タイトルは、お題配布サイト「Cubus」様より、秘めやかに3題内の「02.誰もいない教室でする口づけ」をお借りしています。
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誰もいない教室でする口づけ-case ブン太-










忘れ物をしたと気が付いたのは、更衣室で制服に着替え、鞄を開けたときだった。


「あ」


入っているはずのポーチが見当たらず、教室のロッカーに入れっぱなしにしてきてしまったことを思い出す。

更衣室の時計を確認し、恐らくはすでに着替え終えて校門付近で待っているであろう人物の顔を思い浮かべる。

今日は諦めてそのまま帰るという選択肢もあったが、季節柄を考えると保湿は重要であるため、結局は鞄から携帯を取り出し、手短にメールを打つと、小走りで教室へと向かった。






人気のない薄暗い教室は、日中のそれとは与える印象がまるで違った。

ある種の不気味さを打ち消すよう、素早く壁のスイッチを操作すると、人工的な白さで教室内が照らされる。

通い慣れている自分の教室だというのに、放課後の教室はまるで見知らぬ異空間のようにさえ感じられ、恐怖心を感じるのは何故だろう。

ひとまず視界が確保されたことで多少ホッとするものの、やはりどこかいつもと違っているような気がして、あまり良い気分ではない。

とにかく一秒でもはやく用事を済ませて外に出ようと、は教室後ろのロッカーへ駆け寄る。

そして扉を開け、中から置き忘れたポーチを取り、ロッカーに据え付けられている小さな鏡に向き合う。

ポーチの中から買ったばかりのお気に入りのストロベリーの香りがするリップクリームを取り出し、それを唇に塗り、最後の仕上げとでもいうように、鏡に向かってにっこりと笑ってみせる。


「はやく帰ろう。走れば、まだブン太先輩に追いつくかなあ」


ブン太先輩とは、先ほど『忘れ物をしたから先に帰っていてください』とメールをした、ひとつ年上のの彼氏である。

寒空の下、自分の忘れ物のためにブン太を待たせるのは申し訳ないと思い、先に帰ってほしいとメールをしたものの、もしまだ追いつくようならば少しでも一緒に帰りたかった。

本来なら校則違反ではあるが、人気のない校舎が不気味で走って教室まで戻ったため、時間的にはそれほど経っていない。

今からまた走って追いかければ、ギリギリふたりの帰路の分かれ道までには追いつけるかもしれなかった。


「急ごう」


恐怖心を和らがせるため、わざと音声として発した自分の思考に頷き、くるりと踵を返したのと、廊下からまるで人の足音のようなものがの耳に届いたのは、ほぼ同時だった。


「な、なに…?」


誰もいるはずのない廊下から聞こえた音に、は恐怖心を露わにし、一瞬動きが固まる。

その間も廊下から聞こえる音は、どんどん大きくなり、のいる教室へ近づいてくるようだった。


「や、やだ…」


得体の知れない恐怖と不安に、が両目をギュッと瞑ったそのとき、ガラリと教室の扉が開いた。






「次からは、ひとりで行こうとすんなよ」


少し呆れたようなブン太の言葉に、ホッとしたは何度もコクコクと頷く。

時間は今から僅か数分前に遡る。

扉が開き、が恐怖の絶頂で両目を固く瞑った瞬間、聞き慣れた声と共に現れたのはブン太だった。


ー。忘れもんあったか?」


が自分の足音に怯えているとは露にも思っていないブン太は、扉を開けながら教室内にいるはずのに声をかけた。


「…って、おい??」


開けた扉から中に入ろうとしていた足が、止まる。

教室内にはいたが、なぜかその場にしゃがみ込み、頭を抱えていたのである。

まるで何かから身を守るようなその態勢に驚き、何かあったのかと教室内を素早く見回してみるが、特別変わった様子はない。


?何してんだ?」


恐る恐るもう一度声をかけたとき、ようやくも恐る恐る顔を上げた。


「せ、先輩…?ビックリし、た…」


その目にブン太を映すと、安堵からか急速に身体の力が抜け、ヘナヘナとその場に膝をつく。


「お、おいっ」


慌てたブン太が駆け寄り、その両肩を支えるように掴むと、


「お、お化けかと、思った」


大きなため息がの唇から漏れたのだった。






「で、用事は済んだんだろぃ?」


まだその場にしゃがみ込んだままだったを、両手を引っ張って立ち上がらせる。

その後に、が驚いた瞬間に落としてしまったらしいポーチを拾い上げ、散らばった中身も拾う。


「あ、ありがとうございます」


ブン太がばら撒かれるように落ちている物を拾い上げていくのを見て、立ち上がったばかりのも再びしゃがみ込んだ。


「派手にばら撒いたな〜」


まるで放り投げたかのように散らばっている中身に苦笑すると、は少し赤い顔をして唇を尖らせた。


「だ、だって、まさかこんな時間に、誰かが来るなんて思わないから」

「俺がを置いて帰るわけねーじゃん」


先に帰れと言われたとはいえ、はいそうですか。と暗い校舎内に彼女をひとりで向かわせられるほど、ブン太は気遣いのない男ではないつもりだ。

そういうことが分からないは、ブン太のに対する想いを過小評価しているのではないかと思ってしまう。


「あ、おい。これ何だ?」


床に落ちていた物をひとつひとつ拾い上げていたブン太は、丸い小さな缶を拾うと、それを目の高さまで持ち上げた。

蓋部分には苺のイラストのシールが張られており、見た目はまるでお菓子のようだ。


「食いもん?」


ガムかキャンディ辺りが入っていそうにも見える缶に、ブン太の目が輝く。


「あ、それは…」


ブン太に背を向ける格好で他のものを拾っていたが、振り向いて缶を見るなり、首を振った。

お菓子ではない、という意味だろう。

その仕草を見るなりブン太の缶への興味は半減したが、


「苺味のリップです」


のその言葉に、再び興味が沸く。


「リップ?苺味?」

「はい。この間買ったばかりなんですけど、つけると苺の香りと味がして、お気に入りなんです」


ニコッと笑ったの唇を、思わず見つめる。

苺味のリップということは、それを使ったの唇も苺味ということだろうか。


「へ〜。それ、俺も試したい」


の唇を見つめたまま呟くと、は一瞬だけ意外そうな表情をしたものの、すぐに微笑んで頷いた。


「いいですよ」


ブン太の手にあるそれを受け取ろうとする。

だがブン太は、それに首を振って自ら缶を開けた。

開けた途端に広がったストロベリーの香りが本物そっくりであることに驚きながら、指で掬い上げる。


「な〜、

「はい?」


一連の行動を見守るようにブン太の手元に視線を落としていたが、名前を呼ばれて顔を上げたところを狙いすまし、その唇に指先を押し当てる。

そしてそのまま唇上で指を滑らす。


「え、せ、先輩!?」


予想外のことに驚いたが目を見開いて少し身を引いたが、ブン太は構わずの唇にリップクリームを塗りつけていく。


「試してもいいんだろぃ?」


ニヤリと笑ったブン太に、ようやくがハッと何かに気付いた表情を浮かべたが、時すでに遅し。

素早く両肩を掴まれたは、


「…本物より美味いじゃん」


数十秒後、ブン太がそう呟くのを自分の唇の上で聞くことになったのだった。







2012.05.21


6人目は久しぶりに書きましたブン太です。
ネタ思いついた瞬間、これはブン太×しかない!と思いました。

ありがちなベタな展開ではありますが、書いている人間は大変楽しかったです(^-^)
余談ですが、本当はもうちょっとを怖がらせようかとも思ったのですが、あらぬ方向に脱線しかねない気もしたのでやめました。
恐らく、踏み止まっておいて正解でした(笑)

それでは最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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