タイトルは、お題配布サイト「Cubus」様より、秘めやかに3題内の「02.誰もいない教室でする口づけ」をお借りしています。
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誰もいない教室でする口づけ-case リョーマ-










「リョーマくん、そこ違うよ」


向かいの席に座っていたは、身を乗り出すようにしてリョーマの前に置かれているプリントを覗き込み、指摘した。

部活のない放課後。

リョーマの在籍する2年2組の教室で、リョーマとは現在進行形で国語のプリントと格闘中である。

いや厳密に言えばプリントと格闘中なのはリョーマ一人で、それに付き合っているのがである。


「そこは『ウ』だよ。これは動詞じゃなくて、補助動詞」

「ふぅん」


間違いを指摘されたリョーマは、まるで興味がないと言いたげな返事と共に、今書き入れた答えを消しゴムで消していく。

問題文の「ある」が動詞だろうが補助動詞だろうが、リョーマにとってはどうでもいいことなのだろう。

そもそも、提出課題として用意されたプリントを一瞥した時点で、


「こんなこと聞いて何になるわけ?日常会話ができれば問題ないと思うけど」


と、ぶつぶつ文句を言っていたのだから。


「もう。せっかっく教えてあげてるのに、やる気ないなあ」


あまりにもあからさまにやる気のないリョーマに、は思わず苦笑する。

帰りのHRが終わり、いつもの部活のない日と同じように生徒用玄関でリョーマを待っていたものの、待てど暮らせど姿を現さないリョーマに痺れを切らし、リョーマのクラスに顔を覗かせてみると、ちょうどリョーマを掴まえていた2年の国語担当教師に、これ幸いとばかりにお目付け役を申し渡されたのである。


「だいたい、先輩お人好し過ぎ」


クルクルとシャープペンを手の上で回し、次の問題を解く気配すらないリョーマは、どうやら国語教師からの依頼を引き受けたに不満があるようである。


「だって、このプリント提出しないと特別補習になっちゃうんでしょう?」


長いことアメリカで暮らしていたせいか、リョーマは英語が得意の反面、国語が苦手だった。

もちろん日本語は話せるし、日常会話で不自由さを感じさせることはないものの、それはあくまでも語学としての「日本語」であり、学校の教育教科として名を連ねている「国語」とは少し違う。

教育科目の「国語」は、文法だの古典だのといった、日常会話上ではあまり重要とは思えないような事柄も学ぶのである。

そしてリョーマは、まさしくその文法や古典といった分野が特に苦手らしかった。

リョーマ曰く、会話が通用さえすれば文法にそこまで拘る必要性が感じられないとのことらしいが…。


「だからって、提出期限は明日じゃん。何も放課後残ってまでやることないのに」


帰ろうとするリョーマを捉まえた当初、教師はプリントを家での宿題にするつもりだったらしい。

提出期限を明日の朝と定め、家で解いてくるようにとリョーマに告げた。

ところが思わぬの出現により、いつのまにか居残りでプリントを解くことになってしまったのだ。

教師の言い分としては、宿題にするとリョーマは十中八九プリントをやらないだろうから、それならばに教えてもらいながらでも、残って解いていけ。ということなのだが、リョーマとしては、自分の苦手分野をよりによって自分の好きな子に教えてもらうというのは、何としてでも避けたい事態だった。


「でもリョーマくん、帰ったらきっとプリントのこと忘れちゃうだろうし」

「………」


昨年の9月から付き合い始めて、まもなく9ヶ月。

そろそろ、良い意味でも悪い意味でもお互いの性格を把握できる時期だ。

もこれまでの付き合いの中で、リョーマの性格はだいぶ理解できたと自負している。

だから家に帰れば、リョーマが半分以上確信的にプリントの存在を忘れることは目に見えていた。

テニスに関しては負けず嫌いでプライドが高く、人一倍努力家な部分もあるリョーマだが、テニス以外のこととなると途端に情熱は半減されるらしい。


「それに家でひとりで解くより、一緒にやるほうが絶対早く終わるよ?」


分からないことがあっても、教えてあげられるし。

と、にっこり笑ってみせただったが、リョーマはその顔をまじまじと見つめた後、なぜかひとつため息を吐いただけだった。


「なんでため息?」

「…別に」


素っ気無く言ったリョーマは、手元のプリントに顔を落としてしまいのほうを見向きもしない。


「別にって顔じゃなかったけど?」


どこか呆れたような、諦めたような表情にさえ感じたは、下を向いているリョーマを覗き込むようにして食い下がってみたが、プリントに視線を落としているリョーマはそんなを軽くあしらうだけだった。


「そう?考えすぎなんじゃない」

「そんなことないと思うけど」

「…っていうか、先輩。何でもいいけど、ちょっと黙っててくれない?プリント、いつまで経っても解けないじゃん」


ちらりと一瞬だけ視線をに向けたと思うと、そんな憎まれ口を利いてリョーマは再びプリントに視線を落としてしまった。

その時間、僅か3秒足らず。

完全には邪魔者扱いである。

これにはさすがのもムッとして、無言のままガタンっとわざと大きな音を立てながら向かいの席を立ち、


「分かりました!私はあっちに移動するので、どうぞ集中してくださいっ」


窓側の一番後ろに座っているリョーマとちょうど対極に位置する、廊下側一番前の席を指し示すなり「お邪魔しましたっ」と、自分の鞄片手にさっさと移動してしまう。

そして席に着くなり、鞄の中から読みかけの小説を取り出すと読書を始める。

リョーマは、その一連のの行動を背後から見ていたものの、何か言うことはしなかった。

どうやら機嫌を損ねたらしいと分かってはいても、リョーマはリョーマでに勉強を教わることは自分のプライドが許さず、それだけはどうしても譲歩できそうになかったのだ。


(そういうとこ、ホント何にも分かってない)


時々、リョーマを子ども扱いするのなら、こうした男心くらい察してくれてもいいのではないかと思う。

だが当然ながらがそれを察することなどあるはずがなく、それどころか無邪気に「分からないことは、教えてあげる」などと微笑まれては、ため息のひとつやふたつ吐きたくなるというものだ。


(どっちが、子どもなんだか)


に聞こえないように小さく息を吐いたリョーマは、それでも先に帰ると言い出さず律儀に終わるのを待っているに同時に苦笑も覚えながら、プリントに意識を集中した。






「…輩。ねぇってば」


身体を軽く揺すられる振動と頭上から響く声に、ふっと目を開く。


「…ん…」

「やっと起きた」


呆れたような声に顔を上げると、思いの外間近にリョーマの顔があったことには慌てた。


「りょ、リョーマくん!?」

「なに?」


対照的に落ち着き払っているリョーマは、相変わらず間近に顔を近づけたままを見ている。


「…あ、えっと…あ、の…」


顔が近いと言おうと思ったのだが、予想外の近さに慌てて目を泳がせているが面白いのか、リョーマが更に顔を近づけてくるので、結局何も言えずに言葉に詰まり、辛うじて顔を離すのが精一杯だった。

それにしても、いつのまに眠ってしまったのだろうか。

読みかけの小説は、途中のページに親指が引っかかった状態で閉じてしまっていて、そのページを読んでいる最中に意識を手放したのであろうことは推測できたが、それがどれくらい前のことなのかはよく分からない。

リョーマのプリント課題は、もう終わったのだろうか?


「先輩、寝すぎ」


顔が少し離れたことでホッとし、いろいろ考えを巡らせているに、盛大なため息をリョーマが吐いた。


「そ、そんな寝てた?」


その言葉に教室の時計を無言で指差され、そっと視線を時計に向けると、その時間の経過に驚かされる。


「…うそ…」

「って言いたいのは、俺なんだけど。まさか、ここまで熟睡されるとは思わなかったしね」


ピラピラとの目の前にすでに終わったらしいプリントをチラつかせながら、リョーマが再びため息を吐く。


「ご、ごめん…。でも、終わってるってことは、全部自分で解けたんだよね?良かったじゃない」


うっかり1時間弱もうたた寝してしまった気恥ずかしさを誤魔化すように笑ってみせると、なぜかリョーマはの顔を無言でまじまじと見つめてくる。

そしてその後には、やはり盛大なため息だ。

プリントに取りかかり始めたときにも似たようなことをされたは、怪訝な顔でリョーマを見た。


「もう。さっきから、人の顔見た後にため息吐かないでよ。私、何かした?」

「あのさ、無自覚が一番残酷だって知ってた?」

「何の話?」

「人のこと子ども扱いするくせに、先輩もまだまだだよね」


リョーマの言葉の意味がまったく分からず、一転してキョトンとした表情になったの両頬を、リョーマが突然軽く力を込めて引っ張る。


「ちょ、リョーマくん痛いっ」


そう抗議して、両頬を引っ張るリョーマの手から逃れるために顔を背けようとした瞬間、急に力ずくで身体ごと引き寄せられ、掠め取るような早技で唇を奪われる。


「!?」


が驚きに目を見開いたときには、すでにリョーマの唇は離れた後だった。


「男とふたりっきりの教室でうたた寝するなんて、自覚なさすぎ。ちょっとは警戒したほうがいいんじゃない?」


至近距離でしれっと言い放つリョーマに、は突然のことに頭はパニック状態で何も言い返すことができない。

せめてもの意思表示にと、恥ずかしさから赤くなった顔でリョーマを軽く睨むことが精一杯だった。

だが、リョーマはそんなの視線にもまったく動じる様子はなく、飄々とした態度でと距離を取ると、


「じゃ、プリント出してくるッス。先輩は、俺が帰ってくるまでにその茹蛸みたいな顔、どうにかしといてよね」


後ろ手でプリントを振りながら、さっさと教室を後にしてしまった。


「だ、誰のせいで、こうなったと思ってるのよ!リョーマくんのばかっ」


が言葉を取り戻したときにはリョーマの姿はすでに教室から消えていたが、それでも何か叫ばずには気を落ち着かせられそうになかったため、は誰もいない教室でひとり、リョーマへの憎まれ口を叫んだのだった。







2012.04.17


3人目は、リョーマです。
リョーマ×は、お題で新婚設定しか書いたことなかったので、学生のふたり新鮮で楽しかったです!
今回は本文中にもはっきり記載されていますが、設定は合同学園祭から約9ヶ月後。
リョーマ中2、が中3の初夏ですね。

テーマ?コンセプト?としては、「もっと男として意識しろよ!」というリョーマの心の声です。
付き合い始めてからもに子ども扱いされることがあり、リョーマはそれが密かに不満だったので、はっきり男として自覚させるべくこんな行動に打って出た、と。

は本文中で9ヶ月の付き合いで、リョーマの性格をだいぶ分かってきたと自負していますが、もちろんリョーマに言わせれば全然分かってません(笑)
リョーマ、がんばれ!!

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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