{所在}
──コルセウス歴793年。
亜空間-市街地。

{登場人物}
アゼル・ラゼル・キゼル:74歳。愛妻に先立たれ一人でタバコ屋を営んでいる。趣味は店の前を通り行く人々を眺めること。しかし真は共和国軍に所属する古き良き隠密にして、北辰一刀流免許皆伝。過去に部隊"流血"に所属していた。
劉 車楽:20歳。現在は酒屋"Kibou"で働いている異常なまでの人見知り。だが車と銃火器の知識、及び使用にあたっては類いまれない才を見せ、彼女の車には特殊な改造が施されているらしい。真は帝国軍の魔術依存型諜報員で孤児院"黒き家"の出身。両親は"流血の十日間"で行方不明になった。

{後章 "悲哀からの逃避"}

空は何故青いのか。時にそんなことを考えて過ごした日々があった。いくら考えても分からず、ついには諦めていた。
しかし、数日後のことだ。隣の酒場にアルバイトとして入ったばかりの少女が答えを教えてくれた。
どうやら、少女は空に興味があるようだった。
説明し終えると不意に空を見上げ、そしてその瞳を輝かせていた。私もつられて空を見上げてしまった。
その空は青より碧く、そして広く大きかった。
今、その少女の瞳は私に向けられている。
市街地という人口のジャングルが形成する遮蔽物は、近接戦を主とする隠密にとって厄介だ。その上、不可思議な結界が多重に張られているせいか気が乱れる。
非常に厄介だ。何度も口の中でそう呟くと、再び銃弾が脇を掠めた。飛んできた方向を向いても気配がないのは、おそらく跳弾にも通じているからだろう。
とにかく、現状を打破するために自ら仕掛けることを想定しパターン化していく。考え終わった瞬間再び跳弾がキゼルを襲ったが、そこに彼の姿はなかった。
焦ったのは車楽だった。多方向からの攻撃により相手を足止めすることを目的とした攻撃が逆に仇となった。
急いで気を周囲に張り巡らせると、朧ながらも影は確実に自分に近づいていた。
だが、スピードが遅い。おそらく探索に時間をかけているのであろう。

──煙幕を使ったあと、車楽は市街地へと逃げ込んだ。そこにある建物の至る所に結界を張ることで、結界同士が相乗作用を生み出し多重結界となるように。
それが敵の気を鈍らせ、そして己の気を高める補助魔術の一つだということは言うまでもない。
ただ、どちらにせよキゼルが近づいていることに変わりはなかった。
まだ、時は早い。
確実に勝つためにはもう少しの時間が必要だ。
そう考えると車楽は闇に紛れ移動を開始した。

…動き出してから数分も経っていない。
しかし、突然相手の気配が消えた。先ほどまで自分がいた位置に彼が着いたところまでは確実に見えていた影が、いまやどこにも見当たらなかった。
おかしい。すると突然前方から黒い物体が自分に向かって飛んでくるのが見えた。

──空間から浮き出るように。数は七。
やはり先ほどの戦いで弱点を見抜かれたらしかったが、何故待ち伏せが出来たのかがわからなかった。多重結界の中にいる間は自分の監視下に下るというのに。
だが、そんなことを考える暇を与えないがごとく確実に鉄針は飛んでくる。
音も無く、空を切って。
こんなカルマが使えない時に頼れるのは自分の力だけだった。

「魔障壁"メガリス"!」

唱え、術を展開する。すると、自分の前に多重結界が収束し厚い薄桃色の障壁を形成した。
鉄針がそれに触れた瞬間電撃が迸ったかと思うと互いの力が相殺し粉々に砕け散った。
どんなに結界を重ねても、確かに限界はある。
だが、これほど容易く相殺されるとは。

──これで結界は封じられたか。それは、また振り出しにもどった合図、いや、これから始まる闘いの合図か。
車楽が構えるは先端に銃剣と呼ばれるナイフのついたスナイパーライフルタイプの狙撃銃だった。
普段はカルマを使うが、狙撃時などには分解式のライフルとして愛用している物だ。
名前をアゾットM72というが、このタイプは一発ずつ装填するボルトアクション方式とオートマチック方式の両方が生産されている。その中でも車楽はボルトアクション方式のアゾットを使っている。それは、ボルトアクション方式の方が作りから精度が高くなるからである。
また、このアゾットもカルマと同様に魔鋼を使用した作りになっているが、狙撃銃という精密銃器のため部分的に魔樹を使用している。
これも普通の木材とは違い一般社会では"地獄の一、剣樹地獄にしか生えぬ樹"とされる特殊素材である。 その比喩通り異常なまでの強度を持つが、加工時には火に通すことで弾力性が増し加工しやすくなるという逸品である。
ただし、現存するアゾットで魔樹が使用されているのは車楽が持つものただ一つであり、他の数本は持ち主が次々と不運の死を遂げたとされる噂もある。また、車楽が持つアゾットはオリジナルとされ様々な改造がなされていた。

先ほどの魔障壁の崩壊により一瞬隙を生んだ車楽だったが、二度もキゼルから仕掛ける気はないのか彼は静寂を保ったままでいた。
その隙に、隠し持ったアゾットを構えたのだが、依然キゼルは動こうとしない。
まるで時間が止まったようだ。
すると不意にキゼルが口を開いた。

「…空が青いな」

思わず上を見上げてしまったのは己の本能からか。気付いたときには二の腕に鋭い痛みが走った。傷口を手で押さえると粘ついた赤い液が指にからまる。

「…似ている」

どこか哀愁を漂わせるキゼルだが、その内側から漂わせる殺気は畏怖そのものであった。
だが、負けるわけにはいかない。
呼吸を整え、内側から溢れる血を固まらせるようイメージすると自然と血は止まった。
何も、具現化することだけが魔術ではない。そう自分に言い聞かせると、車楽は更に力を込めた。
そう、まるで内側から爆発するように筋肉が膨張をはじめた。
ものの数秒の時で外見すらも変えた車楽は大地に深く足をめり込ませると一呼吸でキゼルとの間合いを詰めた。
対するキゼルは依然哀愁を漂わせていたが、ようやく刀を正眼に構えた。
車楽がアゾットを下段からすくい上げるように払い上げた。
だが、キゼルはいない。
振り返ると背後にその姿があったが、次の瞬間には足下の地面が突き出てきた。
二度も同じ術にかかるわけにはいかないと車楽は、己の拳でその石柱を打ち砕くと背後に距離を取ろうとしていたキゼルに向け銃弾をかました。
魔力の込められたそれは途中で細かく分散し散弾となってキゼルを襲ったが全て大木に阻まれ空しい音を立て落ちた。
かわりに数十本の鉄針が飛んできたが、魔術により膨張した筋肉により全て弾かれ無に帰した。
その間にキゼルは車楽を囲むように五陣を形成した。そのそれぞれ一端が忍術の基である"火・水・土・木・金"を表したそれは忍術にして禁術とされる陣。

「…天誅陣"虚"!」

叫ぶが同時に車楽の周り、すなわち陣の内側では現世で起こりうる限りの天災と呼ぶべき天変地異が立て続けに起きた。
落雷や津波、地響きや竜巻など、永遠に続くように思われたそれは一つの銃声によって唐突に終わりを告げた。
弾けるようにして陣の内側から現れたのは車楽その人だったが衣服は裂け所々からの出血も激しかった。
また、度重なる攻撃と魔力の大量消費による疲労からか、立っているのがやっとのようで先ほど隠し弾を放ったアゾットを杖のようにしている。
もはや車楽に闘う余力はなかった。

「この攻撃を防いだのは二人目だ」

驚いたわけでもなく、かといって望んでいたわけでもない声。
そう呟くと、キゼルは最後の一太刀を放つために己の刀を上段に構えた。
刀が紫色の靄を放っている点を見ると暗殺術と呼ばれる忍技だろう。何の苦しみもなく逝ける術はせめてもの情けか。その刀が振り下ろされ紫色の軌跡を作る。
しかし、車楽はその情けを受け取るわけにはいかなかった。

「──魔銃術"サンダーボルト"!」

それは、己の相棒が撃った最後の一発。
この戦いに終止符を打った最後の一発。
虚空に隠蔽されていたその銃は主人の最後の力を受け取り己の弾を対象へと叩き込んだ。
だが、キゼルは倒れなかった。

「…この攻撃を防いだのはお前が最初だ…」

どこか苦しそうに零す。

「私の娘は防げなかった…」

目から光が消えていく。車楽は己の勝利を確信し、相棒を拾い上げようと少し屈んだ。

「…そう、お前の母親は」

だが、拾うことは出来なかった。慌てて振り返り、キゼル、…自分の祖父の元に駆け寄る。

「…どういうこと!あなたが、あなたが私の祖父なの…?」

恐る恐る聞くも答えは返ってこなかった。かわりに聞こえてきたのは

「…私の罪は許されるのか…」

という言葉だけで、すでにその体は一体の骸と化していた。
それでも、車楽は執拗に問い詰めた。すでに光を失った瞳に叫び続ける。冷え始めた体を揺さぶる。我を忘れ一心不乱に叫んだ。揺さぶった。
その瞳からは、大粒の涙が溢れ出していた。
それを遮るかのように張り上げた号令の声と、自分が何度となく聞いてきた音がした。
それは、もはや結界が無いことを意味した。
しかし、車楽はやめようとしなかった。たった一人の身内から離れようとしなかった。

「斉射開始!」

その声は、終わりへの合図。向けられた銃が一斉に火を噴くと、少女は静かにその場に倒れた。
そこ残ったのは、折り重なるような二体の骸と、濃い硝煙だけだった。


(漢字変換ミス・助詞ミス・不適切な表現・改行などの修正は稚拙な氷幕が行いました。ゴメンナサイ。)