Ne pas imiter quelqu'un d'autre
「お疲れさまでしたー」
夕暮れのコートに響き渡る声。
練習が終わり部員たちが一斉に部室へと戻る中、はコートに残り数人のマネージャー仲間と後片付けを始める。
ボール拾いやネット張り下ろしなど基本的にテニスコート内のことに関しては、マネージャーではなく部員が担当することになっているが、それでも最終確認はマネージャーたちで毎日行っていた。
「ー。ちょっといいか」
ボールの拾い残しがないかテニスコートの周囲を見回っていると、ベンチから声がかかる。
振り返ると、同級生でありテニス部部長でもある切原赤也がこちらへ向かいながらのことを呼んでいた。
「どうしたの?」
ざっと見回ったところ拾い残しはなさそうだったので、も赤也に向かって歩きながら答える。
「明日のミーティングのことだけどよ」
「うん」
3年レギュラーたちが部活を引退したのは、昨年末のこと。
一般的には3年生が部活を引退するのは夏の大会後のことが多いが、立海大では基本的に皆が内部進学するので、引退は3年生の12月と定めている部活がほとんどだ。
男子テニス部もそれに倣い、引退は3年の12月が通例である。
もちろん外部進学を目指す者がいれば、例外として夏の大会後に引退することも可能だが、現在までにおいてテニス部員で外部進学をした者はいなかった。
「――って予定なんだけどよ。どう思う?」
赤也に意見を求められたは、にっこりと微笑んだ。
「いいと思うよ。――赤也くん、今日は部長っぽかったね」
そして、ふと思っていたことを続けて口走る。
突然そんなことを言われた赤也は、思わず顔を顰めた。
「お前なー。部長っぽかったってなんだよ!『っぽかった』ってよ!俺は正真正銘部長だっつーの!」
だいたいお前こそマネージャーとしては、まだ新米のクチじゃねーか。
ブツブツ文句を言うその口は拗ねたように尖っていたものの、口調は本気で怒っているわけではなく照れ隠しのようにも聞こえる響きだったので、はまた笑う。
「ま、あの人には、まだまだ敵わねーけどな」
赤也の言う「あの人」が誰を指しているのかは聞かなくても分かる。
は、自然と彼を頭の中で思い浮かべた。
2ヶ月ちょっと前まで、圧倒的な実力によりこの男子テニス部を牽引・統率していた部長の幸村精市。
確かに、幸村と比べれば今の赤也はまだまだだろう。
だがそれは幸村と赤也の経験値の違いであり、赤也もこれからの一年で経験値が増えれば、幸村に負けずとも劣らない存在になるのだろうと思う。
「でも、赤也くんにしかできないことも絶対あるから」
だから本来、誰かと比べる必要などないのだと思う。
幸村は幸村なりの部長像を体現したのだろうし、それを赤也が真似することは到底できるとは思えない。
その代わり、赤也がこれから描き示していくであろう部長像も、幸村が真似することはできないと思う。
「これから、赤也くんがどんな部長になるのか楽しみにしてるからね」
「おう!任せとけって」
の言葉に力強く頷いた赤也は、素早く周囲を見回し近くに他人の目がないことを確認すると、一瞬だけを自分の胸の中へと引き寄せた。
「ちょ、ここ、外っ!部活中っ!!」
一瞬とはいえ大胆なことをされたは、顔を真っ赤にして、即座に両腕で赤也の胸を押し戻した。
常日頃からけじめはつけたいと主張しているだけあって、こういうときのの行動は思いがけず素早い。
「さっき部活終わったじゃん」
からかうように告げると、赤い顔のままのがまったく迫力のないキツイ瞳で睨みつけてきた。
「そういう問題じゃないの!」
じゃあ、どういう問題だよ?と、喉まででかかった言葉は、あまりにも恥ずかしそうなが可哀想なので言わずに呑み込んでおいた。
その代わり、の頭を軽く叩く。
「その言葉、忘れんなよ」
「え?何が?」
半ば独り言に近い発言に、が思いっきり首を傾げている。
だが、それに赤也はククっと面白そうに笑っただけだった。
――どんな部長になるのか楽しみにしてるからね――
言った以上は、責任は果たしてもらわないとならない。
本人に自覚があろうがなかろうが、そんなことは関係ない。
言ったからには、これからずっと一番近くで俺だけを見てろよ。
そう心の中で呟いて、赤也は一足先に部室へと歩き出す。
「帰ろーぜ」
「待って、赤也くん!」
その背中に追ってくるの気配を感じ、赤也は温かい気持ちになった。
2012.03.25
本当はまったく違うおはなし、相手も赤也ではない予定で冒頭を書き始めたのですが、気が付いたら赤也×になってました。
あれー?(笑)
予定は未定、まさにそんな結末です(^^;
前に赤也でホワイトデーを書いたことがあるのですが、その頃と時間軸はほぼ一緒です。
なので、この赤也も内心ではへのプレゼント何がいいかなあとか考えてるんです。きっと(笑)
それでは、ここまで読んでいただいてありがとうございました!
Ne pas imiter quelqu'un d'autre→仏語。ここでは「誰かの真似ではなく」というニュアンスで使っています。