タイトルは、お題配布サイト「Cubus」様より、秘めやかに3題内の「02.誰もいない教室でする口づけ」をお借りしています。
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誰もいない教室でする口づけ-case 柳生-










委員会の仕事で少し遅れて部活へ行くと、さんはまだ来ていませんでした。

一緒に過ごした昼休みに、今日は日直当番のため部活へ行くのが少し遅れるという話は聞いていましたが、それにしても少々時間がかかりすぎているように思いました。

何かあったのでしょうか?

そんなことを思いながらも、委員会を終えて来たことを部長の幸村くんに報告しようとコートサイドのペンチに腰掛ける彼の傍へ向かうと、


「ああ、柳生。広瀬がまだ来ないんだけど、何か連絡はなかったかい?」


私の姿を認めるや否や、幸村くんは開口一番にさんのことを尋ねてきました。

どうやら幸村くんも、さんがあまりにも遅いので気にしているようですね。


「昼休みに、日直の仕事で遅れるという話は聞いていますが」


答えながら、チラリと校舎の外壁に掛けられている時計を眺めると、時刻は16時37分を指し示していました。

6限が終了するのが15時20分ですから、多少の誤差は生じるでしょうが帰りのHRは15時半頃に終わるクラスが殆どでしょう。

それから日直の仕事を諸々片付けたとしても、とても1時間もかかるとは思えません。

日直の仕事もクラスごとに多少の差異はあるでしょうが、基本的には授業後の黒板消しだったり、日誌の記入程度のものです。

一日の出来事を記載する日誌は、どうしても帰りのHR後でなければ書けないものではありますが、それにしても1時間もかかるような仕事ではありません。

どれだけ多く見積もっても、15分あれば書けるような簡単なもののはずです。

それなのに1時間が過ぎても姿を見せないのですから、やはり何かあったのかもしれないと考えるのが妥当でしょう。

一度、様子を見に行ったほうがいいかもしれません。


「あの、幸村くん」


大変申し訳ないのですが、少々抜けさせていただきたい。様子を見てきます。

そう言おうと口を開いたのとほぼ同じタイミングで、


「それにしては遅すぎるよね。柳生、ちょっと様子を見てきてくれないかな?」


幸村くんが、私が今まさに願い出ようとしていた趣旨の発言をされたため、私はそれにすぐさま了承の返事を伝えました。






さんの教室へ向かう途中、先に職員室に立ち寄ってみるとさんの担任教師から事情を聞くことができ、それによるとさんはもう一人の日直当番である男子生徒と共に、今日の帰りのHRで行われたアンケート集計をしているとのことでした。


「今日は終わりにしていいと伝えてくれ」


まもなく職員会議が始まるというさんの担任教師から伝言を託され、私は改めてさんの教室へと歩き出しました。

放課後の――それも帰りのHRからかなり時間が経過しているということもあり――校内は、驚くほどの静寂に包まれています。

普段なら生徒達の笑い声や話し声が響き渡る廊下も、目的の階に辿り着くまでに必ず誰かしらとすれ違う階段も、今はほとんど人の気配が感じられず、私の足音がいつもの何倍もの大きさに聞こえるほどです。

その足音をしばらく何とも言えない不思議な気持ちで聞きながら歩いていると、ふと今さんが置かれている状況の危うさに思い至りました。

さんは今まさに、この静寂の中で男子生徒と二人きりなのです。

クラスメイトとはいえ、他に誰もいない教室で男子生徒と二人というシチュエーションは、私にとってあまり面白いものではなく、言い知れぬ不安を覚えるには充分すぎる状況です。


(急がなくてはいけませんね)


俄かに焦りだした私は、さんたち1年生の教室がある3階を目指し、普段では決して有り得ないスピードで一気に階段を駆け上ったのでした。






3階の左から数えて4つ目の教室に1−Dという札を確認し、急いた心をなんとか鎮めながらノックと共に後ろのドアを開くと、室内の残っていたふたりは教室の中央で前後の机をくっつけ向かい合うように座っていました。

真面目に作業をしていたのでしょう、ふたりとも手にはシャープペンを持ったままノックされた後ろのドアに視線を向けていました。


「失礼します」

「え、比呂士先輩!?」


顔を覗かせたのが私だと分かるや、さんが驚きの声を上げ元々大きな瞳を更に大きく見開き、私を見つめてきました。

どうして!?

言葉にされなくともそんな心の声がはっきりと聞こえてくるさんの表情はとても可愛らしく、私は一瞬自分が焦っていたことも忘れ、さんに微笑みを向けていました。

それにさんは、未だ驚きの様子を見せながらもきちんと微笑みを返してくれ、


「びっくりしました。どうしたんですか?」


なんて言いながら、私の傍へ来ようと席から立ち上がりかけました。

しかしさんが立ち上がろうとしたタイミングで、さんの向かいに座る男子生徒が、机に載っていたさんの左手を軽く引っ張っり、


「もしかして、広瀬の彼氏?」


そう話しかけたため、さんは中腰になりかけていたところを再び座り直し、私に向けていた視線も彼へと移してしまいました。

さんに背を向けられる形となった私は、そのきっかけを作った彼に対し密かに苛立ちを覚えました。

そもそも彼がさんに話しかける前に、注意を自分に向けようとさんの手に触れたこと自体が気に入りません。

私からすれば普通に話しかけるだけで充分に思えるところを、わざわざ手に触れて注意を引き付けたのは、そこにこそ彼の真意があったからなのではないかと勘ぐりたくなるほどです。

それと同時に、彼に手を触られても普通にしていたさんに対しても微かな苛立ちを感じずにはいられません。

日頃、他人に対して負の感情はできる限り持たないように努めている私ですが、さんが絡むと途端にその努力は水の泡となってしまいます。

さんのこととなると、私の心はなぜか私の思い通りにはなってくれなくなるのです。

それだけさんは私にとって特別で大きな存在なのです。

現に今だって、醜いという自覚がありながらも芽生えてしまった嫉妬心を抑えることすらできないのですから。


「あ、うん」

さん。今日は終わっていいそうですよ。先ほど、担任の先生から言付かりました」


彼の問いにさんが少し照れたような声で返事をしている間に、教室内へ入った私はふたりの傍まで歩み寄りました。

そしてさり気なく先ほど彼が触れたさんの左手に自分の手を重ねると、向かいの彼に視線を落とし、


「後片付けは私とさんでやりますから、貴方は先にお帰りくださって結構ですよ」


にっこりと満面の笑顔を向けました。


「や、でも…」

「いえ、どうかお気になさらず。私たちは部活も同じですし、片付け終えたら一緒に行きますので」


私の申し出に逡巡する彼の呟きに、引き続き満面の笑みと共にあたかも親切心からの申し出のような言葉を被せるように続けた私の本心は、彼から有無を言わせず選択肢を奪い取ることにありました。

これ以上、彼とさんを一緒にいさせたくはないのです。

彼が本当にさんのことをクラスメイトとしか思っていないのだとしても、私の中に芽生えた嫉妬心が、これ以上は彼をさんに近づけたくないと叫んでいるのです。


「そ、それじゃあ…お願い、します」


私の雰囲気に何か感じるものがあったのでしょう、彼は表面上は笑顔を浮かべているはずの私を恐ろしいものでも見るような目で一瞥するなり、さんへの挨拶もそこそこに自分荷物を抱えて教室を出て行きました。

ふう、これでやっと邪魔者がいなくなりました。


「…あの、比呂士先輩?」


私が彼の姿が教室から消えたことに安堵の吐息を漏らすと、さんが遠慮がちに私に声をかけてきました。


「はい。何でしょう?」

「先輩が、どうして先生の伝言を?」


純粋に不思議で仕方ないのかさんは私のことをじっと見つめていましたが、その小首を傾げて上目遣いに見上げてくる仕草は反則的に愛らしく、彼とさんに今の今まで嫉妬していた私は、今すぐさんをきつく抱きしめ、さんが私だけのものだと確認してしまいたい衝動に駆られ、それを抑えるのに必死でした。


「先輩?」

「………」

「比呂士先輩?」

「………」

「もう。先輩ってば、聞いて――きゃっ」


自分の中の衝動を抑えることに必死で何も反応できずにいる私を不思議に思ったさんが、何度目かの呼びかけで注意を引くために軽く私のブレザーの袖を引っ張った瞬間。

抑え込もうとしていた衝動が爆発し、反射的に私はさんのことを抱き竦めていました。

突然抱き竦められたさんが驚きの声を上げたことにも構わず、私は両腕に更に力を込め、


さんは、私だけのものです」


言い含めるようでいて縋るようにも響く囁きを、さんの耳元にひとつ落としました。


「せ、んぱ…?」

「もう、たとえ貴方に懇願されても決して手離すことはできませんから、覚悟してくださいね」


唐突な発言に不思議そうに私を見つめるさんの言葉を途中で遮り、その唇に羽根のように軽いキスをすると、さんは瞬時に頬を真っ赤に染め、声も出せないほど慌てているようなので、私は今がチャンスとばかりに今度は先ほどよりもしっかりとした口づけを、この胸に溢れる想いを込めて落としたのでした。







2012.04.09


仁王バージョンを書いていて楽しかったので、柳生でも書いてみました。
でも柳生の一人称で書いたら、ものすごく文章がまとめ難く、ちょっと不本意に終わってしまったようなorz

柳生バージョンでは、何も分かっていないに珍しくあからさまな嫉妬をしている柳生という構図でした。
ゲームでは嫉妬しないキャラの柳生ですが、いくら紳士でも人間だし秘めた嫉妬心くらいあるよね〜?と思い。
でも、可哀想なことにの鈍さは時々国宝級なので、突然の柳生の言動はほとんど理解されてないと思います(苦笑)
柳生もがんばれ!!

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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