〜第二話:僅かな希望〜
※導入部分・・・ユリナの思わぬ手助けもあり、ヒロウとの接触に成功したロウス達。しかし、テツの名を出すまでは明らかに魔族の回し者ではないかと疑われてしまっていた。ところが、テツの名を出すとヒロウの態度は一変。非常に協力的になった。本人の話によると、ヒロウは昔、魔王軍にスパイとして送り込まれていたらしい。そのため、彼は人間軍からも魔王軍からも隔絶された、独自の情報源を持っているようだ。また、現在は裏で人間軍に所属しており、人間軍の武器なども自由に調達出来た。そのこともあり、ロウス達にとって、ヒロウは心強い味方となった。元々、ロウス達は病院の近くにある孤児を世話する施設に通っていたので、この病院は交通の面でも融通が效き、また、オーエンの現状もあって、いい隠れ家となった。ヒロウのお陰で、店に戻る事無く新たな情報と武器を調達したロウス達は、ユリナ改めティーナに礼をしようとするが、ヒロウによるとティーナなんて人間は医者も患者も含め、この病院には居ないらしい。その後、店に残してきたテツも病院に運ばれていた事が判明したが、集中治療室に入っているため、面会は不可能であった。
──そして、日常が壊れた日から一週間後、ロウスは目覚めたフィアラから、あの日に起こった衝撃的な事実を聞く事となる。
「──店を襲ってきた賊…あれは、確かにユリナ…ユリナ・ムラドだった…。様子は変わっていたけど、間違いないわ…。一人の女と一緒に来て、その女に私を襲わせたの…。すごく強くて…手も足も出なかった…。私はっ…!…やっぱり、足手纏いなのかな…?教えてよ!兄さん!今回だって私は……」
必死なフィアラとは裏腹に、ロウスは冷静に、話を逸らすように受け答える。
「お前はもう…戦わなくてもいいんだ……」
PTSDから回復したロウスは、以前よりも大分落ち着いた性格となった。それと同時に、今迄の全てを乗り越えようとする勢いも失われていた。だからこそ、ロウスはフィアラへの対応に悩んだ。悩むことしか、できなかった。
そして、もう一つ、ロウスには悩みの種があった。
【…ユリナ…お前は一体…何をしようとしているんだ…?】
ロウスが心中で、質問をいくら虚空に投げ掛けてみても、決して返事が返ってくる事は無かった。ユリナはまた、その姿を闇に…光に溶かしてしまったから。
────運命は束の間の帰投すらも許さなかった。中立国内であるにも関わらず、魔王軍所属のミレル・ドラクル率いる部隊がオーエンで動きを見せ始めた。そして運悪く、ロウス達の居る病院にミレルが単身、詮索に来たのであった。
「…私は『五常将』の一人、ミレル・ドラクルだ。その権限において聞くが、この病院に『フィアラ・ザラグ』という者が入院してはいないか?」
「……………」
「どうした…?私を知らない訳ではないだろう…?」
ミレルは黙り込む受付を目で制しながら、にじり寄る。
もとより、圧力をかけられなくとも、中立国の病院として、背信行為である隠蔽工作はタブーだ。よって、受付は、この程度の質問に答えないわけにはいかなかった。
…居る、と受付が答えるなり、ミレルは病室番号を聞き、教えられた場所に向かう。
もちろん、病室のロウス達にもそれは伝えられた。病院は、表向きはあくまで中立。目立った援助は出来ない。
「チッ…やるしかないか……」
何気に強気のロウスだが、それとは対照的にアクセルは乗り気ではなかった。
「何だって五常将の一人がこんな所に!?もうバレたってのかよ?」
そう言った後は
「無理だ!逃げようぜ!?」
の一点張り。
いざという時に役に立たないアクセルを、逃げて来た時の車に裏口から行かせて、とりあえず待機させはしたが、ロウスは逃げる気など毛頭なかった。
何故、自分達が…それも、フィアラが狙われるのか。その真相を知りたいと思ったからだ。
…現在、フィアラは立てる位にまで回復したが、流石に戦闘は無理そうだ。
今から、死ぬ事になるかもしれない。そう思っても、ロウスは不思議と慌てる事や浮足立つ事はなかった。しかし、焦りにも恐怖にも似た感情が思考を支配する。
──そんな時、遂に病室の扉が開いた。
…開かれた扉の先に立つ女の姿を見た時、ロウスは驚いた。『ミレル・ドラクル』は想像よりも温厚そうな見た目で、『五常将』の一人にしてはあまりにも戦闘力が無いように見えたからだ。
ちょうど、ロウスが驚嘆したその時だった。後ろでフィアラが零す様に呟いたのは。
「教…官…?」
「久しぶりだな…フィアラ…。あの時以来だな。」
「やっぱり…教官なんですね!?」
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いついかなる時も冷静さを保つことが出来るフィアラが、珍しく驚きの色を隠し切れていない。その驚嘆はロウスのそれと同じように、明らかに表情から見て取れた。
「何で…?どうして教官が!?あんなに優しかったのに……」
「私にも色々と事情があるのでな…。すまないが、今は昔話をしている暇はない…。率直に言おう。フィアラ、私と一緒に来て貰おうか。」
「待ちな!…アンタがミレルか…。何故、魔族がフィアラを付け狙うのか…そして、その目的は何なのか、教えて貰おう!」
すかさず、ロウスが割り込む。会話の主導権をミレルに握られては、何も聞き出せなくなると判断しての行動だった。
「お前は…?」
「ロウス・ザラグ、フィアラの兄だ!」
「お前がロウスか…。フィアラから、噂はかねがね聞いているぞ。」
「そんな事はどうだっていい!早く質問に答えろ!」
「…やれやれ、せっかちなヤツだ…。まるで子供だな。…教えてやってもいいが、真実を知っても後悔するだけだぞ…?」
「後悔…だと…?たとえ後悔することになっても、無知でいるよりはマシだ!」
「良いだろう…それでは、一つ昔話をしてやる。…かつて、オーエンは魔族寄りの国だった。これは、まだオーエンが中立国として存在出来る武力も経済力も持たない…そんな国だった頃の話だが。そこに、お忍びで来ていた魔王様が、一人の人間と恋に落ちた…らしい。詳しい事はわからないがな。そうして生まれたのが、サスハ・ミラ・ナスラクア…いや、魔王の娘、『サスハ・ペルセフォネ』だ。本来、破壊の魔力は私達…そう、貴様らの言う異端の存在のみが扱える代物だ。お前ら兄妹も薄々気付いていただろう?サスハが純粋な人ではないという事に。」
「「…………………」」
「…もちろん、話はこれで終わりではない。サスハの強大な力を危険視した人間軍の穏健派は、彼女をオーエン国内のとある場所に幽閉した。その際に、オーエンの穏健派を皆殺しにし、彼女を助け出したのがお前達兄妹の父親、テルル・ザラグだった…という結びがある。そして、話は現在に戻る。フィアラ…お前は本来クォーターのはずだが、魔族の血を異様に色濃く受け継いでいる。テルルも暗喩した名前をつけたものだな…。フィアラ…お前の真の名は、ティアラ・ペルセフォネ…その名に相応しく、魔族の次なる王になるべき存在だ……」
「嘘だろ…」
淡々と紡がれるミレルの言葉に、ロウスは愕然とした。しかし、フィアラはそれ以上に気を持って行かれていた。まるで魂が無い様に…まさしく、放心状態と言った所であろうか。
「…どうだ?しっかりと話は理解できたか?理解できたのなら、四の五の言わずに私に付いてきてもらうぞ、フィアラ。」
「……………」
「そうだな…さすがに、いきなり来いというのは不躾だった。非礼を詫びよう。」
「……私は……」
「別れが惜しいか…?それならば、一週間やろう。その間、じっくり考えるといい。逃げるのも自由だが…お前らに逃げ場など無い事を忘れるな……」
そう言い残し、ミレルは何の前触れもなく唐突に撤退して行った。
「…助かった…のか?」
「…………………」
ミレルが去った後、ひたすら黙するフィアラに、ロウスは掛ける言葉を見つけられず、安堵と不安の入り混じった感情を抱える事となったが、それは本人以外にはわからない事だった。
────それから3日後、今度は人間軍の遣いが襲撃、もとい脅迫…厳密には、釘を刺しに来た。『NO.1922』を名乗る男が、病室にひっそりと現れたのだ。
「────お前、何者だ?」
「俺か?俺は『NO.1922』…お前達の幸福を、場合によっては破壊する者だ。」
「場合によっては、か。そんなアンタは、結局何をしに来たんだ?返答次第では、相手になろう。」
「止めておけ…。お前ごときでは、相手にもならない。」
「言ってくれるな…!」
「おいおい、そう怒るなよ。そんな目で見られると、殺したくなっちまうだろ?…おっと、話が逸れたな…。先日、ここにミレル・ドラクルが来ただろう?俺は、お前らが寝返らない様に圧力をかけに来たってとこなんだが…。まぁ、これなら安心か…。処分は保留だな……」
「どういう意味だ…?」
「殺す価値なしって事だ。少なくとも今は、な。」
「…………………」
「ただし、お前らには監視をつけさせてもらう。変な動きをしたら『即・処分』だ。」
「…好きにしろ…。そこまでしてくれるなら、好都合だ。」
…こうして、何とか難を逃れたロウス達であったが、運命の時は刻一刻と迫って来ていた。
何とか人間軍との交戦は避けたロウスであったが、結局、武器以外はろくに何も準備出来ぬまま、約束の日が来てしまう。あの日から、フィアラは塞ぎ込みがちになり、兄であるロウスであっても、マトモに顔を合わせてすらいない。
────そして、約束通り、ミレルは現れた。何故か、フィアラに重傷を負わせた女を傍らに伴って。
流石に、院内での戦闘は避けなければならない。
ロウスは、半分逃げるつもりで、フィアラを連れて表へ出た。ついでに言うと、アクセルの様子は相変わらずで、今回は病室で待機していた。
「ティアラ様、お迎えに上がりました……」
堅苦しいミレルの言葉に、フィアラは真剣な面持ちで返した。
「過去と決別する覚悟は出来ました……」
とだけ。
「それは…どう受け取れば良いのでしょう…?」
「私はっ…!ティアラじゃない!私は…誰が何と言おうとフィアラ・ザラグよ!教官…いえ、ミレルさん!私は貴女と袂を分かつ覚悟を決めました!」
「──そうか。仕方無い…。ティアラ様…いや、フィアラ!力ずくでも、お前を連れて行かせて貰おう!」
ミレルが叫んだその時、突然、院内からテツがフラフラと外に出て来た。
「大将…やっぱりアンタは逃げな……」
「オッサン…何で出てきた!?」
「大将達を逃がすためさ……」
「今更、逃げる所なんて…!」
「安心してくれ。店はしっかりと守ったぜ…。あそこもここも、俺の『巣』なんでね……」
「それは…一旦店に戻れ、って事か…?」
「ああ…店に行けば、必ずオキタが居る…。店に着いた後、話はアイツから聞きな。…目の前のアイツは…『サキュバス』のミレルか…。何とかはなりそうにないな…。だが…任せろ!」
「オッサン、無理だ!そんな身体で…!」
「こんな身体でも、弓ぐらいは引けるさ…。最期になるけどな……」
「いいや、オッサンは下がってくれ。アイツの相手は俺がする!自分の敵くらい、自分で片付けてみせるッ!」
「何言ってんだ!?大将こそ、そんな足じゃあ無理だ!」
「大丈夫…俺にはアレがある。」
「アレ?…何の事だい…?」
「いいから、オッサンは黙って見てな…。」
そう言うと、ロウスはユリナから貰った薬を首筋に打ち込んだ。力の溢れる様な感覚が身体中を駆け巡り、充たされていく。覚醒とは、このような状態の事をいうのだろうというほど、視界がクリアになり、全ての事象の裏の裏まで掌握したかのような超越感が体を支配する。
その、力に浸ってゆくロウスの前に、ミレルと共に病院にやってきた女が立ち塞がった。
続く