タイトルは、お題配布サイト「Cubus」様より、秘めやかに3題内の「02.誰もいない教室でする口づけ」をお借りしています。
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誰もいない教室でする口づけ-case 仁王-










日直のため部活へ行くのが少し遅れると言っていたが、まだ姿を見せない。

HR後に日誌を書き、担任にそれを提出し印鑑をもらうだけで、これほど時間がかかるとも思えなかった。

日頃から真面目なだけに決してサボリでないことは分かるが、その代わり何かあったのだろうかと心配になる。

他のメンバーたちも、さすがにいつまでも現れないを気にし始めているようだった。


「幸村。すまんが、ちょっと抜けさせてくれ」


コートサイドのベンチに座り、レギュラーメンバーの練習を監督していた幸村に声をかける。

察しのいい幸村は、それだけですべてを理解したようだ。

厳しい眼差しを送っていたコートから仁王に視線を移すと、とても同一人物が見せる表情とは思えぬほど穏やかな笑顔を浮かべた。


「ああ、構わないよ。俺もさすがに遅すぎると思っていたからね」

「悪いな」


結局仁王は理由を説明しないままに幸村の快諾を得、他のメンバーの視線を背中に感じながらテニスコートを抜け出した。






すれ違ってはいけないと、教室へ行く前にの使用している下駄箱へ寄り、その中を確認する。

通学時に履くローファーが仕舞われたままで、校内で使用する上履きがなかった。

これではまだ校内にいることが確定的となり、仁王は迷わずの教室へ向かい始める。

一瞬、教室より先に職員室に寄ったほうが出会う確率は高いのではと思ったが、できることならば職員室にはあまり近寄りたくないので、その考えを却下し教室を目指した。

たち2年生の教室があるのは4階だ。

教師たちがどういう理由で学年ごとの階を決めているのかは知らないが、立海では1年の教室が1階、2年が4階、3年が2階と決まっていた。

放課後のしんと静まり返った階段を、4階まで一気に駆け上がる。

帰りのHRが終わってかなり時間が経っているためか、途中で他の生徒に会うことはなかった。

もちろんと遭遇するようなこともなく、それどころかまったくと言っていいほど人の気配さえ感じない。

そのせいか仁王の足音がやけに大きく響く。

それが妙に仁王を不安にさせる。

何が不安なのかは仁王にもよく分からない。

が、あまりにも静まり帰った放課後の校内というのは特殊な雰囲気を醸し出していて、この空間でならどんな不思議なことが起こってもおかしくないようにさえ思えてしまう。


そう、たとえば…


――と、考え始めたところで慌てて首を振る。

特殊な空気に呑まれかけ、どんどん妙な思考へと陥るところだった自分を戒めるように両手で自分の両頬を軽く叩くと、4階の最奥にあるの教室へと走り出した。






行ってみれば何のことはなく、は単にうたた寝をしているだけだった。

万が一にも他の生徒が残っていた場合を考慮し、そっと後ろのドアをスライドさせ教室内を覗いたところ、誰もいない教室の窓際前から3番目の席で、射し込む夕陽に照らされながら眠っているらしいを発見した。

遠目の後ろ姿、それも丸まっている背中だが、仁王にはだと分かる。


(人の気も知らんで呑気なもんじゃ)


ついさっきまで感じていた不安を思い出した仁王は苦笑を浮かべ、ゆっくりとに近づいていく。

自分の机で日誌を書いている途中だったのだろう、は日誌の上で左腕を枕にし、うつ伏せるようにして眠っている。

その右手には辛うじてシャープペンが握られていたものの、それも今にも転がり落ちそうに頼りない状態だった。

の眠る机の前に立ち、屈みこむように顔を覗き込めば、夢でも見ているのか、その寝顔はどこか楽しげにも嬉しげにも見えた。


「そういう顔は、あんまり無防備に曝さんでほしいんじゃがのう」


ため息混じりに呟いた仁王の言葉に、当然ながらの返事はない。

代わりに、可愛い寝顔を相変わらず無防備に曝し続けている。


「ホントにお前さんは、人の気も知らんでいい気なもんじゃ」


自分がここに来るまでの間に、誰かがこの教室へ来たかもしれないと考えただけで、仁王の心中は穏やかでいられない。

自分以外の誰かにの寝顔を見られたかもしれない、その可能性だけで、いるのかいないのかさえも分からない存在に対し嫉妬心を覚えてしまう。

それほどまでに、仁王にとっては特別な存在だった。

だが、当のはそんな仁王の心などまったく知りもせず、残酷なまでの無防備さで気持ち良さそうに眠りの世界に落ちている。

を起こさないよう物音に気を付けていたとはいえ、これほど仁王が至近距離に寄っても起きる気配さえない。

これがもし、自分ではなく他の男だったとしたら。

そう考えた仁王の心に、また黒い感情が湧き上がりそうになる。


「どうすれば、お前さんに分かってもらえるんかのう」


仁王はもう一度ため息を吐いてから独りごつと、しばらく無言での寝顔を見つめていた。

やがて、何か閃いたように一瞬だけ口の端を持ち上げる。

そして次の瞬間、の背後に回り込み、まるで覆い被さるようにして机に両手を突き、そのままゆっくりと顔を近づけた――。






突然襲った息苦しさで、は心地好い眠りの世界から目を覚ます。

同時に、まだ焦点の合い切らない視界に何かが映りこみ、ひどく驚き慌てる。

半分寝ぼけている頭ながら、本能的にそれから遠ざかろうと瞬時に身を引き、勢いよくうつ伏せていた机から起き上がると、今度は背中が何かにぶつかる感触。


「きゃっ」


そのことでますます慌て、半ばパニックになりかけたちょうどそのとき、耳元で堪えきれずに噴き出したような笑い声が聞こえた。

そしてそこでようやくの頭も視界もクリアになり、至近距離にあるのが仁王の顔で、聞こえた笑い声も仁王のものだと認識する。


「せ、先輩っ!?」

「やっと起きたようじゃの」


驚きで目を白黒させるに、仁王が相変わらず面白がっている表情を隠しもせずに笑う。


「な、どうして…!?」


今度はさっきとは違う意味でパニックになりかけたは、顔を真っ赤にしながら少しでも仁王から離れようと身じろぎをする。


「あー、大人しくしんしゃい」


慌てると対照的に冷静な仁王は、両腕を突いていた机から離して素早く背後から抱きしめてしまう。


「は、離して、くださいっ」

「嫌じゃ」


それでもなお抵抗しようとするの様子に、両腕に込める力を強くする。

身じろぎひとつできぬよう、この腕から決して逃げられぬよう、を自分の胸の中にきつく閉じ込める。


「せ、先輩…痛い、です…」


すぐにから抗議の声が飛んできたが、それも今ばかりはわざと無視を決め込む。

それどころか理不尽とも受け取られかねない理屈をこねてみせた。


「本を正せばお前さんが悪いんじゃ。諦めるんじゃな」

「な、なんで私、が…んっ」


案の定、その発言に反論しようと声を上げかけたの一瞬の隙を突き、その唇を自分のそれで塞ぐ。

唐突で身勝手な行為にはひどく驚き僅かに身を固くしたが、強引に何度も角度を変えては繰り返す。

が息苦しさから途中何度か自分を抱きしめている仁王の腕を叩いてきたが、それでも構わず嵐のような口づけを落とし続けた。

のすべてを奪い尽くすような激しさで、深く何度も何度も。






どれくらいそうしていただろうか。

やがてがこれ以上は限界だという窮地に追い込まれ、苦しそうに顔を歪めその瞳から一滴の涙が零れたとき、ようやくその唇は解放された。

一気に自由になった呼吸にが思わず咳き込んでいると、耳元でいつもよりも随分と低く、だがどこか情熱的にも響く仁王の声が囁いた。


「これに懲りたら、これからは無防備にうたた寝なんてするんじゃなか」







2012.04.09


無防備すぎると、その無防備さに揺り起こされる仁王の嫉妬心。をテーマに書いてみました。
予定より仁王の言動が強引になってしまいましたが、それだけの無防備さが酷いのだと思われます(笑)
本文中で「残酷」だと評してるくらいですしね、仁王が。
しかしの無防備がこれくらいで直るとは到底思えません、私。
これでも直らないレベルだからこそ、の無防備は残酷だと評されるのだと思います。
仁王、がんばれ!!

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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