ほのぼの夫婦に10のお題




01.ティータイム (柳生×) 2012.01.22up
02.休日の午後 (赤也×) 2012.02.10up
03.ベランダ (鳳×) 2012.02.12up
04.食卓 (リョーマ×) 2012.02.11up
05.たまには恋人気分で (日吉×) 2012.02.24up
06.愛妻弁当 (仁王×) 2012.03.04up
07.二人の未来予想図 (幸村×) 2012.03.08up
08.マイホーム (手塚×) 2012.02.22up
09.ずっと隣で微笑んで (宍戸×) 2012.03.01up
10.○年目の結婚記念日 (真田×) 2012.02.27up


(お題配布元「キミの記憶、ボクの記憶」様)




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01.ティータイム (柳生×




「お茶淹れましたよ」


カウンターキッチン越しに、リビングにそう声をかける。

読書に夢中になっていた彼が、その呼びかけで本から顔を上げるのが見えた。


「ありがとうございます」

「随分夢中でしたね。目が疲れたんじゃないですか?」


湯気が立ち上るふたつのマグカップをトレイに載せ、リビングのテーブルまで運んだちょうどそのタイミングで、彼が読んでいた本に栞を挟み、リラックスするようにゆっくりと伸びをした。


「ええ。久しぶりに大変面白い本に出会ったので、時間も忘れて読み耽ってしまいました」

「美味しい紅茶淹れましたから、少し目を休めてくださいね」

久しぶりにクッキーも焼いたんです。


彼の前にマグカップをコトリと置くと、お茶請けにと思い午前中に焼いておいたクッキーもテーブルに一緒に並べる。

そしてちょっとだけ迷うように考えてから、向かいではなく彼の隣に自分のマグカップを置き、ソファに腰掛けた。

そんな私の様子を見て彼は一瞬、おや。という表情を浮かべたけれど、すぐににっこりと微笑んでくれた。


「貴方が淹れてくれた紅茶と貴方が焼いてくれたクッキーで、こんな風に貴方と穏やかな午後のティータイムを過ごせるなんて、私はとても幸せ者ですね」


隣に座った私を目を細めて見つめながら、彼はテーブルの上のマグカップに手を伸ばす。

言われた言葉が照れくさくて頬を染めた私は、その染まった頬を誤魔化すようにやはりテーブルの上のマグカップに手を伸ばした。

顔を隠すようにして口をつけるそのマグカップは、彼の手に収まっているものとお揃いだ。

特別高級な品というわけでもなく、街の雑貨屋さんで偶然見つけたペアのマグカップなのだが、私たちにとってはとても思い入れの深い特別な品だ。

これから夫婦になる記念にと、結婚が決まった後ふたりで買い物に出かけて選んだ思い出の品なのだ。

もちろん、それ以前に彼とお揃いやペアの物を買ったことがないわけではない。

けれど、恋人として持っていたお揃いと夫婦になる記念にと買ったお揃いでは、気分も意味合いもやはり違ってくる。


「…私も、こうして比呂士さんとお揃いのマグカップでお茶が飲めるなんて、とても幸せ者だなって思っています」


気恥ずかしさから、どうしても彼を見て言うことはできなかったけれど。

私と過ごすティータイムを幸せだと言ってくれたことが嬉しかったから、お返しに私も本心を告げる。

穏やかな休日の午後。

最愛の人の隣で、お揃いのマグカップを手に、ゆったりとしたティータイムを過ごす。

こんなに贅沢で幸せな一時が、他にあるだろうか?


さん…」


私が、幸せな一時を抱きしめるかのように手にしていたマグカップを両手で包み込んだのと、彼が嬉しそうな声で私の名を呼んだのはほぼ同時だった。


「愛していますよ」


そっと私の肩を抱き寄せ耳元で囁かれたその言葉に、私は再び赤く染まった頬を隠すため、ぎこちなくマグカップに口をつけるのだった。




2012.01.22


毎回の事ながら、またしても長期放置からの復帰(?)作です。
マイペースっぷりが激しい管理人ですが、学プリ愛ある限り、自分のペースでおはなしを書いていこうと思っています。

おはなしの内容は、本当にタイトル通り、紳士とが新婚さんらしくいちゃいちゃ甘々なティータイムを過ごしてるだけという(笑)
でも、こういう平穏な時間こそが幸せと呼ぶに相応しいと私は思っています。
それから、以前書いた紳士のお題SSと多少関連を持たせてみたのですが…以前のものを読んでくださった方がいらっしゃると良いなあ。







02.休日の午後 (赤也×




「起きて!」


肩を揺する。

けれど、眉根を寄せてうるさそうに反対側を向かれてしまった。


「もう!起きてってば〜!」


さっきよりも強く肩を揺すり、まるで覆いかぶさるようにして顔を覗き込む。

それでもまだ、固く閉じられた目は開かれない。


「今日は一緒に買い物に行こうって約束したじゃないっ」


ペシっと軽く頭を叩きつつ、少し涙声になって訴えると、ようやくうっすらと瞳が開かれた。


「――分かってるって」


眠そうな掠れた声で呟きながら、胸の前で腕組みされていた左手がゆっくりと伸びてきて、軽く頭を撫でられる。


「昨日約束したのに」


思いのほか優しい手つきで撫でられたので、ここぞとばかりに思いっきり拗ねた声を出す。

本当はこんなに大騒ぎするほど、どうしても買い物に行きたいわけじゃないけれど。


「あとちょっと」


今日何度聞いたか分からないその言葉に、瞬時に頬を膨らませる。


「もう、朝からそればっかり!」


もう午後になっちゃったのに!と、もう一度頭を軽く叩く。

すると、イテッという小さな声の後に、突然頭を引き寄せられた。


「きゃっ」


不意打ちにバランスを崩し、そのまま彼の上に倒れこむ。

慌てて身体を起こそうとするけれど、その体勢のままギュッと抱きしめられてしまい身動きが取れなくなる。


「ちょ、離して!」


その状況がなんだかとても恥ずかしくなって、じたばたともがいてみるけれど、逆に力を込められてますます動けなくなる。


「や、ちょっと、赤也くん!」


私が焦れば焦るほど、もがけばもがくほど、抱きしめる力が増していく。

完全に面白がられ、遊ばれているのだと分かる。


「もう、聞いてるの!?」

「起きろだの、離せだの、ほ〜んと忙しいよねぇ。俺の奥さんはさ」

「!」


途端、絶句して固まってしまう私。

その様子にククッと面白そうに喉を鳴らす彼。

込めていた腕の力を緩め、勝ち誇ったような表情をゆっくりと近づけてくる。


「もういーじゃん。どうせ、俺に構ってほしかっただけだろ?――奥さん」


わざと少し間を空け、耳元に囁かれた最後の一言。


「!!」


今度は瞳を大きく見開き、真っ赤な顔で固まる私。

それに、してやったりと満足そうな笑顔を浮かべる彼。


には、いっつもからかわれてっからな」


たまには仕返し、そう笑う彼の腕が再び私に伸びてきて、きつく抱きしめられた。


「…ばか」


悔し紛れに呟いた言葉は、自分の意図に反してひどく甘く響き、それがまた悔しくて私は黙って彼の胸に顔を埋めたのだった。

――そんな、とある休日の午後。




2012.02.10


このカップル、基本はのほうが大人でいつも赤也のほうが甘えてそうなイメージですが、たまには逆の情景も見てみたいなあと思ったので、妄想してみました。
珍しく甘えたがりなと、それを分かっていてからかう赤也です。
新婚のため、はまだあの呼ばれ方に慣れておらず、照れているようです(笑)
そんな初々しさを感じていただけたら、嬉しいです。







03.ベランダ (鳳×




玄関で鞄を手渡す。


「いってらっしゃい」


そう笑って軽く手を振ると、頬に軽く触れるだけのキスが返ってくる。


「いってくるよ」


はにかんだような笑顔と共に、長太郎くんが玄関を出て行く。

それを扉が閉まるまで見送った後、小走りでベランダへと向かう。

ベランダからは、ちょうどマンションの入り口が見える。

私は柵に寄りかかって、じっと目を凝らす。

エレベーターで1階に降りた長太郎くんの姿が見える瞬間を、じっと待ち続ける。

やがて長太郎くんの後ろ姿が現れると、私はその背中に向かいもう一度「いってらっしゃい」と囁く。

はやく帰ってきてね、という願いを込めながら小さく囁く。

長太郎くんがそれに気付くことは当然なく、私の囁きにも答えは決して返ってこないけれど、そうしてだんだんと小さくなっていく長太郎くんの後ろ姿を見つめ続けるのが、ささやかな幸せ。

毎朝、こっそりと行われている習慣。

長太郎くんには内緒の、私だけの秘密。






今日も玄関で長太郎くんを見送った後、ベランダへと出る。


「いってらっしゃい」


いつものように囁き、いつものように長太郎くんの姿が見えなくなるまで見送ろうとしていると。

突然、長太郎くんが立ち止まる。

曲がり角の手前、毎朝長太郎くんの姿が見えなくなるその場所の直前。


(?)


ベランダでのお見送りが習慣化して以来初めての出来事に、どうしたのだろうかと戸惑う。

とりあえず様子を見ていようと思い、そのまま見つめていると突然、長太郎くんが踵を返す。

腕時計を確認する仕草をし、そのまま小走りで戻り始めたところで、なぜかふと視線を上げた。

あ、と思ったときには視線がぶつかっていた。


「!」


長太郎くんの動きが止まったのが分かる。

さすがに表情まではハッキリ分からないけれど、恐らく驚いた顔をしているだろう。

私も思わぬことに驚き、柵に寄りかかり見下ろした状態から動けなくなる。

まさか見つかるとは思わなかった。

長太郎くんには内緒だった習慣を見られたことが、妙に気恥ずかしい。

何も悪いことをしているわけではないのに、どうしよう、どうしようと、意味もなく動揺してしまう。

その動揺を知ってか知らずか、先に我に返った様子の長太郎くんは私に向かって軽く手を振った後、マンションのエントランスを指差してから再び走り出した。

私はその間も動揺のあまり思うように身体を動かせず、長太郎くんの姿が入り口に消えたところでようやくリビングへと戻るのだった。






「びっくりしたよ。まさかが見ているなんて思わなかったから」


どうやら忘れ物に気が付いて戻ってきたらしい長太郎くんが、玄関で靴を脱ぎながら笑う。

まるで片想いの相手に気持ちがバレてしまったときのような恥ずかしさで、私は顔を赤くして俯く。


「私だって、まさか見つかるなんて…」


思わなかったから、びっくりした。と、目を合わせずにモゴモゴ呟く私の頭を、ぽんぽんと軽く叩いてから忘れ物を取りにリビングへと入る長太郎くん。


「でも嬉しかったよ。俺の知らないところで、キミが見送ってくれていたなんて」

「………」


恥ずかしそうに黙り込んだ私にも構わず、長太郎くんは本当に嬉しそうに笑う。

その笑顔を見たら、恥ずかしさも少しだけ薄らいだような気がする。


「ねぇ、これからも見送ってくれるかい?」


気が付いたら、鞄に忘れ物をしまいながら言われた一言に頷いていた。


「ありがとう。


私の返事に長太郎くんはますます嬉しそうに笑い、私を抱き寄せようとする。

けれど、まさに抱きしめられるというその寸前でハッとしたように動きを止めてしまう。

急に動きを止めたことを不思議に思い見上げると、


「――そろそろ、行かなくちゃ」


苦笑いを浮かべる長太郎くんと目が合った。

言われて私もハッとしてリビングの時計を見上げる。

いつもの出勤時間より、かなり遅い。

普段が早めに出かけている状態なので、まだ遅刻する心配はないものの、そろそろ出たほうがいいことは確かだ。


「あ、うん。いってらっしゃい。――ここから、見てるね」


抱きしめてもらえなかったことを少し寂しいと思ってしまったことを押し隠すように、ベランダを指差してはにかんで見せると、


「うん。これからは俺も振り返るよ」


長太郎くんは、まるで子どものように目を輝かせて頷いた。

その日以来、私だけの秘密の習慣は私たちの共通の習慣へと変わったのだった――。




2012.02.12


がベランダからこっそりお見送りしてたら可愛いなあと思い、書いてみました。
最初は、がこっそりお見送りしているシーンだけで終わらせようと思っていたのですが、それだと「ほのぼの夫婦」じゃないなあと思い直し、気付いてもらうことにしました。
相手が長太郎なのは、長太郎はきっとこういう可愛いお見送りが好きに違いない!という私の勝手なイメージによるためです。







04.食卓 (リョーマ×




「おはよう、リョーマくん」


ダイニングの扉を開けると、満面の笑みを浮かべるがいた。

その笑顔に内心戸惑う。

リョーマの記憶では、昨夜リョーマとは喧嘩をしたはずである。

発端は些細なことだったのだが、最終的には互いが不機嫌になってむっつりと黙り込み、おやすみさえも言わないままに眠った――はずだ。

ところが今目の前にいるは、いつもと変わらぬ満面の笑みでリョーマのことを見つめている。

まるで昨晩のことなど何もなかったかのように。


「…はよ」

「もうすぐごはんできるから」


昨夜の今日で多少ぎこちなさが残るリョーマの返事にも、は気にした素振りも見せない。

どうやら一晩のうちに、機嫌を直したらしい。

リョーマとしては、朝から昨夜の続きが繰り広げられるのだろうと目を覚ました時点で覚悟していたので、この予想外のの態度には大いに肩透かしを食らった気分だが、それでも長期戦に突入するよりはよっぽどマシだと思い直す。


「メニュー何?」


機嫌を直したらしいに合わせ、リョーマも普段どおりのトーンに戻る。

せっかく相手が機嫌を直したというのに、わざわざ自ら蒸し返すような態度を取る必要もないだろう。

そう思った。

の、だが。


「ホットサンド」


そんな答えが返ってくるなり、テーブルの上に次々と洋食が並べられていく。

ホットサンド、サラダ、コーンスープ。

目の前に並んだメニューと、それらを黙々とセッティングしているを交互に見つめ、そして気付く。

前言撤回。

どうやら機嫌はまだ直っていないらしい。

そうきたか、と思う。

朝食に洋食が並べられたのは、これが初めてである。

これまでは和食好きのリョーマに合わせ、毎朝和食が用意されていた。


「ふ〜ん。なるほどね」


思わぬ反撃に不敵な笑みでボソリと呟くと、が勝気な表情でにっこりと笑う。

もちろん、洋食が食べられないわけでも嫌いなわけでもない。

むしろ両親と暮らしていた頃は、母親の好みで洋食が食卓に並ぶ率のほうが高かった。

それを考えると、リョーマへの反撃として洋食メニューを並べるというのは、たいした効果がない。

言ってみれば、ちょっとしたイタズラのようなものだ。

もそれを自覚しているのだろう。


「ちょっとした仕返し」


悪びれる様子もなく、これくらい可愛いものでしょ?と言わんばかりの口調で、コーヒーにする?紅茶にする?などと訊いてくる。

その問いにコーヒーでも紅茶でもなく緑茶と答えたのは、リョーマのささやかな仕返しだった。






「あ、待って」


食事を終え、ごちそうさまと席を立とうとするとに呼び止められる。

は、洋食のメニューを出したことで溜飲を下げたらしく、食べ始めるときにはすでに普段どおりに戻っていた。

リョーマもリョーマで、の機嫌が直ったのならわざわざ蒸し返すつもりもないと、何事もなかったように食事を進めていた。


「何?」

「あの、もうひとつあるの」

「?」


何が、とリョーマが口を開く前にが席を立つ。

キッチンへ小走りで向かい、トレイに何かを載せて戻ってくる。


「ごめん、ちょっと意地悪しちゃったから」


そう言いながら、リョーマの前に置いたのは。


「茶碗蒸し?」


目の前の湯飲み大の茶碗を見つめる。

が茶碗蒸しを作るときに、いつも使っている茶碗だ。


「洋食にしちゃったから」


喧嘩の仕返しにと洋食を作ったはずなのに、それを気にしてリョーマの好物を作るお人好し加減が、何とも言えずらしい。

そう思うと、リョーマの口元には微かな笑みが浮かんでいた。


「メニューめちゃくちゃだね」


笑いたくなるのを堪えてわざと憎まれ口を叩くと、微かに頬を染めてが唇を尖らせる。


「…自分でもそう思ったけど」

「でも、ま、悪くないっスよ」


相変わらず捻くれた受け答えしかできないと自覚しながら、匙で掬い口に運ぶ。

口には出さないが、心の中で「ごめん」と謝る。


「そういう喋り方、久しぶりだね」


リョーマの言葉を聞いたが、懐かしそうな表情をする。

学生時代、がリョーマの先輩だった頃は常にそんな喋り方をしていた。

今となっては懐かしい思い出になったその喋り方を久しぶりに聞き、はある意味新鮮な気持ちになる。

当時はごく当たり前だったことなのに、それが当たり前ではなくなってもう随分経つのだと改めて実感する。


「…まあ。もう先輩じゃないしね」


照れ隠しのように素っ気無く答えると、はそれに何も答えなかった。

ただ黙って、ふんわりとした笑みを浮かべていた。

それはまるで、素直になれないリョーマがその言葉の裏にどんな意味を込めたのか正確に理解しているかのような笑顔だった。




2012.02.11


初のリョーマSSです。
お題の食卓を見て、最初に思い出したのがリョーマの和食好きだったので、リョーマで書いてみました。
リョーマらしい口調をもっと入れたかったのですが、流れ的に無理でした(><)
次回機会があれば、リョーマらしい言い回しを出せるようなおはなしが書きたいです!







05.たまには恋人気分で (日吉×




柄じゃないことくらい分かっている。

誰よりも本人が一番、柄じゃないと思ってるんだからな。

でも、たまにはそういうことがあってもいいだろ?






初めは、俺が面倒見てるからとどこか出かけてこい、そう言おうと思った。

が中学時代から仲良くしている親友だが、最近は育児に追われているため電話とメールばかりで、直接会うことはないようだった。

だから、たまには息抜きに女同士ゆっくり遊んでこいと言おうと思った。

だが、つい先日バラエティ番組で夫婦のデート企画をと一緒に偶然観てから、俺の計画は変更された。

恐らく無意識かつ他意もなかったのだろうが、テレビを観ていたが「いいな〜」と呟いたのだ。

その羨ましそうな呟きを聞いて、ふと気が付いた。

と高遠が長らく会っていないのと同じように、俺とも長らくふたりで外出をしていないということに。


「今度の日曜、出かけるぞ」


ようやく寝かしつけを終えたが、リビングの扉を開けるなり告げた一言。

話しかけながらも読んでいる本から顔を上げない俺に、がキョトンとした視線を送っているのを感じた。


「え?」

「日曜は出かけるって言ったんだ。12時に駅前の噴水で待ち合わせだからな。チビ助のことは両親に頼んだから心配しなくていい」


照れ隠しで相変わらず本に視線を落としたまま、畳み掛けるように用件のみを口にする。

唐突な話に理解が追いつかないのか、しばらく無言だっただが、やがて恐る恐るというように口を開き始めた。


「待ち合わせ、ってことは…、別々に家出る、んだよね…?」

「ああ」

「お義母さんたちにお願いしたってことは、ふたりってこ、と…?」

「ああ」

「………」

「なんだよ」


ひとつひとつ確認していたが再び急に黙り込んだので、チラリと顔を上げ視線をに投げる。

すると、が今にも泣き出しそうな顔でこちらを見ていた。


「…そ、それ、って…デートって、こと…?」

「――ああ」


はっきり言葉にされて気恥ずかしい思いはあるが、事実は事実なので覚悟を決めて頷いてみせた。

すると、突然がソファに座っていた俺に走り寄って来て、横から飛びつくように抱きついた。


「お、おいっ」


不意を尽かれ、俺の身体はその勢いに押されるままソファの上に横向きに倒れたが、は構わず抱きついたままだった。

ほぼ俺の上に乗っかった状態であることにも、お構いなしだ。


「嬉しい…」


ぎゅうっとしがみつくように抱きつくが漏らした声に、それまでを引き剥がそうともがいていた俺はそれをやめ、代わりにその頭を撫でた。

多少なりともの息抜きになればと思ってのことだったが、予想以上の喜びようを目の当たりにすると、提案して本当によかったと思う。


「ありがとう。若くん、優しいね」


顔を俺の身体にくっつけたまま喋るせいで、少しくすぐったい。


「…柄じゃないけどな」


照れ隠しに自ら鼻をフンと鳴らして言ってみると、は少しだけ顔を上げて俺を見つめた。

そしてしばらく俺の顔を見つめた後、悪戯っぽい瞳の混じった満面の笑みでこう言った。


「知ってる?こういうのって、柄じゃなさそうな人がやるからこそ効果覿面なんだよ」




2012.02.24


夫婦でもデートはできるけど、恋人時代のように待ち合わせは必要なくなるので、待ち合わせもデートのうち!というネタで書いてみました。
今回は約束する部分だけで終わらせてしまいましたが、ちゃんとデートも行ったことでしょう!
日吉とは前にもお題で書いたことあるのですが、私の中でまだ謎の多いカップルです(笑)







06.愛妻弁当 (仁王×




早朝。

眠い目を擦りながら、キッチンへ。

一週間の特別休暇も昨日で終わり、今日からふたりとも通常の生活へと戻る。

ふたりの生活。

正直なところ、実感はまだほとんどない。

挙式に新婚旅行と非日常の日々を過ごしていたせいもあるけれど、未だふわふわと地に足の着かない気分なのだ。

まるで夢でも見ているような。

とても甘く、とても優しく、できることなら一生醒めたくない、そんな幸福な夢を見続けている気分。

でも――、


「夢じゃない、んだよね」


左の薬指で輝くそれを眺めながら、呟く。

実感の伴わないに、その存在が夢じゃないことを証明してくれる。

真新しくまだ指に馴染まない感覚に、くすぐったさを覚えながらも自然と頬が緩みかける。

が、そこでふと自分が何をしようとしていたのかを思い出し、慌てて頬を引き締めた。

眠気覚ましと気持ちを引き締めるため、まずはお湯を沸かしコーヒーを淹れる。

それを一口飲んでから、冷蔵庫を開けた。

肉、野菜、卵、その他必要な材料を取り出し、早速準備に取りかかる。

メニューは、冷めても美味しく食べられることを大前提に、彩り、ボリューム、栄養バランス、その他諸々のことを考慮して決めたつもりだ。

仁王には、お弁当は作らなくていいと言われていた。

今まで買うか外で食べるかしていたのだから、これからも適当に食べるから気にしなくていいと。

それが結婚後も仕事を続けるを思った仁王の優しさであることは分かっていたが、からすれば仁王の「適当に」ほど心配なことはない。

それが食事に関することならば、尚更。

昔からそうだったが、仁王は食に対してあまり興味がない。

自分が食べたいと思ったものしか食べず、気が進まなければ1食くらい平気で抜いてしまう。

何度も健康に良くないと注意しているのだが、その度に上手く流されるだけで一向に直す気配がない。

結婚前は仁王のために手料理を振舞うにも何かと限界があり、どうしても仁王の偏食を見て見ぬ振りする部分もあったが、結婚後ならお昼もお弁当を持たせられると、は密かに仁王の偏食改善を目指しているのだ。

次々にお弁当用のおかずを作り、お弁当箱に詰めていく。

密かに購入しておいた仕切りの付いたフライパンのおかげで、想像以上に無駄が少ない。

並行して朝食の準備も行っているのだが、これならば自分が予定していたよりもはやく準備が終われそうだった。

最後にごはんを詰め、その上に一瞬だけ迷ったものの、桜でんぶで慎重にハートマークを描いていく。

続いて、その脇に「大好きです」と書こうとしたところで、ダイニングの扉が開いた。


「あ。お、おはようございます」


その音にひどく驚き、慌てて蓋を閉めながら振り返る。

こんなに早く自分から起きてくるとは思わなかった。

起こしに行くまでは、きっと熟睡しているだろうと思っていたのだ。


「随分早いのう」


ふわああ、と大きな欠伸をひとつし、眠そうな表情を隠しもせずに仁王がこちらを見た。


「朝食の準備してたんです。雅治さんこそ早起きですね。絶対、私が起こすまで寝てると思ってました」


作りかけのお弁当箱を、さり気なく自分の身体の陰になるように隠す。

お弁当を作っていたこと自体は隠す必要もないのだが、一度やってみたかった「大きなハートマーク」という状況を実践してしまったため、今ここでお弁当の存在を知られ、見せてくれと言われるのは少々気まずかった。

仁王はお昼はいつも独りだと言っていたので、それならば一度くらいは構わないだろうと思い切ってみたのだが、自分の目の前でそれを見られるのはやはり気恥ずかしいし、何より仁王の反応を目の前で見るのも少し怖かった。


「朝食、にしては妙に早すぎるような気もするがの」

「え!?そ、そんなことないですよ」


がさり気なさを装いつつ何かを隠したことに気が付いていた仁王は、一瞬動揺したを面白そうに見たが、それ以上の追及はしなかった。

隠したものこそよく見えなかったが、早朝のキッチンという状況からおおよその想像はつく。

そしてその想像が確信に変わったのは、隠し損ねたらしいいくつかの食材とキッチン道具を目にした瞬間。

新婚早々随分と可愛いことをしてくれるに、思わず頬が緩みそうになるのと同時に持ち前の悪戯心が湧いてくる。

だがそれをに悟られないよう、仁王はわざとらしくもう一度大きな欠伸をし、


「顔洗ってくるぜよ」


そう言い残し、一旦ダイニングを後にしようとした。

だが、扉を閉める直前にを振り返り、


「ああそうじゃ、。大好きって言葉は、ごはんに書くより直接聞かせてもらえんかのう」


いつもと同じ飄々とした顔でそう言うと、今度こそダイニングから出て行った。


「――え?…って、えぇぇぇっ!?」


残されたは一瞬何を言われたのか分からなかったが、意味を理解するなり大きな声を上げ、瞳を真ん丸に見開きしばらく動きが固まってしまった。

そんな驚きの叫びを背中で聞いた仁王は、洗面所で独り満足そうに声を立てて笑ったのだった。




2012.03.04


このお題は最後までブン太と仁王で迷いました。
でもブン太は食いしん坊(笑)なだけあって、「食=ブン太」というイメージが確立されすぎてるかなあと、敢えて食に興味薄いほうの仁王にしてみました。
そのわりにはが隠し損ねた桜でんぶを見ただけで、が何をしでかした(←敢えてしでかす発言)のか予想できるのが、仁王の七不思議(笑)
因みにまったく関係ないですが、私は桜でんぶ嫌いなので、ごはんに桜でんぶかけられたら絶対食べません(苦笑)







07.二人の未来予想図 (幸村×




リビングに入ると、ソファに座っているが真剣な面持ちで何かを見つめていた。


「何を見ているんだい?」

「あ、ちょうどよかった。精市さんも一緒に選んでください」


嬉しそうに顔を上げたに近寄りながら、その膝に載せられたものを見下ろす。


「ああ、アルバムか」

「はい。披露宴で使うものを選んでたんです」


そのの言葉で、担当者から今度の打ち合わせ時に持ってきてほしいと頼まれていたことを思い出す。

結婚式まであと3ヶ月。

いよいよ披露宴の内容についても、会場担当者と具体的に打ち合わせる時期に入っていた。


「これが選んだ写真?」


アルバムから外され、テーブルの上に置かれている何枚かの写真を手に取る。

中学、高校、大学、社会人。

ツーショットのものに、大勢で写されているもの。

抜き出された写真は実に様々だったが、どれも笑顔のふたりが写っていた。


「ああ、これ懐かしいね。合同学園祭のときだ」


その中でも特に懐かしい一枚に目を留め、思わず微笑む。

僅かに顔を寄せ、覗き込むように写真を眺めたが、同じように微笑む。


「初日の開催直前でしたよね」


せっかくだから記念にとが言い出し、レギュラーメンバー+という顔ぶれで撮られた一枚だった。

メンバーもも、今よりもずっと幼い顔をしている。


「このときはまだ、精市さんは遠い人だって思ってました」


懐かしさに目を細めたままのが、当時を思い出すように言った。


「デートもした仲だったじゃないか」


同じように当時を思い返しながら少しからかうような口調で告げると、案の定、は顔を赤くした。


「あ、あれは、デートっていうより、付き添いだと思ってたんです!」


忘れもしない。

8/31のことだ。

夏休み最終日ということで諸事情に考慮し、合同学園祭の準備は休みと決められていた。


「フフ…。まあ、そう思わせるような理由を話したことは事実だしね」

「それに、私自身まだ気持ちを自覚しきれていない部分もありましたし。だから、将来こんな関係になるなんて、このときの私はまったく思ってなかったです」


学園祭最後のキャンプファイヤーで告白されたときも、完全に自覚できていたわけではない。

あのときすでに幸村への恋心が芽生えていたことを今ならば理解できるが、当時のにはそれがよく分かっていなかった。

出会ってから日も浅く、好きだという自覚を持つにはあまりにも期間が短すぎたし、自分の感情につけるべき言葉が分からない程度にはは子どもだった。

それでも幸村からの告白を受けたのは、このまま元の生活に戻り、幸村と疎遠になってしまうことを寂しいと本能で感じたからだ。


「そうなのかい?俺は告白した時点で、将来的にはこうなれればいいと思っていたけどね」


言いながら肩を抱き寄せると、がひどく驚いた顔で見上げてくる。


「中学生の時点で、こんな未来のこと考えてたんですか?」

「フフ。いけないかな?」

「いえ、いけなくはないですけど…」


びっくりしました。

それでもの表情は、どこか嬉しげに見えた。


「でも結果的に、俺の未来予想図は当たっていたというわけだ」


に出会い恋をして以来、ずっと隣にいてほしいと願い続け、決して手離したくないと思い続けてきた。

その結果、今も隣にがいる。

ただそれだけのことだが、それが「それだけのこと」で片付けられないほど幸福な状況であることは、もちろん分かっている。

どんなに願おうとも、叶わないことはある。

いくら本人が努力しようとも、努力だけではどうにもならないことは存在する。

そうしたものを人は運と名づけたりもするが、恐らくその運や努力が上手く噛み合った結果、二人は今もこうして共にいるのだと思う。


「それじゃあ、この先の未来予想図は?」


抱き寄せられ体重を預けるように凭れ掛かったままのが、自分の指で光っているダイヤモンドを弄りながら聞いた。

すでに入籍は済ませているものの、まだ挙式を済ませていない関係上、の指にはまだエンゲージリングが光っている。

挙式が済んだら、マリッジリングにするのだと言っていた。


「そうだな…この先も変わらないよ」


ずっと隣にいてほしい、手離したくない、その想いは出会った頃も今も変わらない。

それならば、この先の未来へ願うことも変わることはないだろう。

恋人、婚約者、夫婦、ふたりの関係がどのように変化しようとも、常に共に在りたいという想いだけだ。


「私も。この先ずっと、精市さんと一緒にいられたらいいなって。何があっても、隣に精市さんがいることだけは変わらないでほしいって」


それが今の私が描く、最大にして唯一の未来予想図かもしれない。

弄んでいた指輪から視線を上げたは、幸村の瞳を照れくさそうに見つめながら微笑んだ。

それに応えるように幸村もを見つめて微笑み返し、今までが弄んでいた指輪ごと優しく包みこむように、の左手をそっと取った。


…」


愛しさが込み上げ、包み込んだ左手をきつく握り締める。

手のひらに感じたダイヤモンドの硬い感触が、二人の願う未来予想図を固く守ってくれるような、そんな気がした。




202.03.08


未来予想図といえば、ドリカム!ドリカムといえば、未来予想図!と思うくらいあの名曲「未来予想図U」が好きなので、逆にこのお題が一番悩みました。
幸村との間に流れる幸せな空気感が伝わっていれば嬉しいです。
このおはなしは、過去に書いた幸村の「手の甲は〜」「おうちに〜」2作品と時系列的に繋げてみました。
が、他を読まないと意味が通じないことは一切ないので、これ単体で読んでいただいても問題ありません。







08.マイホーム (手塚×




家を購入したのは、結婚が決まった直後だった。

しばらくは賃貸マンションでも構わないと国光は考えていたようだが、が賃貸ではなく分譲、更なる理想を言えば一軒家購入と希望したため、最終的には夢のマイホーム購入となったのだった。


「ただいま〜」


玄関を開けたの声に、返事はない。

夫の国光は自主トレのため、5日前から家を空けている。

帰宅予定日は、2日後だ。

誰もいない自宅に帰ったときでも、必ず挨拶をするのがの習慣だった。

初めのうちは、ふたりのマイホームに独りだという寂しさを少しでも紛らわそうとしていたことだが、今ではすっかり癖になり無意識のうちに声が出ている。

扉がパタンと音を立てて閉まり、は鍵をかけようと後ろを振り返る。

新居を探していた当時、がマイホーム購入を希望したのには、なりの理由があった。

は、国光が帰ってくる場所を作りたかったのだ。

今や世界を翔けるプロテニスプレイヤーとして活躍する国光が、最後に帰るべき場所を。

どんなに遠くへ羽ばたいても、どこを駆け巡っても、国光が安心して帰ってくることのできる唯一の場所。

そして、それを自分の手で守りたかった。

国光が最後に帰り着く場所を、守る存在でありたかった。

たとえそれが、の自己満足に過ぎなかったとしても。

そのために、独りのときは余計に寂しくなると分かっていながら、はマイホーム購入を強く希望したのだった。






「ただいま〜」


玄関を開けたの声に、返事はない。――はずだった。


「お帰り」


鍵をかけようとしていた手が、驚きで固まる。

本来聴こえるはずのない声が聴こえたことに驚愕し、は慌てて振り向いた。

瞬間、ドクン、と心臓が一際大きな音を鳴らした。

元々大きな瞳が、更に大きく見開かれる。

帰宅予定日までは、まだ2日あるはずだった。

目に映るものが俄かには信じ難く、白昼夢でも見ているのだろうかと思ったところで、


「すまない。驚かせたな」


もう一度、その声は響いた。


「…ど、…して…?」


声が震えているのが、自分でも分かる。

慌てて唇を噛み締めた。

そうしなければ、すぐにでも涙が溢れ出しそうだった。


「予定よりはやく切り上げた」


言いながら玄関に下りた国光は、のかけ損ねた鍵をかけ、そのままに手を伸ばす。

国光の匂いがする、そう思ったときには胸の中に閉じ込められていた。


「…


耳元をくすぐるように名前を囁かれ、身体が震える。

この数日、無意識のうちに求めていた温もりに包まれた安心感に、視界が微かにぼやけ始める。

反則なほど甘く優しい国光の声が更に、の涙腺を刺激した。


「…おかえ…な、さ…」


唇を噛み締める代わりに、国光のシャツにしがみつく。

何かに縋らなければ、会えない日々の寂しさも、孤独も、不安も、今まで独りで抱え込んでいたすべての感情が涙となって流れ出てしまいそうだった。


「ただいま」


柔らかな微笑みと優しい声と共に、瞼に羽根のような口付けが落とされた。

反射的に目を瞑ると、今度は涙に口付けるように目元に唇が寄せられる。

はそれを瞳を閉じて受け入れながら、もう一度「おかえりなさい」と呟いた。


「お前に『おかえり』と言われると、俺の帰る場所はここなんだと改めて実感するな」


を抱きしめる腕の力を強め、国光がしみじみと言う。


ありがとう、俺に帰る場所を与えてくれて。

ありがとう、俺の帰る場所を守ってくれて。


知る由もないの心を見透かしているようなその言葉に、落ち着きかけていたの涙腺が再び壊れ、涙が零れる。

それを見た国光は、泣き虫だな。と苦笑しながらも、が泣き止むまでずっとその腕に抱きしめてくれていたのだった――。




2012.02.22


書き上げてから、これ、ほのぼのじゃない…と思いました(苦笑)
でも、おはなしとしては書きたいものがほぼ書けたかなと思っているので満足です!
留守がちなスポーツ選手の妻として、手塚の帰ってくる場所を立派に守りたいと思っていると、そんなの想いに気付いていた手塚という構図が書きたかったのです。







09.ずっと隣で微笑んで (宍戸×




「ば、馬鹿野郎!んなこと言えるかよ!!」


顔を真っ赤にし焦って怒鳴る俺のことを、が悲しそうな表情で見上げてる。

それを見て、一瞬胸が痛んだけど、グッと堪える。


「ひどい…」


今にも泣き出しそうな呟きに、思わず両手が伸びそうになる。

でも、それをしたら負けだ。

騙されんな。

これは全部、の演技だ。

俺だって、そう何回も同じ手には引っかからねぇ!

そう強く思い、身体ごとに背を向ける。

は、ときどき俺のことをわざと困らせる。


私のどこが好きですか?

私と結婚して幸せですか?

私のことどれくらい好きですか?


そんな小っ恥ずかしいことを、唐突なタイミングで、思いっきり視線を合わせて聞いてくる。

俺がそういう話題は苦手だと知ってるくせに。

ついさっきも何の前触れもなく、


「わたしのこと、愛してますか?」


なんて聞いてきやがった!!

んなこと思ってたって、そう簡単に言えるかっての!


「言ってくれないってことは、私、愛されてないんですね…」


ひどく気落ちしたような声で呟かれた言葉。

これも演技、そう分かってんのに俄かに心が焦る。

背を向けてるせいで、の様子が分からねぇ。


「私、知らないうちに亮さんに嫌われちゃってたなんて…」


微かに震えてるように聞こえる声に、ますます心が焦れる。

ほぼ確実に演技だろ。

――けど。

もし演技じゃなかったら?

万が一、本当に泣いてんだとしたら?

グルグルといろんな思いが思考回路を駆け巡って、そして…


「だあ〜もう!お前は馬鹿かっ!んなことあるわけねーだろっ!」


勢いよく身体を反転させ、のことを抱きしめた。

その耳元で囁く。

ふたりだけの空間。

それでもだけに聴こえるような、小さな小さな声で。


「んなこと、いちいち言わせなくても分かれよな!激ダサだぜっ!!」


囁き終えるなりの身体を離し、今度は部屋中に響く大声で喚く。


「ごめんなさい」


は恐らく耳まで赤くなってるであろう俺をしばらく見つめた後、そう微笑んだ。

そして、自ら俺の胸に顔を埋めてくる。

俺は、そのの背を撫でながら複雑な気持ちで息を吐く。

結局、今回もまんまとの嘘に騙されたってこと、だよな…。

その証拠に俺の腕の中のは、謝罪の言葉とは裏腹に満面の笑みを浮かべてやがる。


「分かっていても、言葉にしてもらいたい日もあるんです」


眩しさに思わず目を細めたくなるほど、全開の笑顔。

こんな表情を見せられっと、ほんっとには一生敵わねぇ気がする。

何度も同じ手に乗って激ダサだって自分でも思う。

けど、がそれで笑ってくれんなら、まぁ、いいかって思っちまう自分もいたりすんだよな。

それが惚れた弱味だってことも、嫌ってほど分かってるけど。

それでも、こんな風にずっと俺の隣でが笑っててくれんなら、たまになら分かってて騙されてやんのも悪くはねーかもな。




2012.03.01


が主導権を握り、宍戸を手のひらで転がしてる感じです(笑)
でも宍戸も騙されてることは承知の上なので、実際のところは転がされてる振りをしてあげてるってことになる…のかなあ??
何にせよ、ほのぼの通り越してラブラブなふたりですvv







10.○年目の結婚記念日 (真田×




思えば、前日から何か様子がおかしかった。

妙にそわそわしたり、急に黙り込んだり。

ちらちらと様子を窺っていると思えば、眉根を寄せて難しい顔をしてみたり。


「どうかしました?」


そう聞いても、何でもないの一点張りだったから、それ以上の追及はしなかったけれど。






。あー、その、少し話があって、だな。実は、その…」


朝食を終えたタイミングで、真田が向かいに座るに視線を向けた。

いつになく歯切れが悪く、居心地悪そうな様子にはキョトンとする。

こんなに様子のおかしい真田は珍しい。

居合いや剣道で常に精神を鍛えている真田は、人一倍平常心を保つことには慣れている。

そんな真田の挙動不審な姿など、の知る限りでは、プロポーズをされた日と結婚式当日くらいしか見たことがなかった。


「はい。どうかしましたか?」


食卓に並んだ茶碗や皿を盆に載せ、後片付けに入ろうとしていたはその手を一旦止める。

雑談程度なら片付けながらでも構わないだろうが、真田の様子からただの雑談ではないことは容易に推察できた。

重要な話を切り出されているのに、何かをしながら聞くのは失礼に当たるだろう。

改めて畳の上に正座をし直し、居住まいを正してから真田を見つめる。

だがなぜか真田は、と目が合うと困ったようにすぐ視線を逸らしてしまった。


「その…あまり、そう見られ、ても…困る、のだが」


そっぽを向いたまま、しどろもどろに言われ、は訳も分からぬまま「すみません」と謝った。

ただ、謝りつつも視線はついつい真田に向いてしまう。

こんなにおかしな様子をしておきながら、あまり見るなと言われても、それは無理な相談というものだろう。

あーだの、えーだの、何度も言葉にならない言葉を出しては、手巾で額に浮かんだ汗を拭っている。


「…もしかして、具合でも悪いんですか?」


まったく暑くもないのに独りで汗をかいている真田の様子に、は心配になった。

季節外れの風邪でも引いたのだろうか?

そこまで重症には見えないが、風邪は引き始めが肝心だという。

とりあえず、今日一日は横になって様子をみてもらおう。

そんなことを考え、すぐ布団敷きますねと言おうとすると、慌てたように真田が首を振って否定した。


「そ、そうではない!そうではないから、心配するな」

「――じゃあ、どうしたんですか?」


とりあえず体調不良ではないことが分かりホッとするが、そうでないとなると、ますます挙動不審の真田が訝しく思える。


「………」

「あの、弦一郎さん?」


貝のようにむっつり黙り込んでしまった真田に、訳の分からないは困ったように声をかける。

どれくらいそうしていたのだろうか、大きく長く深い深呼吸をひとつした後、ようやく真田が口を開いた。


「――。お前は、今日が何の日か覚えているか?」


唐突にも思える質問に、の大きな瞳が一瞬だけ更に大きく見開かれる。

だがすぐに、花が咲き誇るような満面の笑みへと変わる。


「覚えていて、くれたんですね」

「当然だろう。自分の結婚記念日を忘れるほど、俺はたるんどらんぞっ」


照れ隠しなのだろう、いつにも増してぶっきらぼうな物言いが、今のにはとてもおかしくて温かかった。

もちろん本気で真田が忘れていたと思っていたわけではないが、かと言ってわざわざ口に出してくれるとも思っていなかった。

結婚前の数年の交際期間において、記念日やイベント事はそれなりに経験してきているものの、の誕生日やホワイトデーといった真田が率先しなければならない部類のものを除けば、ほぼが率先することが多かったので、今回もきっと自分が率先しない限り日常の中の一日として何事もなく過ぎていくのだろうと思っていたのだ。

それだって平穏な日々を過ごしている証拠であり、そういう日々の積み重ねこそ真の幸せと呼ぶのだろうとも思っているので、たとえ特別な事が何もなかったとしても、今日がにとって大切な日であることに違いはなかった。

だが、こうして改めて真田から切り出されてみると、やはり真田が言葉にしてくれたことを単純に嬉しく思い喜んでいる自分がいた。


「ありがとうございます。覚えていてくれただけで、すごく嬉しい」


たかが一年、されど一年。

こうして改めて真田から口に出されてみると、昨年の今日、ふたりで役所に届けを出したことが、まるで昨日のことのようにも思えたり、もっともっと遠い日のことのようにも思えた。


「あー、それで、だな」


お礼を言って、すっかり話を畳もうとしている気配のに、真田は慌てて咳払いをした。

それから、ゆっくりと息を吸って吐く。


「今夜、食事の予約をしてある」

「――え?」


本当に思いがけなかったのか、がポカンとし素の声を漏らした。


「な、なんだ、その間の抜けた声は!たるんどるぞ!!俺が、こういうことをするのは、それほどおかしなことかっ」


自分でも慣れないことをしている自覚があるため、の反応に恥ずかしさが一気に込み上げ、真田は完全に逆切れの様相を呈していたが、しばらくポカンとしていたは、唐突に笑いが込み上げクスクスと笑い出していた。

思えば、前日から何か様子がおかしかった。

妙にそわそわしたり、急に黙り込んだり。

ちらちらと様子を窺っていると思えば、眉根を寄せて難しい顔をしてみたり。


「どうかしました?」


そう聞いても、何でもないの一点張りだったから、それ以上の追及はしなかったけれど。

今ようやく、謎が解けた。

きっと昨日から、このたった一言を口にするために落ち着かなかったのだ。

それに気付いてしまうと、普段の真田とのギャップが激しすぎて妙に可愛く思え、ますます笑いが止まらなくなってしまう。


「人が怒っているのに笑うとは何事か!たるんどるぞっ」


そしてそれが余計に真田の羞恥と怒りに火を点ける結果になるのだが、それでもの笑いはなかなか収まることがなかったのだった。




2012.02.27


書いているうちに、真田がヘタレ化してました…(笑)
初めての結婚記念日にに内緒でレストランの予約をしたものの、それを切り出すのに緊張する少しだけ可愛い感じの真田を書こうと思っただけなのになぁ…(苦笑)
思わぬ真田のヘタレっぷりで、ほのぼのっていうよりギャグになってしまった気がしなくもないですが、これはこれで真田とらしい…のかな?



今まで5題のお題しか挑戦したことがなかったので、いきなり倍で全消化できるの!?と不安を抱きつつのお題挑戦でしたが、無事10題消化することができました!
比較的パッと思いついたものから、かなり悩んだものまでいろいろですが、どれも愛着があるおはなしとなりました。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました(^-^)
少しでも楽しんでいただけたなら、幸いです。

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2013.03.08記

お話がお気に召しましたら、応援よろしくお願いします。