{所在}
──コルセウス歴793年。
居酒屋"Kibou"-店前。

{登場人物}
アゼル・ラゼル・キゼル:74歳。愛妻に先立たれ一人でタバコ屋を営んでいる。趣味は店の前を通り行く人々を眺めること。しかし真は共和国軍に所属する古き良き隠密にして、北辰一刀流免許皆伝。過去に部隊"流血"に所属していた。
劉 車楽:20歳。現在は酒屋"Kibou"で働いている異常なまでの人見知り。だが車と銃火器の知識、及び使用にあたっては類いまれない才を見せ、彼女の車には特殊な改造が施されているらしい。真は帝国軍の魔術依存型諜報員で孤児院"黒き家"の出身。両親は"流血の十日間"で行方不明になった。

{"キゼル" prologue}
まだ部隊に所属していた頃の話だ。当時はそれに何の疑いもなく、与えられた任務をこなしていた。御国のため、正義のためだと歪曲された真実に忠誠を誓い、戦場を渡り歩いた。あれは、最後の戦い。今では、"流血の十日間"と名付けられた戦い。それは、忌わしき、消したい過去だ。そんな昔話を思い出したのは、目の前にいる少女からか。それとも、記憶の悪戯か。ただ、少女の眼差しはあの頃のように、強く、それ故に儚いものだった。だが、あの頃とは違うもの。儚さの中にある確固たる信念。まるで昔の自分を見るようだった。

「何故…、何故剣を抜かない…!?」

少女の叫び声が亜空間に響く。不安に満ちた叫びだ。何も答えないでいると、痺れを切らしたのか向こうから仕掛けて来た。

{"車楽" prologue}
先日、上から任務を受けた。確か"共和国軍隠密に接近、場合によっては暗殺"だったと思う。"暗殺"には慣れていた。いや、下手に拘束などをするよりも遥かに楽だ。ただ、今回は相手が悪い。添付ファイルによると、齢74にして現役、しかも過去に"流血"に所属していたという。確かに相手は悪い。…しかし、相手が"流血"だからこそ殺(や)らなければならなかった。顔すら記憶に呑まれた、親のためにも。
潜入は成功したはずだった。適度に周囲にも馴染み、警戒心を微塵も感じなくなった。…しかし、その慢心が仇となった。ほんの少しの殺気を隠し切れなかった私も迂闊だったが、その僅かな隙を見逃さなかった彼の力も相当なものだと窺える。場の空気が変わった。さすがに人の往来が激しい場所での戦闘は控えたかったが今となっては仕方ないので、周囲に結界を張り亜空間を形成した。冷静に対処出来たと自分でも思った。だが、相手が一向に動こうとしなかった。いつからあるのか己の獲物にすら手を伸ばしていなかった。永遠にも似た一瞬が過ぎる。

「何故…、何故剣を抜かない…!?」

思わず叫んでいた。相手の威圧感からか、いや違う。哀しそうな目でこちらを見つめて来たからか。どちらにしろ、この結界も長くは持たない。そうなると仕掛けるしかなかった。考えることを掻き消すように。

{前章 "終焉への始まり"}

──青く、どこまでも、果てしなく続く空。全ては、一つの銃声を合図に始まった。その空を揺るがすような銃声から…。
仕掛けたのは車楽だった。接近戦は危ないと判断した車楽は腰に差したホルスターからリボルバータイプの拳銃を抜き取ると立て続けに撃った。
カルマと呼ばれるこの銃は時代の流れに逆らう様な型だが異常なまでの速射力を誇る。また装填数が六発という欠点があるものの、フレームにした時の強度・重量・放熱に優れた魔鋼を利用しているため使い勝手が非常にいい。弾は主に.357マグナム弾を使うが、これも同じように魔鋼の使用により徹甲弾並、つまり装甲車に風穴を空ける程の威力を誇る。また、魔力の込め具合により魔鋼が反応して散弾・炸裂弾・照明弾などの弾丸に変化させることも可能である。
しかし、今となっては時代遅れの過去の産物とされ、さらに強度の高い自動小銃や無限弾丸などが一般的である。
それでも彼女がそれを使っている理由は何度となく共に死地を潜り抜けてきた相棒である上に、それが父の唯一の形見だからだろう。

──銃声は一つ、弾丸は三発。体の軸を確実にとらえるような三発の銃弾は確かにキゼルに当たり奇怪な音を立てたあと、不意に彼と共に霞み消えてしまった。驚いた車楽の目に映ったのは、虚空から浮き出たような巨木。それに穿たれた三つの穴から先ほどの奇怪な音の原因がわかる。 しかし、肝心の彼の姿が見えない。
すると、突然脇腹の辺りに黒い殺気を感じ反射的に体を捻ると虚空から鋭い斬撃が飛んで来た。寸の点で受け流すと、鈍色の閃光を放った刃は再び虚空へと消えていく。少しでも回避動作が遅れていれば脇腹をごっそり持っていかれていたであろう。
一般的に言えば物質をその場から完全に消すことは不可能である。例えば、科学技術の一に"光学迷彩"というものがあるが、それは気配すら消せるものではない。魔術ですら魔導師クラスでなければ不可能だというのに。
では何故、何故気配すら──。
そこまで考えたところで再び背後に強烈な殺気を感じた。
しかし、今度の殺気は隠しきれていない。そのうえ、距離もそれなりにあった。
不自然には思ったが対峙するように振り向くと予測した通りの斬撃が飛んできた。
だが、踏み込みが浅い。軽くバックステップで避けると、空を切った太刀は再び消えていった。何かが、おかしかった。
すると、さっきも感じた様な殺気をすぐ足下から感じた。車楽が慌てて目線を動かしたのと、キゼルが叫んだのはほぼ同時だった。

「…忍技、土遁!」

陣を張りし箇所に石柱を召喚する忍技だったろうか。それが今まさに彼女を貫くように姿を表した。
うまく後退した瞬間を狙われたため飛び退くことが出来ず、そのままついた片足を利用しバネのごとく空へと逃げた。
石柱は途中で成長を止めた植物のように止まった。
だが、普通の隠密などが扱う忍技や帝国の魔術などは本来攻めには向いていなく、あくまでも主となる攻撃の補助として利用される。
そう、このカルマの弾丸などがいい例である。つまり──。
その先を考えるまでもなく、下方から数本の鉄針が音もなく飛んで来た。数は三か。
軌道を間違えることなく飛んで来る手裏剣を、脇に構えたカルマが撃ち落とす。
金属と金属が弾け落ちる時に響く高音が消えないうちだ。車楽は腰に吊るした黒色瓶に力を込め、それを投げた。
魔力の込められた瓶は黒い輝きを放ちながら飛んでいき、地面への着弾と同時に黒い靄を周囲に撒き散らし辺りから光を奪った。既にカルマは全弾を撃ち終え静寂に徹していた。

──たとえカルマが使えても。そう、幾つもの闇に体を染めてきた彼女だからこそ分かる力の差は、事実のみを彼女に教えてくれる。
あの年であの動き。まるで赤子の手をひねる様に軽くあしらわれた気がして悔しかった。だが、元より正攻法で攻める気はない。勝てない相手なら尚更だ。
そう自分に言い聞かせると、煙幕の中を音もなく走り抜けていった。

(漢字変換ミス・助詞ミス・不適切な表現・改行などの修正は稚拙な氷幕が行いました。ゴメンナサイ。)