〜第九話:刻の最果て〜
※導入部分・・・交錯する運命と、変わり行く現状に翻弄されながらも、ロウスとフィアラは自分達のやるべき事を理解し、人間軍第4支部に向かった。その一方で、店に残ったアクセルとエルスも店を出て、何処かに向かい始めたのであった。
――そして、現在…各々の思惑が錯綜する中で、人間軍第4支部では永遠にも感じられる死闘が続いていた。
「…あの馬鹿、頬に傷が付いてるじゃないか…」
そう言うと、氷柱の後ろから出て来た男は、調度オーラルがカタルシスに加えた攻撃によって出血を生じていた場所と同じ所から流れていた一筋の血に触れ、そのまま手を頬に宛がった。すると、一瞬でその部分が凍りつき、出血が止まった。
男は、コバルトブルーの髮とライトブルーの瞳が目立つ、攻撃的なカタルシスとは正反対の優男といったような、落ち着いた雰囲気と外見を有していた。
「――氷…?まさか、お前……行方不明になったと聞いていたが…」
「あ〜、解ってるなら聞くな。多分貴様が思い浮かべてる名前で正解だ。」
「『氷鋭』のレガート…どうして、此処に五常将が二人も…?それも、その二人が直々に、とは…精の出る事だな。この支部にはそんなにめぼしい研究か何かでもあったのか?」
「いいや…貴様は2つ勘違いをしている。1つは、私達の目的についてだ。私達がこの支部に来たのはほんの2時間前…――2日前、私達魔族軍はこの支部から膨大な魔力を感知した。しかし、それはものの2、30分で消えてしまった…。私達は、その魔力の主と魔力が消えた理由を探りに来た…というだけだ。それ以外に、この支部に興味は無い。無論、貴様ら人間のくだらない研究になども、な。そして、2つ目…これこそが、貴様にとっては重要な勘違いだ。貴様は、ここには五常将が『二人』いると言ったな。まぁ、それもあながち間違いではない。確かに、精神は二人分存在している…だが、貴様が相手にする『肉体』は一個体だ。まったく、不便で仕方ない……」
「『ダブルフェイス』……噂は本当だったのか。いわゆる『二重人格』のような特徴…それだけではなく、お前…いや、お前達はそれぞれが別の能力を有している…か。しかし、ここまで俺に色々と話して良かったのか?」
「…確かに、お喋りが過ぎたな。が、気にする必要は無い。私も暇ではないのでな…今から、貴様には消えて貰う。」
「ハッ…!やってみろよ!」
オーラルは、再び両の手に剣を具現化する。それに合わせるように、レガートは己の剣を右手に持ち替えた。
ただ、そのままの流れで構えるというわけでは無く、本当に、『ただ持ち替えただけ』というべき挙動であった。
「――闘う前に一つ聞く。貴様、名は何という?私を力尽(ちからずく)で引き出した男だ。墓くらいは用意してやろう…」
「名乗る名は無い、と言いたい所だが、自分を殺す男の名前くらいは知っておきたいだろう?NO.1922…コードネーム『オーラル・ドラグレット』だ。」
「NO.1922…人間軍の駄犬か…度し難いな。」
「そういうのは、俺を墓にぶち込んでから言うんだな…!」
「籠の中の生き物は、所詮観賞されるだけの道具でしかない…。それを解らせてやる。解るまで生きていられたらの話だが…な……」
――オーラルは、会話の途中からレガートの剣が凍り始めているのに気が付いていた。それは、剣が氷を帯びている、もしくは、氷を纏っているというわけではなく、圧倒的な冷気により剣自体を冷やし、それに伴い空気中の水分を凝結、剣と氷を一体のモノとしているようだった。
…しかし、最先端の科学力を統合した視覚を利用しても、これから彼が何をしようとしているのかを理解するには至らなかった。
【…剣を凍らせるのに何の意味があるのかは知らないが、攻めるなら今だな……】
「――喰らえ!」
オーラルは、レガートが攻撃態勢をとる前に、更に、同時に両手に3本ずつ剣を具現化し、すかさずそれを全て投げ付ける。
しかし、その攻撃はレガートの目前に迫った時、地面から生じた新たな氷柱によって完全に無効化されてしまった。
「単調な攻撃だな…。芸が無い。私達五常将が自ら魔力を抑制しているのは知っているな?私達の場合はこの髪留めが魔力を抑制する枷だ。悪いが、今は手加減してやれない。」
戦闘を始めた時から地面に打ち捨て去られていた髮留めを踏み潰しながら、レガートはゆっくりと右手を振り上げる。
オーラルはそれに気を取られて、反応が遅れた。
彼が、自分の足元から『低温の何か』が突き出ようとしているのに気が付いたのは、それを躱す直前の事だった。
「…ッ!!」
「今のを躱すか…。だが…!」
オーラルが体勢を整えるための隙を補う間も与えず、レガートは振り上げた剣を一気に振り下ろした。それによって、剣から生えた無数の氷の礫が、点ではなく面の攻撃として、オーラル目掛けて飛んで行く。
「…ちっ!」
オーラルは、氷柱を体の回転で横に躱した状態のまま、その回転を利用して回避動作中に剣を具現化して投擲、さらにそこから新たに剣を具現化し、それで迫り来る数多の礫全てを軽く防ぐ。
…が、突然、氷の礫を受けた場所から剣が凍結を始めた。
【くッ…厄介だな…。この眼が無けりゃ、最初の一撃で殺られていた……どうする!?】
次第に氷に浸食されていく剣を、氷が自分の体に影響を及ばさないように捨てながら、オーラルは作戦の構築を急いだ。
そんなオーラルの自由を許さないかのように、矢継ぎ早に、今度は天井から氷柱が突き出す。彼らが闘っている廊下は、本当に『ただの』廊下であり、天井は高くはなく、横幅も広いものではなかった。そのため、オーラルは常に自分の周囲に気を配り、どこから生えるかわからない氷柱に備えなければならなかった。
戦況は、圧倒的にレガートに傾いていた。カタルシスとの戦闘での消耗、戦闘の場所…オーラルが不利になる要素は十分過ぎるほど揃っていた。それに何より、能力の相性が悪すぎる。オーラルがいかに剣を具現化して攻撃しようとも、その全ては敵の眼前で含有する戦闘力の全てを失ってしまうのだから。
天井からの不意打ちも紙一重で見事に躱したオーラルだったが、反撃をするタイミングを見つけられない。それほどまでに、レガートの攻撃は凄まじいものだった。
回避に徹しなければ、その通り名通りの鋭い一撃をもらい、あっという間に死ぬ事になる。
…オーラルが天井からの氷柱を躱すためにとったバックステップの着地の刹那、それを見計らっていたかのように、廊下の壁と床と天井が余す所なく氷に覆われた。
この光景を前にすれば、どんなに鈍感な人でも逃げ場が無い事を察するだろう。
「『Curdle World』…天井と壁がある限り、貴様の視界縦横360度全てが私の攻撃範囲だ。そして、壁は一面の氷の鏡…私に死角は無い。つまり、貴様に勝機は無い……」
「………!」
確かに、このままでは勝てないと思ったのだろう。
――オーラルは、賭に出た。
「蒼穹に座する天罰の使徒よ…!」
「今更何をしようと無駄だ…これを見て、生きていられた奴は居ない!『大紅蓮』(グラン・クリムゾン)!」
レガートが叫び、手で何かを握りつぶすような動作をとるのと同時に、オーラルの周りの至る所からその空間全てを埋め尽くすほどの巨大な氷柱が突き出す。
「今こそ、その我に力を貸与したまえ!出でよ!『龍我』(リューガ)!」
そうオーラルが叫んだ半瞬間後、いや、それよりも早かったかもしれない。
オーラルの体から瞬間的に溢れ出した魔力の塊が龍を象り、廊下の全てを洗い流した。
「なっ…!」
それは、まるで全てを飲み込む濁流のように全てを蹂躙しながら進行し、新たに生み出された氷柱の壁を根こそぎなぎ倒しつつ、その氷柱ごとレガートを吹き飛ばした。彼はそのまま荒ぶる奔流に巻き込まれ、鈍い音を出しながら廊下の突き当たりまで転がった。
「――くっ…!」
辛うじて起き上がった男の姿は、レガートという男のものではなく、『元の』カタルシスに戻っていた。
「チェックメイトだ。最後に言い残す事は?」【…魔力の干渉のせいで義眼がダメになったか……だが、これで終わる。】
オーラルは一瞬で間合いを詰めた後、傍らに転がる剣を手にしようとするカタルシスの左腕を踏み付け、新たに具現化した剣の先を喉元に突き付けながら問い掛ける。
「へへッ…バーカ、追い詰められてるのはお前の方だ!」
「そうか…それは良かったな。…死ね!」
そう言うと、オーラルは思い切り、がら空きになっているカタルシスの腹に剣を突き立てた。
――確かに、突き刺したのだ。この瞬間に。疑う余地などまったくないほど確実に。相手の全てを否定するように。
…しかし、オーラルの剣から手に伝わってきた感触は、刺さったというより、何か硬いモノに食い込んだといった感じのものだった。
「何…ッ!?」
気が付くと、剣が刺さっていたのは、先刻までは確かに『カタルシスその人』であった、人の形を模ったただの氷であった。
「くっ…!いつの間に!?さっきまでは確かに……どこだ!?」
瞬間的に、焦りが思考を支配し、言い知れぬ恐怖が身体を支配した。思いがけない事態に、不意に独り言が零れる。
「…!」
その隙をつくように、彼が踏みつけていた、『カタルシスの左腕だった部分の氷』が足を包み、あまつさえ、腕さえも突き立てていた剣を伝い迫る強固な氷の枷で封じられ、彼は完全に自由を奪われてしまった。
「クソがっ…!」
――しかし、彼は身動きを封じられたにも関わらず、うろたえる様子を欠片たりとも見せていなかった。
…もはや、自分の敗北は確定した。戦闘スタイルの関係上、もはや魔力はほぼ枯渇状態であり、どうあがいても現状を覆すことはできない。
それならば、どうするか。
おそらく、敵は自尊心を抱いている。敵の心は、『この状況からは絶対に負けない』という慢心に満ちているだろう。
そうなれば、敵のとる行動は一つだ。
敵は必ず、もう一度自分の前に姿を現し、自分自身の手でとどめを刺しにかかる。
――その結論に至った時、オーラルは死を覚悟した。しかし、ただでは死なない。それは、その気持ちも含んだ覚悟だった。現在は機能を失っている義眼だが、それには、オーラルという個体のみが出力できる特殊な魔力を感知すると、瞬時に小規模な爆発を発生するという、本来は機密保持に用いられる機能が搭載されていた。この機能は、たとえ義眼の全機能が停止している状態であっても、確実に作動するように設計されていた。
もちろん、その『小規模な爆発』は本当に小規模なものだが、爆発させた瞬間に、オーラルの体が消え去るほどの威力は当然の事ながら有している。
【――ヤツが接近して来た時、コレの爆発に巻き込んでやる…】
…オーラルには、感情を分かち合ってきた部下たちがいた。
ただ、それは、今となっては淡い幻のように掻き消えてしまった。
…オーラルには、命の次に大切にしてきた部隊があった。
ただ、それは…それらは―――
…自分がいなくなる事で、今、まさにここで戦闘を行っている部隊の名は、ただの軍の記録と化す。あるいは、記録にすら残されないかもしれない。
途端に、自分という存在が不安定になっていくのを感じた。
今の彼に残されている確かなモノは、もはや風前の灯と化した自分の命と、祖国に残してきた婚約者の存在だけだった。
――結局、自分は自分の大切なモノを何一つ護れなかった。
今から、自分は死ぬ。
もう、自分よりも大切な『彼女』をその手に抱くことも、護り抜くこともできなくなる。
それならば、せめて―――――
そんなオーラルの覚悟を知りもしない『敵』は、一時の静寂の後に、彼のいる全く反対側の廊下の突き当たりから現れ、予想通り…徐々に…しかし確実にオーラルに近付いて来た。
「――便利なモノだろ?私の力は、上手く使えばこんな事も出来る…。魔力から作り出した氷にほんの少し魔力を込めれば、私の意のままに動く氷人形の完成、だ…。これは魔力兵より簡単に作れるし、何より、姿形を自由に決められる……」
「そういう事か…だが、どうやって一瞬で…?」
「冥土の土産に教えてやろう…。貴様が闇雲に剣を投げ付けた時、私はいつでもお前の眼に触れず、氷人形と入れ替わる事が出来た…。そして、私の氷人形は、その含有する魔力によって、一時的にだが私と『全く同じ姿』を装う事が出来る……ここまで言えば、『頭の足りない』お前でも、理解できるだろう?」
「ヘッ……流石にそこまでお前の策にハメられてりゃあ、敵わねぇわな……」【…っ!薬の効果が切れてきやがったか……もう少し………あと、3歩なんだ……もってくれよ…!】
「…!ほう……」
その時、突然、オーラルと会話をしながら接近を続けていたレガートは、その歩みを止めた。
「何だ…?どうした!?さっさととどめを刺せ!」
「ああ…そうさせてもらおう。ただし、この距離からだ。」
「…!!」
その瞬間に、オーラルの最後の策は何の前触れもなく、呆気なく破れ去った。
「何故、分かった…?」
「質問の多い奴だな…。が、それは、簡単な理由だ。答えてやる。」
「……………」
「貴様自身が、まだ己に策が残っていることを私に教えた…それだけだ。」
「何…だと?」
「――眼だ。先刻までの貴様の眼は、今の絶望と諦めに満ちたものとは違い、覚悟と自信に満ち溢れていた。」
「…そうかよ。はぁ……万策尽きたってのは、こういうのを言うんだな………」
「…さて、そろそろお別れだ。せめてもの情けだ…溶ける事の無い氷に抱かれ、永遠の夢でも見るがいい……」
「そりゃ、ケッコーな情けだな…」
それが、オーラルの最期の言葉となり、次の瞬間には、彼は氷と生物との中間の存在と成り果てた。
――――時を同じくして、ロウス達がようやく人間軍第4支部に到着する。
「――臭うな。死体が回収されたのかどうか…。どうする、フィアラ?一緒に来るか?おそらく戦闘にはならないと思うが…」
「勿論行くよ!行って足手まといになるのはイヤだけど、行かずに後悔するのはもっとイヤだから…それに、もう兄さんだけを危険な目に遭わせたくない…だから私がっ…!」
「…護る、か?大きく出たな。だが、我が身一つくらい自分で守る。…よし、行くぞ!」
「うん!」
「…と、言いたい所だが、フィアラ。あの建物を見ろ。」
「――ん…アレの事…?」
二人の視線の先には、支部から少し離れた場所に位置する荒廃したやや背の高い建物があった。
「…そうだ。この支部…東側には窓がある。そして、あの建物は支部のちょうど東側……」
「……狙撃(スナイプ)だね、兄さん。」
「ご名答。狙撃なら、お前がヒロウさんから貰ったあの武器におあつらえ向きだろう。」
「それはそうだけど…」
「………………」
自分も一緒に行動して、同じように戦いたい。そう反論をしようとした瞬間、ロウスの眼を見てフィアラは悟った。兄が、極力、自分に危険が及ばないように配慮してくれている事を。
そう、兄の優しさ…そして、覚悟を悟る事が出来たのだ。
「…うん。わかったよ!援護は任せて。ただ、無理だけはしないでね、兄さん……」
「ああ。東側の探索が終わったら一旦ここに戻り、次の作戦を立てる。いいな?」
「了解っ。」
「通信機は常に起動させておけ。それと、もし俺が敵に遭遇した場合は、俺から指示があるまでは攻撃するな。…それじゃあ、また会おう。」
「うん。また、ここで…ね。」
――こうして、二人は新たなる一歩を別々の道に踏み出した。
たとえ、踏み出したその先が地獄に続いている事を、二人が予め心のどこかで知っていたとしても、二人は先へと進んだであろう。それほどまでに、二人の覚悟は重いものだった。
覚悟というものは、重ければ重いほど未知の力を発揮する可能性を秘めている。
…しかし、時として、覚悟というものはその重さに比例した枷として、十字架として、人にのしかかる事がある。
――そして、それ故に、失ってしまうモノがあるという事を、二人はまだ知らなかったし、知る事もないはずだった。
──そして、束の間の日常は音を立てて崩れ始める…。
ロウスとフィアラの二人が人間軍第4支部に到着したのとほぼ同時刻、アクセルとエルスはジュンカを駆り、オーブの病院を訪れていた。
名目上、目的はオキタのお見舞いだったが、アクセルの意図はもっと別の場所に向いていた。
自分は、本当にこのままでいいのだろうか?
やはり、ロウス達に自分の全てを曝け出して共闘すべきなのだろうか?
…それとも――
アクセルは、まだ本調子ではないオキタと、彼の病室内で話を始める。
「…オキタさん。俺は今…何をするべきなんだろうか…?」
「……自分がやりたい様にやれば良いんじゃないんですか?」
「でも…」
「何も悩む事はありません。いずれ『その時』はやって来ます。だから焦らなくても…」
「……………」
微笑みながら優しく、諭すような口調で話すオキタに対して返す言葉を見つけられずに、アクセルは黙した。
――だが、その沈黙は一つの警報に破られる事となった。
「…何だ!?」
「魔力を感じます…。それも、それなりに大きい…どうやら、ここに魔族が攻め込んで来た様ですね……」
「ここの立場は中立のはずだ!ヤツらもそこまで表立って……」
「…おそらく、人間側に荷担しているのがバレたんでしょうね…」
「クソッ…!仕方無い…迎撃する!ついてこい、エルス!」
「うんっ!」
「待って下さい…僕も、行きますよ。」
「そんな体で…大丈夫、なのか…?」
「ふふ…当たり前……です!」
続く