〜第八話:理想と仮想〜

※導入部分・・・ミレルを撃破した事によって人間軍との関係が良好になり、その見返りとして、ヒロウを通して人間軍の情報や武器等を手に入れることが容易になるという恩恵に与ることができたロウス達。彼らは、ヒロウの得た不確かな情報を明確な物にする為、壊滅した人間軍第4支部に向かい『コクロウヤマト』(別名:死の宅急便)と協力、情報収集をする事になった。余計ないざこざを避ける為、ロウスとフィアラは支給された人間軍の制服に着替えて人間軍第4支部に向かうのであった。

「わー!これを着るの、久しぶり!ど…どう?似合ってるかな?兄さん。」
「ああ…。しかし、俺はどうも制服というものが好きになれないんだが…」

…ロウスは、知っていた。フィアラは、辛い時ほど気丈に明るく振舞うのだ。それは、おそらく本人の意識の行き届かない心の根底にあるモノがとらせる一種の防衛機制的な行動で、それは、間違いなく今、この瞬間にも見え隠れしていた。

やはり、かつての仲間と敬愛した上司を一度に失った悲しみは、計り知れないものなのだろう。特に、上司の命は自分がその手で奪ったというのだから、尚更だ。

――フィアラは今日、店を開ける前にも病院に程近い墓標を訪れていた。
祈るように手を合わせる彼女の前には、質素な三つの十字架と、微風に揺られる一輪の花があった。彼女はただただ、目を閉じ、開いては溜息を零す事を繰り返す。
しかし、どこまでも深い悲しみを帯びた彼女の瞳は、ロウスが近付くと、途端に不器用でぎこちない明るさで塗り潰された。

そこで、ロウスは悟った。きっと、フィアラは誰よりも心を傷めながら戦っているのだ、と。そして、そんな彼女を護る事が出来るのは、自分だけだということに思い至った。

「…でも、似合ってるよ?」
「――そ、そうか…?まぁ、そんな話は後でゆっくりすればいい。今はとにかく…行くぞ!」

フィアラの声で我に返ると、ロウスは他愛のない受け答えもろくにせず、そのまま、かなりの量の武器が積み込まれた新型バイク『マッセ』に跨った。それに促され、フィアラもすかさず後部に飛び乗る(いわゆる、二人乗りである)。

――――二人は、人間軍第4支部へと急いだ。



―――時を同じくして、人間軍第4支部…そこでは、過酷かつ熾烈な闘いが幕を開けようとしていた。

「施設は無事…という事は、占領されたのか…。かなりの拠点制圧力だな…」

訝しげな顔で重い声を零したのはオーラルだった。彼は、若くして『コクロウヤマト』の部隊長を務め、若干の欠点(情緒が極端に不安定)を除けば、人間軍の中でも1、2を争う優秀な人材だ。(戦闘時にはトランキライザーを使用する事で、その欠点をも克服する事が出来る。)
人間軍第4支部の外観を注意深く観察し、その経験や勘から侵入を躊躇ったオーラルだったが、退くわけにもいかない。

「よし!総員、中へ入るぞ!」

希薄な静寂を破り、彼は部下におおまかな指示を出す。
『コクロウヤマト』の構成人数は、オーラルを含めて5人と少人数だが、一人一人がかなりの手練で、小隊にして一個師団並の力を持つとも言われている。
戦場で出会ったが最後、確実に殺される。それが死の宅急便と呼ばれる所以だ。

オーラル達が中に入ると、そこには魔力兵がうようよしていた。

「くははははは!魔力兵が居るってこたぁ、少なくとも上級以上が居やがるって事だな。早速大歓迎ってか?相手してやんよォ!」

オーラルは、突然訪れた興奮の波を鎮静させる為、一本目のトランキライザーを腕に打ち、彼と部下達は分散して人間軍第4支部の探索及び上級魔族の淘汰を始めた。

―――作戦開始から20分後…異変が起きた。
『コクロウヤマト』内での規則では、余程のことがない限り、5分おきに連絡を取り合うことになっている。その規則があるにも拘らず、『コクロウヤマト』の隊員が次々と音信不通になっていったのだ。
その規則は今まで全ての任務で守られてきたし、これからも守られるはずだった。当然、偶然皆がそれを忘れているとは考えにくい。かといって、敵の妨害電波という可能性も低い。(魔族の領土に近い人間軍第4支部は、万一敵に占領された場合を想定し、最小限の通信機器で最大限の通信能力を発揮できるような構造…つまりは、生半可な妨害電波などは、壁の内側や外側で全て吸収されるような構造になっている。)

――そして、事態を重く見たオーラルが全員に連絡、その全てに返事がない事を確認した時、彼の前に一人の男が姿を現した。

「遂にお出まし、か…」
「お前が部隊長だな…?」

男は一拍置いたあと、著しく攻撃的かつ挑発するような含みを持つ声でオーラルに尋ねた。

「ああ…そうだが?お前だよなぁ?俺の部下を殺ったのは?」

徐々に感情が昂ってきたオーラルも、相対する男によく似た声色で受け応える。

「部下…?ああ、あのカスどもの事か。カスが戦場に出りゃあ、殺られて当然なんだぜ?」
「それなら、安心してお前を殺れる…。お前は俺の獲物だ…!」
「それはこっちの台詞だ!来いよ…カスどもと同じように殺してやるぜぇ!」
「お前が!?俺を!?殺す!?ハハハハっ!バカも休み休み言え…チリも残さず殺してやる!」

この時点で、お互いに一歩も譲らない両者の交戦は、どちらかが死ぬまでは終わらない様相を呈し始めていた。

「上等だよ!どいつもこいつもトロトロしたカスばっかでよぉ!お前は愉しませてくれよ!?」
「愉しむだぁ?バカか?お前は死ぬんだよ…後悔する間もなく、一瞬でな…」

会話の最中、激情によってまたもや訪れた感情の波を、オーラルは二本目のトランキライザーで対処しつつ、威嚇を続ける。

「お前…なかなかいい度胸してんじゃねーか!…早くやろうぜ!」

妙に強気な目の前の男とは対照的に、オーラルは現状を冷静に分析、いくつかの攻撃パターンを想定する。

【ヤツの周りの温度が異常に上昇している…。何かやる気だな………】

(※補足:オーラルの右眼は、超科学の技術の粋を凝らして造られた義眼で、サーモグラフィー等の高度な機能が搭載されている。また、義眼とは視神経が直接接続されているので、タイムラグが発生することはない。)


「オラァ!」
「…っ!」

瞬間、オーラルが攻めの一手を考え始めるのと同時に、彼を紅蓮の火球が襲った。

「――これは…!?」

既の所で火球を躱したオーラルだったが、その冷静さには一分の揺らぎもない。
彼はただ、反撃する隙が無かったことを自分の中で確認、敵の攻撃を反芻して次の攻撃への対応策を練っていた。

「チッ…外したか…」
「お前の『天驚の極』は炎か…。それに、エンジ色の瞳と紅色の髮…お前、『爆炎』のカタルシスだな?」


(※補足:天驚の極とは、上級以上の魔族が辿り着く一種の最高位戦闘能力の事である。最終的に、上級以上の魔族は1つの『魔法ではない魔力の行使法』に特化する。特化した『それ』―――いわゆる『能力』は勿論無詠誦かつ、予備動作無しで使う事が出来る上、上級の魔法にも匹敵する力を秘めている。)

「俺を知ってるのか…。だったら俺の強さ、分かってるよなァ!?」
「ああ…お前クラスの魔族とは何度も闘ってきた。お前は俺には勝てない!」

敵の観察――様子見を終えたオーラルは両方の腰に挿した二振りの剣を抜き、構える。
同じく、カタルシスも先刻までその切っ先を地面に減り込ませていたやや大ぶりの剣を持ち上げた。

「オラ、早く来いよ!」

空いている方の手で軽く手招きをし、挑発するカタルシスに対して、オーラルはゆっくりと魔力を練り上げる事に集中していた。

「…来ないなら、またこっちから行くぜ!?」

戦闘が進んでいるようで進んでいない現状に痺れを切らしたのか、カタルシスは右手で火球を投げ、それを回避したオーラルの挙動を先読み、間合いを詰めて左手の剣を振り上げ渾身の一撃を繰り出さんとする。

――その瞬間、オーラルが叫んだ。

「来い!『ストライク・オーケストラ』!」

半瞬間後、地面から鉄の塊の様な巨大な物体が姿を現し、カタルシスと火球の行く手を遮る。咄嗟にバックステップで地面から飛び出す『それ』の直撃を避けたカタルシスだったが、そのせいで僅かに隙が出来てしまったのはいうまでもない。
もちろん、その間隙をオーラルは見逃しはしなかった。

「喰らえ!『ライフルバンクエット・アリア』!」

オーラルの叫びに呼応して、彼の呼び出した物体はガタガタと激しく震動し、夥しい数の弾丸を吐いた。
―――しかも、それはただの弾丸ではない。魔力がそのまま弾丸を模っている…つまりは鋭く尖った『魔力の刺』の様な物だ。所狭しと縦横無尽に乱れ飛ぶ、空間を埋め尽くすほどの弾丸は、オーラルにより設定された『目標』(つまりは、カタルシスである)に対して、それぞれが自由な軌道を描き、集束。死を呼ぶ雨となって降り注ぐ。

「はン!召喚術か!?だがなぁ、そんなちんけなモンは俺には通用しねぇ!!」

畳み込むようなオーラルの攻撃に対し、回避動作が終わらないうちに、カタルシスが叫ぶ。

――瞬間、炎の壁がカタルシスの周りを覆い、ありとあらゆる方向から迫りくる弾丸をことごとく相殺していった。

「まだまだァ!『ライフルバンクエット・コーラス』!」

オーラルが第2の技を発動すると、物体の振動が激化し、そこから吐き出される弾丸の量が飛躍的に増大した。しかし、依然としてカタルシスが展開した炎の壁を貫くことはかなわず、それどころか、一切と断言しても遜色のない程、優良な効果を挙げられていないようだった。

「――くそっ…これで死ね!『ライフルバンクエット・シンフォニー』!」

さらに上位の技を繰り出したオーラルの眼前には、遠巻きには黒い霧のようにも見えるほどの弾幕が展開され、殺意をふんだんに含んだそれら全てが寸分の狂いもなくカタルシス目掛けて飛んで行った……

…のだが。

結局、彼の召喚した物体を使用して放つ技の全ては、カタルシスの炎の壁の前に無力化され、当の対象には傷一つ付けられていないという状況に帰結した。

「――ヘッ!無駄だって事、解っただろ?じゃあ…塵になれ!!」

防戦一方だったカタルシスは攻撃に転じると、防御に徹していた時の鬱憤を晴らすが如く、その怒りがそのまま形を得たような巨大な炎球を生成、そのままそれを思い切りオーラルに向けて投げ放った。

「…っ!」

オーラルは瞬間的に両手の剣を自分の目の前で交差させ、彼が召喚したモノを消し去りながら進行してくる炎球に対して積極的に干渉、魔力により生成されたという炎球の特性を逆手にとり、それの進行を一瞬遅らせる事に成功した。彼は、作り出したその僅かな時間に炎球の影響が及ばない場所に体を滑り込ませる事で事なきを得たが、熱伝導により二振りの剣は彼の手に余るほどの高温を得、持ち主の咄嗟の判断で破棄された。

炎球に直撃すれば、間違いなく消し炭になる…その事実は、手放された剣が鉄の塊に成り果てていたことからも容易に窺えた。

「………………」
「これで武器が無くなったなァ…!終わりだ!」

そう言って、先ほどの物より更に一回り大きい炎球を作り出したカタルシスは、この争いの勝敗を決するための最後の攻撃に出ようとする。が、それは選択ミスだと言わざるをえなかった。

…そう、より大きな物を使用する際に、より大きな隙が出来るのは世の常なのだ。

【――今しかない…!】

オーラルは思考を張り巡らせるのと同時に、身体を動かした。

――その刹那、オーラルの両手に光が満ち、そこに剣状の何かが具現化される。

「喰らえ!」
「!?」

オーラルは、頭と体をフル稼働させ、作戦を構築しながら攻撃を仕掛ける。彼が第一にとった行動は、具現化された『剣状の何か』改め『実体剣』を、隙の出来たカタルシスの脇腹、及び顔面に投擲するというものだった。

【…チッ!?何故剣が…?何処から出した!?それに、さっきの召喚術といい…こいつは何者だ!?たしか、人間で『具現化』を操れるヤツぁもう一人もこの世には居ないハズ……まぁ、それは大した問題じゃないがな。コイツが何者であろうと、俺の眼の前に立ちはだかるバカは徹底的に叩き潰すまでだ!】

思慮の途中で、狙い澄まされて放たれた、高速で迫り来る剣が炎の壁と衝突する。

「だから効かねぇって…」
「…甘いな。」

オーラルが呟いた瞬間、余裕を振り撒くカタルシスを嘲笑うかのように、剣はいとも簡単に炎の壁を貫いた。

「…!?」

先程までの状況から、完全に油断していたカタルシスは回避行動が遅れ、彼の頬からは一筋の血が静かに伝う事となった。それでも、あの状態から直撃を避けるところは、さすが五常将といったところだ。

「オドロキだぜ…まさか、あの人以外に魔力のみからこんなに高密度の魔力生成の物質…それも、剣みてぇな無駄にデケぇモンを造れるヤツが居たとはな……」
「…フン。これは俺達人間が半世紀をかけて行ってきた人体実験の犠牲の賜物…というやつだ。」

オーラルは、どこか物哀しげな表情を浮かべ、三本目のトランキライザーを腕に打ちながら話す。

「――さあ、そろそろお開きだ。今ので、頭の足りないお前でも炎の壁は無駄とわかったろう?」

オーラルが危機を打開するために使用した能力により、ほんの5分程前までとは形勢が逆転、今度はカタルシスが窮地に陥る事となった。

「…ちっ。」【仕方ねぇ…少し癪だが、ヤツに頼むか…】
「あばよ…!」

そのまま反撃の隙を与えず、オーラルは、未だ炎の壁を張り続けるカタルシスに対して剣を具現化しては投擲するのを繰り返した。

ガスッという、剣が肉を抉り骨にまで達した時に発生する鈍い音が何度も、何度も響く。

――当然、カタルシスの生存は絶望的だと思われた。攻撃を行っていたオーラルでさえ、そう思い込んでいただろう。
…が、攻撃が止み、炎の壁が完全に掻き消えた時オーラルの目に映った光景は、カタルシスが立っていた所に地面から巨大な氷柱(ひょうちゅう)が生え、それに剣が何十本も突き刺さっているだけ、というものだった。

「―――まったく…世話の焼ける奴だな……」

不意に、氷柱の後ろから声が聞こえてくる。
その声は、カタルシスとは対照的な、聞いているだけで凍り付いてしまうようなどこまでも冷めきった声だった。
【何だ、あの氷柱は…?それに、気温が…急激に低下している…?あまつさえ、ヤツの魔力の質も急に変わって……?】

オーラルが困惑していると、また声が聞こえて来る。

「――貴様が、私の相手か…」

その声が響いた直後、氷柱の後ろから姿を現したのは、カタルシスによく似た、しかし、それでいて明らかに本人とは異なる雰囲気を放つ一人の男だった。


続く