〜第十話:沈黙・混沌〜

※導入部分・・・突如として病院に襲い来る魔族。果敢にもアクセル達はそれに立ち向かう。迎撃に向かったアクセル達を待ち受けていたのは、三人の魔族だった。

「あ゛〜、くせーなぁ…ほんっと、病院の中ってクセぇよ。…くくくっ…ははははっ!なんかっ……くくっ…臭すぎて、どうにも笑えてきちまう……」

最初に口を開いたのは、いかにも軽薄そうな男だった。雰囲気と容姿だけでいえば、それこそ軽薄さと胡散臭さが服を着て歩いているような男だ。

その男の言葉を聞いて、横にいたもう一人の男が、最初に言葉を放った男に冷ややかな視線を向けながら話す。

「……スレイヴ、その下品な笑い方はヤメろ…虫酸が走る。」
「くくっ…あ〜あ〜、相変わらずツレないねぇ、ヴィーちゃん。」
「その呼び方も、だ。気色悪い…何なら生きるのもヤメるか?」

男達はまるで、アクセルの事など眼に映っていないかのように会話を続けた。

「おっかねぇなぁ…それは勘弁してくれよ。でもよぉ、そもそも何で俺達がこんなトコに来なくちゃいけねーんだよ?」

露骨に嫌そうな顔をする自分の横にいる男に、嫌味ったらしくスレイヴという男が尋ねる。

「それはめいれいだからしかたないですよ。」

と、突然後ろから、見るからにおバカそうな男がそれに答えた。

「……取り込み中失礼するが、お前達が中立国の規律を乱そうとしているヤロウどもか?」

敵方の会話が一段落すると、アクセルは敵との会話を試みた。もし、彼らが本当にここで戦闘を始めようというのなら、それは相手側(つまりは、魔族側)にとっては重要な協定違反であり、そして、目の前の者達は全力で排除すべき明確な敵となり得る。

それゆえに、アクセルは攻撃を仕掛ける前に、敵の真意を問い質しておかなければならないと思ったのだ。

「――人聞きの悪い…。俺達は修正に来ただけだ。」

そう答える隊長格の男に、すかさず、スレイヴという男は相槌を打つ。

「そうそう、修正するだけ。…そういやぁ、アンタの後ろに居るのはエルスちゃんかい?死んだって聞いてたが…まさか、人間とお友達になってるたぁな。」
「……………!」

瞬間、何か嫌なものでも見たかのように、エルスは咄嗟にアクセルの背に隠れ、相対する男を睨みつけながら黙り込んだ。

それを見たスレイヴという男は、今度は直接エルスに声を掛ける。

「お〜い、エルスちゃん…イケナイ娘だな…さぁ、こっちにおいで。」
「…私、戻らないよ!絶っっっ対に!!もうあんな思いしたくないもん!」
「そうか…なら、仕方ねぇなぁ…。後で泣いて!叫んで!命乞いをしたとしても!裏切り者はキッチリ殺してやる…!おい、ヴィース!このクソガキは俺が殺る!」

明確な拒絶を受けると、スレイヴの口調と雰囲気は一瞬で訓練を積んだ軍人としての『それ』に変わり、だだ漏れの殺意を辺りに振り撒き始めた。

「…フン、好きにしろ。俺は『蒼天の白壁』の実力を確かめる…。メノズ、お前はあの余り物の相手でもしていろ。」
「……………………」

ヴィースという男はアクセルの横に立つオキタを睨み据え、振り返らずに後ろの男に指示を下す。が、何も反応が返ってこない。

「――ん…、おい、どうした!?メノズ!」

メノズという男が返事をしなかったのも無理はない話だった。

…既にその時、彼は息絶えていたのだから。

不意に違和感を感じ、振り向いたヴィースの眼に飛び込んできたのは、急所である首元にナイフを突き立てられたメノズの姿と、自分を横切る一筋の光だった。

「――誰が余り物だって?」

ヴィースが困惑する暇もなく、彼に背後からアクセルが話し掛ける。

「……!」【なっ…!?コイツ、疾い…!】

ヴィースはアクセルの声に反応し、反撃を意図しない堅実な動作で、咄嗟に抜き放った剣を使い一撃を防ぐ。

同じようなやや大ぶりの剣を扱う二人は互いに力負けをせず、そのまま鬼気迫る鍔迫り合いを演じ始めた。

「――チッ…前言撤回だ!スレイヴ!『蒼天の白壁』も頼む!」
「あぁん?仕方ねぇヤツだな…わかったよ…。じゃあ、始めようか……」

スレイヴは、いかにも余裕といったそぶりを見せ、ヴィースに返答すると同時にエルスとオキタのいる方に向き直り、戦闘開始の意思表明をした。

「…スレイヴ!利用されてるだけだって事が、わからないの!?」
「わかってるよ…でも生き残るには上に従うしかねぇんだ…よっ…!」


エルスの質疑に答えるのと同時に、スレイヴはエルスとオキタに多数のナイフ状の武器を投げ付ける。

エルスの必死の叫びも、彼女を裏切り者と見限り、抹殺の対象だとしか認識しようとしないスレイヴには届かなかったのだ。


「――ジュンちゃん!お願い!」

エルスが叫ぶと、彼女の体は瞬時に具現化されたジュンカの翼に覆われて、スレイヴの攻撃は全て無に帰した。同じように、オキタを狙った攻撃も、彼の神速の刀捌きによって、たちまち一本残らず弾き返された。

「ふぅ……やっぱ、効かねぇか…。しょうがねーな。」

スレイヴは、攻撃がすべて無力化されたという事実に動揺する事なく、まるで、それが当然の結果であると予想していた―――要するに、先刻の攻撃が様子見であったことを匂わせる台詞を吐き、次の動作に移る。
「…!」【これは…かなりの魔力を練り上げている……】
「悠久の時の流れに身を任せ、永久に輪廻する傀儡よ!我は万物を利用し、万物に利用される者の鑑!」
「…!?」【何…?この詠誦、聞いた事無い…】

スレイヴの詠誦が始まると、オキタとエルスの二人は各々で危機を感じ取った。

「……」【どうしよう……あえて魔法を出させて、それを防いでから反撃…?それとも、魔法が発動する前に攻めるべき…?】
「――先手必勝!!させません!」

躊躇うエルスを尻目に、オキタは相手の詠誦が完了する前に一気に相手を屠ろうという意思のもと、吶喊した。

「――今こそ汝の闇を…解き放て!『エターナル・リグレット』!」

オキタが突撃するのと同時に、その気迫にたじろがず、詠誦を息一つ乱れずに終えたスレイヴの魔法が発動する。

「……ッ!?」

予想外の詠誦完了の早さに、オキタは瞬間的に全身の力を足に集中、突進を中断し、刀を体の前――特に、バイタルエリアである頭の前に持ってくる事で防御態勢に移行した。

…のだが。

「……?何も起きていませんね…」

オキタは刀に魔法による衝撃や何らかの状態異常を受けず、あまつさえ、彼が、一定の魔力と詠誦を必要とする高度な魔法が発動した際に発生する魔力の残滓のようなモノを感じ取る事はなかった。

「――し、失敗かよっ!?」
「御生憎様…です。さぁ、今度はこちらの番ですよ!」

この瞬間、敵が魔法の発動に失敗したと確信したオキタは刀を構え直し、突撃を再開した。
そして、これにより、もはや勝敗は決したかのように見えた。

――しかし。

「マズい…!な〜んてな……」

仮にも相手は精鋭部隊の隊員であり、そう簡単に決着がつくはずも無かった。
オキタがスレイヴの眼前まで迫った時、スレイヴは不敵な笑みと呟きを零し、その瞬間、不意にオキタの身体にある異変が起きた。

「く…こ、これ…は?」【身体が…動かない…?】

――変化は、突然だった。
先刻までは、不治の病を患っているのを忘れさせるほど羽のように軽く感じ、自由に動かす事の出来た体が、今は鉛のように重い。いつもなら体の一部のように扱える、全てを断ち切る刀も、今は肉体を大地に繋ぐ楔のように感じ、とんだなまくら刀に成り下がったように思える。

「どうだい?自分の体が自分のモンじゃなくなった感想はよォ!?」
「…くっ!」
「おい、アンタ。誰が『アンタの番』があるって言った?もともと『こういう魔法』なんだよ、あれは。この勝負は、常に俺のターンだ。」
「…フフ……」

本来なら、ここで形勢は逆転し――いや、初めからスレイヴの優勢で、勝負は幕切れを迎えるところだろう。 …しかし、オキタは体の自由を奪われてなお、勝負を捨ててはいなかった。

「何がおかしい?」
「アナタの敵は、僕だけではありませんよ…?」

オキタの視線の先には、今、まさに攻撃を繰り出さんとしている、神々しいばかりの炎をその身に宿した巨鳥と、それを使役する少女の姿があった。

「…!ヘッ!バカだな、アンタ…。俺はこんな事も出来るんだぜ!?」

スレイヴが言った瞬間、動かなくなったはずの身体はさらにオキタの意志を離れ、管制を失った体はオキタ本人の指示とは全く関係なく、突然走りだし、そのままエルスに斬り掛かった。

「なっ…!?」
「…っ!あぁぁっ!」

極度に召喚獣に依存した戦闘スタイル(本体は極めて脆弱)のエルスが、予想すらしていないオキタからの攻撃に対応できるはずもなく、彼女の左肩から下腹部の辺りまで、浅いが大きな刀傷ができ、そこから鮮血が滲み出した。

「――エルスッ!」

未だに敵と拮抗状態に陥っていたアクセルは、一瞬、エルスの叫び声に気を取られ、反射的にそちらを向いてしまった。

「…こんな事で隙を見せるとはな。」

その僅かな間隙を見逃さず、ヴィースはアクセルとの間合いを一気に詰める。
アクセルがそのヴィースの挙動に反応した時には既に、敵が手に持った剣は高く振り上げられていた。

「…!」【クソッ!避け切れない…!】



――
―――
――――時間は僅かに遡り、魔族襲来より一時間前、病院地下のヒロウの隠し部屋にて…


「――体はもういいのか…?」
「いいもなにも、もうダメさ。ここの医者が言うには、このまま一生車イスなんだと。」

そこには、二人の男が居た。
神妙な面持ちの落ち着いた男と、軽薄な雰囲気を纏う男――そう、ヒロウとテツだ。

「そうか…それは残念だ。」

テツの深刻な告白に、ヒロウはこの上なく淡白な声で答える。

「お前、心からそう思ってないだろ?」
「…そんな事はない。ただ、友人の死ぬ確率が低くなって少し安心しただけだ。」
「お前なぁ…俺にとっては戦場であの独特な空気を吸うのが生きてるって事なワケ。わかるだろ?」
「…それなら、『あの』魔王が死んでからつい最近まで、お前は死にっぱなしだったということだな。」
「ま、そうなるかな。しっかし、今考えても嘘みたいだよなぁ…」

そう零すと、不意に、テツは遠く高い空を見上げるように――遥か彼方の追憶を仰ぐかのように、電灯以外何も無い天井を見上げた。

「『あの』魔王があんな簡単に死ぬだなんて、か?」
「いいやぁ、今、俺達が『その』魔王の孫の面倒を見てるっていう事がさ。」
「…やはり、知っていたか。」
「そりゃあ、もちろん。」
「――お前は、彼らの事をどう見る…?」
「どう見るって…」
「世界を平定に導く開闢の使者となるか…それとも『魔王の再臨』と化し、世界を破滅へと導く終焉の使者となるか……あるいは――」

その、突如として投げかけられた質問に対し、テツはしばし逡巡した後、はっきりと答えた。

「――それを見極めるのが…いいや、見守るのが、俺達古い世代の役目だろ?」
「見守る…か。お前らしい答えだな。だが、もし、俺達が彼らの人生に介入しないことによって、彼らが敵に回るような事になったら、お前はどうするつもりだ?」
「ま、その時はその時さ。彼らの人生は、彼らの人生だ。全て、決定権は彼らにある。彼らが悩んだ末でその選択をしたなら、仕方ないと諦めるさ。」
「………」

テツの口から軽々しい口調で語られる、重々しい事態の対応策。
それを聞いて、ヒロウは言葉を失った。
僅かに広がる静寂と、ただそのまま過ぎ去っていく時間。
そんな最中、再びヒロウが口を開いた。

「――悲しいものだな。これも全て運命か。」
「『運命』なんてちゃちな言葉じゃ表わせないくらいの巡り合わせだと、俺は思うケドな。」
「…そうかもしれないな。」
「…で、そんな大事な大事な彼らは、今どこにいるんだい?」

ここで、不意に、テツは心に浮かび上がった素朴な疑問をヒロウにぶつけてみた。

「――先日、人間軍第4支部が壊滅せしめられた。」
「ほー。それがどうした…って……まさか…!?」
「ああ…彼らはそこへ行った。」
「…向かわせた、の間違いじゃないのか?」
「大差はない…情報を与えたのは俺だが、行くのを決めたのは彼ら自身だ。」
「だとしても、だ!なんで止めなかった!?今の彼らの力じゃ、支部を落とすような輩を相手にしたら確実に…」
「案ずるな…手は既に打ってある。」

今、ここで初めて知らされた絶望的な事実に対し声を荒げ焦りを見せるテツとは対照的に、ヒロウは至って冷静かつ無機質な口調で、ゆっくりとこう答えた。

「――本当に大丈夫なんだろうな…?」
「もちろんだ。間違っても、最悪の事態にだけはならないだろう。」
「…何か釈然としない部分もあるけど…お前がそういうなら信じよう。じゃ、また後でな。」

ひとしきり会話を終えると、テツは自分の病室へ戻って行った。
なんでも、少し病室を出ていただけでガミガミと説教を垂れるほど、担当の看護師さんが口うるさいのだそうだ。
(※ちなみに、これを聞いたヒロウが、あえて担当を変えるように仕向けなかったのは、誰も知る事の出来ない事実だった。)




――そして、今。地下のヒロウの隠し部屋には、予期せぬ二人の客人の姿があった。



「――ニタニタしやがって…お前ら、一体何のつもりだ?それに、ここへの来客は門前払いが基本なんだが…」

出口が一つしかない、外界とはほぼ完全に隔絶・閉鎖された空間。そして、眼前に立ちふさがる二人の敵。立場としては、完全に追い詰められた形となったヒロウは、苦し紛れに敵のどちらにというわけではなく尋ねる。

「フフー、君達は明らかに人間に協力してるデショ?ココは中立国じゃあなかったっけ…?」

顔中に偽りの笑みを浮かべながら、彼の目の前にいる男がそれに答えた。

「…このエセ商人野郎…!もし協力していなかったらどうする気だ?これは重大な協定違反だぞ!?」
「フー、今更そんなちんけなハッタリは止しなよ。まさか、バレてないとでも思ってた…?君達の行動なんて、全てお見通しなのサ。」
「クソッ…」

ここにきて、ヒロウはこれ以上御託を並べ立てるのは無駄だと悟った。
どうやら、相手方にはこちらの行動の全てが筒抜けだったようだ。大方、内通者でもいたのだろう。長年内通者として働いてきた彼には、何となく、そうなのだろうという予感…いや、確信があった。
自分は、極力上手に立ち振る舞ってきた。今の今まで、言動にも何らミスはない。それでもなお、情報が漏れるという事実が、内通者の存在を物語っていた。

「…君達は、始めから僕の手の上で踊っているだけだったのサ。今から、君とお仲間さん達を皆殺しにしてゲーム終了っと。あーあ、思った以上のクソゲーだったなァ…」
「お前…!」
「…ささ、お喋りはこれくらいにしようカナ。さっさとアイツを殺っちゃいな、ターニア。」

男は、自分が直接手を下す必要はないとでも言うように、横に立つ女に命令を下す。

――その時だった。ターニアという名前を聞き、不意に、ヒロウの口から驚きの交じった溜息にも近い言葉が漏れる。

「…ターニアだって?お前は…」
「えっ…!?その声、もしかして…ヒロ、君…?」
「やはりな…そうか、久しぶりだな、ターニア。」
「…!やっぱり、貴方はマヒロ・ソウイ…」
「残念だが、今はその名前じゃない…」

二人は、ここで出会う前から、お互いの事をよく知っていた。そう、それは、お互いの運命以外は、何でも…といっても過言ではない程に。
精鋭部隊の一員と、中立国の医者――昔と立場は違えど、かつて運命を共にした二人は、今ここで、またもや数奇な運命に従い、呑まれ、そして邂逅を果たしたのだった。

「――おやおやぁ、感動の再会ってヤツかナ?…まぁ、そんな事はどうだっていいや。ターニア、ちゃちゃっと殺りなよ。家族がどうなってもいいのかい?」

そんな二人を、男は冷淡な眼差しで見下し、改めて指示を下す。

「……!」

男のその言葉を聞くと、急にターニアの顔色が変わり、先程までの温和な雰囲気が嘘だったかのようにヒロウに対して攻撃(下級魔法の類)を乱発し始めた。

「『ウォンド・ムーヴ』!」
「…ターニア!!止めろ!」

必死でターニアを説得しようとするヒロウだったが、それは、今の彼女に対しては全くの無駄だった。

「何で…どうしてよっ!?私をずっと…騙してたの!?」
「そうじゃない!解ってくれ、ターニア!」

今のターニアの心は、自分は誰よりも信じていた恋人に裏切られていたという絶望感、そして、知らず知らずのうちに敵軍に加担していたかもしれないという罪悪感という、二つの感情で満たされていた。いや、今の彼女は『それらの感情を抱く』ことしか出来なかった。そうしないと、自分が自分ではなくなってしまいそうだったから。

依然説得を試み、ターニアに話し掛けながら彼女の攻撃を躱し続けるヒロウだったが、当然、非戦闘員である彼が戦闘のプロの攻撃から逃げ回るのには限界があった。

「ぐあっ!くっ…」


――とうとう、ヒロウは逃げ回るための要素である右足に被弾、行動不能に陥ってしまう。

「よし…とどめを刺すんだ、ターニア!」

若干の興奮を帯びた男の声に従い、ターニアは魔法の砲身である左腕をヒロウの目の前に突き出す。

「これで…お別れだね……」
「…気が済むなら殺れよ…。俺は一向に構わない。」

完全に死が確定した状態で、ヒロウはターニアと真っ直ぐに目を合わせた。そして、それ以上何も言おうとはしなかった。

「――やっぱり私には……出来ない…!」

瞬間、躊躇いは迷いとなり、迷いは彼女に、ヒロウに向けた掌を握り、ゆっくりと下ろすという行動をとらせた。

「あっそ。じゃあ二人で死になよ。」

その、ターニアのとどめを刺すことを渋るそぶりと言葉からか、軽蔑の眼差しと共に男が不意に言い放つ。

「――『ライト・クイック』!」

そして、次の瞬間には、男の魔法が発動と同時に、ヒロウを庇ったターニアの身体を貫いていた。

「……っあぅ…!」
「ターニアッ…!」

身体の統制を失い、自分に凭れ掛るように倒れ込んだターニアを、ヒロウは素早く抱きとめ、そのまま優しく抱き抱えて、仰向けになるように床に寝そべらせる。

「――はは……ヒロ君…ゴメンね…。私、どうかしてた……」
「謝るなよ…俺まで虚しくなるだろ。」

ヒロウは、今にも閉じてしまいそうな、小刻みに震える瞼の奥にあるターニアの瞳を覗き込んだ。その時彼女は、彼にふっと笑い掛けた後、唇をきゅっと噛み締めた。

「…ねぇ、ヒロ君…逃げて……私が時間を、稼ぐから…」
「誰が逃げるか…アイツはここで、殺す!」
「ダメ…!スラストはあれでも上級…正攻法じゃあ、勝ち目は無いわ……」
「でも、俺はっ…!」

ヒロウは、どうしようもない現状に歯噛みする。決して諦めまいとするその意志とは裏腹に、彼の瞳は絶望の色を帯び始めていた。不安の表れか、無意識のうちに目を閉じる。

「――わかったよ、ヒロ君。それなら『正攻法じゃない』方法を取るしか、ないよね。」
「何か策があるのか…?」

刹那、ヒロウは瞼の裏に一筋の光明を見た。

「これだけは使いたくなかったケド…取って置きがあるの。取って置き…本当に、最後の魔法。でも、その魔法が十分な威力を発揮するには、術者や術者に直接触れている生命の『命』を必要とする…。でも、あのスラストを倒すには多分、私の命だけじゃ足りないの…」
「そういう…事か。」

『正攻法じゃない』方法なのだ。当然、ヒロウは相応のリスクを覚悟していた。

…が、その方法が、まさか二人の命を消費してようやく実行に移せるようになるような代物だとは想像すらしていなかった。

「うん…ごめんね……」
「だから、謝らなくていい。……俺達の命を少し削るだけ、とはいかないのか?」

しかし、面喰らってばかりもいられない。瞬時に、ヒロウは思いついたリスクの低い代案を提案する。

おそらく、返答はノーだろう。魔法の使用者は自分ではなく、ターニアだ。使う本人が先程、二人の命が丸々必要だと言っていたのだ。こんな代案、通用しないに決まっている。

――そんな事は、わかっていた。それでも、できるだけ、僅かな希望に縋ろうとしている自分がいる。

「それだと、上手くいってもせいぜいしばらく動きを止めるくらい…しかも、命を削るって事は、体にすごく負担のかかる事なんだよ…?動きを止めても、私達が動けないんじゃあ、根本的な解決には繋がらないよ……」
「…………………」

…やはり、ヒロウの予想は正しかった。
もはや、自分の死は避けられないものとなっている。しかし、それゆえに、彼は覚悟を決める事が出来た。

「多分、私の命全部とヒロ君の命の半分があれば威力としては申し分ないんだけど…そう上手くはいかないんだ…。それに、もし仮にヒロ君に半分命を残せたとしても、あんな危険な魔法をこんなに近くで発動したら、結局ヒロ君の命も…無くなっちゃうかもしれない。ううん、きっとなくなっちゃう……」

ターニアはそう言ったきり黙り込んだ。が、その目は未だに、ヒロウに逃げろと言っていた。

「――それでもいいさ…」
「え…?」

沈黙を破り、突然、ヒロウがゆっくりと口を開く。
その彼の眼からは、確固たる光と信念が見て取れた。
さらに、今の彼には、どこか狂気にも似た雰囲気をも宿っているように感じられた。

「――倒そう…二人で!」
「でもっ…」
「…俺の死を、犬死ににしてくれるなよ…」
「……………!」

間違いなく、ヒロウの表情は本気そのものだった。そして、それに応えるターニアは、決意を秘めた眼差しを彼に向け、何も言わずにただ、こくりと頷いた。

「――さァ、最期の時を楽しんだかい?僕は優しいから処分してあげるのサ。欠陥品である君達を、腐りきる前に、ね……」

そんな二人の正面に立ちはだかる敵は、相も変わらず余裕の表情を浮かべ、自分の最も得意とする対近距離魔法の射程距離を徐々に二人に近付けていった。


続く