
そう言葉にしたとしたら。
先輩は、どんな反応をするのだろう?
先輩は、どんな選択をするのだろう?
エラバレルノハ ユメ?
ソレトモ――
「あの、先輩」
「なんだ」
行かないでください。
本当に言葉にできたなたら、どんなに楽だっただろう。
でも、先輩は世界へ羽ばたくべき人。
それだけの才能を持ち合わせている人。
だから、
「…いえ。なんでもないです。本当に、がんばってくださいね」
――行かないでなんて、言えない。
2012.05.10
シリーズものの「誰もいない〜」で、少しだけ描写した留学を告げられた際ののおはなしです。
「誰もいない〜」では、手塚がいなくなる実感が湧いていない様子を書きましたが、今回は引き止められないの心情を書いてみました。
どれほど実感がなくても、好きな人が遠くに行くと言っている状況で、行かないでほしいと思わない女の子はいないと思いますしね。
でもは良くも悪くもイイ子なので、口が裂けても「行かないで」なんて言えないんだろうなと妄想していたら、ピッタリなお題を発見したので、早速お借りしました(^-^)
矛盾するふたつの気持ちに葛藤するを感じていただけたら、嬉しいです。