タイトルは、お題配布サイト「my tender titles.」様より、愛しい響き内の「12.コーヒーとミルクティー」をお借りしています。
my tender titles.




コーヒーとミルクティー










「まだ喧嘩してるの?」


教室に入り、自分の机に鞄を置いたのとほぼ同じタイミングでかけられた声に、私は振り返る。





おはようと笑いながら、私の肩を背後からポンっと軽く叩いたのは親友の


「喧嘩っていうか…」


おはようと返しながら、小さなため息を吐く私。


「まぁ、これも喧嘩って言えば、喧嘩なのかもしれないけど」


一昨日の出来事を思い浮かべながら、またひとつため息。

失言だったかもしれないという自覚はある。

言ってしまった瞬間、自分でも言い過ぎてしまったと思ったのだから。

すぐに、ごめんなさいと謝ろうとも思ったのだから。

でも先輩は、そんな私に怒りはしなかった。

謝らなきゃ!と慌てて顔を上げた瞬間、私の瞳には予想もしていなかった先輩の顔が映った。

先輩は、ただ悲しそうな、少しだけ傷ついたような、そんな表情を浮かべていた。

何も言わず、私のことを見つめて。

きっと怒っているだろうと思っていたのに。

先輩のそんな姿を見るのは、初めてだった。

だからなのか、私は思わず言葉を失くしてしまい、結局謝ることができなかった。


「ごめんなさい」


と、素直に告げるタイミングを、完全に逃してしまったのだ。


にため息なんて似合わないんだから、はやく仲直りしちゃいなよ〜」


そんな深刻そうに悩まないで、素直に「ごめんなさい」って言うだけで大丈夫だって。

案外、先輩はが思うほど怒ってないかもしれないじゃない?

が、優しく励ましアドバイスをくれたけれど。

あれから、すでに2日もの時間が経過してしまっているという現実は、思いの外私に重く圧し掛かり、気まずさを増長させていた。






『…輩。雅治先輩。起きてください』


聞き慣れたそんな声が耳元でした気がして、ハッと目を覚ました俺のぼんやりとした視界には、もう下校時刻ですよ。と、呆れたように眼鏡のフレームを直している柳生が映った。


「…なんじゃ。柳生か」

「おや、一体誰だと思ったのですか?」


思わず呟かれた小さな声を聞き逃すことなく、柳生はトレードマークの眼鏡をキラリと光らせた。

その眼鏡の奥からすべてを見透かしているかの如く鋭い相棒の一言に、内心は少し動揺したものの、それを誤魔化すように寝転がっていたコンクリートの地面から立ち上がり、思い切り伸びをする。


「なんでもないぜよ。寝ぼけただけじゃ」


さて、帰るとするかの。

伸びついでに寝起きの欠伸をひとつして、柳生にそう声をかけると、


「おや。今日もさんとは帰らないのですか?」


何食わぬ顔で、唐突に核心部分をついてきた。


は今日は用事で残るそうじゃ」

「おや、今日もですか。昨日もそう言って別々に帰っていましたが」

「別におかしくはなかろう」

「ええ。おかしくはありませんが、珍しいと思いましてね」


いつもの仁王くんなら、彼女の用事が終わるまで待っているでしょうに。

柳生はそう独り言のように呟いてから、そこで俺の顔色を窺うようにチラリと視線を向ける。


「そういえば、昨日も今日も休み時間にさんの姿を拝見しませんね」

「………」

「仁王くん。仲直りをするなら、早いほうがよろしいと思いますよ」


時が経てば経つほど、謝りづらくなると言いますからね。

その言葉から察するに、どういうわけか柳生は、一方的に俺に原因があると決め付けているらしい。


「このまま時が経てば、ますます気まずくなりますよ」


一方的に悪者扱いにされていることに幾分反論したいという気持ちを覚えるものの、どういうわけかその気持ちが現実の言葉となることはなく、俺はただ黙って、紳士と評される男の諭すようなアドバイスを聞いていた。






「仁王先輩?どうしたんですか?と会いませんでした?」


の教室まで来てみたものの肝心のの姿が見つからず、てっきり先に帰ってしまったのだと諦めかけていたところに、の親友だというに声をかけられた。

親友の話によれば、はHRが終わるのとほぼ同時に、俺のところへ行くと教室を出て行ったらしい。

だが、HRをサボって屋上で昼寝をしていた俺は、とは会っていない。

柳生に起こされ、鞄を取りに教室に一旦戻ったときも、その姿を見かけることはなかった。


「どこいっちゃったんだろう。ってば」

「行き違いかもしれん。もう一度教室に戻ることにしようかの」


不思議そうに首を傾げている親友の姿を視界の脇に捉えながら、


「悪かったの。教えてくれて助かったぜよ」


ひらひらと後ろ手を振り、の教室を急いで後にする。

早く戻らなければ、も俺のいない教室を見て、先に帰ったのだと考えてしまうかもしれない。

せっかくお互いが行動を起こしたのに、結局会えなかったなどということになれば、ますます気まずさは増してしまうだろう。

ただでさえ、は俺よりも気まずい思いをしているはずなのだ。

謝るタイミングを逃し気まずくなる原因を作ったのは自分なのだから、全面的に自分が悪いのだと思っているだろう。

恐らく俺の教室を訪れることも、相当の勇気を振り絞っているに違いない。

それなのに、肝心の俺がいないという現状に直面すれば、は更に落ち込み気まずさを解消するタイミングはますます遠のくかもしれなかった。


(…お前さんは、何も悪くないのに)


一昨日のの発言は、尤もなことだった。

本当に俺のことを考えてくれているからこその厳しい意見であり、には当然のことながら非はなく、むしろ彼女の発言こそ正しかったのだ。

だが、そう分かっていながらも、その意見を真摯に受け止められず、僅かに顔色に出してしまった俺のほうが未熟だったのだ。

ペテン師などという異名を取りながら、完全に内心を制御しきれなかった俺にこそ原因があったと思っている。

他の人間相手なら、決してこんなことはないのに。

どんな劣勢に立たされようとも、飄々とした態度で本音を悟らせない自信があるのに。

が相手だと思うと、どういうわけだか自分をコントロールすることに自信が持てなくなりつつあった。

の何気ない言動のひとつひとつに、ペテン師ともあろう人間が振り回されそうになってしまうのだ。

そしてとうとう、一昨日の出来事が起こったのだ。

もちろん、すぐに謝ろうと思った。

が俺の反応を見て、自分を責めていると感じた瞬間に。

お前さんが気に病むことは何もないと、何度も言おうと思った。

けれど、自分をコントロールできなかったという現実は思いの外衝撃的で、咄嗟に何も言葉が出てこなかったのだ。

そうして俺は、決定的なタイミングを逃したのだ。


(早いとこ戻って謝らんとな)


普段なら真田に見つかるとうるさいので決して廊下を走ったりはしないが、今回ばかりは例外的に走って教室へと向かっていると。

ふと、視界の端にその姿が映ったような気がした。

たとえ風のように流れ、颯爽と移り変わっていく風景のほんの端に映りこむ姿でも、一瞬の後ろ姿だとしても決して見間違うはずのない、その姿を。


「――?」


慌てて足を止め、蚊の鳴くような声でその名を呟いてみる。

だが距離的に少し離れている上、こちらに背を向けるように立っていたにその声は届かなかったようで、その背からは何の反応も読み取れなかった。


「お前さん、こんなところで何しとるんかの?」


乱れていた呼吸を落ち着けるように、そして俄かに覚えた緊張を鎮めるように、何度かの深呼吸を繰り返した後、ゆっくりと歩み寄りながら、その細い肩に軽く触れる。


「――きゃっ!…ま、雅治先輩?」


まさか、ここで俺と会うと思ってもいなかったのだろう。

が酷く驚いた声を上げ、同時に驚いた表情で振り返った。


「…先輩、どうしてここに?」


驚きも束の間、現在置かれている自分の状況に思い至ったらしく、少しばかり気まずそうな表情の

そんな様子に敢えて気付かない振りをし、


「お前さんと帰ろうと思って教室に行ったんじゃが、お前さんの親友とやらが、お前さんは俺んところに向かったと教えてくれての」


お前さんを探しとったところじゃ。

普段どおりに話しかける。

いっそ間髪入れずこの勢いのまま謝ってしまおうかとも思ったが、結局切り出すタイミングを少し窺ってみることにした。

内心の気まずさを押し隠し普段どおりを装いながら、チャンスを窺う。


が…。そっか」


俺の話を、気まずさから緊張した表情で聞いていたが、小さく笑った。

恐らく俺が普段どおりだったことで、多少緊張が緩んだのだろう。

たった2日見ていなかっただけなのに、その笑顔がひどく懐かしく思えるのは何故だろうか。


「で、お前さんはこんなところで何をしとったんじゃ?」


が立っていたのは、カフェテラスの自販機の前だった。


「あ、はい。先輩の教室へ行く途中で、やっぱり気まずさに耐えられなくなってしまって。だから、これを買ってから行こうと思ったんです」


言いながらは腰を屈め、取り出し口から缶をふたつ取り出して俺の目の前に差し出して見せた。


「コーヒーか」


差し出された缶に視線を移すと、が手にしていたのは無糖の缶コーヒー2缶だった。


「はい。先輩コーヒー好きだから、これを差し入れして、一昨日のこと謝ろうと思って…」


物に頼って謝ろうなんて、ちょっとずるいですけど。

自分で「ずるい」と表現した作戦を誤魔化すような苦笑を浮かべる

でも次の瞬間には真剣な表情へと戻り、


「ごめんなさい」


そう深く頭を下げた。

その姿を見て、また俺は言葉を失いかける。

本当に謝る必要があるのは自分のほうだと思っていたのに、暢気に切り出すタイミングを窺っているうちに先を越されたのだ。


「…馬鹿じゃの」


その言葉は、自分自身へと向けられたもの。

同時に、彼女に向けたもの。

切り出すタイミングを窺うままに、結局先を越された俺。

自分に非がないのに、謝る彼女。


「お前さんは悪くない。何も気に病む必要なんかないんじゃ。悪いのは俺じゃ。悪かったの」


ポンポンと軽く叩くようにの頭を撫でると、まるでイヤイヤをするように頭を垂れたままが首を振った。


「先輩は悪くないです。言い過ぎてしまった私がいけないんですから!」

「いや、あれは完全に俺が悪かったんじゃ。お前さんは、俺のことを思って言ってくれたんじゃろ」

「でも言い過ぎてしまったのは事実ですから」


基本的には素直なタイプだと思うが、時として驚くほど頑固になることがある。

そして一度頑固になってしまったら、完全に自分が納得しない限りは主張を曲げることがほとんどない。

つまりこうなってしまうと、今度は、どちらが悪かったのかという点で、延々と論争をするハメになるというわけである。


「――そういう頑固なところも嫌いじゃないがの。このままでは埒が明かん。そう思わんか?」


何度かの押し問答の末、いよいよ観念した俺がそう呟くと。

ようやく頭を上げたも、そうですね。とそれに同意した。

その答えを受けた俺はの頭をもう一度軽く撫でてから、目の前の自販機でミルクティーを2缶買う。

そしてそのうちの1缶をが手にしていたコーヒーと交換し、よく状況が飲み込めないまま、コーヒーとミルクティーを1缶ずつ抱えて不思議そうにしているに、自分の右手を少し高く持ち上げ、左手で右手に収められている2缶を指し示す。


「こっちが、お前さんからのお詫びの印じゃろ。それならこっちは、俺からのお詫びの印じゃ」


これで今回の件は完全に相子ってことじゃ。

その言葉で、俺の言わんとすることを理解したらしいが、ようやく嬉しそうに花のような笑みを浮かべた。






「先輩。せっかくですから、今ここで飲んで行きましょう?」


放課後のカフェテラス、空いている席へ視線を移しながら誘うに、


「それもエエの。お前さんと放課後のティータイムってやつじゃな」


そう笑い返してから、空いている左手でもう一度の頭をそっと撫でた。







2011.01.06


仁王×SSでした。
久しぶりに仁王でおはなし書きたい!と思い書き始めたのですが、あまりにも久しぶりすぎて仁王の口調をすっかり忘れていて苦労しました(汗)
そこはかとなく偽者臭が漂うのは、管理人の力量不足です。。。
仁王の口調難しいよ〜(´;ω;`)

例の如くお題サイトを拝見していて、このタイトルは仁王とだなあと思って嬉々として書き始めたわけですが(仁王とが甘いもの話からコーヒーのことをちょっと話していた記憶があるので)、話をまとめるのに思いのほか苦労しました…。
結局、このふたりが何で喧嘩っぽくなったのか原因も謎のままですしね(笑)

それでは、ここまで読んでいただいてありがとうございました!

WEB拍手ボタンです。