タイトルは、お題配布サイト「Cubus」様より、秘めやかに3題内の「02.誰もいない教室でする口づけ」をお借りしています。
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誰もいない教室でする口づけ-case 幸村-










「――どうしたの?それ」


委員会を終え、待ち合わせていた教室に到着するなり、君の姿に驚かされた。

君のいつもとまるで違う姿。


「あの、友達にやってもらったんです。…たまには、いいかなって」


発言からして君から依頼した結果なのだろうと推測できたけど、まさか君が自らこうした変化を望むとはね。

普段の君は良い意味で他の女子生徒とは一線を画している部分があって、周囲が次々と流行のメイクやヘアスタイル、ファッションを追いかけるようになってもそれに同調はせず、中学時代から変わらないノーメイクでストレートの髪というスタイルのままだった。

それが今の君は、薄くではあるけど明らかにメイクをし、いつもサラサラとしていたストレートの髪も毛先が緩く巻かれている。

日頃の君を可愛いと評するならば、今の君には綺麗という言葉こそが適切だろう。

薄くされたメイクと緩く巻いたヘアスタイルの相乗効果なのか、正直なところ普段はあまり感じない大人っぽさが際立っていて、いつもとはまた違う魅力が引き出されている。

いつもの可愛い君も好きだけど、大人っぽい綺麗な君も悪くないと思う。

でも、君が急に変化を望んだ理由は何なんだろう?

そんなことを思って君をまじまじと見つめると、君はそれをどう勘違いしたのか居心地悪そうに俯いてしまった。


「…あの、や、やっぱり、変ですよね」


ああ、俺が驚きのあまり君の姿に対する感想を何も口にしていなかったから、似合っていないと誤解してしまったんだね。

顔をなるべく俺に見せないようにし、肩にかかる巻かれた髪も無駄な抵抗と知りながら指先で引っ張りストレートに戻そうとしている君に苦笑しつつ、君の誤解を解くべく言葉を伝えようとしたとき、


「やっぱり、先輩みたいには…」


蚊の鳴くような君の声が辛うじて届き、ああ。なるほどとすべての事情を呑み込む。

君は今朝のことを気にしていたらしい。

俺にとっては冗談交じりの深い意味のない一言だったけど、君からすればとても気になる一言だったようだ。

とは、俺のクラスメイトで同じ委員会に属している女子生徒だ。

同じ委員会であることもあって他の女子生徒よりは親しく、君といるときにも何度かと話したりしている。

そのと俺たちは今朝校門近くで会っていて、そのときに俺はの髪型を褒めたのだ。

普段のはヘアアレンジに凝るタイプで、毎日凝ったヘアアレンジをしてきているけど、今朝は珍しく緩く巻いただけの髪を下ろしていた。

それが返って新鮮で、凝った髪型をしているときは何も言ったことなんてないのに、今朝は「いいね。その髪型、綺麗に見えるよ」と冗談交じりに言ったのだ。

もちろんからは「髪型のおかげじゃなくて、元から綺麗なのよ」と同じく冗談交じりでやり返されたけど、そのやり取りを聞いていた君は、他意のないふざけた会話だと分かりつつも、俺が他の女子生徒を褒めたことを気にせずにはいられなかったんだろう。

そうした事情が呑み込めると、途端にすべてがおかしくて可愛く思えてくる。

つまり、君は俺に綺麗だと言ってほしくて大胆なイメージチェンジを図ったんだよね。

今朝のに嫉妬して、のように髪を巻いて薄くメイクをして、俺に綺麗だと言わせようと思ったんだよね。

フフ…。

君は本当に分かり易すぎて、可愛いね。

でもそんなに可愛いと、ついつい意地悪したくなってしまうな。

君が望んでいる言葉、さっきまではすぐにでも言ってあげようと思っていたけど、やっぱりもう少し言わずにおくよ。

だってそんなに簡単に言ってしまったら、せっかくのチャンスなのにつまらないじゃないか。

それに君だって、あっさり言われるより多少焦らされてからのほうが、嬉しさも増すんじゃないかな。

誤解して落ち込んでいる君は少し気の毒だけど、でも仕方ないよね。

君が意地悪したくなるほど可愛いんだから。


?ああ、そういえば今日のは綺麗だったよね」

「!」


まさか聞かれているとは思っていなかったのか、俺の口からの名前が出ると君はひどく驚き、言葉を失い黙り込んでしまった。

今朝に続き、今もまた俺がを褒めたからショックなんだろう。

わざととは知らずにショックを受ける君に、我ながら性格が悪いと思いつつも嬉しさを感じてしまう。

俺の一言でこんなにショックを受けてくれるということは、それだけ君が俺を好きでいてくれているということだからね。

もちろん君にとってはいい迷惑以外の何物でもないだろうから、こんなことで君の気持ちを推し量って喜びを感じているなんて口が裂けても言わないけど。


?どうしたんだい?」


黙って俯く君に何も気が付いていないふりで声をかけると、君はくるりと踵を返し俺に背を向けてしまう。

きっと内心では、俺のことを鈍感だとでも怒って拗ねているんじゃないかな。

まあ、普通なら怒るよね。

自分の彼女は褒めないのに、他の女子は褒める彼氏だなんて。


。どうして怒ってるの?」


どうしてなんて聞くこと自体が余計に君を怒らせることも分かっているけど、それでも敢えて聞くのは、やっぱり君の反応が知りたいから。

に嫉妬しているということを、君の口から聞かせてほしいと思うから。


「…ん」


こちらを振り向かないまま君がボソリと何か呟いたけど、それはあまりにも小さすぎてよく聞き取れない。


?」


言いながら、君にゆっくりと近づき始めると、その足音で君の肩がビクッと震えたのが分かる。

急に動いたことに驚いたのか、顔を見られると思って怯えたのか。

どちらにせよ、そんなことお構いなしに君のすぐ後ろまで歩み寄ると、まるでそれを見計らっていたかのように絶妙なタイミングで、君がもう一度呟いた。


「…鈍感」


想像通りの言葉に思わず苦笑が漏れそうになったけど、さすがに今笑ったりしたら君の逆鱗に触れて大変なことになるのは目に見えているから、辛うじて笑いは引っ込める。


「鈍感って、俺が?」

「…そう、です」

「どうして?」

「…分からないんですか?」

「分かってたら、鈍感とは言わないだろう?」

「!」

。言ってくれないと、何も分からないよ」

「………」




そこでようやく観念したのか、君は大きな大きなため息を吐いた。


「私には何も言ってくれないのに、先輩のことは綺麗って褒めるから…」

「から、嫉妬した?」


顔だけ近づけて君の耳元でそう囁くと、君の肩が再び跳ねる。


「だから俺に綺麗だって言わせようと、メイクもして髪型も変えたんだ?」


肩にかかる髪をひと房掬いあげ、指に絡めると君が慌てたように口を開く。


「だ、だって…」


図星を言い当てられ恥ずかしそうにする君がおかしくて、今度は我慢できずに笑いを零す。

どうして笑うんですかと、君が少しムッとしたように言ったけど、それさえも今の俺には笑いを零す要因にしかならない。


「本当には、可愛いよね」


笑いながら言ったせいか君はこれを冗談だと捉え、余計に拗ねてしまったけど、そこは背後から抱きしめることでカバーする。


「せ、先輩っ?」

「冗談だと思ってる?」


突然抱きしめられたことに君が驚いているうちに、腕の中で君の身体を回転させ、今度は正面から抱きしめた。


「本音なんだけどな。は、可愛いよ。――特に、に嫉妬してメイクしたり髪型変えたりする辺りが」


最後に付け足すように言われた言葉に、君がまた何か抗議をしようと顔を上げる。

だけど、初めからそのチャンスを狙っていた俺は、タイミングよく君の唇を自分のそれで塞ぎ、言葉を遮ってしまう。


「!!」


君は一瞬にして俺の腕の中で固まってしまい、よほど驚いたのか唇を離した後も、すぐには身動きがとれないようだった。


「フフ…。今ので口紅、取れちゃったね」


笑いながら君から俺に移った口紅を指で拭ってみせると、君が恥ずかしさに顔を赤く染め、慌てたように自分の唇を両手で隠す。

そんなことしても今更遅いのにね。

本当に君の仕草はひとつひとつが可愛すぎるから、思わずもう一度君の手をどかして口づけてしまいたくなるじゃないか。


「せ、先輩っ!」

「ああ、また取れちゃったね。でも、ちょうどいいか。どちらかというと、俺は君にはメイクしてほしくないしね」


一目見てメイクをした君が綺麗だと思ったのは事実だけど、だからと言って君にメイクをしてほしいとは思わない。

むしろ、今までどおりでいてほしいと思う。


「…どうして、ですか?」


思いがけず告げられた言葉に、不安そうな表情を浮かべる君。

その表情から言外には、やっぱり似合わない?という言葉が隠されているのが分かる。

似合わないなんて、そんなことあるはずがないのに。

君は、自分を知らなさすぎる。

もう少し、自分に対する認識を改めたほうがいいんじゃないかな。

――って、そんなこと親切に教えてあげる気はさらさらないけど。


がメイクした理由と同じ理由だよ」

「?」

が分からないなら、それでいいよ」


意味が分からずキョトンとする君を尻目に、これ以上は語るつもりはないという意思表示に笑ってみせる。

分からないなら、それでいい。

分かられると、俺にとってはいろいろ不都合が生じることもあるかもしれないしね。


「先輩の意地悪。教えてくれてもいいじゃないですか」

「さっき、俺を鈍感だって言った仕返しだよ」


そう言ってしまうと、君はそれ以上何も言い返すことができず、ただ黙って唇を尖らせただけだった。




『君に綺麗になられると、嫉妬することが増えて困るから』




そんな簡単な答えに君が気が付くのは、まだまだ遠い未来の話。







2012.05.04


5人目の幸村をお届けしました。
最も書きたかったのは、口紅をわざと(←ここが重要です)キスで取る幸村の姿だったのですが、結果的にをからかい倒す姿に負けたような気がします。。。
ここまでをからかう予定じゃなかったのになあ(苦笑)
でも書いていて楽しかったので、これはこれでヨシということで!

それでは最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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