〜第七話:止まった時計〜

※導入部分・・・苦悩と苦戦の末、スイレンを倒したアクセルだったが、艦長室に集結した敵に囲まれ、絶体絶命の状況に陥ってしまう。しかし、敵の作戦進行上のアクセル排除の無意味さと、敵指揮官の気まぐれにより、彼は何とか難を逃れる事が出来た。
そんな状況の中でアクセルは、彼を殺すために敵側が割いた戦力である、艦に残された燃え盛る巨鳥を使役する少女と闘うか否かの選択を迫られた。
…が、少女はアクセルに危害を加えず、ただ、おもむろに泣き出したのだった。


―――事態は、深刻だった。何者かの大規模な攻撃(あくまで、アクセルの予想である。彼に真偽は確認出来ない。)により、『neo-demise arch』の姿勢制御システムを含むほぼ全ての機能が停止した(艦の傾きなどから、おそらくそうであろうと推測される。)今、もはや沈没は免れない事態となった。

泣きじゃくる少女の姿を見て、呆気にとられていたアクセルだったが、すぐに気を持ち直し、頭の片隅でオキタ達の事を気にしつつ、脱出方法を基軸とした生き残る為の算段を立て始めた。

…しかし、打開策は一向に浮かんでは来ない。艦内の正確な作りがわからないため、何をどうしたらいいのか、全く分からないのだ。

【仕方無い…これに、賭けるか……】

一つの結論に至った彼は、唯一、現状を打破する可能性を秘めた『目の前の少女とのコンタクト』を試みた。

「おい!!」
「…っひ…ん…うぅ…」
「シカトかよ……おい、そこのお前!髪を二つに縛ってるお・ま・え!」
「ぐすん…ほぇへ…?わ、わた、しゅ?う、ひっく…!」

酷い嗚咽だったが、会話が出来ないほどではなさそうだった。それを確認したアクセルは、続けて話し掛ける。

「泣いてばかりいるなよ…。お前は俺を殺せと命令されたはずだ。任務を果たさなくていいのか?」

アクセルは、あえて挑発じみた言葉を選ぶ。その裏には、もし、闘うことになっても、それで構わない。どうせこのままでは、この艦と共に海の藻屑になるだけだ。それならば、僅かな可能性…目の前に居る少女が戦意を持っていて闘うことになるのか、または、持っていなくて共に脱出する仲間となるのか…自分の未来を、この少女に賭けてみよう。と、そのような真意があった。

「ん…えぐっ…うぅ…そんなの…もうどうでもいいよ…」
「お前の上官は『お前は単独で脱出できる』みたいな事を言ってたが、何故脱出しない?早くしないと逃げ遅れるぞ!俺は…もう逃げきれない……そうか、だからお前は俺を殺さないのか…。そうだろ?わざわざ手を下さなくても俺は…」
「違うよっ!どうせ皆死んじゃうんだ!貴方も…私もっ…!」

賭けの成否は、五分五分といったところだった。少女に闘う気はないようだが、何か違和感を感じる。状況にしては好感触な当たりのはずなのに、不安が拭い去れない。

「何を言ってる?敵に言うのもなんだが、俺は俺の眼の前で子供に死んで欲しくはないんだ…。早く、逃げてくれ…」

現状に違和感を生み出している少女の心情を探る為、アクセルは脱出を促す。
これによって、何か違和感の『カギ』を見つけようとしたのだ。

「私だって逃げたいよぉ!別に、アナタと戦いたくないワケじゃないし、逃げたくないわけでもない!…逃げられないの……」
「でも、お前の上官は…」

この時、泣き止み、うなだれる少女の姿を見て、アクセルの感じていた違和感は、一つの確信へと変わった。

「あの人が言っていたのは、ジュンちゃんの事。私のパートナーのジュンちゃんには飛行能力があるの。鳳凰だからね。だから、そのジュンちゃんをあてにして、私に一人で帰って来いって言ってたの…」
「その『ジュンちゃん』とやらはどうした?」
「今も居るよ…ここに。」

そう言って、少女はアクセルに小鳥のマスコットを見せた。

【――これは、ただのマスコットじゃない。召喚の媒体として使うものだな。そして、おそらくこいつの召喚術は状況からして…】

「ジュンちゃんは雨が苦手なの。だから、今は出て来られない…つまり、私は逃げられないってコト。」
「……………」【――やはり、な。雨の中では、こいつは召喚術を行使できないんだ。】
「同情はしなくてもいいよ。だって、私達中級魔族なんて所詮使い捨てだもん…だから…見捨てられてもしょうがないんだよ!」
「なら、その命、俺に貸してくれないか?」

これならいけると、アクセルは確信した。すると同時に、頭で考えるのよりも早く、言葉が口を衝いて出る。

「えっ…!急に何言って…」

見知らぬ男の突然の頼みに、少女はもちろん、戸惑った。しかし、いきなり首を振ったりはせず、どうやら、アクセルの出方を窺っているようだった。

「頼む!力を貸してくれ!助かるには、お前の力が必要なんだ!お前がいれば、この艦から脱出できるかもしれない!」
「そんな、皆を裏切る様な真似は出来ないよっ!」
「それなら、ここで一緒に死ぬか?」
「――ずるいよ、そんなの…」

アクセルが少し大人げない攻め方をすると、少女は頭を抱えて黙り込んでしまった。

「…で、どうする?俺は別に脅しているわけじゃないし、命令しているわけでもない。ただ、一緒に助からないかどうか誘っているだけだ。さぁ、悩んでいる時間が惜しい。早く決めてくれ。一緒に逃げるのか!?それとも、ここで朽ち果てるのか!?」
「…アナタは何て名前なの?」

だんまりを決め込んでいた少女はゆっくりと口を開くと、目の前の男に名を尋ねた。

「俺の事はアクセルと呼んでくれ…」
「組織に従順なまま死んでいく、名前も残らない使い捨てか…組織に背を向けて生き延び続ける裏切り者か……私は、裏切り者でもいいから、まだ生きたいよ!」
「そうか…。そういえば、名前をまだ聞いてなかったな…」
「私は、エルス。エルス・ガーネットだよ。これから宜しくね。え…っと…あ、アクセル様っ…!」【命の恩人になるかもしれないし、とりあえず『様』でいいよ、ね…?】
「ああ、よろしく頼む。」【どうして『様』なんだ…?まぁ、悪い気分じゃないから別にいいんだけどな…】

『生きたい』という意思が共鳴し和解を生み、二人は協力して脱出する事になった。
体型上、どうしても走るのが遅くなってしまうエルスを担いで、アクセルが教えられた脱出ルートを駆ける。

「そういえば、艦長室に来る前、背が俺と同じくらいの、色白で痩せた男の人を見なかったか?」

『あの』オキタの事だ。上手く脱出出来ているだろうが、いざという時の事も考え、念のため、アクセルはエルスに尋ねる。

「…!見てないよ…」

エルスは、一瞬で思い至った。自分がさっきまで闘っていた男が、アクセルの捜している人だということに。しかし、この状況では、下手に事実を言えば、付け焼刃の信頼関係など脆く崩れ去ってしまうことは明白だった。だからこそ、彼女は『命の恩人の仲間』を見捨てる事に心を痛めながら、知らないフリをした。

「…でも、行きそうな所なら判るよ。」

――しかし、結局見捨て切る事は出来ず、嘘がバレない範囲で精一杯の救済措置を取った。

「何処だ…?」
「すぐそこの通路だよ。あそこは迷いやすいから…」

エルスは、オキタが必ずそこに居る事を知っていた。何故なら、自分はついさっきまでそこで闘っていて、敵…つまり、オキタに動けない程の重傷を負わせたからだ。

「――居た!」
「……君は……アクセ………」
「感動の再会の余韻に浸るのはもう少し後だ!掴まれるな!?」
「…一応は……」
「よし!飛ばすぞ!二人とも、振り落とされるなよ!」【天井の崩壊が想像以上に深刻だな。足場が悪い…間に合うか!?】

瀕死のオキタも担いだアクセルは、瞬時に艦の限界を判断し、他の二人を捜す事を諦めた。そのまま、血が出るほど唇を噛み締めて…それと同時に悔しさを噛み殺して、誰にも弱さを見せずに無我夢中で緊急脱出用のヘリポートへ向かう。


―――そして、三人はようやくヘリの前に辿り着いた。

「よし!これで逃げられる!」
「でも…操縦はどうするの?私は出来ないし…」
「俺がやるに決まってるだろ?」
「このヘリは人間軍製じゃないよ?」
「…大丈夫だ。俺に操縦出来ない物は無い!」

そう言って、アクセルは一刻も無駄にしないために、二人を少し乱暴に機内に担ぎ込むと、自分も素早く乗り込み、まるで熟練のパイロットであるかのような操縦桿捌きでヘリを離陸させる。限界を超えた体は軋み、肩と腕に痛みという警告を送るが、彼は頂点に達したそれを気にも留めずに、気を失いそうになりながらも操縦桿を握り続けた。

「――アクセル様…何で操縦出来るの?ヘリなんて、特に特殊な訓練が必要なのに…」
「身体が…覚えてるんだ…。頭では忘れたハズなのに…全てを……」


危機を脱した三人の瞳には、ただただ沈み行く『neo-demise arch』の姿が映っていた。



――――アクセルは、オーエンの病院へと急いだ。
魔族の領海は、オーエンに面している。おかげで、幸い、手遅れになる前にオキタを病院に運び込む事ができ、自分の傷も命に別状がない状態までで食い止める事が出来た。
彼が束の間の安息を味わう一方で、集中治療室から病室に移されたオキタは、どこか虚ろだった。

「――大丈夫か?オキタさん。」
「…まぁ、普通ですね……情けない…。足手まといになってしまったなんて…」
「あんまり、気に病まないでくれよ。コーヒーでも買ってこよう。アンタは、何がいい?」
「僕は、遠慮しておきます…」
「そうか…じゃあ、少し席を外させてもらう。悪いな。」
「いえ…気にしないで下さい。」

オキタの声を背に、アクセルは病室を後にした。

――と、そこで。

「…!どうした?何かあったのか?」
「ううん…。あ、でも、ちょっとお願いがあって…」

病室のすぐ外で、暗い面持ちのエルスが待ち構えていた。

「お願い…?」
「あの…ね、アクセル様。私も少し、この病室にいる人と二人っきりで話したいんだけど…いい…?」
「…?別に構わないが…」
「ありがとう…」

エルスと入れ替わりで病室を出たアクセルは、そういえばロウス達はどうなったのか?そう思い、受付を訪ねた。

…受付の話によると、どうやらもう退院したらしい。アクセルは、肩の荷が下りた気がして、ほっと胸を撫で下ろした。

――ちょうどその頃、エルスはオキタと話を始めていた。

「…!貴女は、あの時の…」
「ごめんなさい…私達のせいで…」

不意に、俯くエルスの頬に、溢れ出た感情が涙の粒という形となって伝わる。

「何故貴女がここに居るのかは知りませんが…敵の為に泣く、というのは感心しません。戦いに犠牲は付き物ですからね…」
「でもっ…!私達は貴方の大切な人を二人もっ…!」
「…その涙、分からず屋の貴女には、お似合いですよ…。少し、眠くなってきました…。いずれまた、話をしましょう。」
「……………」

オキタの体の状態もあって、すっきりしない想いを抱えたまま、エルスは病室から出る事となった。と、そこへ、見計らったかのようにアクセルが戻って来た。

「終わったか…?」
「うん……ぅく……ひぅ…ぐぅ……」

他愛のない会話を交わすと、エルスは突然、アクセルに飛び付いて、その胸を借りて泣き続けた。何が何だか解らないアクセルは、とりあえずしばらくそのままじっとしていた。

――全てが一段落した後、二人は車で『マカ』を目指した。

「…!いらっしゃいま、せ……」

『マカ』に入ると、まるで何年も聞いていなかったかのように懐かしく感じる、いつもの聞き慣れた声が聞こえて来た。アクセルを見たフィアラは、少し戸惑うしぐさを見せたがたが、すぐに微笑み、『お帰りなさい、アクセル…』とだけ声をかけた。そして、それ以上、アクセルに話し掛けようとはしなかった。それは、アクセルから漂ってくる『詮索はよしてくれ』、という雰囲気を察してのことだろう。また、ロウスもフィアラと同じように振る舞った。アクセルはその声と響きに、自然と目頭が熱くなって顔を伏せた。

――ここに、彼の長くも短い闘いは一時の終息を見せた…。


しかし、ロウス達を執拗に責め立てる事態は安息を許さない。
ヒロウの元に、2日前、人間軍第4支部が壊滅したとの情報が入ったのだった。
急いで病院に向かうロウス達を、アクセルとエルスは、ガラス越しに見送った。

「行かなくていいの、アクセル様?」
「ああ…アイツらにはまだ色々と隠しておきたいんだ。」

病院に着いたロウス達は、取り急ぎヒロウに映像を見せてもらった。

「――これが、今回全滅した人間軍第4支部の監視カメラの映像だ。中に居た人間は、二人を除いて全員水を絞り尽くされたボロ雑巾みたいになって死んでいた…事になっている。が、裏からの情報によると、奇跡的に一人だけ生存者がいるらしい。…それはさておき、最後のこのシーン…こいつ、一体何者だ?たった一人で支部一つを落とすとは…」

そのシーンは、カメラと合った、その破壊者の瞳が際だって輝いている様に見えた。それはカメラの破損の寸前の映像で、続きは勿論無い。

【距離は遠いし、マントのフードを被っていて誰かは判らないが…一瞬写ったあの瞳…まさかな…】

ロウスが微妙な推測をしていると、ヒロウは、

「こんな芸当が出来るのは五常将くらいだ…。おそらく、カタルシスあたりの仕業だろう。まぁ、実際にヤツを見た事はないからどうとも言えないんだがな。ただ、よく覚えておけ。これが、次にお前達が闘うかもしれない相手の強さだ…。真っ向からやりあおうなんて、絶対に考えるなよ。」

と続けた。その時、軽い身震いと、そこから派生した武者震いをして、ロウスは一人、ある覚悟を決めた。

「…よし!至急人間軍第4支部に向かう!何か、魔族のやろうとしていることについてのヒントが残されているかもしれない。」
「現地には、おそらく人間軍の要人暗殺及び掃討駆逐特殊部隊『コクロウヤマト』が派遣されているはずだ。これを着ていけば、少なくとも敵とは思われないだろう。あいつらと協力…もしくは上手く利用するといい。」

そう言うと、ヒロウはクローゼットを開け、人間軍の制服を取り出した。

「分かった…。毎回助けてもらって悪いな…」
「気にするな…これが俺の仕事だ。」




──同時刻:魔族領土管制塔『グラジオラス』──

「――揃ったか。」

影一つ出来ないほど淡い光に満ちているわけではなく、かといって、どこまでも深い全てを飲み込むような闇を携えているわけでもない、少し大ぶりの部屋。そこでは、長机と椅子…そして、机の上に置かれた一輪の薔薇が活けられている花瓶がただただ黙していた。

――それ以外は何も無い、殺風景な部屋だ。

過剰かつ陳腐な表現をするならば、まるで、その部屋自体が『無』であるかのようだった。

全てが歪んだその空間の中に、空間の雰囲気とは全く異質な、あらゆる光を吸収し、無限に広がる深淵の闇を放つ影が3つ、陽炎のように揺らめいていた。

「いいえ…スラストがまだよ。その前に、少しいいかしら?ゼツ。」

最初に響いた男の声に、無機質な女の声が答える。無機質…それでいて、何か含みを感じさせるその声は、何処までも澄みきっていた。

あまりに美しい音色というものは、時として美しさを通り越し、耳にした者を戦慄に突き落とす。

それを思い知らされるかのような、声だった。

「何だ…?」
「…『ミレルが死んだ』という、絶対にあり得ない、根も葉もない噂を耳にしたのだけれど……これが本当、ということはないわよね…?」
「――それは、お前が一番よくわかっているはずだ、ラキ。ミレルが任務を終えて、もしくは失敗して…俺達の前に戻ってこなかった事がこれまで一度だってあったか?」
「でも、死体は確認されてないって…!」

女は、必死にミレルが生きている可能性を探し出し、主張する。

「…おそらく、死体はミレルを殺した連中に回収された。ミレルを殺すほどの輩だ。『ドラクル一族』の事を知らないわけはあるまい。」
「…ッ!だけど―――」

この時点で、もはや、ミレルの死は女の心の中で紛れも無い事実として認識されていた。
男が言うように、十分に理解しているのだ。もう、生きたミレルに会うことは出来なくなってしまったという事、そして、その骸にさえも出会えないという事実を。
しかし、それでもなお、現実に抗おうとしてしまう自分がいた。

「――もう、その事は忘れろ。俺達は軍人だ。軍人である限り、誰であろうと、死ぬ覚悟をしているし、いつ『その時』が来てもそれは運命だと思わなければならない。」

残酷な男の言葉が、いつまでも頭の中でこだまする。

「…アナタはっ!長年連れ添ってきた仲間が死んだのに、そんな態度で…まさか、何とも思っていないの!?」
「…ラキ、少し黙れ…!」
「………!」

凄まれて、ラキという女は悟った。目の前の男はきっと、自分よりも深い悲しみを背負っているのだという事を。
それは、彼とミレルの付き合いの長さ、共に歩んだ時間、そして何より、彼自身の眼が物語っていた。

「――ごめんなさい…無神経だったわ。そうよね…何も思わないはず…ないものね……」
「…いや、俺の方こそ、声を荒げてすまなかったな。それと、今更で悪いが…先日の任務、遠方までご苦労だった。」
「…他愛の無い連中だったわ。あの任務に、私でなくミレルが行っていれば……」
「そんな事は考えるな…死を招くぞ。」
「―――お話中すみません、ゼツさん、ラミネスさん。たった今、スラストさんが部隊員を連れ立ってオーエンに出立したという情報が俺の部下から入りました。現在、部隊との通信は途絶しているそうです。」

この、二人の会話に割り込んだ男の一言により、本来ならここにいるべきもう一人の所在が明らかになるとともに、二人の会話が終息を迎えた。

「…ほう。お前、新入りにしては手際がいい。なかなか使えるようだな…。カタルシスの現状はわかるか?」 「少し待って下さい…問い合わせてみます。」
「………」

会話を終えた後、しばらく悲しげに眼を伏せていた女は不意に立ち上がると、机に置かれた花瓶から薔薇を抜き取り、窓を静かに開け放ってから、その薔薇の行方を風に預けた。

「…さようなら、ミレル。」



―――そして、五分後。

誰もいなくなったその部屋では、机の上に置かれた花のない花瓶がただただ黙していた。

まるで、黙る事で何かを伝えようとしているように―――


続く