Un'apertura

 次に目を覚ました時、アルコールは随分と身体から抜けていた。
 まだ若干の気持の悪さは残っているが、頭はクリアに働いている。
 目の前の高い天井は、自分の部屋ではないことを虎徹にしっかりと教えてくれた。
「確か…アントニオと飲みに行って…酔い潰れて…」
「僕に連絡が来て、僕が先輩をここに運びました」
「うおっ!!」
 自分の行動を思い出しているところへ、急に言葉をかけられて、虎徹はみっともない声をあげて飛び起きる。
 バーナビーはあきれ顔で腕を組んで壁にもたれかかっていた。
「飲みすぎですよ。もうお昼すぎですよ。どれだけ寝ればいいんですか」
 しかも鼾まで、とバーナビーは汚いものでも見るように首を横に振って見せる。
「うるせぇ!」
 その仕草になんとなく腹が立って、言い返す。
 寝ている時のことを責められてもどうにもできない。
 悔しくて、虎徹はふいっと顔をそらすと、バーナビーが近づいてくるのが気配でわかる。
 ふいに思い出して、びくっと身体を震わせる虎徹に、バーナビーは歩みを止める。
 視線を向けるのが怖くて、虎徹は固まってしまう。
 何をされるのか分からず、しばらく動けないままでいるが、バーナビーが動く気配もなくその場にずっと立ちつくしていることで、ようやくゆっくりと身体を振り向かせる。
 バーナビーはわずかに困り顔で、片眉をあげている。
「そんなに強張らないでください」
 そんなことを言われても、この間したことはなんだ!と言い返せればいいが、普段はよく動く口がこんな時に限って油切れの機械のように軋んで言葉が出てこない。
 口を動かそうとして、かすかに開いただけだった。
 なんとなくばつが悪くて、虎徹はベッドの上で小さく身体を丸める。
「この間は、我慢できなかったんです」
「な…何が…」
「この気持ちが、です」
 ぎしっ…とベッドが二人分の重みに沈み込む。
 自分を守る子供のように丸まった虎徹の手をとり、バーナビーは自分の心臓に押し当てさせる。
 その手に伝わってきた早鐘のような心臓の鼓動に、虎徹は驚いて手を振り払って、バーナビーを驚きの表情で見上げる。
「そんな顔しないで下さい。僕は…先輩のこと、好きなんです。好きで、好きで我慢できなかったんです」
 普段のちょっと小生意気なバーナビーはどこへ行ったのか。しおらしく、おっかなびっくりといった様子で一度は振り払った手をバーナビーはもう一度とった。
「抑えきれなかったんです。もう、どうしていいのか分からなくて」
「だからって…襲うこたぁねえだろ……」
 くしゃりと顔をゆがませて、虎徹は緩く首を横に振る。
「それについては申し訳ありません。でも、好きなんです」
 この間とは違って、バーナビーは優しい手つきで虎徹の身体をベッドに縫いとめる。
 体重をかけないようにと、バーナビーは虎徹の身体をまたいで、真上から見下ろす。
 正面に見える真剣なまなざしのバーナビーに、こんなときだというのにその顔に見惚れてしまう。繊細に作られた瞳を彩るまつ毛がかすかに震えていて、そこが何んとなく…小動物を思い起こさせて、心が疼く。かわいい、と思ってしまう。
「先輩…嫌なら…嫌なら、逃げてください」
 そう言って、バーナビーは虎徹に顔を近づけてくる。
 キスされる、そう思った瞬間唇はふさがれた。
 逃げろと言われたが、虎徹には逃げる気はない。最初は問い詰めるつもりでいたが、こんな真剣な顔でこんなことを言われてしまうと、毒気も抜かれてしまうというもの。
 虎徹は流されるように目を閉じ、与えられる緩やかなキスに身を任せる。
 嫌じゃない、のだ。
 バーナビーにキスをされても、嫌じゃない。むしろ気持ちいい。心が安らいでいく。
 こんな気分を味わうのはいつ以来だろうか。妻の友恵が死んで以来こんなにも心の中が穏やかになるのはなかったような気もする。
 友恵に楓に悪いという思いもあるが、だが、傾きだした心はもう止められない。
「……嫌じゃ、ないんですか? 逃げないんですか?」
 するりとバーナビーの手が虎徹のシャツのボタンをはずしにかかる。
「…わかんねぇ…」
「分からないって……」
 バーナビーは瞳を細めて、じっと虎徹を見つめてくる。
 正直どうしていいのか分からない。どうしてこんな気持ちになるのか分からない。
 これが「好き」というやつなのだろうか。
 虎徹は脱がされて行くのをどこか他人事のように視界にとらえながら、ベッドの上で身体をよじる。
 嫌じゃない。不快感はない。ただ、認めたくないだけだ。
 バーナビーにされたあの夜のあの刺激が、もう一度ほしいだなんて。あんなにも欲望を出し切るのが、気持ちよかっただなんて。
「ホント、わかんねぇんだ…。嫌じゃないんだよ」
 ぼそぼそと口ごもるように零すと、ふ、とバーナビーの表情が和らいだ気がした。
 小さく笑って、そっと額に口づける。甘い、子供のような戯れ。
「嫌じゃないってことは、好きってことですよ」
 諭すように言われ、とうとう全てをはぎ取られる。
 抵抗する気も起らず、ただなされるがままに、バーナビーにあちこちに触れられる。この間とは打って変わって、慈しむように、壊れ物を扱うようにそっと、虎徹の身体を確かめるように指を這わせている。
 それがくすぐったくて、虎徹はシーツを蹴って身もだえる。じれったい刺激に、中心は緩やかに熱を持ち始める。
 日に焼けた虎徹の肌を確かめるように、バーナビーはゆるゆると撫でさすり、時折くすぐったさに虎徹が身体を逃がすポイントを見つけては、そこを執拗に愛撫する。
 唇を這わせ、じゃれつくようにバーナビーは噛みつく。
 そのたびに虎徹は身体を震わせ、派手に声を上げることはないけれど吐息混じりに身体をくねらせる。
 どれだけそうしていたのか分からないが、次第に虎徹はぐずぐずに解け始め、恥じらいも何もかも捨てて、腕をバーナビーにからめる。
 瞳は潤み、下半身はこれ以上ないほどに蜜を零してしとどに濡らしているが、それでも決定的なものを吐き出すことができずに先端から蜜を零していた。
「バニー……出したい…だ…」
 甘ったるい声で、腰を突き上げるように動かしてバーナビーに刺激をねだる。
 だが、当の本人はオリーブグリーンの瞳を妖しく光らせるだけでその瞬間を与えようとはしない。
 獲物を前にした肉食動物のように、唇を舐めてバーナビーは上位者の笑みを浮かべる。
「まだですよ。まだ、肝心なところを僕は食べてません」
 残念そうな、口惜しげな表情で虎徹はバーナビーを見るが、そんなものなどどこ吹く風といったさまで、バーナビーはにやりと笑ってみせる。
 その笑みにすら、言い知れぬ欲情をあおられて、虎徹はひくりと身体をすくませる。
 虎徹の反応に機嫌よさそうに笑い、バーナビーはまだ触れてもいないのにすっかり立ち上がっている乳首に顔を近づける。
「ひ…ぃぃッ…!!」
 ぺろりと虎徹の右胸の突起に舌を這わせ、口に含む。瞬間、声をあげて虎徹はぐっと背中を反らす。
「甘いですよ、先輩」
 くちゅ、と恥ずかしいほどに濡れた情事の音が響き、虎徹はギュッと目を閉じる。
「見てくださいよ、先輩。こんなに可愛いの、見たことないですよ僕は」
 反対側の突起は指で押しつぶされる。微妙に乳首に唇を押しあてたまま話すせいで、虎徹はじんじんとした快感に身を焦がされる。