〜第三話:断たれた退路〜
※導入部分・・・ユリナから譲り受けた薬物により、人外の力を手にしたロウスだったが、相対する敵も人外の者であった。後方でテツと共にロウスを見守るフィアラによれば、彼がこれから闘うであろうその女は、フィアラを襲った女に間違いないそうだ。
──ロウスは、その女と剣を交えて、ある事を理解した。
…『強い』という事は事前に聞いてはいたにせよ、鍔迫り合いの際に剣から伝わる力が、女のものにしてはあまりにも強すぎる。しかも、ただ強いだけではない。その女の言動に、ロウスは何か、違和感の様なものを感じた。
戦いとはあまり関係のない話ではあるが、ロウスは、自分がフェミニストだということを自覚している。本人は、あまり認めたくはないようだが。
しかし、それ故に、今回は思わぬ苦戦を強いられてしまっている。一見、関係のないような事柄が戦闘に支障をきたすというのはよくある話だ。
そんな、攻めあぐねるロウスの思考などとは関係なく、敵である女は攻撃の手を緩めない。
「チッ…馬鹿力め…」
「……………」
「一体、どんな鍛え方をしてやがるんだか…」
「…お喋りが好きな奴だな……」
「お前、名前は…?」
「答える義務は無いな…。だが、特別に教えてやろう。私はキョウギク…つい最近までは、『original four』の一人に数えられていた者だ。」
「『original four』…?そういえばそんな言葉、何処かで聞いたな…。たしかオヤジがそんな事を言っていた様な…」
「『機械人形』と言えば解るか?そう呼ぶ奴もいたが……」
「『機械人形』…?やはり、聞いた事がある…。俺の記憶が正しければ、過去に繁栄した超科学の置き土産…人間の成り損ない、だったか…?人工知能により思考する、新進気鋭のCPU搭載型兵器……偽りの命…か。」
「黙れ!お前ら人間は何様のつもりだ!?成り損ない?ふざけるな!私達の命の価値は私達自身で決める!それに、成り損ないという表現もおかしなものだ…私達は人間になる気などないのだから!私達は、自分から望んで汚れた存在になる様な愚かな真似はしない!」
憤慨する女、キョウギクは、声を荒げて己の『存在』を主張する。
──事態は、ロウス達にとって不利な流れに呑み込まれつつある。この女の後ろには、『あの』ミレルが控えているのだ。余計な体力を使う余裕もなければ、余計な傷を負い、てこずっている場合でもない。
…ならば、どうするか────
【悠長に話をしている場合じゃないな……】
長引く闘いの中、ロウスは己の思慮に結論を出すと、勝負を決めにかかった。
剣を握る両手に力を込め、一直線に相手に向かっていく。
それに合わせるかのように、突然、キョウギクの構えが変わった。
【…!居合…か…?】
警戒したロウスだったが、足を止めることはしない。
「ここからが本番だ…。弌ノ太刀…『廻零』(かいれい)…!」
「…ッ!」
ロウスがキョウギクの間合いに踏み込んだ瞬間、殺気が空間を満たした。
その鋭い攻撃をバックステップで際どく躱したロウスだったが、無理な体勢からの緊急回避では躱しきれておらず、服に淡く血が滲むこととなった。
【…!?抜くのも振るのも遅かった…。なのに、刀身が見えない!?】
ロウスが考えている間にも、キョウギクの止まない次なる攻撃が襲いかかる。
「────弍ノ太刀、『皇冥』(こうめい)!」
体勢を立て直したロウスが剣を構えるのに拍子を合わせ、キョウギクの居合抜きが繰り出される。僅かな間隙を突かれ、ロウスの剣は乱れた放物線を描きながら宙を舞った。
咄嗟に距離をとり、何とか難を逃れたロウスだったが、追い詰められているという状況には何ら変わりはなかった。
「くっ…!」【…っ!確かに、刀身は存在している…。しかし…やはり、見えない…。どう見ても柄だけしか…】
「これで、お前を守る武器は無くなった…。終わりだな……」
「まだ…だ!」【クソッ…!どうする!?どうすれば……】
「…これを使え!」
ロウスが出口のない迷宮に踏み込みかけたその時、病室の窓から闘いを眺めていたアクセルが、彼に銃と新しい剣を窓から投げ渡した。
「…いい仕事だ、アクセル。居合の攻略法…それは…」
「…………?」
「抜かせない事、だ……」
そう呟いたロウスは、受け取った銃を構え、キョウギクに対して真っ直ぐに銃口を向けた。
「フン…弾丸が届くまでに、私が何回抜刀出来ると思う?私が敢えて『距離』という物理的制約が如実に出る『刀』で戦う理由をよく考えてみろ。そうすれば、今更そんなオモチャが通用しないことは解るはずだ……」
そう言うと、キョウギクは完全に刀を鞘から抜いた。
「やはり…鞘から抜いたにもかかわらず、刀身は見えない…。何かタネがあるな…?機械人形というのは、セコい手品が切り札なのか…?」
「これは超科学の贈り物…『光学迷彩刀』だ…。折角、タネをバラしてやったんだ。最期くらいは、いい反応をしてみせろよ…?」
「くだらない機械人形には過ぎたオモチャだな…。さっさと来い!」
目の前に立ちはだかる敵を挑発するロウスは、薬の効果が切れてきている事に気付いていた。
前哨戦で薬一つを使い切っていては、おそらく、この勝負は負け戦になるだろう。
そうであるが故に、尚更、勝負を急がねばならない。
ロウスは焦った。忘れていた感覚。それは、焦燥感と、命を握られているような感覚。
長らく戦場に身を置いていないロウスに、現状は全て重圧となってのしかかる。
「…それにしても、よく生きていたものだ…。弍ノ太刀を受けて、生きていた奴は久しぶりだよ…。だが、次で最後だ…。参ノ太刀、『神祓』(しんふつ)!」
────瞬間、見えない突きが3回、ロウスの顔面を掠めた。
……渾身の攻撃…そのモーション後のキョウギクの腹部には、ロウスの剣が突き立てられていた。
些か淡泊な表現ではあるが、タイミングを合わせた鋭い突きがカウンターで入り、キョウギクの腹に穴を、穿っていた。
「何故…見えない突きのタイミングが判った…?」
「…人間のカンというやつだ。」
「……見事だ…。お前の顔を風通りの良い状態にしてやろうと思ったんだが…まさか、私の方が風穴を空けられるとはな…。完敗、だ……」
そう言ったきり、キョウギクは全く動く事は無かった。文字通り、物言わぬ『人形』と化した彼女は、最期の瞬間、何を想い、何を願ったのか。それを知り得る者はいない。
「──やはり、機械人形に任せたのは間違いだったか…。ロウス、考え直すなら今のうちだ。お前もこちら側に来い。そうすれば、自ずとフィアラも付いてくる…。お前を殺して、フィアラに辛い思いをさせたくはない……」
「誰が行くか!アンタ達魔族のやろうとしている事は、いちいちカンに障るんだよ!俺は魔族を許さない!墓標の下に骨すら無い…そんな人々の憎しみは、魔族を根絶やしに…この世から消し去らなければ…!そうしなければ、消えないだろ!?」
「ふざけるな!墓標があるだけ良いと思え!…私達魔族が…どれだけ人間との戦いで死んでいると思っている!?」
互いに一歩も退かない強気な二人は、膠着状態になった。
…しかし、本当はロウスの身体は限界に達していた。既に薬物の効果は切れ、さらに、その副作用で身体中に痛みがはしっている。もはや、強がりを言う事さえもままならない状態だ。
「どうやら、これ以上話しても無駄な様だな…。どうしても私の勧誘を拒むというのなら、仕方無い…。ロウス…そして、フィアラ。私を怒らせたのはお前らの責任だ。ここはもはや戦場…殺されても、文句は言うなよ!」
そう言うと、ミレルは今回の訪問に際してのみ、何故か身に付けていた眼鏡を取り、握り潰した。
ミレルのか細い腕の掌から紅い血が流れ、幾本もの筋を描き出す。眼鏡を取ると、先刻までとは違い、切れ長の綺麗な深紅の目が異様に目立った。普通、上級魔族は特有の紺碧の瞳をしているが、感情が高ぶった事による魔力の流れの変化からだろうか、ミレルの瞳は鮮血よりも深い紅を湛えていた。さらに、彼女のしなやかなで流麗な黄金色の髪は見る間に伸びていき、微風を受けて靡いた。その色は、沈みかけた日の光に映え、醸し出す妖艶な美しさは、永遠さえも感じさせる様子だった。
見る者の戦闘意欲を奪うような容貌…これが、『サキュバス』と称され、恐れられる所以の一つなのだろう。
────そんな事に気を取られている内に、ロウスは、今まで感じた事の無い異常なまでの衝撃を二度腹に受け、吹き飛んだ。
「………ッ!?」
「残念だ、ロウス。お前とは気が合いそうだったんだが…。」
吹き飛ばされ、無様に地面を転がっていったロウスは、寝転んだままぴくりとも動かない。
「兄さんっ!!」
「大将!…よくもっ…!お前は…殺す!うおぉおあぁあぁぁっ!」
瞋恚の雄叫びと共に、テツの身体と弓が軋み、渾身の一射がミレルの右脇腹に突き刺さる。
「…!さすがは『西部戦線の狩人』…といったところか。だが、時代錯誤という言葉を知らないのか…?」
「何…だと…!?」
ミレルは、何事も無かったかの様に矢を抜き、捨て去る。残ったのは服に開いた穴と、その周りに染み込んだ血の紅だけだった。いつの間にか、掌の傷も癒えている。
絶望に浸るテツを尻目に、ミレルは銃をホルスターから抜き出した。余裕の表情で…全てを見下すような眼差しで。
「くそっ!ダメか……!」
「テツさん、下がってください!この人は、私が説得します!」
「それは無理だな…!諦めな、フィアラ!」
「ああ。ホリーの言っている事は正しい。フィアラ、今、お前の目の前に居るのは、お前の知っている『教官』じゃない…」
「二人の言う通りです…。まったく、甘いのは相変わらずですね、フィアラさん。」
「……!?」
一瞬、フィアラは、何が起こったのか、全くと言っていいほど理解できなかった。ただ、理解出来たことも二、三はあった。
…それは、今、突然自分の傍らに現れた三人の人物が、かつての戦友であり…懐かしい顔ぶれだという事。
「…どうしました、フィアラさん?」
「まるで、幽霊でも見てるってな感じの顔してるぜ?」
「友の顔を…忘れたわけじゃないだろう?」
「ホリー!?アトニス!クラウ!どうしてここに!?」
「俺の名前を呼ぶ時だけ疑問を含むな…!」
「クラウ…そう呼ばれるのは久しいですね……」
「お前を魔族から護る為だ…。俺達は、人間軍の上層部からお前の監視と護衛を命じられていてな……」
「じゃあ…何で兄さんがやられる前に出てきて来てくれなかったの!?」
「お前を護ることが俺達の任務だ…。お前の兄を護ることは任務外であって……」
「任務任務って…今の貴方達に正義感はないの!?」
「「「…………………」」」
「…黙り込むなんて卑怯だよ!任務に縛られてて、心が…痛まないの!?」
「…フィアラ、確かに、お前の思う正義と、俺達の思う正義との間には、いくつかの相違点がある…。しかし、ただ、それだけだ。俺達は間違っていないし、お前も間違ってはいない…」
「……そんなの……………」
言い訳にもならない。そう言ってやりたかった。言ってやりたかったのに、言えなかった。間違っていると思う相手を、気遣っている自分がいる。何も言い返せない自分がいる。そんな自分に、無性に腹が立った。憎悪に近い感情すら、抱いてしまう。
しかし、その憎悪の矛先は自分だけではなかった。
兄さんを傷つけたかつての教官…そして、兄さんを助けてくれなかったみんなが…憎い。
恩師と旧友達に対して抱いたその感情は、明らかに蟠りを超えた、紛れもない憎しみだった。嫌悪だった。それほどまでに、唐突に現れた、士官学校時代…ともに喜び、ともに悲しんだ…感情を共有した仲間達は、変わってしまっていた。特に、後者の三人は、完全に人間軍の傀儡と成り果ててしまっていた。
…フィアラは、そんな連中に現状打破を任せるしかない自分の不甲斐無さに歯噛みしながら、「これは、仕方の無いことだ。」と…口の中で何度も反芻し、必死で、自分に言い聞かせる。
「よし、二人とも、行くぞ…!」
「任せろ!」
「…!ホリー、後ろです!」
攻撃態勢に転じようとした三人。しかし、ミレルは三人より、何枚も上手だった。
クラウが叫んだ時、既に事態は手遅れとなっていたのだ。
「…え…?」
「邪魔だっ!」
不覚にも、微かな油断から、高速で移動したミレルに後ろを取られたホリーは、彼女に触れられた次の瞬間、体中から全ての力が抜けたかのように両手をだらしなくだらりと垂らし、何も言い残さず膝から崩れ落ちた。
「クソッ…!」
「ホリー!ミレル…よくもッ…!」
怒りに駆られたクラウが、思い切り剣を振りかざし、力任せに振り下した。
その刹那、振り下ろしたその剣から、その剣の持ち主…つまりはクラウに、鈍い衝撃が伝わる。
クラウは、その状況判断力の高さ故に、気付く事が出来た。ミレルの銃の銃口から硝煙が立ち上っている事に。そして、自分の剣が、半ばから折られている事にも。
「…!?」【バカな…!?あの一瞬で、同じ場所を何度も撃ち抜いて…!?】
「クラウ…いつから私を呼び捨てられる身分になった…?」
「くっ…!」
咄嗟にクラウがとった回避行動────バックステップは、全く無意味なものだった。
今、彼が戦っている相手、ミレル・ドラクルは、世界にその名を轟かすほど銃術と魔法に長けているのだから。
「うぐぅ…っ!?」
響く銃声が、無情にもクラウの戦いの終わりを告げる。空中で、彼の細身を、殺意の塊であるかのような弾丸が貫いた。ミレルの腕前と銃声から推測すれば、おそらく、急所を三か所ほど撃ち抜かれているだろう。もちろん、死を避けられない事は、言うまでもない。
「クラウ…!」
「…アトニス。余所見をしている暇があるのか…?」
「おおおぉぉおおあぁっ!」
アトニスは、肉薄するミレルに渾身の一撃を叩き込む。
しかし、その攻撃は無残にも、容易に片手で受け止められた。無論、素手で。
アトニスは困惑した。そして、一つの疑問が彼の思考を過ぎり…思考を支配する。
…何故、刃に直接素手で触れているのに一滴も血が流れないのか、という疑問が。
実は、その疑問の解答は、単純明快そのものなのだ。『ミレルの腕は、魔力の鎧を纏っているのだから、傷付かないのも無理はない事なのだ。』
…こんな、呆れるほど御都合主義な解答が、用意されたりなんかしている。
もっとも、アトニスには、それを知る方法など一つたりともないのだが。
「天に座す紅の月を見上げし者よ…!双眸に映り込む碧落に堕ちゆく者よ…!我は、終焉を紡ぎ、創世を闇に溶かす者の使者!汝が求めし永久(とこしえ)の元に…高鳴れ!『アフェイジア・ハウリング』!」
「…っつ…!これは…!?」
通常、戦場で武器を失う事は、死を意味する。そのため、剣を放すわけにはいかないアトニスは、成す術なく詠誦を聞き届けた。そうするよりほか、仕方無かった。
「…これは、対象者の『脳』を直接蝕む魔法だ…。最上の激痛に溺れるがいい……」
「う…ぐっ…あ、あアあああアぁぁああッ!」
────ミレルと三人の戦闘開始から、約五分が経過した。
現在、フィアラの周りに残っているモノは、骸が三体。生死が確認できていないが、兄も死んでいると仮定すれば、骸は四体。それに加えて、気さくな負傷者が一名。少し距離があるが、健康で、ある程度は強い者が一人いる。
…それだけだった。
十分に、絶望的と言える素材が揃ったこの状況で、黒光りする銃を収めながら、ミレルはフィアラに問い掛ける。
「フィアラ…私は不死者だ…。お前が私と同じ立場に立ったならどうする?寿命で死ぬことが無いんだぞ?そう思うと、今の穢れ切った世界は理不尽で仕方がない。だから、変えるんだ。この堕落した世界を……人間の偽善と私欲に塗れた世界を…!」
「それだからって……何で…どうしてこんな風に犠牲が必要なんですかっ!?」
「共存など所詮綺麗事だ…。どんな美辞麗句で取り繕おうが、生命はせめぎ合う運命にある…。人間は、自分達の障害になるモノを滅ぼして滅ぼして、時には利用して…そうして生き残ってきた。私達魔族も、人間という障害を尽滅し、生き延びようというだけだ!」
「貴女は間違っている…!」
「間違っているのはお前だ、フィアラ!今は何も考えるな…。大人しく私の許へ来い……!」
「…すみません、教官……いいえ、ミレルさん。…私は、貴女を…倒します!」
「…お前も、人間中心的な考えを持っているんだな…。良いだろう、フィアラ・ザラグ…。これから先、過酷な道を歩む覚悟があるのなら、私を殺せ…。ここに居る誰かが過ちを精算しなければ…少なくとも、この戦いは終わりはしない……」
「ミレルさん…貴女は逃げるんですか?現実から、目を背けて…。そんな無責任な人だとは思いませんでした……」
「何を言っている…?私は…無責任でも構わない…。戦いを終わらせたいのなら、早く殺してくれ…。もう…終わりにしたいんだ…。何もかもを…」
「私は…貴女には生き延びて欲しいんです。貴女の為に死んでいった人達の為に…。第一、死んだら終われると…本当に思ってるんですか!?」
「…フィアラ…!お前は私に大切な人を殺されておいて、私を殺せないのか!?」
「違う!…私は確かに貴女が憎い…。でも死ぬ事で終わりなんて許せない!」
「ならば…お前は私に何を求める…?謝罪の言葉か?」
「何も求めないですよ…。ただ、貴女は生きていればいい。それが、最大の罪滅ぼしに繋がるから……」
「何故だ…?どうして…!?どうして…お前はそんなに私に優しくできる!?私は、お前から全てを奪おうとしたというのに…!」
「貴女には、私の理想であり続けて欲しいから…です。」
「そうか…。だが、お前は私に生き恥を曝せと言うのか…?それは御免だ……。…わかった。フィアラ…お別れだ…。覚悟がないのなら、お前の命が絶たれる寸前まで痛めつけてでも、連れていくまでのこと…」
「…それ以上近付いたら、躊躇なく撃ちます!」
構えられたフィアラの銃が、ミレルの接近を制する。
「はぁ……躊躇なく…か…。それならば何故、『近付いたら』という条件を付けている?それを躊躇と言うのではないのか!?情けは掛けるなと…甘えは見せるなと、教えたはずだぞ!」
「私はもう、貴女の部下じゃない!」
「…やはり、今のお前は私の理想とする魔王像には到底及ばない……。あまり私をがっかりさせるな…。撃てるものなら撃ってみろ。そして、お前の覚悟を示せ、フィアラ!」
「……!!」
フィアラは銃を構え、引き金に指を掛けてはいるが、どうしても、引き金を引く気にはなれなかった。
「…どうした?震えているじゃないか…。過去と決別するのではなかったのか!?」
「私は……」
「この別れも、新たなる出会いの始まりだ…。行くぞっ!」
猛然と向かってくるミレルに、フィアラは銃口を向けた。もはや解り合う事など無い…そう自分に言い聞かせて………
「そうだ、それでいい…。よく狙えよ…。お前はいつも詰めが甘い…」
フィアラは、遂に引き金を引いた。乾いた銃声が四回、辺りに響き渡る。
…地に倒れ伏してからも、暫く意識がはっきりしていたミレルは、密かにかつての部下の未来を按じた。
【ティ…いや、フィアラ…お前なら、あるいは…】
じきに、ミレルは考える事を止めた。今の自分が何を考えようと、それを伝えたい者に伝える事は出来ないのだから。
…そして──────
「う…うぅ………く……っ………!」
「妹さん…泣いてるのか?」
「いえ……ぅ…少し……感傷的に…ひくっ……だけです……」
何とか言葉を紡ぐフィアラだが、嗚咽でところどころ何を言っているのかわからない。
「…無理はしなくていいんだぜ…?」
「大…丈夫です……。テツさん…本当に、これで終わったんでしょうか…?」
「ミレルの再生能力は、おそらく随意再生…。死にたいと願った上で撃たれたんだ。これで終わりだと思う。…いや、終わりであって欲しい。」
「おい…!二人とも!ロウスは生きてるぞ!」
いつの間にか病室から外に出てきていたアクセルが、何の脈絡もなく叫んだ。
筋書き無視もいいところだ。まったく、彼は戦わずに何をしていたのやら。
アクセルに促され、フィアラは兄の元へと駆け寄る。
「…兄さん……よかった……」
「別に、よくはないぜ…?早く適切な処置を受けないと危険な状態だ。」
──────激闘の後、人間軍の部隊が現れ、キョウギクとミレルの亡骸は回収されていった。それにより、ロウス達が人間軍からの信用を得る事が出来たのは、まさに福音といったところか。
ロウスは、不幸中の幸いというか、病院の前で闘ったので、すぐさま院内に運び込む事が出来たが、未だに危険な状態が続いている。医師たちによれば、昏睡状態から回復するのは、まだまだ先になるそうだ。
「その指輪、戴けませんか…?」
そう言って、人間軍の者から貰っておいた、ミレルの亡骸が身に付けていた指輪を大切そうに握り締め、フィアラは自虐の螺旋に堕ちて行った。
──────自分は、敬愛する者の命を絶った。大事な人を、護れなかった。
──────自分が、大切な人を失いかけるきっかけを作った。どこまでも情けない自分に、絶望した。
──────自分は、敬愛する者の命を奪った──────
…もう、後戻りは出来ない。自分は、どんなに辛くても、戦い続ける道を選んでしまった。
だから…今は。そう、せめて今だけは…たった一人の…かけがえのない存在である兄───ロウスの回復を、ただただ祈る事しか、したくはない。そう思った。
多大なる犠牲を生み出した、非情な戦い。しかし、この戦いは、これからの過酷な戦いの、ほんの序章にしかすぎなかったのである。
続く