「おいーっす!生きてるかー?」
「……」
「おーい、天崎凛よ。聞こえてるかー?」
「……」
「凜たろー?返事しな、」
「──……ほぇ?」

気の抜けた声とともに凜が目覚めた。
目覚めは決して良いものではない。凜の霞んだ視界から見えたのは、九十度傾いたいつもの教室と親友、津浦 波々(つうら なみは)の横顔だった。
教室には波々以外に生徒の姿は見られず、黒板には"学園祭の出し物につひて"と凜の組の実行委員が殴り書いた字が踊っている。
校庭からは野球部やソフトボール部の張り上げた掛け声と、北から吹いてくる冷気を帯びた風が唸る音が絶え間なく聴こえてきた。
教室の窓に四角く切り取られた町並みは、夕陽に照らされ綺麗な夕焼け色に染まっている。

──もうすぐ冬だ。

「凜よ。『寝る子の耳に念仏』とはよく言ったものだが……、いや『馬はよく育つ』だったか……、まあどちらにせよ寝過ぎはよくないぞ」
「……あー、うぃ?」
「わたしとしても育ち過ぎられて背を抜かれるのは好ましくないしな、」
「……」
「それに、必ずしも縦に伸びるとは限らないぞ。……確かに部分的に伸ばしたい箇所があるかもしれないが、──わ、わたしはそのようなやり方で伸ばすことには反対だ!」
「……」
「ま、まあ……、とりあえず起こしたからな。私は部活に行かせてもらうとするぞ」

そう締め括ると、波々は意気揚々と教室の出口へと向かって歩を進めた。
波々が別れの挨拶をしようと立ち止まったとき、背後から聞こえてきたのは規則的な寝息だった。
振り替えると親友は再び机に突っ伏し髪に顔を埋めている。

「ふぅ……」

敵は強敵であった。
なぜそんなにも眠いのかはっきりしないが、とにかく起こさないといけない。
それは既に確信にも似た答えだった。
もちろん波々にそのような義務は無い筈だが、ここまで手を煩わさせられると意地でも起こしたくなるというのが人の性だ。

「おーきーろー」
「……」
無反応。

「凜よ、目覚めろ!」
「……」
しかし何も起きなかった。

「た、大変だ!この教室から出火したそうだぞ!?
「……」
鎮火。

「あっ!三ヶ月間直射日光のもとに放置されたカマボコのような色をした宇宙船に筋肉質な妖精が!」
「……」
とことん無反応。

「ソロソロ起キマセヌカ?」
「……」
返事がない。ただの凛のようだ。

「……あー、わたしで起きる気がないのなら美作でも呼んでこようか、」
「──お、おはよう、波々!きょ、今日もいい朝ね!」

敵将討ち取ったり。





『──昨日未明、岩屋谷市在住飲食店勤務の岸田マリア(きしだ まりあ)さん二十歳が自宅で死亡しているのが発見されました。死体は体の数十箇所をナイフのようなもので刺され、直接的な死因は出血によるものとみられています。しかし、被害者の部屋からは遺書のようなものが見付かっており、警察は本人が書いたものであるか確かめると同時に、自殺と他殺の両方で事件を──』

「──佐久間か。すまないが大丈夫か」
『ああ。何の用だ』
「いまニュースをやっている。八チャンネルだ。分かるか?」
『ちょっと待て、いまつけたところだ。……ただの人殺しのようだが、何かあったのか?』
「……その報道を見て何か感じないか?」
『そう言われてもな……、俺はベテランの刑事でもなければ心理学者でもない。いまの段階では怨みによるものなのか、それともただの愉快犯なのかはとても分からない』
「……そうか」
『それにしても、お前がそこまで気にかけるなんて珍しいな。──狙ってた獲物でも取られたのか?』
「いや、そういうわけではないが。……佐久間、蛯原(えびはら)を覚えてるか?」
『……蛯原、か。ああ、もちろんだ。あの名前は忘れたくても忘れられるものじゃない。……奴がどうした?』
「頼みがある。奴の調査をまた始めて欲しい」
『──なっ……。まさかお前、この事件に奴が関わっているとでも言いたいのか?』
「……分からない。だが、そんな気がしてならない」
『……』
「もし見付からないようなら直ぐに身を引こう。……頼む」
『……お前もめんどくさい奴だな。──分かったよ』
「……すまない」
『いや、いいんだ。俺も奴には借りがあるからな』
「助かる。もしかすると奴はこの町に戻って来ているかもしれない。そこから頼む」
『ああ、分かった。情報が入手でき次第こちらから連絡する。……それまではあまり動くなよ』
「……頼んだ」


『──続いて地域のスポーツのコーナーです。先日行われた全日本槍術選手権ジュニアの部において岩屋谷中学出身、彩桜学園三年生の嵐山朧(あらしやま おぼろ)君が大会新記録を更新し優勝し、──』





「──おい、嵐山。お前ニュースに出てるぞ!」
「……」

テレビを眺めていた男子生徒が驚きの声をあげた。
それに対し嵐山と呼ばれた生徒は特にこれといった反応は示さない。

「ほんとだ、すごーい!嵐山君って"そうじゅつ"してたんだ」
「……あんた、槍術の意味分からずに使ってるでしょ」
「──なっ。人のことを馬鹿にして……。そ、そういうあなたは分かるんでしょうね!?」
「も、もちろんよ!」
「へぇー。ならば証拠を見せてほしいわ」
「ぬ、ぬぅ……」
「やっぱり分からないじゃない。馬鹿よばわりしたあなたの方が馬鹿よ!」
「な、なにを!」

その一言をきっかけに女子部員その一と女子部員その二が争いを始めた。
争いは時が経つと共に激しさを増し、遂には周りあるもの──教本やダンベル、テレビや練習用の人形──を投げ出し始めた。

「──本当に申し訳ありませんわね、嵐山さん。デリカシーのない人達ばかりで……」
「……い、いや……構わない……」

争いを収めようともせず、かといってはやしたてるわけでもない嵐山に一人の女子生徒が話しかけた。
話しかけたのは、冬物のセーターにマフラー、それと矛盾するような校則ギリギリを少しオーバーしてしまったスカートをはいた少女だった。
少女の詫びに対し、嵐山にしては珍しく彼は言葉を発した。僅かにだが頬が紅潮している。

「あっ!わたくしとしたことが自己紹介を忘れていましたわ。──はじめまして、わたくし、『美作 玲』(みまさか れい)と申します。以後お見知りおきを」

そういって、玲は上品にお辞儀をした。

ここは彩桜学園第六校舎にある槍術部部室兼道場だ。
槍術部は全国でも数が少なく、彩桜学園でも正式に部として認められたのは昨年からだった。
現在の部員数はたったの六人。
しかし、つい先日行われた今年度の大会では、表彰台を彩桜学園槍術部が独占したという実力派揃いだった。
特に部長の嵐山朧は異常な強さをほこり、無口な性格や風貌などからついたあだ名が『影の殺戮者』。 そんな槍術部の部室には何故かテレビがある。
理由は定かではないが、噂では槍術部顧問の『神宮寺 龍』(じんぐうじ りゅう)が野球を観戦したいがために持ってきたということだった。
そのテレビの前にたくさんの人が集まっている。そして、彼らは槍術部の部員ではなかった。
中庭を挟んで反対側にそびえる第七校舎に部室をおくパワーリフティング部の部員だった。

パワーリフティング部は、全国大会を目前に控えている。
そのためレギュラー陣は最後の調整の為に部室にこもりっきりで顧問の指示を受けている。
その結果としてレギュラー落ちした部員や一年生の存在が忘れ去られ、練習メニューのない彼らがテレビのある槍術部の部室へと流れてきたのだ。

「──嵐山さん。全国大会での優勝、おめでとうございます」
「……あ、ああ……」
「わたくしも槍術や杖術は少し嗜んだことがあるのですが……、その道を極めるには並大抵の努力では足らないということを痛感致しましたわ」
「……そうか……」
「わたくし、嵐山さんのことを蔭ながら応援していますわ。これからも頑張ってくださ、いね!」
嵐山は感じ取った。隣に佇む少女の纏っていた気が一瞬にして全く違うものになったことを。
そして正にその時であった。部室の扉から眠気眼の凛が姿を現したのは。

「──あ、みんなおはよー……」

次の瞬間には嵐山の隣に少女の姿はなく、疾風のごとき速度で凛の元へと突進していた。時間にして僅か二秒。
しかし、目標にあっさりと避けられ玲が扉に激突するまでの時間はさらに短かった。
そして、大きな音をたてて扉が真っ二つになった。それでもなお止まらない玲はどこまでも凛を追い掛けている。
…その一方で、終わることのない争いを繰り広げていた女子生徒たちはいつの間にか大食い競争で勝敗をつけようとしていた。

それらの光景を目の当たりにしても、嵐山は何も言わなかった。

『──先ほど入りました情報によりますと、岩屋谷市在住の岸田マリアさんが殺害された事件について警察は自殺の線が有力との発表をしました。この断定の早さについて、──』