Candy Smile










「すまん。その、こういうことには疎くてな。まったく知らなかったのだ」


いつものようにいつもの場所で別れ、いつものように家路に着いた。

けれど、それから1時間もしないうちに携帯が鳴り、初めて突然の呼び出しを受けた。

そして今、私は近所の公園で真田先輩に頭を下げられていた。


「先輩?」


唐突なことに訳も分からずポカンとする私の目の前で、先輩が深く頭を垂れている。


「お前にしてみれば、ただの言い訳に過ぎぬことなど百も承知だ。だが、決してわざとではない。それだけは分かってくれないか」

「あのー、先輩?」


必死に謝罪の言葉を並べ立てる先輩の様子に、私はまったく話が見えないまま。

呼び出しのメールからしてひどく慌てた様子だったけれど、何をそんなに慌てているのかが私にはサッパリだ。


「本当にすまん。もし、それでお前の気が済むのならば、俺のことを殴ってくれても構わない。だから、今回のことだけは許してもらえないだろうか」


殴る!?

思わぬ物騒な単語が飛び出したことで、私は驚く。


「せ、先輩、ちょっと落ち着いてください」

「お前を怒らせてしまったかもしれぬというときに、落ち着いてなどおれるかっ」

「…あの、先輩?」


相変わらず話は見えないままだが、どうやら私を怒らせたかもしれないと慌てているらしいことだけは分かった。


「まったくけしからんことだが、蓮二に聞いて、初めて知ったのだ」

「柳先輩、ですか?」

「ああ。先ほど所用で蓮二から電話があってな。そのとき聞いた」


と、そこで再び、すまないと頭を下げられてしまう。


「新しいものを明日までに用意する。だから、今日のことはなかったことにしてくれないか」


新しいもの?

なかった、こと?

今日の…?


「って、もしかして、さっきもらったホワイトデーの…?」


先輩の言葉から拾ったいくつかのキーワードを元に、頭をフル回転させる。

その呟きで、先輩が下げていた頭を上げた。

その顔は、何を今更といった感じだ。


「だって先輩のメール、肝心のこと何にも書いてないんですもん」


よほど慌てていたのか、公園に今すぐ来てくれとしか書かれておらず、来てみれば早々に頭を下げられてしまったので、何が何だか分からなかったのだ。


「む…。そうだったか?すまん」


うっすらとメールの内容を思い返したのか、少し恥ずかしそうに先輩が顔を赤くした。


「でも、どうしてなかったことにしたいんですか?」


先輩からお返し貰えて、嬉しかったのに。

少し悲しそうに呟くと、先輩が一瞬驚いたような意外だというような顔をした。


「もしかして、お前も知らんのか?」

「何がですか?」

「…その、俺の贈ったものの意味だ」


その困ったような言いにくそうな声で、ようやくピンとくる。


「『ごめんなさい』だからですか?」


先輩がお返しにくれたのは、マシュマロだった。

正確には、オマケ程度にマシュマロが添えられている小さなうさぎのぬいぐるみだった。

これを先輩が自分で選んで買ったなんて、きっとお店のレジで相当恥ずかしかっただろうなあと想像すると思わず微笑ましくて、とても嬉しいのについ笑ってしまいたくなるほど、ファンシーで可愛いお返しだった。


「ああ。俺はこういうイベント事には疎いのでな。よもや、贈る菓子によって意味合いが違うとは知らなかったのだ」


キャンディーは、お付き合いOK。

クッキーは、お友達でいましょう。

マシュマロは、ごめんなさい。


それぞれに隠された意味があると教えられたのだと、先輩は申し訳なさそうに言った。

その話なら、私も何度か耳にしたことはある。

けれど、先輩からマシュマロのお返しを貰ったときに、そんなことまったく思いもしなかった。

先輩がお返しをくれたことだけで嬉しくて、そのお菓子が何かなんてことはどうでもよかった。

事情を説明された今だって、お返しがマシュマロだったことを何とも思っていない。

だって、誰が決めたのかも分からないような意味より、それをくれた先輩が込めた気持ちのほうが大切なのは言うまでもないことで。

込められた気持ちは、この1ヶ月一緒にいれば自然と分かることで。

なにより、絶対に恥ずかしかったはずなのに、私のためにあんなに可愛いお返しを買ってきてくれたことが一番の証明で。

だから私は、先輩の想いが『ごめんなさい』であるはずなんかないことを、誰よりも知っている。


「大丈夫です、先輩。そんな誰が決めたかも分からない意味なんか気にしてませんから。私にとっては、先輩が私のために用意してくれた事実だけが、とても意味のあることです」


たとえマシュマロだって、先輩がくれれば私にとって、その意味はキャンディーと同じだから。

にこっと笑った私に、先輩もようやく安心したように息を吐いた。


「だから今日のホワイトデー、なかったことになんてしないでくださいね?」


大切なのは、先輩がくれる気持ち。

私を想ってくれる気持ち。

それさえあれば、私はいつだってどんなときだって、とびっきりのCandy Smileでいられるの。

だから、なかったことなんて言わないで。

先輩との初めてのホワイトデー。

私にとっては何ひとつ忘れることなどできない、とても大切な思い出のひとコマだから。







2012.03.14


ホワイトデーで1話くらい書きたいなあと考えていたところ、贈るお菓子にも意味があるという話をふと思い出したので、早速ネタにしました。
そして、そういう失敗をやらかしそうなキャラは…と考えた結果がこれです(笑)
ごめん、真田!

前にバレンタイン企画で真田を書いていますが、あのときの設定で読んでいただいても、学プリ設定どおりに読んでいただいても支障のないように書いたつもりです。

それでは、最後までお読みいただいてありがとうございました!

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