未来ネタです。
ふたりとも中学生ではありません。
中学生以外のふたりには興味がない方や苦手な方は、この先をスクロールされないことをお薦めいたします。
大丈夫!という方だけスクロールをして、どうぞお読みください。↓
タイトルは、お題配布サイト「my tender titles.」様より、君がいる生活内の「おうちに帰ろう」をお借りしています。
おうちに帰ろう (仁王バージョン)
「終わったー!」
動きやすい服装に髪をポニーテールに結んだが、両手をパンパンと払いながら高らかに言った。
その表情は満足気で、自分の働きぶりに納得がいっていることが窺える。
「お前さんは、本当に綺麗好きじゃのう。ここまで綺麗にせんでも」
とりあえず寝られれば、文句はなかったんじゃがのう。と、リビング中をくるりと見渡した仁王が答えると、
「また、そんなこと言って。だいたい雅治さんは、よっぽどの場所じゃなければ寝られるじゃないですか」
は呆れたように苦笑して、先ほど綺麗に片付けたばかりのキッチンへ向かった。
「コーヒーでいいですか?」
手を洗い、薬缶を火にかけ、真新しいマグカップをふたつ取り出しながら、リビングのフローリングに仰向けで寝転がった仁王に声をかける。
言葉上は『いいですか?』と一応疑問系の体裁を取っているものの、その手にはすでにドリッパーを持っており、端から拒否の答えが返ってくることは想定されていない。
長年の付き合いで、仁王がコーヒーを最も好んでいることを把握しているからだ。
「ああ。頼む」
予想通りの答えが仁王から返ってきて、は今度はペーパーフィルターを手に取った。
それを几帳面に折り畳みながらリビングに目をやると、仁王はフローリングに寝転がったまま目を閉じているようだった。
一日中、体力勝負なことばかりさせてしまったので、さすがの仁王も疲れたのだろう。
「でも、なんとか今日中に終わって良かったですね」
コーヒーが充分蒸らされたのを確認してから、“の”の字を描くように初めは細く、だんだんと太くしながらお湯を注いでいく。
その際、ペーパーフィルターに直接お湯がかからないように注意する。
どちらかといえば紅茶派のが、ここまでコーヒーの淹れ方に詳しくかつ拘るようになったのは、紛れもなく仁王の影響だ。
仁王に出会い、仁王と付き合うようになって、美味しいコーヒーの淹れ方を独学で勉強したのだ。
その甲斐あってか、いつの頃からか仁王はが淹れたコーヒーが一番美味しいと言ってくれるようになった。
サーバー内に抽出されたコーヒーを軽くかき混ぜてから、温めておいたそれぞれのマグカップに注ぎ、トレイに載せてリビングへと運ぶ。
「どうぞ。お茶菓子がないので、コーヒーだけですけど」
生活に必要なものは一通り買い揃えたが、食料品はまだほとんど買っていない。
辛うじてお茶葉やコーヒー豆等の飲料品を買った程度だ。
そろそろ日持ちする食料は買い揃えてもいいかもしれないと思いながら、テーブルの上にふたつのマグカップを置く。
「今日は、本当にお疲れさまでした」
「お前さんもな」
相変わらず両腕を枕にし、仰向けで目を閉じたままの仁王のすぐ傍に腰を下ろす。
湯気を立てるふたつのマグカップのうち、ひとつだけにミルクと砂糖を入れたところで、ようやく仁王が身を起こした。
「あ〜、しかしさすがに疲れたのう」
そう言いながらひとつ大きな欠伸をし、に礼を言ってから、何も入れていないほうのマグカップを手にする。
「体力勝負なことは、全部やってもらっちゃいましたからね」
お疲れさまです。ともう一度言ってから、はミルクと砂糖入りのコーヒーを一口啜る。
ここ何日か仕事帰りに立ち寄っては、細々とした物はある程度片付けておいたが、さすがに大物の家具や組み立て式の物はではどうにもならず、今日まとめて仁王に頼むしかなかったのだ。
だから今仁王が感じている疲労感は、が感じているそれよりもずっと激しいもののはずだ。
「その代わり細かいことは、お前さんに全部任せっきりだったがの」
ブラックコーヒーを飲みながら、の言葉に苦笑した仁王は、だからお互い様じゃと言った。
この数日、仕事帰りに毎日足を運んでいたに対し、仁王は一度も顔を出していない。
もちろんそれは、出したくなくて出さなかったのではなく、出す意思はあっても出せなかったという意味だが、それでも今日までにすべてを任せきりにしていたことには違いない。
「もうすぐ、ここで暮らすんですね」
仁王が口にしたお互い様という言葉に微笑んだは、改めて先ほど完成したばかりのリビングをゆっくり見回す。
真新しい部屋に、真新しい家具。
実感はまだないが、このすべてが真新しい世界が、今後仁王との生活拠点となるべく場所なのだ。
今でこそまだどことなく落ち着かない気分になるこの場所が、これから何年、何十年とかけて、仁王との数え切れない思い出が刻まれた、にとって最も安らげる空間となるはずなのだ。
「ただいまって帰ってきて、おかえりってお迎えして」
そんな当たり前の毎日を、もうすぐここで仁王とふたりで繰り広げるようになるのだろう。
目を閉じ、は一瞬その光景を想像してみる。
すると、なんとも不思議な感情が自分の胸に湧き上がるのを感じた。
とても幸せで、とても切ない。
(ただいま…か)
隣の仁王に聞かれぬよう、口唇だけを動かしてもう一度呟く。
今のにとって“ただいま”と帰る場所は父と母と暮らす家だが、それがまもなくこの家に変わるのだと思うと、不思議としか表現しようのない感情が込み上げるのだ。
嬉しいのに、寂しい。
幸せなのに、切ない。
そんな気持ち。
もちろん仁王との未来に何かマイナスの感情があるわけではなく、むしろ、そのことを想像すれば心からの幸福感を抱くことができる。
それなのに、長年父と母と暮らしてきたあの家に、もう“ただいま”と帰ることができなくなるのだと思うと、僅かに胸が疼く。
「まだ実感は伴わんがの」
「ふふ。私もです」
コーヒーを飲み干した仁王の言葉が、自分の内心と同じだったことに少し安堵を覚える。
どうやら、この真新しい世界を自分の家、終の棲家だと認識しきれていないのはだけではなく、仁王のほうでも同じらしい。
「まあ、慌てる必要もないぜよ。いつか自然と実感は伴うもんじゃ。それまでは、どっちも自分の家だと思っときんしゃい」
「どっちも?」
思いがけない言葉に目を丸くしたが仁王を見つめると、仁王は驚くほど優しい眼差しをに向けた。
はその眼差しを見た瞬間、すべてを悟った。
仁王は仁王で、が悟ったことを感じ取ったように、
「お前さんが長年暮らしたあの家も、これから暮らしていくこの家も、どっちもお前さんにとって“ただいま”と帰る家で構わんっちゅうことぜよ」
そう言って、の頭を軽く叩くように撫で、
「それに俺にとっては、お前さんが家みたいなもんなんでな。世界中どこでも、お前さんがいれば“ただいま”って言うぜよ」
と笑った。
2012.05.31
お前さんがいるところが、俺の帰る場所じゃ。by 仁王。な感じのお話でした(笑)
お久しぶりの「おうちに帰ろう」シリーズ、仁王×編でした。
今回は前回までの『ふたりが喧嘩→仲直り』という流れを変え、ふたりが『家に帰る』という言葉に抱いているイメージとは?をテーマに書き始めました。
結果、結婚することを嬉しく思いつつも、両親と暮らす家が自分の家ではなくなることに少し寂しさを感じると、そんな複雑なの心境を察して受け止める仁王という構図になりました。
それでは、最後まで読んでいただいてありがとうございました!